第七十一話『変な人間』
「うぅ、やっぱり寒いな......」
天井と窓が破壊された事により夜風にあたりながら眠る事になった為、最悪な朝を迎える形となった。
「くしゅっ......勘弁してくれよぉ」
睡眠前に一応割れた窓にはカーテンを掛け、天井にはビニールシートを留めておいたが夜はやはり冷える。
(昨日の事は夢じゃなかったんだな。)
天使が部屋から消えた後、迷惑を承知でアパートの住人らにも何かしらの異常、怪我がないかを聞きに回ったが何事もなかった。コーヒを沸かしながら、携帯にて母へと連絡を入れる。
「忙しいのか?」
珍しく母が電話に出ない事に疑問を感じるが、今は何よりも例の天使に対して案じるべきだろう。
(________もう一度後でかけ直してみればいいか。)
大学入学式までにはまだ一週間はある。故によりルキフェルに対して有効打になる情報が必要だろう。財布をポケットへと入れ靴を履く。
「天使についての本を買おう。」
あの天使が戻ってくる可能性は零ではない以上、対策も兼ねて原作である小説へと目を通して置くに越した事はない。
(_______知識を蓄えよう。)ガチャ
丁度、青年が玄関を出て行くと同時に天使が窓から屋内へと侵入していた。
「あの人間が存在した場所はこのあたりでしたか。」
日差しが天使を照らしつけ、白翼は美しく輝き羽根が舞う。
「この小屋で間違えは無い筈です。」
翼を畳み天使は部屋の内部へと移動する。
「あの人間はいない、ようですね。」
ルキフェルは翼を完全にしまいソファーへと腰掛けた。
「世界は大きく変革し私は一人となった。この世界にて神に成り代わろうとも私は満足しえないでしょう。同胞の居ぬ世界に私の望む物は______」
(___________存在しない。)
眼を瞑り一人懺悔を口にする天使は疲れからか身体を横へと倒れる。
(少し.......疲れてしまいました.......ね)
天使は本来睡眠を必要としないが時折望んで睡眠を取る事もある。その際に見る夢は過去、現在、未来の光景を映し出す。そしてルキフェルは夢の中であったであろう未来の栄光を目にした。それは自身が地獄の覇者となる未来。そして千年王国の衰退を促す事であった。
(此れこそが私が辿るべき正史であった。)
しかし神はそれらの道から大きく外れた異界へと熾天使を飛ばした。罪故に。ルキフェルはそう認識していた。
「........私は.....」
無意識の内にあったかも知れない未来の光景へと手を伸ばす。だが、いくら手を伸ばそうとも届かない。
「私は......」
同胞を救いたかった。
「......主よ」
神からの寵愛を独占したかった。第一の息子として、熾天使として。涙を静かに流す。
「もう叶わぬ夢なのだろうか___________掴みたかった。」
同胞も、憎むべき相手もいない世界。人類は存在しようと自身が裁きを下すに足りぬ劣等種ばかり。破壊と殺戮をしたとて何も感じる事はないだろう。故に無気力かつ朽ちて行く他に自分には手段がない。とは言え、天使には寿命がない。永遠に苦しみを感じて生きて行かなけれならないと言う現実が待ち受けている。
「うぅ________誰か、私を、主よ」
救って欲しい。涙が頬を伝う。
”泣いているのか?”
光がその台詞と共に闇の中に入る自分へと差し込んだ。
「だ.....れ」
そして一つの未来が映し出される。闇の中に指す一筋の光。深淵の鎧を纏った何者かが闇から抜け出せないでいる自分へと手を差し伸べるのだ。それを心底と救われた表情で手を取る自分がいた。
「これは私なのですか?」
天使の夢は過去、現在、そしてありえるかも知れないであろう未来を映し出す。ルキフェルの目には光が戻りその未来へと向かう様に走り出す。
「待って下さい!!私は貴方に_______」ガバ
目が覚める。其処には青いブルーシートが破壊された天井を隠す様に留められていた。
「______やっと起きたか、お寝坊さんな事だ。」
ルキフェルは声がする方向へと顔を向けると先ほど夢で見たであろう人間の青年が此方を覗き込む様に立っていた。
「身体は大丈夫なのか?」
窓から差し込む夕日に照らされ優しく微笑んでいる青年の姿にルキフェルは胸を押さえた。
(なんでしょう、この感覚は?)
初めて感じる感情に困惑を隠せない。しかし、同時に安心とした感情も感じる。
「__________逃げないのですね。」
先程自分は彼に対し、圧力を掛け殺さぬ程度に地面へと押し潰した。普通の生命体ならば恐怖心を感じ逃げ出す筈だが、この人間はどうやら違うらしい。
「ここ以外に逃げる場所がないんだよ。」
そう苦笑を見せながら答える青年に天使は頬を緩ませた。
「あぁ一つアンタに見せたいものがあるんだが、いいか?」
青年は机に置かれている本を掴み、天使へと手渡す。
「伝記、ですか?」
「いや......それは」
青年は迷った様な表情を浮かべていた。だが、天使本人へと伝えなければならない真実である事に違いないと決意を決め口を開く。
「此れは..... なんて言うかさ、あんたの物語だよ。」
落ち着いた口調で説明されはしたが理解が出来ずにいた。
「私の.......物語?」
青年は立ち上がり本を渡す。天使はそれを受け取りタイトルを口に出して読んだ。
「Lucifer」
本のタイトルを確かめる様に言葉にする天使。そして天使は本を開くと一心不乱にページをめくって行った。
「心情までもが記されている。」
(私の内情を劣等種族である人如きが覗き見するなど万事に値する行いだ。)
翼を広げ天使の長槍を手元へと出す。狭いアパートの部屋は再び美しき翼へと囲まれ青年の首筋へと槍は当てられた。
「貴方は何者ですか。この様な下劣な伝奇を見せるなど死にたいと見える。」
青年は冷や汗を流しつつも頭の中で考えていた対応の言葉を口にした。
「簡単な事だ。アンタ自身が創作物の産物なんだ「貴様ッ」頼む、聞いてくれ。」
パソコンを開きルキフェルと言う単語を検索する。すると複数ものサイトが検索に引っ掛かった。
「この世界では少なくとも創作物としてアンタは世間には認知はされていると思う。他国ではアンタを信仰している人間も多少は存在してるし。まぁそれが良い事であるかは別として。」
存在した。もしくは数十世紀も昔の人間が書いた妄想物語かは人それぞれが個々に信じれば良いだけの話ではあるのだが、天使は今現在、自分の目の前に存在している。故にルキフェルが本物である可能性な高い事は事実である。
「私に関する事象が.......」
(天界の書記、そして同胞であったメタトロンによる情報操作?いえ、彼がこの様な無意味な行いに時間を割くはずがない。)
何を馬鹿なとパソコンの画面を覗き込むと本同様に其処には自分が此処に至るまでの物語を事細かくと書き記されていた。
「アンタの物語を書いた書物が映像化したものもある。」
ルキフェルはその動画を見て槍をカランと落とし膝をその場へとつけた。
「.........此処は『地獄』なのか?」
両手で顔を抑え現実を受け入れられないでいた。何故ならば自身は地上へと落とされただけだと思っていた。もしくは天界へ関与出来ない遠くの地へ送られたのであると。
(神の座を奪う.......?)
「奪う奪わないの話しではないではありませんか.....」
推測が正しければ道化は自分自身だったと言う訳なのだから。
「私が一創作物.......ふふ、ふふふふ」
壊れた様に小さく笑う。そして翼をしまい再びソファーへと腰掛ける。
「..........私はどうなるのですか」
「どうなるって、この物語の最後の事か?」
「そうです。」
青年は携帯を取り出し検索をかけるてみる。
「どうやら最終巻では天界へと地獄の軍団を引き連れて大戦を起こすらしい。」
「結末は」
食い入る様に聞く天使。
「聞いていいのか?」
首を縦にふる。
「そうか。」
ウェブサイトをスクロールし概要を読んで行く。
「天使は龍と成り神へと一矢報いるがミカエラとその使い達の必死の抵抗により地獄の最下層コキュートスへと封じられる。そして最後には満足をしながら永遠の眠りへとつくと書いてある。」
ルキフェルへと視線をゆっくりと向けると満足した顔で笑みを浮かべていた。
「最後まで私は同胞達へ栄光を与える事は叶わなかったのですね。」
何処か天使の背中が寂しく見えた。青年は台所へと向かいホットミルクを作る。
「取り敢えず此れでも飲め。」
ルキフェルへと渡すとミルクを受け取り口へと含んでくれた。
「.......あたたかい、ですね。」
「まぁ、レンジであっためたからな。」
向かいの椅子へと座り天使へと尋ねる。
「此れからどうするんだ。教会や著者にでも会いに行くか?」
ルキフェルは何とも言えない顔をする。
「会いに行ったところでどうする事も出来ないでしょう。既に物語は完成されています。」
下を俯きボソリと呟く。まるで全てに気力を見い出せないと言った様子で。
「私にはもう目的も何もない。ただこの世界の終わりを最後まで見届けることしかできません。」
ホットミルクを下ろし割れた窓際へと立ち夕日が沈むのを静かに身守る。
(あぁ〜.............く、くそっ)
青年は頭を掻き立ち上がるとルキフェルの元へと近づき尋ねた。
「此処で一緒に暮らすか?狭いけどさ____」
自分でも大胆な発言だと感じている。だが、目の前にいる天使が何処か壊れて消えてしまそうに感じた。
「______少しづつとこの世界を見ていけばいい。そうすれば何か見えてくるかもしれないしな。」
天使は顔を上げ、青年を見上げる。其処には優しい表情を浮かべた彼がいた。またドキリと心臓が高鳴る。胸を抑え青年へと確認をとる。
「い、良いのですか?」
青年は手を差し伸べるとルキフェルはクスリと笑い青年の手をとった。
「ふふ_________変わった人間だ。」




