自宅待機と情報部
2014.6.23 誤字修正
ラクーン王国とガングリファン帝国を繋ぐ“悪魔の森”を迂回する道の中で、一番安全な道の、最寄りの村。
「お久しぶり、獣人の村」
そう嘯くソラの足下には、いつぞやの猫耳筋肉。
出会い頭のボディーブロウにより、筋肉妖怪はこの世から成仏したのだ。南無。
勿論、いくらソラとはいえ、本気で悪霊退散するために殴ったわけではない。
と、其処へ。
猫耳妖怪筋肉ダルマの奥さん──猫耳&爆乳──アマリーが、布を抱いたまま近寄ってきた。
「あらあら」
困ったような笑い方で、しゃがんで夫の背中をさする。
……自分の旦那が声を出せないほど悶絶しているというのに、この程度の反応。
「最近は落ち着いたけど、少し前はもっと酷かったから……」
先輩による洗礼か、モテない男子連合の仕業か。
そんなことを言う奥さんに、ソラは(仮面さえ無ければ)極上の笑顔を向け。
「お疲れ様。そして、おめでとうございます」
と、お行儀良く頭を下げてから。
足下へは無表情で。
「末永く爆発しろ」
意味は分からなかったが褒め言葉と受け取った筋肉は、にへらと笑う。
それを見たソラに「殴られて笑っている」と勘違いされ。
勘違いは続き、後日、王国の一部貴族の間で流行っているという情報と共に低温蝋燭と鞭と荒縄のセットをプレゼントされた奥さんは、それでもやっぱり「あらあら」で済ませるのであった。
その後使用されたのかは、夫婦の間での秘密である。
「へにょんって、へにょんてしてる」
ソラの謎の言葉は、赤ちゃんの猫耳を見た感想だ。
赤ちゃんが生まれたとグリモワール経由で知らされたソラは、単身『ゲート』を潜ってきたのだ。
「女の子で良かったね。男だと、もれなくアレだよ」
アレ、で目を向けた先には。
旦那用の出産祝いとして持ってきたベンチプレスで、二百キロを上げ下げしながら「ふぉぉぉ!」と奇声を発する、マッスルキャット。
発するとマッスルを掛けたわけでは無い。断じて無い。
「慣れると、アレも可愛く感じてくるわよ?」
「男はそもそも対象外だよ」
さり気ない惚気と、性癖を隠す気が全く感じられない発言。
そんな噛み合っていないようで通じている会話をする二人と、いつの間にか重量を上げ、さらに奇声もヒートアップさせる筋肉。
誰も彼もマイペースな一時は、寝付いていた赤ちゃんが泣き出すまで続けられた。
奇声のせいだと判断したソラは、ベンチプレスを持ち上げた瞬間に重りを足すという早技を繰り出し、子供の教育に悪そうな筋肉を討伐するのであった。
・・・
「お待たせ」
「早かったわね」
村の郊外。王国と帝国、それと獣人の村を繋ぐT字路がよく見える高台、の裏側。
斜面であろうと、家の下部分“コンクリート風”土台が変形して水平を保つ『ポータルハウス』にて、ベルが本を読みながら待っていた。
王国から帝国へ。もしも村に寄り道したとしても分かる絶好の位置だが、高台に見張りなんかは居ない。
<直感><占い><推理>スキルを駆使したソラの予測では、
「T字路を通るのは一週間後の午前十一時半過ぎ」
「一度帝国側に向かうが途中で引き返して十二時十分頃、獣人の村に行く」
と、出た。
因みに帝国情報部の見解は、ソラより三日も早い今から四日後、日の出を過ぎた頃にT字路を、そのまま帝国へ向かうと予想。
……王女はソラに、皇帝もソラにしたいのだが、娘に早い者勝ちを主張されて泣く泣く情報部に賭けた。
賭けにするのもどうかと思うが、帝国に対する情報部の忠誠心が揺らぎそうな事件である。
因みに賭けの景品は「ソラから貰ったエクスカリバーを最初に試し斬りする権利」。
ソラの「王の剣だからね」という親切が、親子、そして国と情報部に亀裂を入れることになるとは、この時は誰も──
──なんて事はなく。
賭けの胴元が情報部で、情報部は情報部ゆえ、恐らくは帝国のどこよりもソラの能力を把握、理解、達観しており。
あれと比べられるだなんて馬鹿げている。
と、一流としてのプライドも無く口を揃える。
プライドなんてものは、殆どが同レベル
成りうる存在相手に競うものであり、人外相手に競うのは逃げ足の速さと立ち向かう勇気くらいだ、というのが、情報部のソラへの評価だ。
主君である皇帝相手に口を酸っぱくして敵対の危険性を説き。
ソラは好みの女性相手には絶対的にチョロいと分析し、王女を焚き付け。
ソラの好みや何やらを調べるのも、最近できた情報部の仕事だ。
敵対行動を取ったときの反応を調べるという仕事があ ったのだが、その実行役を男連中が押しつけあってなかなか決まらず、結局はソラに関する情報を何一つ知らせせていない新人に押し付けて襲わせた、その結果。
反撃もなく全て避けきってから「何の仕事かは分かりませんが、いつもご苦労様です」の一言。
サブカルチャー大国出身で、忍者とかスパイとか大好き。
情報部に対するリスペクトが半端ではない。
そんな有り難い情報と共に、会ったこともないはずの新人をどうやって情報部と見抜いたのか。
未だに全てを把握しきれず、そもそも把握できる日が来るのか。
情報部の忠誠心は皇帝から離れることは無いであろうが、皇族親子の絆は壊れることがあるかもしれない。
もしもソラが、皇帝を嫌って王女の味方をした場合。
皇帝と一緒に玉砕して忠誠心を示そうとする者と、王女を新たな皇帝と崇め元皇帝を追い詰める者とで、情報部は真っ二つに別れるであろうと、情報部幹部は今から頭を痛めていたりする。
そして情報部の知らぬ所で、新たな悩みが。
お茶を一口飲んだソラが、何でもないように切り出す。
「さっき確信したんだけどさ」
「ん?」
「あの獣人村って王国領にあるけどさ。中の住民は全員、帝国情報部っぽいんだよね。あれが噂に聞く隠れ里かな?」
「……」
ベルは本を目にしたまま、固まる。
「万年花だっけ? あれって品質保つのが難しい植物なんだって。万年花はハンターズギルド管理らしいから、王国は専門家に住民の選別を丸投げ。確実に情報部が、それも重役に収まってるハンターズギルドの選別だから、王国の拠点として便利に利用しちゃえって考えるのが普通だよね?」
悪名高い帝国情報部の闇。
そんなもの命が惜しければ聞きたくもない。
と、ソラと出逢う前ならば、ベルも思ったことだろう。
「ハンターズギルドに情報部が入っている、その根拠は?」
「ハンターは資格試験で出身とかも厳しく調べられるらしいけど、ギルド職員は学力の有無くらいなんだって。帝都のギルドに侵入した時、ちょうど他国から来た職員希望を採用するかどうか話してたの、聞いた」
ソラという御守りの効果を本人以上に知るベルに、少なくとも帝国には敵は無し。
そしてソラは、帝都の重要施設には一通り、好奇心だけで侵入している。
「それに……情報部の能力なら出身偽って出世するくらい、訳ないよ」
ソラの断言に、ベルは別の意味で納得する。
あんな集団がそもそも存在しない平和ボケ国家、ラクーン王国は、ザルだ。
「前来た時に気付いてれば……」
後悔の滲む声に、ベルは黙って続きを促す。
「いや、あの村が隠れ里だって気付いたキッカケ何だけど……」
ソラが後悔するなんて……
「……子供のお守りしてた、サシャって子」
やっぱり女だ。
「薄れてたけどさ、色んな男の臭いがしたの。だから男好きかと思って避けてたけど。実はそういう仕事で、仕方なく抱かれてたのかなって。ベッドの上で情報収集は定番だし」
仕事。抱かれる。
「ずっとそういう仕事は辛いと上も知ってるから、リフレッシュ代わりに子供の世話っていう仕事を任されてたんだろうなぁ、って思うと」
罪悪感、だろう。
確かにソラらしくなく、あの元ハンターだと話していたような気がするようなしないような猫耳少女とあまり会話らしい会話をしていなかったと、ベルは今更ながら気がついた。
女性相手に、もしかするとベルの方が会話をしていたかもしれない。
「今日、それとなくアマリーさんに聞いてみたら、さ」
ズーン、と影を背負って。
「……ハンター仲間が迎えにきたって」
休息からの復帰だよね、と。
いや、多分ハンターっていうのも本当なんだろうけどね、と。
「せめて、グリモワールあげとくんだった……」
皇帝に弟子入りしたのか。
ソラの背後に、おどろおどろしい青白い火の玉の幻覚が。
「……」
慰める言葉は持っているが、落ち込むソラが可愛くて黙っちゃうベル。
「……」
実はお茶を出し、無言で控えていてバッチリあれこれ聞いちゃったソフィアさん。
途中から、館を任せてきた三人は大丈夫だろうか白いドラゴン格好いいなオーガ良い人俺ウソ言わない肉はもう見たくないソラ様の胃袋インベントリってなに? それよりもこの二人鑑賞する分には最高──。
と、軽く現実逃避していた。
終わり方のパターンが被りすぎて困る。




