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百合な少女は異世界で笑う  作者: テト
ソラと愉快なスカウトキャラバン
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定番、女官長とメイド長

 皇帝の執務室。

 コタツで蜜柑の皮を剥きながら、ソラはここ最近の自由行動の内容を語っていた。


 「女の子観察」という、同じ女性でなければ……同じ女性であろうと、むしろだからこそ変態的な趣味と、お小遣い稼ぎを兼ねた「帝国騎士育成ゲーム」の二つだ。


 貯めた帝国通貨の使い道などはこれから説明するつもりで、ソラは指先を蜜柑色にしながら面白可笑しく語る。



「どうりで最近、騎士たちが疲れていると思ったら」


 自主的に訓練を厳しくしたのかと思えば、元凶に巻き込まれていたのだ。疲労が溜まった状態で護衛などされたくは無かったが、それならしょうがないと思えるほど、皇帝もソラに毒されていた。


「今日から回数減らすって伝えておいたし、思い付いた別メニューも渡したし、メイドさんとか暇そうにしている人とか何人か引き抜いたし……」


 薄皮まで向いた蜜柑を皿に分けると、本を読んでいるベルの前に置いた。

 本から目を離さないまま、ソラが丁寧に剥いた蜜柑を一つ摘まんで口に運び、ナプキンで指先を拭いてまた本に集中するベル。



「これで取り敢えず、帝都ここでやることも無くなったね!」



「待て、さり気なく人員の引き抜きを報告するな。同じ帝国内とはいえ許可無き移住は──」


「ちゃんと役所で手続きしたよ。ああそれと、帝国に領地があるのに帝国の住民じゃ無いのもおかしいから、騎士の人とかに教えてもらいながらベルの分も一緒に登録しといたよ」

「……ん? 一応・・ラクーン王国籍だけど、大丈夫だったの?」

「お金払えば国籍どころか男爵位くらいなら買える制度らしいよ? とっても高かったけど、合法的・・・に騎士ボコって貯めたお小遣いに、欲しいって言われたから色んなとこにポーション売ってきた。今では二人とも男爵で、お金も結局余っちゃった。帰ったらジャガイモ植えとかないとね」


 移住手続き。国籍登録。


 確かに直接皇帝の下へ来るような話ではないが、人の執務室を溜まり場のように扱っているのだ。雑談の中で事後報告ではなく、きちんと事前に相談してくれてもいいのではないかと。


 仲間外れっぽくて、寂しく思う皇帝陛下だった。



 後々、娘と使用人、そして何故か、訳あって紹介していないはずの妻──ガングリファン帝国、皇后──までもが事前に相談を受けていたと知り、皇帝は悟りを啓く(正確には啓いた気分)にまでに至ったのであった。






・・・






 栄え有る帝国城に下働きとはいえ十代のはじめ頃から勤め、恋をするひまもなく働き詰めだった男爵令嬢のサフィアはその日、二十代も折り返しに入る直前、直属の上司にあたる女官長に自らの暇を願い出た。

 あまりにも突然で、しかし心当たりがあった女官長は取り敢えず、一晩置いてから改めて申し出るように伝えた。


 そして、翌日の女官用の共有休憩室に誰も来ない時間帯。女官長は溜め息を吐いた。


 きらきらと。まるで、城の中には下級貴族では想像すらできないような華やかな世界が詰まっているのだと夢見る新米女官のような瞳をしたソフィアに、女官長は説得の無意味さを知った。



「やはり、一晩では考えは変わらない?」

「はい、私にはこの道しか無いと」


 思えば、下級貴族の娘ならば浮かべるような城への憧れも、上級貴族の娘のような重圧感に満ちた、叉は余裕といったものの一切を顔に出さなかった、同期や近い先輩から「鉄仮面」と渾名された小娘が。


「ようやく巡り合えた“使い道”なのです。この機会を逃せば、きっと私は駄目になってしまいます」


 個人の特殊能力を『ギフト』と命名し、それを神からの贈り物と教える聖教会では、ギフトに合った職に就くことを宗教用語で“正道”“天職”などと呼び、生きる上での幸福の一つであるとしている。


 ソフィアは熱心な信者とはとても呼べないような人間だが、これがきっとそうなのだ、と実感したからの言葉だ。

 今更、毎週のお祈りに出る気は全く無い。


「貴方には、私の後釜にと考えていたのですがね。ずるずるとみっともなくこの地位にしがみついている間に横から取られてしまいましたか」


 女官長の苦笑いにソフィアは、渾名とは正反対の柔らかな笑みを返した。


「私には勿体ないお言葉です。それに同期の話では、女官長はあと三世代は続けられるだろうという予想でしたから」


 いつも堅苦しい敬語で返してくる部下の珍しい軽口に、女官長は先程とはまた違った種類の苦笑いで、尖った耳の先を指先で弾く。エルフである女官長の、困ったりした時の癖だ。


「流石の私でも次まででしょうね。……同期というと、皇后付き?」

「いえ、厨房です」


 女官長の凄みのある笑顔に、女官長が見たこと無いようや爽やかな笑顔で返したソフィア。



 そんな二人は、廊下の遠くの方から聞こえてきた、ズルズルガタガタ、最近聞き慣れてしまった重たい何かを引き摺るような音に気付き、顔を見合わせて苦笑い。


「お迎えが来たようね」

「そうですね。途中で別の用事も済ませてきたみたいですが」



「ソフィアさーん、用意できたー? あ、メイド長さん、こんにちは」

「はい、こんにちは。何度も言いますがメイド長ではなく女官長ですよ」


 休憩室の扉からヒョコッと顔を出した仮面の子供は、一緒にいる女官長と毎度の挨拶を交わす。



 ただ、今日はこの続きがあった。


「そうだね、女官長さん」

「あら、今日は聞き分けがいいのですね。誰かに怒られましたか?」


 普通の子供扱いをしてくる女官長に首を振る仮面は、仮面越しでも判るご機嫌さで言い放った。



「だって、今日からソフィアがメイド長だもん!」



 銀色の前髪を手櫛で直したソフィアは赤い目を愉しそうに細めてから、新しい主人へと頭を下げるのだった。

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