26話「高位魔族アンゼルヌーク、心がポッキリ折れる!!」
「よ……妖精王……!!? そんなの聞いた事もないわッ……!!」
アンゼルヌークは狼狽するしかない。
彼女は実は中級魔族スペリオルよりも格上の高位魔族である。それよりも更に格上の七つの魔王を、妖精王ナッセが圧倒した事実を信じられないようだった。
てっきり煉獄竜王フレアネスドのワンサイドゲームで優勝までいくものと思っていた。
しかし結果はボロ負け。しかも一回戦敗退……。
横たわっていたフレアネスドは端から散り散りと分解されて空へ流れていく。
妖精王の攻撃で致命傷を負って浄化されてしまったのだ。
「ああッ!! しまったー!! 魔族は邪悪な精神生命体って設定だった~!!」
当のナッセは頭を抱えていた。
「最初の流星進撃にも耐えてたから、見誤って殺しちまった……。妖精王だから魔族に特攻になるって事を失念してたぞ……」
《あ、ご心配なく。殺しても勝ちとなりますので……》
「う~ん。そっちじゃねぇけどな」
《……え?》
本来なら、ナセロンたちが戦うべき強敵。
漫画通りなら、もっと先の展開なので殺してはいけない。そのはずだった。
これでナセロンたちが戦う敵が一体消えた。これがストーリーに大きく影響しなきゃいいけどなぁ。
ニーナは冷徹な目で汗を垂らしながら静かにナッセを見定めていた。
「負けるにしろ、そこそこ善戦する程度と侮ってたわ。まさかここまでとはね……」
これが本気で限界であれば、何とでもなる。
しかしまだ余裕がありそうだ。何かまだ隠し持っているような気がしてならない。
まだ下手に処理しない方が賢明だと察した。
全力で始末しようとすれば、更に上の力を発揮して手痛い目に遭わんとも限らない。おまけにヤマミもいる。
「ともかくヤマミも含めて危険人物と思った方がよさそうね……」
邪魔する気がないと言っているとはいえ、ナッセとヤマミはイレギュラー過ぎて逆に危険だ。
予知めいた事をしばしば口にするし、妙なメタっぽい発言もしている。
「オラ────ッ!!! 完全勝利一撃──ッ!!!!」
その次の試合でナセロンの兄貴である戦闘狂ビクターはモブ選手を容赦なくV字アッパーで上空へドゴーンと吹き飛ばして容赦なき勝利を挙げた。
その次でナッセと戦う事になるので「ふふ……」と不敵な笑みを見せた。
《現役復活してもなお、彼の無敗は更に続くようです!! この次でナッセとの戦いが楽しみになりますね!!》
それを見届けていた三メートルほどの大男は黒いマントとフードで覆われて正体が分からない。
《神聖拳匿名希望者選手は、このまま準決勝戦へ直行です!! それからアンゼルヌーク選手も決勝戦へ直行なので一回戦はここで終わりです!! 一時間の休憩を挟んで二回戦へ移行します!!》
一時間の休憩。
ブラッドは浮遊コロシアムのベランダにも当たる外周で地上と空の風景を眺めていた。
本来ならアンゼルヌークがナセロン抹殺を頼むが断られて、最速の赤いトゲで不意打ちして大怪我を負わせる展開だったのだが、今回は何も起きなかった。
むしろアンゼルヌークはナッセがいる食堂を盗み見していた。
「なんか見られているんだが……」
「高位魔族アンゼルヌークでしょ? 今大会の決勝戦でナセロンと一進一退の戦いをするんだったわよね?」
「オレの漫画読んだ?」
「いいえ、読んでないわ」
それでもヤマミは「ふふん」と得意げだ。
「なんか詳しすぎるような……?」
「さぁ、どうかしらね」
小悪魔的に笑んでいて、いつ確信するのか楽しみなようだった。
そんな余裕すら見せている。
「何を話してるか知らないけど……、気になる……」
アンゼルヌークは冷や汗タラタラで震えていた。
できれば厄介なナッセを脱落させたかったが、不意打ちできる隙がどこにもなかった。
薄ら笑みを浮かべて「悪手だろ」ってアッサリ見切りそうな気がしてならない。
ガタガタ震えるしかない。
「こ……こんなの……認めるわけには…………!」
相手は七つの魔王すら凌駕するほどの男。しかも天敵の妖精王。勝てるイメージがわかない。
視ただけで精神が折れてしまった……。
そっ閉じするかのように、ひっそり去っていった。
「私はもう戦わないわ…………」
悪巧みなど諦めて、おとなしく支配神ルーグに主従する事にしたのだった。
一応結果オーライなのだろうか……。
《知らせです!! 高位僧侶アンゼルヌーク選手は棄権したようです!! 故に匿名希望者選手との試合が決勝戦となります!! 繰り返します!》
ナッセは「え?」と声を上げた。ヤマミは目を細めてため息。
「えええ?」
「腹でも壊したのかな?」
「すぐ決勝戦だもん。誰だってやりたくないよ」
「ナッセってやつが七つの魔王やっつけたんだろ? そらビビるわ」
「優勝はやっぱナッセに決まりそうだな」
「いや無敗のビクターがいるぜ!!」
観客はワイワイそんな事を交わしていた。
一時間が過ぎて、ようやく二回戦へ入るようだった。
《お待たせいたしました!! ついに二回戦でーす!!!》
歓声が湧き上がる。
《ナセロンは三連戦したので三回戦へ持ち込むとして、二回戦初戦は魔道士ヤマミ選手と魔道士ニーナ選手の試合となります!! 両者前へ!!!》
荒れていたはずの闘技場が綺麗に整えられ、六つの柱で囲んだ闘技台が元通りになっていた。
これも支配神ルーグの力なのだろうか。
冷淡なヤマミと不敵に笑むニーナがその上で対峙していた。
「お手柔らかに頼むわね。ヤマミ」
「そちらこそ……」
歓声が湧き上がる最中、二人はゆっくり身構えていく。




