第一章20 《冷たい夢と暖かい手》
まだ授業中の生徒たちとそれを教える教師たち、そしてあるふたりが廊下で走っていた。
ことはエリヴィラが急に倒れたことによって、俺は彼女を抱えて、零香と一緒に保健室へ向かっていた。
――あと少しだ、エリヴィラ。 頑張れ!
俺たちは階段を下りている途中、俺は零香に言わなきゃいけないことを思い出した。
「零香・・・」
少しスピードをおとし、零香を呼んだ。
「エリヴィラちゃんの様子は? ん? どうした?」
零香が心配そうで、エリヴィラの様子を聞いてきて、俺が足を止まったことに気づき、彼女も走るのをやめた。
――エリヴィラのことも大事だけど、でも今は零香にちゃんと伝えたいことがある。
少し深呼吸した後、覚悟を決めた。
それは――、
「――ありがとう」
零香に礼を言うことだ。
「どうして私に礼を言うのだ?」
零香は気になって、俺の方へ見た。
「どうしてって・・・ただ、さっきエリヴィラが教室に倒れた時、自分がなさけないくらいに、なにもできなかったから。 その時、零香は俺になにをすればいいのかを教えてくれた、だからお礼を言いたかった」
さっきは本当に助かった、もし零香に起こさなかったら、たぶん俺は・・・パニックに落ちただろ・・・
「ふん・・・」
零香が逆に鼻で笑った。
――なんで?
「詩狼は変わらないな・・・」
少しだけ、零香は笑みをさらした。
「ん? なにがだ?」
「大丈夫、こっちの話だ。 さ、はやくエリヴィラちゃんを保健室に連れってやれ」
少し赤くなった零香は俺に背を向け、階段を下りた。
「お前も一緒にね」
「分かってる」
こうしてなにかが説いたみたいで、零香が少し笑った。
「やっぱお前、笑うところがカワイイぜ」
「なっ・・・! なんだよ急に!」
――あれ? 俺、なにかまずいことを言ったのか?
俺が素直に自分の感想を言ったのに、なぜか零香が少し焦った。
「いや別に、ただお前が少し笑ったところを見て。 正直な感想言ったまでよ・・・?」
「え?」
「え?」
俺と零香がお互い反応できず、ただ学校の玄関前で突っ立ていた。
「私、笑ったの?」
――自覚無し?!
「うん、少しだけね」
それを聞いた零香が、なぜか顔が真っ赤になった。
――おい、まさか・・・風邪?
「お、おい・・・大丈夫? 顔、真っ赤だぞ?」
「え? あ、うん、大丈夫だ。 それより、もうすぐ保健室に着く。 私、先に先生がいるかどうかを確かめに行く! じゃ!」
「お、おお。 分かった」
零香はスゴイスピードで走った・・・
――やっぱはえー! っといけない、俺も急がなくちゃ! あと少しの辛抱だ、エリヴィラ!
俺は零香の背中を追い(すでに彼女の後ろ影がほぼ見えなかった、とんだけスピードあるんだ?! 零香のやつ)、数秒後で保健室に着いた。
「や、やっと着いた・・・ハ・・・ハァ~息が、できねえ・・・」
――やっぱ零香の誘い(無理矢理にだけど)を受けよう。 こんな調子だと、体育の成績が赤点になるかもしれない・・・
保健室に入る前に、俺は扉の前で約九秒の間で深呼吸し、荒っぽい呼吸法を整った。
「よし!」
――零香はもう中にいるかも、はやくエリヴィラをベッドに休ませよ。
「ごめんくださーい」
ガラッと保健室のとびらを開け、奥に白いロングコートを着てる女性が椅子に座ってた。
――てか・・・
「遅かったな。 幸春先生はまだきていないみたい・・・」
そこに座っていたのは幸春先生ではなくて、零香だった・・・
「なんだその格好?」
俺は迷わず零香の格好をツッコンだ。
――なにやってるんだこいつ・・・
「別にいいだろ? 雰囲気が出るし、はやくエリヴィラちゃんをベッドに置け。 私が診てやる」
零香の格好は普通の白いロングコート、所謂医者がよく着てる白衣のこと。
でもなぜか、零香が着てると・・・違和感を感じない、むしろ、すっごく似合ってると思う。 あと、その伊達メガネ、なんでそんなモノが掛けてるんだ? まぁ、似合うけど。
「はいはい、じゃーエリヴィラのこと、よろしく頼む」
「分かったから、そこに座ってなさい! ここに立つと私の邪魔になるから」
――うわ~、横暴だー(棒読み)。
「はいはい、零香先生に任せる。 俺はエリヴィラのそばに居る椅子に座ってまーす」
俺は零香の後ろから下がって、ベッドを一周して、エリヴィラの左にあった椅子に座った。
そして零香は右の髪を耳の後ろに巻いて(なんか大人っぽい)、まずエリヴィラの額に手を乗せた。
「んん・・・熱は無いようだ。 呼吸も乱れてない、汗は・・・少しあるね。 詩狼、あそこの真ん中の引き出しのなかにタオルを持ってくれ。 エリヴィラちゃん体を冷えないよう、汗を拭くから」
「うん、分かった」
零香は俺がなにをすればいいのかを的確に指示した。
――やっぱ零香はスゴイ。
零香の指示に従って、俺はタオルを取り出し、彼女に渡した。
「どうぞ」
「ありがとう・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
タオルを渡した後、なぜか零香が黙ったまま、動きを止めた。
「・・・・・・・・・・・・なんでまだそこに立ってるの?」
――え? どう言う意味?
「なにかまずいことでもあるの?」
「あんたさ・・・私はいまから乙女の体を拭く、つまり、彼女を裸になって、汗を拭く」
――なんだーそんなことかー。
「いや、別にいいだろ?」
「いい訳ないだろ?!」
零香が大声で叫んで、その声が上に教室の生徒たちに聞かれそうだった。
――なんで怒った? なんで?
「大丈夫、昨日は一緒にお風呂に入ったから。 エリヴィラの体も洗ったし、なにより、俺とエリヴィラは親戚だ。 問題ないだろ?」
「え・・・・・・」
なぜか、零香が呆れた顔で俺を見た。
「な、なんだ? 俺は何かまずいことを言ったの?」
「もういい。 私はもう突っ込まないから」
零香がなにか諦めたようで、エリヴィラの洋服を脱ぐの始めた。
「零香・・・お前こういう服の構造を知ってるの?」
零香が一瞬だけ動きを止まったが、すぐにエリヴィラの服のことに集中した。
「知ってるよ、それはどうしたの?」
知ってるんだーそれもそうだ。 零香が小さい頃から、その様な洋服をよく着てたんだ。
「いや、ただあれこら随分と時間が経ったからさ、まさかまだそういう洋服の脱ぎ方が覚えてるなーなんて」
ドキッ!
「も、もちろん覚えてるよ? 例え覚えなくても、体がまだ覚えてるから、こうして素早くこの衣装を脱いでるの」
ん? 今、ドキッとしてなかった?
「それはそれとして・・・零香、手の震えが止まらないぞ?」
「え?」
零香がまるで携帯のバイブの様に、ぷるぷると震えていた。
「おい・・・大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫、ただこれからが難しいところが始まるから、緊張しただけ・・・あははは・・・」
「難しいところって・・・もう終わったに見えるが・・・」
エリヴィラの洋服は既にほぼ終わったに見えた、それなのに、零香がまだそれに気づいてなかった・・・
「あ、本当だ! あははは・・・」
やっぱ零香の様子がおかしい。 なんかとぼけてるようだ。
「あはははじゃないぞ、本当に大丈夫かい? お前も少し休んだら?」
でも零香が敢えて「大丈夫」宣言を言った・・・
「ならいいけど・・・」
「私より、エリヴィラちゃんの方が大事だ。 私は服を脱ぐから、詩狼は体を支えてなさい」
「分かった」
俺は零香の言付け通りに、エリヴィラの上半身を起こし、そして零香はまず左から始まった。
――40秒後――
「よし! これで、最後だ」
っと零香が最後にエリヴィラが履いてた靴下を脱いで、彼女のとなりにあった椅子に置いた。
「じゃーエリヴィラの汗を拭きましょ。 俺は後ろで、他は零香に任せる、これでいい?」
「――分かった」
零香が約二秒の沈黙と少し不満そうな顔をした後、すぐに俺の意見に乗ってくれた。
――なんで顔を膨らんだ? 意味わかんない。
俺が零香の行為に理解できてない間、俺たちはエリヴィラの体を拭き始めた。
「な、零香・・・」
まだ10秒経ってない、俺が零香に声を掛けた。
彼女はエリヴィラの足から拭いていた。
「ん? どうした?」
「俺たちってさ・・・まるで子供に汗を拭いている家族なんだね」
「ぷうーー!!! なっ! なに言ってるの?! 気が早いよ!」
零香が俺の言葉を聞いた直後、なぜか不意打ちされたリアクションした。
「え? なにか早いって?」
――なに言ってるんだ?
「なんでもない!」
「なんでもない訳がないだろ? 言えよ、誰にも話さないからさ」
「いーやよ、なんで私が詩狼に言う義理があるっぽ? はっ!!」
零香がすぐに自分の口を両手で塞いだ。
――あ・・・語尾に「っぽ」を言った。
「違う違う! 今のはなしっぽ!」
――また「っぽ」だ・・・むかしの悪いくせが出てしまったな。
「分かった分かった、お前が落ちづくまで、俺は向こうに向いてやるから。 なにも言わないから」
俺は五年前、零香にもし彼女の言葉の語尾に「っぽ」が現れたら、彼女に背を向けてと言われたんだ。
そして今日もあの頼みが覚えてる。
「ありがとうっぽ・・・」
言った後の俺が背を向け前に、零香がエリヴィラの手を掴んで、彼女を見詰めていたところを目撃した。
――このふたり、まるで親子だな・・・っといけない、向こうを見るんだ、っと言っても白いカーテンにしか見えないけどね・・・
真っ白だ、あと、少し透けてる・・・窓の影、というより、太陽が照らしてる影が見える。 静かだなーみんながどうしているだろ?
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
俺と零香が保健室にいた間、2年A組の教室に、和気島先生が床に座ったまま泣いていた。
「先生、もう泣かないで。 エリヴィラが気絶したことは先生のせいじゃないから」
「うわああ~」
そして周りの生徒たちが必死に先生を慰めていた。
「ダーメだこりゃ。 和気島先生がすっごく元気なひとですが、傷付く易いというか、なんていうか・・・めんどくせー」
そして健次がそこに文句を言った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――暗い・・・ここはどこ?
体がまるで冷たい海の中に停滞してるみたい、震えが止まらない。
私が目を開けても、周辺は闇にしか映らない。 右を見て、「闇」。 左を見ても、「闇」。 前を見詰めても「闇」。 でも後ろを覗いたら――
「――ひっ!」
そこには見覚えの子供が絶望した顔と不気味な笑みをする研究員がいた。
「い、いや・・・いやあああぁぁぁ!!!!」
私はすぐに逃げた、でも足元になにも感じなかった。 浮いているのか、泳いでいるのか、まったく理解できない感覚だった。 それに――
――体が重い・・・寒い・・・パーパ、どこにいるの? 助けて・・・パーパ。 助けて・・・私をひとりにしないで・・・
私がそいつらから全速で逃げている間、ココロから強く願った、「パーパ・・・パーパ」。
頭の中、恐怖に包まれていた・・・怖いことにしか考えない・・・
――パーパ・・・マーチ・・・
そして、その冷たい恐怖と絡みついた凍り付く手に呑み込まれる寸前、誰かが私の手を握っていた。
――暖かい・・・
その温もりが冷たい恐怖を掃えし、全身にあの暖かい感覚に包まれていた・・・
――これは、パーパと違って、大きくない手ですが、優しさと強い力が感じる・・・マーチ・・・?
周りが闇に包まれていた空間が、一瞬に、花畑に変換した。
太陽の温もりと爽やかな風がほほをなでていた。
次の瞬間、私が悪夢から逃れて、目を少しずつ開けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
少し眩しい光がまぶたの隙に入り、目にその輝く光を見えたが、光の中にあるひとの影が見えた・・・
ひとりの女性だった。
「ん・・・」
「は! 目を覚ましたね! よかった~」
その女性が強く私の右手を握っていた。
――暖かい。 この感じ、夢の中にも感じた・・・
「マーチ・・・」
私は顔を少しその女性に向けて、「マーチ」と呼んだ。
「え? なに?」
聞き取れなかったよう、その人はもう少しこっちに顔を近づいた。
そして――
「мать!!!!」
「わああ!!」
私は嬉しくって、матьの胸元に飛び込んで、彼女を少し驚いたみたい。
「мать...мать!」
「どうした?!」
パーパが慌ててカーテンを開けた。
「私にも分からない・・・エリヴィラちゃんが急に飛び込んで来て、それでびっくりしちゃったから・・・」
「なんだ、俺はてっきりエリヴィラがなにか起きたと思ったなに・・・」
パーパたちがなにか言ってるが――、
――でも今は母さんの胸元にいたい・・・母さん・・・
顔が母さんの胸に寄せ、母さんの体を抱き付き、その温もりを再び感じた。
――助けてくれて、ありがとうございます。 母さん・・・




