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12:あしたっ

 帰国の日は、天気もクロアちゃんの機嫌も大荒れだった。


「かなとぉっ、帰ったらやだああぁぁっ」


 うわーんと泣くクロアちゃんを、クロア父が困ったように見つめている。


「すまんな、家では笑顔で見送ろうなっつってたんだが。12歳とはとても思えん泣きっぷりだな、ありゃ」

「いやいや、俺も内心はクロアちゃんと同じなんで」


 そう話しているここは、トウワコク始点に、ビスリーを横断するように走っている長距離魔動列車の駅のホームだ。運行はトウワコクが、線路の整備はビスリーが担当して割と経営もうまく行っているらしい。

 ここアンダスは観光地ではないうえ、トウワコクからは遠い位置にある。そのため停車の本数も少なく、ホームにヒトの姿も見えないが、ビスリーでも観光地はそれなりにヒトで賑わっているのだ。


「あらあら、クロアちゃん。レディは大声で泣かないものよ?ほら、顔拭いてあげるから、こっち見て」


 大泣きしているクロアちゃんを、見送りに来てくれているナガセさんがあやしている。

 う〜っ、と言いながらなんとか涙を止めようとしているクロアちゃんだが、その目からは大粒の涙が次から次へとこぼれ落ちてくる。


 そんなクロアちゃんに近づいて、そっと頭に手を置くと、またブワッと大量の涙が溢れ出した。

 なんだか俺も大声を出して泣きそうになって、思わずその小さな体を抱きしめる。


「クロアちゃん、ありがとね。いっぱい会いにきてくれて、俺本当に嬉しかったし、楽しかったよ。こんなに帰るのが惜しくなるなんて、思わなかった」

「うぅ〜っ」

「列車もあるから、また会いに来れるよ。手紙も書くし、これで最後じゃないから」

「でっ、でもっ。でも、あしたっ、カナトいないと、さみし、のっ!」

「クロアちゃん…」


 全身で、俺がいなくなることを悲しむクロアちゃんに、胸が詰まった。

 クロアちゃんだけじゃない。俺だって、明日クロアちゃんに会えないのは、とってもとっても、さみしいよ。


 そう言おうとしたら、言葉の代わりに、目から何だかしょっぱいものが流れ出てしまった。


「まぁ、そんなに懐かれりゃぁ別れが辛いわな」


 そう言って、慰めるように背中を叩いてくれたのは、クジラ魔法の先輩だ。見送りに来てくれていた支社の面々を見ると、こちらに影響されたのか、目を赤くしている人もいる。


「俺、帰ったらアンダス支社への配属希望出しますぅっ」

「おーおー、そうしろ。すぐにゃ難しいかもしれんが、俺も推薦状出しといてやるから」


 お腹にクロアちゃんをくっつけたままそんなことを言っていると、大荒れの天候で遅れていた列車が、そろそろ到着するというアナウンスが流れた。


 ああ、ついに、本当にお別れの時間になってしまう。


「クロアちゃん、こっち見て」

「うぅ〜」


 抱きついたまま渋々顔を上げてくれたクロアちゃんは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。そんなクロアちゃんも可愛くて、自然と笑顔を作れた。


「絶対、また会いにくるから。本社があるのはビスリーとの国境で、この列車の終点なんだ。クロアちゃんが大きくなったら、トウワコクにも遊びに来てほしいな」

「ん、あそび、いく」

「約束ね」


 拭いても拭いても溢れてくる涙で、持っていたハンカチはあっという間にびしょ濡れになってしまった。

 そして、ついに列車がホームに入ってくる。


「みんな、こんな天気の中見送りありがとうございました。本当に、ここでの生活楽しかったです。どうかお元気で」

「ああ、お前もな」

「気をつけてね」

「また会おう」


 支社の面々と挨拶して、ナガセさんにはクロアちゃんをくれぐれもよろしく、と言い添える。任せておいて!と頼もしく笑ってくれたので、きっと大丈夫だ。


 〜列車がまもなく出発いたします。ご利用の方は、速やかにご乗車ください。お見送りの方は…〜


「ほら、クロア」


 出発の合図に、クロア父がクロアちゃんを促した。ひっくひっくとしゃくりあげながら、クロアちゃんは俺に抱きついていた腕を緩める。

 そして、クロア父から渡された袋を、俺に渡してくれる。


「パン、焼いてきたの。お腹空いたら食べて」

「クロアちゃんが焼いてくれたの?ありがとう。すっごく嬉しい」


 きっと頑張って作ってくれたんだろうなぁと心が温かくなる。よしよしとその頭を撫でると、べしょべしょになっている顔で、不器用な笑顔を俺に向けてくれた。


「カナト、たくさん、ありがと。大好き」

「うん、俺もたくさんありがとう。クロアちゃん、大好きだよ」


 最後にもう一度ぎゅっとクロアちゃんを抱きしめて、未練を振り切るように、重い荷物を持ち上げて列車に乗り込んだ。


「またな!」

「早く出世しろよ!」

「元気でな!」

「皆さんも!本当に3年間楽しかったです!ありがとうございました!」


 そう言い終えると、駅員さんが列車の扉を閉める。窓から見えるのは、手を振ってくれているみんなの姿。


 そして、ガタンっと音がして。

 やがてゆっくりと、列車が進み始める。


 雨粒に滲む外の景色。離れていくみんなの姿の中で、ひときわ小柄な姿が、それを追うように駆け出す。

 懸命に手を振る姿に、こちらも応えて手を振る。でもそれも、すぐにホームの終わりがきて。


 どんどん遠ざかる小さな姿に、なんだかもう、堪えきれなくて。ボロボロと涙がこぼれる。


 こんなに帰国が寂しくなるなんて、初めてビスリー行きを告げられた時には、思いもしなかった。

 クロアちゃんが顔を埋めていたお腹あたりは、涙ですっかり濡れてしまっている。名残り惜しむように見下ろすと、その白いシャツに、うっすらピンク色が付いているのを見つけた。


「クロアちゃん、おめかししてきてくれたんだな」


 ホームで会った瞬間から泣き出してしまったから、気がついてあげられなかったけど。綺麗にしてきてくれてありがとうって、言いたかったな。

 ああ、また心残りが増えてしまう。

 乱暴に袖口で涙を拭って、自分の席へと向かう。


 大丈夫。ビスリーで3年頑張ったから、しばらく本社勤務になるだろうし。長期休暇になったら、またあの場所へ顔を出せる。旅費のために、ちゃんと節約して生活しよう。仕事も頑張ろう。


 クロアちゃんに、胸を張れる自分でいたい。

 そう、強く思った。




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