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百合な少女は異世界で笑う  作者: テト
祭を控えて
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千年祭を迎える前に

「勇者たちって、どうして王国に向かってるんだろ?」


 勇者一行の暴走馬車を止める手伝いをしてきたソラはリビングに『ゲート』で直接帰ってくると、出掛ける前まで座っていた椅子に座り直し、何気なく疑問に思ったことを呟いた。


 すると、定位置に座っているベルが驚愕を顔に浮かべ、手にした本から顔を上げた。

 メイドに飲み物を頼んだソラは「本に変なことでも書いてあったのかな?」と屈み込んでタイトルを確認しようとしたが、ベルが本を開いたままテーブルに置いたので表紙も背表紙も見えなくなる。



「千年祭を、知らない……?」


 ベルが驚いたのは本の内容ではなくて、ソラの発言。


 『千年祭』という言葉を聞いたソラは知ってますといわんばかりに自信満々な顔をした、が。

 しかし、よくよく考えれば千年祭という名称と、帝都でやるお祭りということしか知らないことに気が付いてからは一転、考え込む。


 その仕草から、ソラがまさか、グリモワールがあるにも関わらず『千年祭』を知らなかったことにベルは愕然とする。

 様々な所有者が様々な事を書き込むグリモワール。

 情報を集めるにはとても便利なアイテムだが、どんなに有用な情報であろうと本人が知ろうとしなければ知らないままであるという、当然ではあるが忘れがちな常識をベルは思い知る。


 そうと判れば説明しないわけにもいかないが、それよりもまず、ベルは気になったことを確認しておく。


「皇帝からは、何も?」


「皇女ちゃんと一緒にお祭りの準備で忙しいっていうのだけは聞いた」


 特にそれ以上の説明も無かったので「皇族が出席するお堅い行事」と勘違いしていたソラに、どうして忙しいのかも説明しておいてくれればとベルは思う。思うが、恐らくは皇帝側もベルが話しているだろうと思い込んでいることも察したので、何も言わない。

 今回は先が読めない展開を楽しもうと、あえて話題にしなかったベルも同罪──忙しさから疎かになった皇帝と下種な考えを一緒くたにしているが、そこはベルが胸に秘めていればバレないからいいのだ。


 計画が白紙どころか紙すら無い状態。

 確かにこの展開は読めなかったわとベルは軽い冗談を思い浮かべては気を取り直し、本を閉じてソラと向き合う。



「『千年祭』は、初代勇者が召喚されてから千年目の節目を祝うお祭りよ」


「おお! そういえば最初の勇者、千年前だっけ」


 思い返せば異世界に来てから、千年という言葉に何度か聞き覚えがあったことを思い出したソラは、どうして千年祭と聞いてそれが出てこなかったのか自分で自分を不思議に思うと同時に、解答を得る。


「ああ、だから勇者は王国に行くのか」


 初代勇者を召喚したラクール王国だからこその“初代勇者の式典に当代勇者が出席する”権利であり、穏便に済ませるための無難な手、なのだろう。

 これがもし、勇者が他の国の千年祭に参加してしまうとどうなるのか。

 国家間の軋轢、勇者召喚しか取り柄がない王国と王族の権威低下、勇者の取り込みの激化……。ざっくりと考えただけでも問題だらけで、じゃあ参加しない、というのもそれはそれで勇者と王国の関係やら何やらと無駄に勘ぐられたりで面倒臭い。


 現実に勇者がいたらこんなに政治的で夢が壊れるのかと、ソラは少し、大人になった気がした。


「帝国は千年祭で皇女が次期皇帝であると公表するそうだから、勇者は却って邪魔ね。勘ぐって皇族の一族に勇者が加わる、なんて有り得ない心配を大声で広める馬鹿も現れるでしょうし」


「あれ、『王女』が『皇女』になった時点で後継者は決まってたんじゃないの?」


 そんな決まりがあったから、公表しているものだとソラは思っていた。


「噂程度には広まってるでしょうけど、公式に発表するというのは大事なことよ。他の候補への最終通告、それに今すぐ皇帝になるってわけでなくても御祝いはするでしょう。御用達店への連絡も兼ねてるのよ」


「なるほど」


 教えるベルと、頷くソラ。

 皇室の引き継ぎという国の極秘事項を軽々しく話していることに控えていた元皇室付き侍女、現メイド長ソフィアも慣れたもので、顔色も変えずに紅茶とお茶請けをテーブルに並べる。

 三色メイドは他の仕事で居ないが、護衛の女騎士二人は互いに目を合わせ、聞いていないふりに徹することにした。



「千年祭に話を戻すと、千年祭は何事も無ければ・・・・・・・人類の偉大な歴史として刻まれるでしょう。魔族との和解からこれまで大規模な種族間戦争を起こさないで来れた人類を誇り、その礎となった初代勇者を讃え、これからも彼の栄誉の下に平和を誓うという建前・・で」


「ところどころ黒いけど、多分、その黒い部分が大事なんだ?」


 実に似合う冷笑が似合うベルにソラが何となく判ったことを聞くと、冷ややかな表情が清々しい笑顔に変わる。


「そのための勇者召喚よ。元は、ね」


 災厄に必ず居合わせるのが勇者であり、勇者が居れば災厄は起こる。

 当時は本気でそう思っていたベルは、前の勇者召喚から五十年という歴代勇者召喚の通例に習った節目であり、千年祭という如何にも何か起こりそうなイベントが重なった年に勇者召喚を実行した。


 そしてそれは『理由が無ければ召喚を行わない』という現ラクール国王の方針に反発したかったという、冷静なベルにしては子供っぽい理由も、本人は否定しない。


 動機はともあれ、城に軟禁され、味方なんていなかったはずのベルが、過去に類を見ない大規模召喚を実行しえた最大の理由。

 それは勇者を求める聖教会と、聖教会のつてで勇者召喚の儀式という世界最大級の秘術への好奇心や名誉心に魅せられた魔法使いを懐柔できたからだ。



 しかし今のベルなら、そんな運任せな方法をやらなくても確実に、局地的な災厄を巻き起こせる。


「勿論、何も起こらない可能性だってあるわ。いえ、起こらない可能性の方が確実に高いでしょう」


 ──だけど、と。

 ベルは微笑み、ソラはその笑顔で理解した。



「──ソラ、お祭りは派手にいきましょう」



「──うん!」




 標的・・が標的だけに事をなるべく大きくしたいベルは良いことを思い付き、さも言い忘れていたかのようにソラへと告げる。


「そうそう。皇帝公認・・・・だから好きに暴れていいのよ」


「マジで!? うわぁ、どうしよ、逆に迷っちゃうなぁ。やることいっぱいあったから『アーツ』使ってないし、魔法もスキルも自重してたし、うわぁ選べない」



 勿論、そんな物騒なものの公認なんかした覚えはない何処かの皇帝。

 長い帝国の歴史の中でも最大級の祭事を無事に迎えるため、余計な仕事を片付けておこうと心身を削って切り詰めていた皇帝は自分でも驚くほど大きなクシャミをしたことで、当日に風邪を引かないのも皇帝の勤めだと考え直し、スケジュールの見直しを計って周囲を安心させていた。


 ──千年祭後日、言った覚えがない指示に頭を悩ませるのは確定した未来の話。




 期間が空いた割に短くてごめんなさい。

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