joker
2014.12.27 誤字修正
2015.02.27 文章修正
突然、ダンジョンの攻略を口にしたソラ。
その理由は、ベルの装備だ。
ゲームのように「スタート地点の敵は弱く、ストーリーが進むにつれて徐々に強くなる」なんて事が有り得ない現実。
確かに異世界のスタート地点であったラクーン王国は弱い魔物しか居ないのだが、それは「強い魔物が出る場所には街が無い」からであり、帝国に行こうが辺境の国に行こうが、人里、特に首都近辺に強い魔物など出ない。
例外は魔大陸のダンジョン街くらいだ。
そしてゲームのように「強い魔物がレアなアイテムを落とす」「弱い魔物はアイテムも弱い」なんて事もなく、ゲームではイベント限定で一つしか手に入れられないアイテムをどんどん拾えたり、ゲームでは有り余った素材が全く手には入らなかったり。
「鉱石が足りないよ」
知らぬ間にアイテムが増えることがあるので、こまめに確認しているインベントリ内を眺めていたソラは溜め息を吐いて、メニューを閉じる。
砂から鉄に。
そして鉄からミスリルに。
だけど砂からは、どんなに頑張っても神木にはならない。
デタラメ能力で今までは散々やりたい放題してきたが、ゲームには『特定の入手法しか存在しないアイテム』というのが定番で。
ベルのために作りたい物に鉱石が足りないのだが、鉱石以外にも手に入れたい素材は多数存在する。
「時空が歪んでるダンジョンとか、無駄に凝った神殿風のダンジョンとか、生物みたいに壁が蠢いてるダンジョンとか」
『Persona not Guilty』の、限定素材が取れるダンジョンを思い出し。
「草薙の剣とか四聖獣シリーズもドロップ限定だし。ボスのレアドロップ装備とか」
アレやコレやと思い浮かべ、それらを追い出すように頭を振る。
「とりあえず鉱石だけ狙おう。ゲームだと採取は無くて、ゴーレムのドロップ」
そして浮き出る、新しい問題。
「……ゴーレム、こっちで見たことないかも」
まず必要なのは、ゲームではドロップ限定の鉱石。
『Persona not Guilty』と『ニートルダム世界』で全く同じ魔物が出るわけではないので、似たような姿と生態の魔物を探さなければならない。
終盤のボスが落とす素材の代わりとなる素材を、群れた魔物のせいで大量に手に入れた例もある。
そして『ニートルダム世界』の魔物は現在の所、黒いモヤモヤが本体な“悪魔”以外、動植物にしか出会っていない。
ファンタジーの定番、無機物であるゴーレム系の魔物は、果たして存在しているのだろうか。
「むむむ。これは難問ですな……」
金属っぽいゴーレムといったら荒野かダンジョンだろうと当たりをつけたソラは、考えに考え。
「いるわよ、ゴーレム」
「マジで!?」
勇者が旅立った帝国城。
皇女の私室にて。
未だ滞在している魔女とエルフを訪ね、カタリナからあっさりと必要な答えを貰って喜ぶソラ。
本からの知識が豊富なベルに質問し、魔物の事ならハンターに聞いたらというアドバイスから来てみれば、これである。
しかし、カタリナは同時に不安要素も口にした。
「魔法の一種。魔力で動かす人形の総称ね」
途端に、手土産の箱を皇女の使用人に渡していたソラの表情が曇る。
「生物じゃないなら、使われてる素材が普通に採れそう」
あくまでゲームシステムによる『謎の落とし物』が目当てなので、ゴーレムの材料が採れたところで意味はない。
ゲームで偶にある、素手の相手から武器が拾えて「この武器使えよ」と思ったり、立派な装備をした相手が何も落とさないと知らずに装備欲しさに何度も戦ったりする事。
序盤の蛇モンスターと終盤の蛇モンスターが全く同じ『蛇の皮』というアイテムを落として「明らかに防御力違うから別物だろ」とソラが心の中で思ったことは一度や二度では済まない。
ならば、次善の手。
「こっちでもドロップ限定とは限らないし、鉱山掘って……」
想像するのも面倒な作業に、声にして出し切る前にやる気を削がれるソラはカタリナに飛び付き、豊満な胸部に顔を埋めて安静を保つ行為に。
使用人が切り分けるソラの手土産であるケーキをネルフィーと一緒にワクワクしながら待っていた皇女は、聞こえていた会話からふと疑問に思い、ソラに顔を向けた。
その隙にネルフィーがケーキに指を伸ばしてクリームを盗み食いしたが、気が付かない。
「わざわざ自力で探さなくても、博物館か研究施設で鉱石を借りてみたらどうだ? 調べるだけで、消費するわけではないのだろう?」
「それだ!」
あっと言う間にソラは消え。
頭を撫でるタイミングを逃した手をワキワキさせる魔女と、指で掬った痕が残るケーキという証拠に問い詰める皇女と、外野を無視して指を咥えたままクリームを味わうネルフィーが部屋に残された。
「──そういえば聞きそびれたけど」
「ウギャ!?」
ネルフィーとの間に突如にょきっと現れたソラの顔に驚き、そして顔を赤らめて俯く皇女。
口から出た変な悲鳴が恥ずかしかったのだろうが、そんなことを気にするのは本人だけで。
女性だらけの使用人たちは微笑み、カタリナに至っては皇女の悲鳴よりも恥ずかしいくらいに顔が緩んでいる。
小さな『ゲート』から頭だけが飛び出している生首状態のソラは、悲鳴も自分の姿も気にすることなく尋ねる。
「『皇女』と『王女』って違うの? 最初に会った頃は王女だったのに、最近はずっと皇女って呼ばれてるよね?」
「ああ、そのことか」
生首状態に突っ込まない辺り、慣れか、それとも驚いたことへの誤魔化しか。
頬が赤らんだまま、皇女様の解説。
「王女は王の娘、皇女は皇帝の娘だ」
「そのまんまじゃん」
まあ待て、と手で合図。
「帝国の慣例でな、皇帝以外、正式な後継者を除いて『皇』の名で呼ばれることが禁じられておる。罰則などは特に無いが、社交界で不名誉な噂が流されるだろうな」
ソラは首を傾げる。
「初めて会った時から後継者だよね?」
「後継者の中で第一位の候補であったというだけで、正式に後継者に決められていたわけではない」
皇帝は『皇帝』以外にも複数の称号を持っており、その中で皇帝に次いで高い『王』の称号から『王女』と呼ばれ。
正式な後継者に選ばれたので、晴れて『皇』の呼び名が解禁された、と。
納得。
「んじゃ、正式に選ばれたってこと?」
「そういうことだ」
慣れていない者は未だに王女と呼ぶが、それも貴族以外は問題にならない。
自動翻訳の弊害。聞こえる日本語は同じだけど口の動きが変わった謎を解明したソラは、貴族関係は察しがついたので、そろそろお暇しようかと頭を引っ込めようとしたが。
「あと十年は王女のままでいるつもりだったが……」
という呟きを聞いてしまい、気になって留まる。
「全部、お主のお陰だよ」
「なんで?」
頭に「?」を浮かべたのはソラだけで、話を聞いているのか疑問なネルフィー以外、全員が納得顔。
「現皇帝が男で、私が女だった。それが答えだ」
「それが? 皇女ちゃんが男だったら私、帝国とこんなに仲良くなってないよ?」
つまり、そういうことである。
「今はお前と皇帝は仲良しだが、もしもの時を考えれば、な」
帝国を滅ぼすとまではいかなくても、帝国城を消し去るくらいなら平気でやりそうだと関係者はそう語る。
いつの間にかソラと知り合っているらしい皇后陛下ならばどうにか出来そうだが、今、城に居ないからこそ危ないのだ。
ソラの機嫌以外にも、グリモワール、騎士の装備や練度といったところでもその影響は強い。
「簡単に言えば、ソラと関わったことで私の価値が他の候補者を引き離した、ということだ」
「ふーん」
元凶は気のない返事をするが、帝国は今、政変の危機を迎えている。
帝国には皇帝に男性を優先する法は無いが、それでも皇帝候補者であった貴族の中には都合の良い考え方をする者がおり、皇女が正式に『皇の称号』を得たことに不満を持っているのだ。
「(“コレ”に関わりがない者だけだがな!)」
内心、開き直りの高笑いしか出てこない。
それらの有象無象が知らない内に大事な役職にはグリモワール持ちが就くという現状ではある種当然の流れが生まれており、皇女陣営には都合の良い、政敵側には見えない絶望的な差が開いているのも大きい。
正直、どうやっても負けないと思っている。
寧ろ、無駄に敵を作った『皇の称号』が邪魔。
政変の危機は、傍目に見れば、だ。
「次期皇帝かぁ」
生首が、皇女の未来に思いを馳せる。
「今の皇帝を降ろせば明日にでも、ってことだよね?」
だからそれが原因で早まったんだ、という声は呑み込んで。
「止めてくれ。皇帝なんて面倒な仕事、出来る限りやりたくない」
「そっか。んじゃ、長生きさせて百歳くらいまで皇帝やってもらおっか?」
まるでそれが簡単だと言わんばかりに言葉に、事実として簡単なんだろうなぁと、皇女は諦めの境地。
「まあ、ほどほどにな」
誤魔化し、誤魔化し。
「それじゃ博物館に行ってみるね。バイバーイ」
ソラの頭が消えた後、皇女は独りごちる。
「……皇帝には近付いたが、婚期は遠退いた、な」
次期皇帝の婿というだけでも選考が大変なのに、既婚者か好みの女性の兄弟でもないかぎり友人にすらなれないソラという厄介者が追加され、年齢十代にて達観する皇女。
下手な婿を迎え入れれば、ソラとの関係が崩れる危険性が。
使用人やカタリナの眼差しが辛い。
「カタリナ嬢、それでも私は結婚して跡継ぎを作らなければならない立場。魔女という役職はある意味、私より酷いではないか」
図星のカタリナは、口笛で誤魔化したふりをする。
地味に口笛が上手いのがムカつく。
「そういえば対外的な理由を話し忘れたな」
ショートケーキの苺をフォークで刺して口に運ぼうとした皇女は、後継者決定の、ソラを理由にしない世間への言い分を説明しなかったことを思い出した。
自分の指の痕が残るケーキの取り分を見つめてから、カタリナのケーキを見るネルフィー。
自分のケーキを手で覆い隠しながらネルフィーから遠ざけるカタリナ。
「まあ、いいか」
目の前の光景を見ていたらどうでもよくなってきた。
自分のケーキをネルフィーから遠ざけつつ、苺を一口かじった。




