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百合な少女は異世界で笑う  作者: テト
勇者おちょくり計画
92/133

デート、そして廃都の決闘

遅れました、ごめんなさい。



 

 勇者が勇者らしいトラブルに巻き込まれながら、徐々に帝都へと近付く中。


 ソラは張り切っていた。


 ニートルダム世界の大国であるガングリファン帝国を舞台に、同郷の勇者を相手に大掛かりなマッチポンプを仕掛ける為に一日の大半を忙しく飛び回っているのだ。



 勇者の道中に巻き起こる冒険物語の定番なトラブルは、呪われし勇者のあちら関連以外、大半がソラと帝国情報部の仕掛けである。


 立ち寄った宿屋でそこの主人が困っている。

 目の前で窃盗が起こって犯人を追うはめになる。

 魔物に苦戦する新米騎士に助太刀──そして勇者が発情するトラブル。

 薬草採取を頼まれた森の中でとても珍しい幻想的な光景を観る。

 モヒカンに絡まれる。

 熟練ハンターと一緒に依頼をこなす。



 勇者弄りの他にも、特定の魔物素材を集めたり、仕掛け人を育成したり、必要なギフト持ちを勧誘したり、実験を繰り返したりと。


 ベルには退屈だろうと、朝起きてからは別行動をしていた。

 館で過ごすのは寝食だけという生活を一月ほど続けていた、そんなある日。




「次にやることは、ベルのレベル上げかな?」


 朝食時、ソラがベルにそんな言葉を掛けたのが始まり。



「嫌よ」


「え?」


 断られる、とは思ってもいなかったのか。

 ソラは、口まで運ぶ途中だったスプーンの上から、小さめにカットされた野菜を黄金色のスープへと落とした。

 昨晩の内に作り、朝に温め直した特製ポトフ。


 僅かに跳ねたスープがテーブルを濡らす。


「……」


 対面に座るベルを驚きの目で見つめ、固まる。 



 ふと、ソラは思い返す。


 そういえば最近、ベルの相手をしていただろうか。



 朝。

 同じベッドで起きて、朝の支度をして、朝食を食べて。


 昼。

 昼食を食べて。


 夜。

 夕食を食べて、お風呂に一緒に入って、同じベッドに入って、一日何があったかを会話をして、手を繋ぎながら眠る。




 ……これがもしも日本のカップルが行った場合、周囲からバカップルと呼ばれること請け合いだ。



「ごめん!」


 それでも足りなかったと、頭を下げて謝るソラ。



「……許す」


 趣味が大部分とは言え、召喚したベル本人が“勇者召喚によって、勇者の敵が現れる運命”を示唆したことが原因なのだと理解しているベルは、それだけでちょっと機嫌を直す。



 端から見れば、いつものバカップルである。






 壁際で待機する、赤と緑と黄色、それと銀髪のメイド。

 この館では日常風景と化したイチャイチャする主人たち──を凝視しながら拳を握り鼻息を荒げるメイド長を見て、信号色の三人は揃って溜め息を吐いた。


 こいつはもう手遅れだ。

 染まりきってやがる。


 三人同時に、やれやれと首を振った。


 使用人の先輩として、上司として、厳しいが真面目で尊敬できる人だった……はずなのに。



 近頃になって主人たちだけでなく、メイドたちのこともあの変態的な目で見てくるのだ。


 同僚同士で何気なく会話していると音もなく近付いてきて、「赤はわんこ」「緑は不憫な受け」「黄色は策士、時々へたれる」などと理解不能な言葉を呟き、気付かれたと分かると黙って立ち去ったり。


 主人の一人で元凶のソラ様が語る百合談義を、白けるベル様とは別に熱心に聴いていたり。


 一見すると殺風景な自室に、ソラ様から譲られた書籍が山のように隠されているのを緑が発見していたり。




「ほんと、拳骨してもいいから、前のメイド長に戻ってほしい」


 そう言いながら頭の天辺を押さえる赤は勿論、拳骨は拳骨で嫌である。叩かれて喜ぶ趣味は無い。

 トンカチで叩かれた釘のように、床に刺さった記憶が蘇る。


 心なし顔が青白いが、言葉から読み取るに、拳骨のトラウマよりも現状が勝るらしい。




「夢の中にまであの目が出てくるんだよね……」


 少々後ろ暗い過去の経験から、気配察知には多少の自信がある緑。


 そんなお得意の察知を破られた上で向けられるあの変態な眼差しには、恐怖しかない。好奇心とも性的とも違う、真顔で、穴が開きそうなほどの凝視。


 夢に見て飛び起きる、それほどの眼差し。




「……」


 そんな他二人と違って、黄色は冷静である。


 せめてもう少し、あからさまな態度を表に出すのを直してくれないかなぁと思うのみ。

 メイド長は女の子同士が仲良くしているのを見るのが好きなだけで、付き合うことを強要してきたり、あの目はセクハラに該当しそうではあるが性的に触られたりはしないし、実害は無いのだから。


 普通の態度を取り繕えば無難に鑑賞できるものを、あんなにガン見しては警戒されて当然である。


 同性に性的な感情が無いという証拠に、隠された本の中に成人指定が一冊も無いことを確認済みだ。

 ついでに緑がメイド長の部屋に忍び込んで読んでいる事も把握している。


 邪魔にしかならないメイド長の態度はあまりにも無粋なものだと、黄色は思う。



 しかし、もしも本人まで同性に走るようならば。


 ソラ様に報告が第一。



 そして、何としてでも自分からマークを外して赤か緑を押し付けると決めている黄色。




 メイド長の眼差しにも負けない百合空間が拡散して、二人の主人が出掛けた後。


 今日もメイド長相手に気配の探り方を鍛えることになる、三人のメイドたちであった。






・・・






 かつて、二つの大陸の間で、世界の歴史をひっくり返すほどの大戦が開かれた。

 それは大陸内で終わらぬ争いを続けていた人類に“理不尽な個”という存在を強烈に刻み付け、個の力に溺れていた魔族に“数の暴力”という新たな力を焼き付けた。


 皮肉なことにその大戦は、人間でありながら圧倒的な個人技を持つ勇者と、魔族でありながら軍を統率した魔王。対照的な二人により激化し、又、二人によって終結した。



 大戦自体は二十年ほどで終結したが、されど二十年。


 戦争効果による、急激な科学の進歩。

 戦争によって生まれた理論や発明品は数知れず、その中には今でも、あの日のままの姿で使われている物も多い。



 建造物は、地球でも「あの日を忘れないために」という名目でよく遺されている。



 魔大陸の沿岸、それと人類大陸の最前線であったガングリファン帝国にはかつて、大小様々な拠点が建てられた。

 その殆どは瓦礫になり撤去されたが、状態が良い物、辺境に建てられた物などは、保存されたり、忘れ去られたり。


 しかし、約千年もの時の中で、その殆どは朽ち果てた。


 それでも、環境、改修、魔法的要因などにより、今なお健在な物も決して存在しないわけではないのだ。




 対上陸作戦の重要拠点として、初代勇者が召喚されていない大戦初期に建てられた城。


 城なのだが、ただの城ではない。


 城下町を丸ごと包む六角形の外壁と、中心に位置する城本体を守るための城壁。二つの壁の外には深く幅のある水堀。外壁には大砲を撃つための穴がいくつか備え付けられ、遠目には判りづらい狙撃用の小さな小窓。外壁上部には見張り塔とバリスタの設置箇所。

 戦時下の城郭都市でありながら、中央の城、城近辺の建物は、当時の流行の最先端を行く機能性無視のデザイン性。



 要塞としてと機能と、芸術としての価値。



 そう。


 人類大陸内での戦争と魔族相手の世界大戦との違いをよく理解していない、手柄欲しさに前線指揮官に志願した複数の貴族たちが、己の身の安全を守るためだけに巨額の投資をして建てた要塞である。


 それも侵攻ルートの読み間違いで前線の位置が代わり、前線基地としての役割を果たすことなく終戦を迎えた、本当の前線には予算不足から雑な作りの砦が建てられることとなった原因の一つでもある、負の遺産。




 そんな城も、帝国の現皇帝が生まれる数十年前まではその城郭都市としての頑丈さから現役で使われ続け、歴史を感じさせる趣から日本で言う小京都といった扱いの都市だった……。


 の、だが。



 時の流れには勝てず、魔法で誤魔化せないほどに老朽化が進み。


 老朽化対策を考えている間に、年代物の水道設備が原因で疫病が流行り。


 疫病対策を誤り、都市全体で水不足に悩まされ。


 決め手に夫婦のドラゴンが住み着いた事で移転が決定し、廃都に。



 現代の地図では跡地とだけ書かれている、元、城郭都市。






 長い間、無人だった城。

 金目の物は扉や窓硝子さえ取り払われた、壁の彫刻と天井絵だけが取り残される謁見の間にて。


 今、二人の男が剣を構えていた。



 一人は、二十にも満たないような若者。


 丈夫さと軽さを兼ね備えている魔物繊維製の、見た目は普通の服な防具。

 両手で握る長剣はただの剣ではなく、魔剣。軽さと切れ味を持ちながら金属のハンマーとも打ち合えるような頑丈さを持つ、派手ではないが利便性に優れた剣。

 ギフトは『瞬足』という分かり易いもので、使うと足が速くなるというそのまんまな効果。


 何だか、特徴が薄い主人公のような若者である。



 一人は、熟練の戦士といった様子の大男。


 兜が無い漆黒の甲冑姿。外が黒くて内が赤いマント。

 左手一本で背丈を越す大剣を水平に構え、右腕には異様な程に巨大な、何やら仕掛けが隠してありそうなガントレット。

 ギフトは『反射鏡』。身体の近くに半透明の鏡を生み出し魔法や弓矢を跳ね返すだけでなく、鏡に当たった人などを反転させることも可能な便利能力。


 ラスボスの雰囲気を漂わせる、敵軍の長といった感じだ。




「そんなものかぁ!」

「くそぉ……」


 全力で踏み込んだ一撃を片手持ちの大剣で去なされ、巨大な右腕による追撃を紙一重で避けては距離を空ける。


 開始から数分。既に汗だくで息も絶え絶えの若者。

 まだまだ余裕で、追撃、ギフトを使わないという手加減さえしている男。


 経験の差か。

 闘いには有効だが特に珍しいものでもない『瞬足』への対処法が完璧で、行動を読まれた上、明らかに手を抜かれていることへの苛立ち。


「はあぁぁぁぁぁ!」

「自分の行動の先を見ろ!」


 低い体勢のダッシュから、目の前で急激なジャンプをして勢いそのまま剣を振りかぶる。


 人間の視界は横に強く、縦の動きには弱い。


 しかし、そんなあからさまな誘導に掛かるほど男は甘くはなく、先読みで空中を叩き落とすような軌道を大剣が描いていた。

 自分から無防備になる宙へと飛び込んだ若者は、無理矢理に剣を盾にして防ぐも空中では為すすべもなく、背中から地面に叩き付けられ肺の中の空気を全て吐き出し、転がって、壁に激突して止まった。


「……」


 埃が舞う。



 若者が立ち上がる気力が無いことを目視で確認した男は、しかし、剣を構え直した。






「およ? バレてるみたい」

「そうみたいね」


 硝子が無くなった窓枠に腰掛ける二人組は、男の目には異質に見えた。


 広い謁見の間を天然の光で満たすために高い位置に取り付けられた窓枠。

 そんな目立つ場所に居ながら、登るところを察知できなかったばかりか、声がするまで居場所が判らなかった気配の薄さ。


 何かがこの部屋の近くに居ることは判っていたので念のために剣を構えた男だが、それは動物か魔物だと思っていた。



「とぉー!」


 隣に座る少女を抱きかかえた仮面の子供が窓枠から飛び降り、高さなど無かったように着地。


「まさかデート先で決闘が観れるなんて、運が良いね」


 嬉しそうな仮面の子供とは対照的に不機嫌な女性も、邪魔者が居たことはどうでもよく、未だに収まらない埃に顔をしかめているだけだ。

 因みに、子供が着地した場所に埃は出ない。女性のエスコート役としては当然のマナーである。難易度は高いが。



「何者だ。まさか、此処の住人などとは言わんよな?」


「うーん……ちょっと近い?」


 廃都だと知って闘いの場所に選んだ男は、予想していなかったその返答の意味を考える。


「皇帝から頼まれた依頼ついでに、貰える土地の下見に来ただけだよ」


 考え終わる前に軽く放たれた言葉に、男はたじろぐ。

 ニートルダムには幾つもの国があるが、皇帝と名乗るのはただ一人。


 外見は子供だが、皇帝と直接のパイプがある上に依頼を頼まれるような凄腕。



 そんな嘘を騙るような場面ではない。

 男には子供の実力が全く見えないが、これは今までの経験から、絶対に敵対してはならない相手だと勘が告げている。警戒度を相応に引き上げる。


 剣の柄を握る腕が自然と力み、若者との闘いでは一粒も出なかった汗が額から滴り落ちた。



「この城は取り壊すらしいから別にいいけど。確か此処、立ち入り禁止だったよね?」


 若者がぶつかって表面が崩れた壁を見てから、男に視線を戻す仮面の子供。


「すまない。人の邪魔が入らない場所だったからな」

「まあいっか。それよりさ、この都市の魔物退治とかしちゃった?」


 自然体な子供と、子供を前に緊張する大人。

 端から見て面白い絵だと、最初以外は黙っている女性は思う。


「都市内は粗方片付けたが……それが?」

「うん、内側ならいいや。いきなり市街戦は流石に難易度高すぎだから──「おりゃあぁぁぁ!」──ね。最初だし、的を置いて練習のほうがいいかな」



 突然の事に、男は反応できなかった。



 いつから起きていたのか、不意打ちで怪しい子供へと斬りかかった若者。彼が何を思ってそうしたのかは判らないが、その結果は、男に勘の正しさを証明させてみせた。


 『瞬足』を使っていたのに、有り得ない早さの子供に逆に背後へと回り込まれ。

 足を引っ掛けられて転びそうになった所を、再び正面に回り込んだ子供に巴投げをされた。


 窓枠から外へと飛んで行った若者。


 何事もなく会話を続ける子供。






 手を繋ぎながら普通に歩いて出て行った二人を見送った男は、何となく、若者を捜しに出てみた。


 放置されたことで育ちすぎた街路樹に上手く引っ掛かっていたが、本人は気を失い、そこに巣を作っていたらしい鳥につつかれていた。



 何とも締まらない、決闘の終わり方。






「あ、なんで決闘してたのか聞くの忘れてた」


「もっと面白い決闘なら気になったかもしれないけど、あんな弱いもの虐め、どうでもいいでしょ」



 ラスボスみたいなオッサンは是非とも勇者の敵として勧誘したかったなぁと後悔したソラも、ベルの辛辣な言葉に、まあいいかと気持ちを切り替えた。


 繋いで手を元気良く振って、廃都の外を目指してのんびりと歩いた。

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