強襲、氷雪国家シグルデン ~大魔帝襲来~後編
愛しの我が家。愛すべき魔王城に攻め込まれた報復。
魔族の代表として。
偉大なる魔王様の部下で最愛の魔猫として、私は今、人間たちの前にいた。
私の纏う、紅蓮のマントの背に浮かぶ黒いモヤモヤは何を隠そう!
ただの演出である。
モフっと膨らんだ獣毛と黒猫の牙を輝かせ――私は高らかに宣言した。
『やあ、脆弱なる人間たちこんにちは。初めまして、私は大魔帝ケトス。此度は君達のお招きにあずかり参上した――我が主の城を襲うなどと大それたことをするなんて、百年ぶりかな? その勇気だけは褒めてあげるとするよ!』
くるりと魔杖を回して、周囲の空間に魔力を這わせる。
たぶん、私の後ろ。演出によって生まれた暗黒空間に、バチリバチリと雷の魔力が這っているだろう。
超カッコウイイ演出だから仕方ないけど、これ、こっちからじゃ見えないんだよね。
ちゃんとイイ感じになってるかな?
ともあれ。
『さあ、愚かなる人間たちよ。我ら魔族に抗うというのならばそれなりの覚悟があったのだろう。滅ぼされたくないのであれば、戦いをもって抗うか――さもなくばここで一番おいしい料理を差し出すのだニャ!』
ブワっと周囲に広がる轟音。
猛吹雪を押し退け弾ける――闇の魔力。
暗黒の瘴気を放ち、デデーンと魔王様の降臨風に登場したのだが。
ざわざわざわ。
どよめきが起こるものの、混乱が起こっている様子はない。
『あれ……私の偉大さが伝わってないのかな?』
『もうちょっと近づいてみるか。人間は鈍いからのう……我らのすさまじき膨大な魔力を感じ取れんのだろ』
『空、寒いし……そうしよっか』
空間を切断し、メキメキと威圧しながら近づくが――やはり無反応。
んーむ。
なんかあんまり驚いていない。
おかしいな。
普通大魔帝ケトスの名と、この魔力を見れば平伏したり抗ったり、何らかのモーションがあるはずなのだが。
へぇ、と未確認飛行物体をみるかのような奇異な視線を送ってくるばかり。
『我らは魔族だぞ! もっと驚くといいニャ!』
『ククク、クワーークワックワ! なるほどのう、恐怖のあまりに声を失ったか! 余の麗しき翼に見惚れたならば、速やかに美味なる馳走をさしだすが好かろう!』
ふ、二匹の大魔獣が織り成す素晴らしきコンビネーション!
この素晴らしさに反応しない人間などいるだろうか。
いや、おるまい!
『さあ、今度こそ我らにおいしいご飯を……って、あれぇ……』
『なんだこいつら、生きているのは確かだが……反応がなさすぎるぞ』
弓や魔術の攻撃で狙ってきてくれたら、それを理由に猛反撃。
周囲一割ぐらいを消し炭にして、それを脅しの種に名物料理でも要求しようと思っていたのだが。
ロックウェル卿も困った様にクチバシを翼で撫でながら、呟く。
『のう、ケトスよ。こやつらはなんかあまり関係なさそうではないか? 同族の人間を奴隷として魔王城に派遣するような集団には見えんぞ』
『うん、たぶん一般的な民間人だね。警戒のケの字もない。この人たちを石化させても何の意味もないし、ちょっと偉い人がいる場所を聞きに行こうか』
演出を諦めて――。
猫と鶏。二人の魔族はふよふよと降りていく。
とりあえず一番魔力の高い偉そうな族長っぽい男。牡鹿の骨っぽい兜をかぶった長身な男の前に、ズチャっと格好よく降りて。
『ぶにゃ!』
『ケ、ケトス!?』
罠か! いや……。
ただ、ズボッと雪の中に落ちちゃった、だけだ。
ニョコっと飛びだした可愛い「おてて」で穴の中から雪を掻き分け、にゃんと起き上がる。
何事もなかったかのように、ふんと仰け反り。
魔力波動でちょっと脅しをかけながら宣言した。
『ぐふふふ、ぐにゃはははは! 人間どもよ、よくぞ我を恐れず顔を見せたモノだ! 見える、見えるのだ! 汝らの我を恐れる顔が――って、あんまり怯えてないね。どうしてだろ』
紅蓮のマントをビラビラと翻し――。
ちょっと寒かったので、翻したマントを再び身体に巻きなおし、寒さに猫毛を膨らませた私。
そんな麗しい猫毛を眺めながら、自らも羽毛をぶわぁっと膨らませながらニワトリ卿が言う。
『ケトスよ、この猛吹雪でお前の名が聞き取れなかったのではないか?』
『にゃるほど――あ、こほん! 我こそが大魔帝! 我こそが最強の猫魔獣! 我こそが魔王軍最高幹部、ケトスであるぞ! 頭が高いのである! 今回は拝謁を特別に許してやろう、人間たちよ。代表をひとり前に差し出すがいい、我と話す権利を与えてやるのだ!』
ビシっと再び宣言してやったのだが、なぜかまた反応が薄い。
へっくち。
と、くしゃみをしてしまうが、気にしない。
シグルデンの方々は顔を見合わせる。
代表を決めているようだが。
「はあ……まあ一応、ワタシが代表ってことになるんですが」
やっと一人の男が前にでて――ちょっとやつれた頬を動かし、不精ひげを擦りながらこちらを見る。
例の一番魔力の高い、牡鹿の骨兜をかぶった長身な男である。
この国についた私は魔力の反応を追って飛んでいたが、その魔力の元こそがこの人間だったのだろう。放つ魔力が似ていることから察するに、おそらく、防寒対策のされた家を錬金術で作ったのもこいつだ。
それなりに整った顔立ちだが……なんか、くたびれた翳がある男である。
はてさて、どんな対応にでてくるか。見ものである。
魔族を敵とした、その愚かさをしるがいいのだ!
くわっ!
と、猫目ギンギンで反応を待つ私に、彼は静かに一言。
「えーと、あなたさま方は……どちらさまでしょうか?」
『あれ、聞こえてなかったのかな……くはははは! 人類よ、今一度宣言しよう。我こそが大魔帝ケトス! 魔王様の麗しき愛猫! 殺戮の魔猫とは我の事なのだ! 恐れ敬うがいい!』
ふ……っ、決まった!
ぶひゅ~と吹雪が、私とロックウェル卿の猫毛と羽毛を靡かせる。
あれ。
またしても反応は鈍い。
えー、どうしよう。これで素敵な名乗り上げは何回目だろう。
さすがにここまでスルーされるとちょっと、猫的にはショボンとしてしまうのである。
対応する牡鹿骨兜の男が困った様に頬を掻きながら呟く。
「えーと……猫さん、ですよね?」
『うん、大魔帝ケトスだよ? 泣く子も黙る、血と狂気に飢えた殺戮の魔猫なんだけど、知らないかな?』
知られていないとちょっぴり悲しいのだが……。
「はぁ……一応、かつて勇者を噛み殺したって言う伝説の魔獣ですよね。そういう物語は読んだこともありますが。実在したんですか」
やっぱし、反応が鈍い。
妙に達観しているというか、関心がないというか。
生きるという気配がすっごい薄い。
なんか、子供がニャンコニャンコと反応してくれているが。
んーむ、ここは国や政とは無縁の田舎町といったところか。
どうしよう。
まさか何の関係もないこの町だか、村だかを滅ぼすつもりにもならないし。
それにしても。
私は魔力探知でこの周囲を探る。
随分と寂れた集落である。人間の数もまばらだし……どうなってるんだ、この国。
ふと賢い私は状況を再確認する。
妙に反応が鈍い人間の集落で。
名乗り上げをスルーされて悲しい大魔帝な私と、もはややる気もなく寒さに震えてぐでーんとしているロックウェル卿。
そんな二人を眺めて、人間たちは困った様に白い息を吐いている。
その頬はちょっぴりやつれているが……あんまり栄養が行き届いていないのかな?
この無反応はもしや――寒さで脳に意識がいっていない可能性もあるか。
ちょっと周囲を温めてみてもいいが……。
ともあれ。
その前に。
『なあケトスよ。余は寒いぞ、とりあえず脅すなり交渉なりして温まりたいのだが?』
『そ、そだね。ま、まあ……気を取り直して。くはははは! 貴様らの君主は恐れ多くも我が魔王様の城、ラストダンジョンに攻め入った。その報復にこの村を滅ぼしに来てやったのだ! もし滅びが嫌なのであれば、あたたかいスープとか毛布とか……へっくち! なんか、ホットでぽっかぽかでヌクヌクな場所と食事を用意するがよいぞ!』
ちゃんと魔族としての脅しをかけてやった。
そう!
こちらは一方的に攻め込まれた被害者なのだ、ちょっとくらい強気に出たっていいだろう!
あまりにも寒いから紅蓮のマントの中で暖房魔術をかけて。
周囲にも雪崩を起こさない程度の暖房魔術をかけてやる。
人間たちの頬に、すこし温かさが戻ってきた。
しばらくの間の後。
不精ひげを擦りながら落胆したように、魔力の高い族長っぽい骨兜の男は言う。
「国からの補給……というわけではなさそうですね」
『いや、補給って。私達、これでも結構名の知られた魔族で――君たちの国から攻め込まれて報復にきたんだけど……』
「魔族の方々を襲ったのですか? この国が!?」
ぶわっと膨らんだ猫耳を立てて、私は頷く。
『うん』
ようやくまともな反応があったので、私はちょっと安心していた。
やっぱり寒さのせいもあったのか。
いやあ、実はこの人たち、あんまりにも反応ないからゾンビとか洗脳された傀儡だったりするんじゃないかって、ちょっと心配だったんだよね。
それはそれとして。
普通の人間だったら、なんでこんなに反応鈍いんだろ?
いくら寒いからってこれは異常だ。
なんか今回も変な事件に巻き込まれそうな気もするんだけど……。
今回は、大丈夫……だよね?




