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第百九十一話『戦いの火蓋』

星の宝玉と言うには些か自身の存在が矮小に感じる。


“妾はだだの小娘に過ぎない。”


確かにこの身には強大な力の渦が宿るのであろうが、かつては違った。そう違ったのだ。この様な異形じみた存在ではなかった。祖国エン・グレイスにて妾はエルフ族の長の娘という立場にいた。何も知らぬ箱入りであった妾は世界が平和そのものだと疑わなかった。


「なぁ、じいや。何故、あの者は首に鎖が繋がれているのだ?」


馬車の中にて移動していた際に目撃した城下町の光景。それは人を奴隷として使役をしているエルフ族の実態だった。


「頼む、休ませてくれ、」

「貴様達下等な人間に休む権利などないわ!」


地べたへと転がり懇願する。しかしその人間の腹へと蹴りを入れるエルフの男。


「お嬢様!」


妾はすぐに馬車から下り、その者達の場所へと駆けた。


「おい、おまえ。」

「なん.....え、エレンミア皇女殿下!?」


声を背後からかけられ振りむくと、何とこの国の国王の娘がいたのだ。驚きの表情を見せるエルフの男は即座に頭を下げ、跪く。


「私めに何か、御用であらさられましょうか!」

「この者はなんだ。」


エルフの男に転がる人間へと指を指し問う。


「.......奴隷で御座います。」


この時、初めて奴隷と言う存在を知った。


「奴隷、か........即刻と解放せよ。」

「こ、皇女殿下、それは....「妾の命が聞けぬと申すか。」...は、いえ、めっそうもございません。」


拳を握り締め、人間を恨めしく睨みつけるエルフの男。


「今、其方の首輪を解いてやるからな、」


人間を首輪から開放しつつ、開放しようとする。


「うぅ、ありがとう.....ございます。」


涙を流し、ひたすらと感謝の気持ちを言い続ける人間にエレンミアは慈愛の笑みを浮かべた。


「皇女殿下!!」「お嬢様ぁ!!」


じいやと近衛兵らが自分の名を呼び此方へと急ぎ向かってくる。


「じいやよ、」

「お嬢っ、汚らわしい人間めが、離れよ!」


じいやは介抱する人間の姿を確認するとかつてないほどの怒りの声を上げた。


「じいや!何を怒る!この物は其方に何もしておらぬではないか!」


じいやは顔を歪ませ、近衛兵達へと耳打ちをする。すると、奴隷の人間と共にエルフの男を連行して行った。


「じいや、何のつもりだ。」


じいやを睨みつけ、何事かと問う。


「...........お嬢様、直ぐに王城へと帰還を致しましょう。この場所は目の毒です。」


はぐらかす様に馬車へと連れ戻される。そして、席へと座るとエレンミアはじいやへと訪ねた。


「じいやよ、奴隷とは何か説明せよ。妾には知る権利と言う物がある。」


しかしじいやは目を瞑り奴隷についての説明はしなかった。


「グリフィズ王の許可なく私めの口からは申すことは出来ませぬ。」


父上の存在。いくら皇女であろうとも国王である父上の命令が行使されているのであれば、逆らう事は敵わない。


(今宵、父上に事の事実を問うしかあるまいか。)


エレンミアは馬車から夕暮れに照らされる城下町を見るのだった。


「お姉様ぁ、お帰りなさいまし!」


ぴょんぴょんと嬉しそうに撥ね、エレンミアへと抱擁をするエルミア。


「..........今帰った。」


そっけなく答える。心、此処に在らずと言う様に。


「お姉様?」


心配した様子のエルミアの頭へとポンと手を起き、自室へと戻る為に歩きだす。


「すまぬな、エルミア。妾は疲れた。今日は休むとするよ。」


エルミアは拗ねた表情をするが、直ぐに歩き去っていく姉へと声を上げた。


「明日は私のお相手をしてもらいますからね!」

「あぁ、約束しよう。」


エレンミアは自室の扉の前へと辿り着く。そして待女達が扉を開けようとするが、それを止める様に言う。


「妾は此れから父上の元へと行くよ。」


待女達は一礼するとその場を後にする。そして、エレンミアの背後へと二人の近衛騎士が就く。威風堂々と王への間へと凱旋する姿はまさに皇女たるものだった。


「父上!」バンッ!


本来であれば付き従う近衛騎士か、その室間の担当を任せられている待女らが扉の開け閉めを行うのだが、エレンミアは自らの力で扉を開ける。魔力を用いての開門のために大きな衝撃音が間へと広がった。


「何事だ、エレンミアよ。」


エレンミアの父であるグリフィズ王はため息をつきながら愛娘であるエレンミアへと言葉を紡いだ。エレンミアはドスンドスンと足音を響かせ父の元へと近づく。


「父上、妾は今日、城下の街へと赴きました。」

「おぉそれは良き経験となったであろう。」


わざとらしく歓喜をするグリフィズ王にエレンミアの眉間には力が入る。エレンミアはグリフィズ王自らが母上へと進言しエレンミアへと城下の様子を見学させるよう命じていた事は知っていた。


(この狸めが、妾に嘘が通じると思うてか。)


エレンミアは随分と舐められたものだと内心に感じる。


「父上......この国は奴隷制度を採用していたのですか。」


奴隷の意味は勿論知っているし、その恩恵も知り得ている。しかし、目の前であの様な光景を見せつけられては黙ってはおけぬと言うものだ。


「あぁ、奴隷の採用は国益へとも繋がる。」

「愚かな!それが人と我らエルフ族の溝を深めている事に何故、気づかぬのですか!」

「エレンミアよ、其方も大人になれば理解するであろう。人とエルフ族との間には既に溝以上の底が出来ておるのだ。」


エレンミアはドレスをグイッと握りしめグリフィズ王へと怒声を浴びせる。


「父上はアレを正義だと申すのですか!アレは人道に反する行いだ!城下の民達が跋扈する往来の道で人間の腹を蹴り、他の民たちはそれが当然の如く静観とする。人の尊厳を冒涜する行為こそが悪だ!!」


グリフィズ王は酒の入った銀食器を投げ捨て、玉座を立ち上がる。


「何も分からぬ小娘が、口を挟むでないわ!!」


ビクリと身体を震わせるエレンミア。それを見たグリフィズ王はしまったと言う表情を見せる。そしてエレンミアへと近づき肩へと手を置く。


「我らエルフと人が戦争をしている事は知っているだろう。」

「はい........」


涙目で返事を返すエレンミア。グリフィズ王は膝を折り、エレンミアへと視線を合わせる。


「エレンミアよ、其方はまだ若い。其方が即位するまでには我が必ず終結してみせよう。だから何も案ずる事はないのだ。」


奴隷制度の事を濁す言い方にエレンミアはキッとグリフィズ王を睨みつけ肩へと掛かる手を振り解く。


「平和の世は必ず訪れます.........」


人とエルフが分かり合える世界を必ず実現してみせる。


「夢物語だと言われようとも.........妾が必ずと、その夢を現実の物としてみせます。」


そして奴隷などと馬鹿げた制度も撤廃してみせる。


「エレンミアよ..........」

グリフィズ王は自分の娘を誇らしく思うのと同時に悲しみを感じだ。彼女が辿ろうとしているのは修羅が如き道だ。その様な過酷な未来を辿らせまいとグリフィズ王は思考するのだった。

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