10:じゃじゃーん
「皆さん、お待たせしました!今年のパフォーマンスはトウワコクの生活魔道具会社、ミマサカ魔具が担当します!よろしくお願いします!」
出し物会場の前の人だかりから、わー!っと歓声が上がる。子供向けと宣伝していたので、狙い通り子供連れの参加が多い。
会場に設置された舞台に上がるのは、もちろん責任者の俺だ。
「まず、弊社の新商品のご案内です」
パッと手で合図すると、会場の数箇所に設置していた装置が一斉に稼働する。
「わ、なに?水?」
「なんかちょっと涼しい〜」
会場に特別に埋めてもらったポールの上には、水の入ったタンクが取り付けられた扇風機が設置されている。そこからミスト状になった水が下にいる人たちに風と共に噴霧されているのだ。
秋に入ったとはいえ、まだ気温はそこそこ高い。秋祭りの日は大体晴れるという言葉を信じて設置したが、狙い通りよく晴れていて暑さを感じる今日は、この装置を試してもらうのにいい感じだ。
「扇風機の風と共に細かな水を一緒に送ることで、通常の扇風機よりもいっそう涼しさを感じられます。部屋の中はもちろん、こういった屋外での使用も可能です。特にお庭で遊ぶお子さんたちの暑さ対策におすすめですね。発売は来年春頃を予定してますので、その際には是非アンダスの冒険者ギルド前にあるミマサカ魔具にお越しください!」
おー!パチパチと拍手が送られる。うん、やっぱこういう機会に宣伝も大事だからね。来年是非買いに来てね!
「さて、続いては魔法ショーをお見せしたいと思います。純魔法は普段、見る機会が少ないと思います!この機会に是非楽しんでいってくださいね!」
俺の言葉と同時に、ミスト扇風機の下に待機していた担当者が、一斉に氷と風の魔法を使用した。
「わー!すごい!雪!雪が降ってる!」
「え、なんでなんで?」
「きゃー!つめたぁい!」
扇風機のミストを利用して作られた雪が、ひらひら舞い降りて観客に冷たさを感じさせた後、ぶわっと秋の空に舞う。
風魔法を使って上方向に舞わせているので、観客の視線は空に釘付けだ。
その間に先輩と一緒に裏手に周り、数日かけて貯めておいた大量の水に魔力を通す。
魔法を通しやすいよう魔伝導性の高い素材を混ぜているので、水は宝石を細かく砕いて入れているかのように、キラキラと輝いている。
「ササマキ、行くぞ」
「大丈夫です!」
こちらの返答を受けた先輩がまず、陣を描いて手を空へ向ける。
すると、大量の水が形を作りながら、どんどん空へと昇っていった。
ひゃー、先輩パネェと感心しながら、先輩に比べたら随分少ない水を、同じように空へと昇らせる。
すると、会場周辺からも、少し離れたところからもどっと歓声が沸いた。
「うわぁ!クジラ!ねぇ、クジラ!空飛んでるよ‼︎」
「なんて綺麗なの」
「お魚さんたちも一緒に泳いでるー!」
「すごいわ、魔法ってこんなことまでできるのね」
キャーッと子供達の喜ぶ声や大人の感心する声が響いて、こちらのテンションも上がる。
そーだよね!空にクジラとか、絵本の世界みたいだよね!楽しいよね!
舞う雪と相まって、海底から海の中を見上げているかのような、不思議な気分が味わえるはず!
ちなみに、お魚担当は俺だ。クジラ担当の先輩には及ばないが、複数を操るのも結構大変なんだ。もっと褒めてくれ。
わざと人の頭スレスレまで魚達を急降下させたりして、一際大きな歓声が上がるのを楽しむ。
「あー、思ったよりきついな」
そんなことをしていると、大きなクジラを優雅に泳がせている先輩が苦しそうにぼやいた。まぁ、操りやすいよう細工しているとはいえ、あの規模の水を操るなんて相当の魔力とコントロールが必要だ。多分俺なら5分くらいしか持たない。さすが先輩。
「早めにフィニッシュします?」
「そーだな、水とはいえ取り零すとよろしくないからな」
「じゃ、限界きたら上げてください。俺も続くんで」
「りょーかい」
そう言った先輩は、少し粘ってクジラを空に泳がせて子ども達を喜ばせたあと、区切りをつけるようにクジラを空高くに昇らせた。
俺の魚も続いて上空に上げた後、さりげなくクジラと合体させる。
すると先輩はクジラの形を崩して、会場を覆うように水の屋根を作った。
「あー‼︎」
「あー、クジラさんが…」
ゆっくりと水の幕になったそれが地上に近づくのを、子ども達から残念そうに見上げている。でも、これで終わりじゃないからね!
待機していた仕上げ班2人が、下から風魔法で小さな種を水の屋根目掛けてぶつけていく。
すると、それが水にぶつかった瞬間。
ポンッと音がしそうなほど一気に種が膨れ、次の瞬間には手のひら大の丸い花がそこに現れる。
「ええっ⁉︎花が咲いた!」
「わ、降ってくるっ」
色とりどりのハスの花のようなそれは、サンドロータスと呼ばれる砂漠地帯では珍しくない魔草だ。この日のために砂漠にある支社から取り寄せていたのだが、子ども達は急に咲いた花が空から降ってきて大はしゃぎだ。
ポンポンと花が咲いて降ってくるたび、はしゃぐ声が大きくなる。
花自体はとても軽いので、上から降らせても怪我をすることもないし、ちょっとしたお土産にもなる。うん、やっぱこれを選んでよかった!
しばらくして、大体欲しそうな子に花が行き渡ったのを確認した後、俺は締めの挨拶のために舞台に上がった。
「皆さん!お楽しみいただけたでしょうか?ミマサカ魔具の魔法ショーはこれで終了です。今降っている花はサンドロータスと言う魔草で、1週間ほどで枯れて種になりますが、寒さに気をつけて保管すれば次の春頃にはまた、水につけると花を咲かせるでしょう!
記念にお持ち帰りください。では、ありがとうございました!」
わー!と大きな歓声と拍手をもらうと、サイコーに気持ちいい達成感を感じる。
内心にまにましながら、こちらに注目する皆んなに上を見て!と空を指差す。
すると、水の屋根が技術班のメンバー達によって思い思いの海の生物の姿に変えられ、透明な魚やクラゲやマンタとなり、舞台裏の水槽へと戻って行く。再びの歓声の中、最後に残った水はイルカの形になって、観衆の頭上を泳ぎ、そして舞台の後ろへと消えていった。
みんなの楽しそうな反応に大変満足して、俺も舞台を去ろうとして…、ふと、少し離れた所にいるクロアちゃんに気がついた。
背が低いからかお兄ちゃんに抱っこしてもらっているクロアちゃんは、一生懸命こちらに拍手を送ってくれている。
「楽しんでくれたんだ…」
その笑顔を見るだけで、こちらも嬉しくなる。
人が多いから見つけられないかもと思っていたけれど、俺ってラッキー。仕込んでたものを披露するしかないね!
さっとウェストポーチからレッドローズの花びらを詰めた袋を取り出して、風魔法で宙に巻き上げる。わあぁぁっという歓声が再度巻き起こり、くるくると深紅の花びらを乗せた風は、渦を巻いてクロアちゃんの頭上に集う。
そして、最後にふわっと風に押し上げられた花びらは、花吹雪となって、ゆっくりとクロアちゃんの周りを彩って落ちていった。
降ってくる花びらに釘付けになっている様子のクロアちゃんに満足の笑みを浮かべながら、鳴り止まない拍手の中、やっと俺は舞台を降りたのだった。
「ひゃー、つかれたぁ」
パフォーマンス中はちょっとハイになっていてそこまで疲労を感じていなかったのだけど、人目がなくなると一気にそれが襲ってくる。
同じように、帰ってきた技術班の仲間たちが次々倒れていくのをみて、思わず笑ってしまった。
「お疲れ様でした!大成功でしたねー。結構キツかったですけど」
「あー、年を感じるわ。ササマキに乗せられて無理した!くぅー、キッツー」
「はは、クジラめっちゃ受けてたんでよかったじゃないですか」
「まぁなぁ」
文句を言いつつも、満更ではないらしく口の端には笑みが浮かんでいる。
「最後、いろんな種類の生き物をたくさん作りたくて、ちょっと無理しちゃったわ。歓声があるとダメね。ついついやりすぎちゃった」
「ほんとだよ、あー、明日休みでよかったぁ」
「もうしばらく見せ物系の純魔法は使いたくねーや」
「でも色んな系統の魔法を普段からもうちょい使ってないとダメよね。5年前も同じこと思ってたけど」
「5年後も同じこと言ってんだろ」
はははっと笑うビスリー歴の長い先輩方に、隠し持っていたブツを見せる。
「お疲れの皆さんに、じゃじゃーん!クリスタルビーのはちみつを使った蜂蜜レモン作ってきましたー!」
「え?まじ?」
「お前まだそれ隠し持ってたのか」
「結構配ったんで、これが最後ですね。ぜったいキツいと思ってたんで、この日のために残してました」
「やるなお前」
そして、みんなで高級蜂蜜レモンを食べて、ちょっと気力と魔力を回復したところで、現地解散となった。水の処理は後日でいいよと言ってくれた祭りの主催者さん、ありがとう。もうヘトヘトなのでありがたいです。
ちなみに、この舞台裏への挨拶は一律禁止となっている。以前テンションが上がった獣人達に、ヒトが揉みくちゃにされる事故が起こったからだ。我々がぐったりしている周辺は、屈強な獣人警備員さん達が配置されている。
流石にもう他の場所での出し物が始まったりしているので、祭エリアの端の方にあるここは人気が少なくなっているけれど。警備の人を解放するためにも、早めに動いた方がいいだろう。
本当は出店をいろいろ見て回りたかったけど、体力的に限界だったので、目についた食べ物屋で夕食を買うだけにとどめて、帰宅することにする。
クロアちゃんに今度会った時、感想を聞くのがとても楽しみだと思いながら、よろよろした足取りで家路に着いたのだった。




