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荒ぶる魔猫 ~ニャンコは緊急事態に弱い~後編


 天に広がっていく魔法陣を読み解いて。

 ロックウェル卿が顔色を変えてわなわなと震えだす。


『ななななな、なんだこの膨大な破壊構成は! これ絶対に大陸が吹き飛ぶ威力であろう!』

『そうだけど?』


 ぶにゃ~んと可愛く頭を傾げて見せる。

 ふふふ、私は知っているぞ。こいつは人間モードの時は特に、魅惑的な私のモフモフにゃんこフォルムに弱いのだ。


『そ、そんな、か、かわいい顔をしても無駄であるぞ! 魔狼の君からも、ぬしが丸くなったと聞いておったが――まったく、お前は変わっとらんではないか! 魔王様の事となると本当に見境がなくなってしまう、滅びの歌の予兆があったから今回は無理やりついてきたが、正解であったわ!』


 人間モードのロックウェル卿はニワトリモードよりちょっぴり話が流暢である。

 クールで端整な顔立ちにシワがびっしり刻まれて、それは立派な極悪魔族貌。

 というか。

 こいつ、なんか今回無理やりついてきたと思ったが……未来予知能力で滅びの未来を予測していたのか。しかもいつのまにかホワイトハウルと再会もしていたようである。


 ふむ。

 なんか怒っているようであるが。

 なんだろう。

 相手は魔王様を襲おうとした塵芥なのだから情けなど必要ないわけで……。


 はっ……! と賢い私は思い出す。


『おー、そうか! ごめんごめん、民間人を転移保護するの忘れてたよ! 洗脳されている人もいっぱいいるだろうしね! いやー、魔王様に怒られちゃうところだったね。これで滅びの予知もなくなるはずさ! じゃあそれっぽい人間を安全な場所に移してから特大隕石で滅亡を――』


 ロックウェル卿は――。

 がぐ、ぐぬぬぬぬ!

 と、器用に顔を崩した後。はぁと息を吐き。


 私をとてんと地面に置き、頭をなでなで。


『すごい熱ではないか! おまえ、暴走しておるぞ!?』

『熱? んー、よくわからないにゃ』


 ぷぷぷー、私がかわいいニャンコ様だから怒れないでやんの!

 くははははは! 我の愛らしいフォルムに騙されおって。

 おそるるに足らぬわ!


 ぶにゃっはっはとネコ胸を張る私に。

 ロックウェル卿はまるで子どもに教え諭すように、ゆったりとした声を出す。


『魔猫よ、まずその肉球を下ろし物騒な魔法陣をしまえ。話はそれからであるぞ。もう一度、その魔法陣を確認してみよ』

『ふむ――』


 私はちらりと肉球の先に展開する魔法陣を目にする。

 天から降り注ぐ魔力持つ星々が猛吹雪の魔力結界を貫通し、大陸そのものを荒野と化す未来が予知できる。

 魔王城に攻め込んできた愚か者の末路としては、まあ妥当である。


『くはははは! 我が魔力の前には、吹雪の宝珠による守りなど朝食のパンに挟むキュウリの薄さよりも軽いのだ。実に完璧な魔術構成と破壊理論である!』

『よーく、考えてみよ。国と大陸を、滅ぼしておらんか?』


 はて、言われてみれば。

 そんな気もする。

 ……。

 魔王城が襲われるという百年ぶりの事態。


 ぷすぷすと猫頭がショートしている中。

 ネコ毛をモッサモッサと膨らませた私はぶにゃんと、肉球の上で展開している魔法陣に目をやる。

 考えるのが面倒になってくる。

 それでもポッカポッカに熱くなっている頭をフル回転させ、偉い私は考えた。


 とにもかくにも、魔王様の安全のために敵は一網打尽にしておきたい。

 なにしろ相手は魔王城に攻め込んでくるほどの愚か者なのだ、なにをしてくるかわからないというのもちょっぴり怖い。

 猫は慎重だしね。

 不安は取り除いておきたいしね。

 やっぱり絶滅させるのが一番だね。


 前に旧ガラリア帝国を滅ぼした時みたいに、女子供と民間人を退避させれば――まあ、それでいっか。


『確かに、やりすぎはよくないか。ま、君の言いたいことも分かったよ』

『どうやら、分かってくれたようであるな』


 ふむ。

 にゃはっと猫の瞳をギラギラと紅く灯らせて、私はうなーと唸る。


『けど私にも考えがあるしさ! せっかく魔術論理を構築したんだし、このままドカーンとした後じゃだめかな? 黒マナティと一緒に残敵を掃討して、一緒に勝利のお菓子パーティして、その後だったら君の話を聞いてみる気にもなるけど』


 なぜかロックウェル卿は落胆する。

 が。

 私としてみれば、主人の根城を攻撃された魔猫としての本能が、メラメラと燃え上がっているのである。

 黒マナティもモッキュモッキュと頷いている。


 やーれ! やーれ!

 あーの地の、人間なんてほーろぼせ!


 手拍子と怪音波で即興の歌まで披露しだした。


『お! さすが憎悪で漂っている死霊。君は話が分かるねえ。いやあ、前回の事件で眷族化出来て本当に良かったよ』


 イエーイ! と再びハイタッチ。

 そんな仲良しを、ロックウェル卿の魔力を込めた嘶きが襲う。


『クワーーーー!』

『ぶにゃ!』


 ニワトリの叫びに、私のモフモフ逆毛がぶわんと靡く。

 ったく、大魔帝である私に効果を発揮するほどの魔術を嘶きだけで放ってくるとは、さすがに元大魔帝といったところか。

 怒っているのに怒っていない貌がちょっぴり怖い。

 猫と黒マナティの微笑ましい光景なのに、ロックウェル卿は人間の姿でお説教モードである。


『ケトスよ。もう一度、そこに座るがよい。おまえ、サバス殿とジャハル殿にあまり暴れるなと先日も注意されていたではないか。もう忘れおったのか』

『暴れてませんしー、ただ黒マナティくんを眷族にしただけですしー』


 同じ異世界召喚の被害者ということもあり。

 なかなか相性がいいのである。

 そんな私と黒マナティの戯れに頭を抱え、ニワトリ卿が人間に目をやった。


『ぐぬぬぬぬ、そこな賢者よ。ぬしも人間であるのなら止めぬか! こやつ、ここで止めねば本当に南西の大陸を滅亡させかねんぞ』


 助っ人をよんだようだが。

 賢者は、とぼけたような顔を見せ。


「はて――我が帝国としてみても、将来的に敵対するやもしれぬ遠方の国でしたら……あまり興味もありませぬしのう」


 一度滅んだ方が物資を届けるなどを建前に、事実上の降伏勧告を与えることもできまするし……と賢者は老獪ろうかいな微笑を浮かべる。

 弟子たちも、そりゃ魔王城に攻め込んだら、なあ?

 と、納得顔。

 お、仲間になってくれるようだ。

 魔王城を襲うような命知らずな国のことなんて知らんわ、になるよね。


『な……っ! あー、魔猫に関わるとすぐに悪影響をうけおって!』

「神鶏様、お言葉ではございまするが……少し真面目な話を致しましょう」


 賢者は静かに理知的な瞳を閉じて。

 深い思慮を彷彿とさせる老いた声で淡々と告げた。


「既に敵対をしていない魔族の方々に対し、奴隷といえど戦力を向ける国がまともとは思えませぬ。統治者が狂ったか、先日までの我らのように宗教の方から腐ったか、それとも何者かに国を奪われ仕方なくそうなったか――いずれにせよ、既に人間国家としては異端な存在でありましょう。

 下手をすれば人間と魔族との戦争が再び起こるやもしれませぬからな。それが目的であるならば、滅んでしまった方が世界のためでしょうし。違うにしても、もはやまともな国とは言えません。

 なれば、ケトス様の御心のままにいっそ国が滅んでしまった方が――人間としては平穏を保てるというもの、我らも考えがあってケトス様を御止めしないのですよ」


 続けて賢者は奴隷兵の剣闘士を見て。

 哀しそうに目を細めた。


「それに――わたくしは同じ種族を洗脳し、奴隷として使う国をあまり信用しておりませんでな。

 遠い未来、いや近い未来やも分かりませぬが。いつかこの地が襲われれば――見知った者が捕虜となり、かの地で悲惨な仕打ちを受けるやもしれませぬ。ならばこそ、ケトス様のお怒りも理解できてしまうのですよ」


 無論、ケトス様は全てをお考えになった上で滅ぼす決意をされたのでしょうが――と、言葉を付け足す賢者くん。

 その貌はやはり、穏やかで……けれど少しだけ寂しそうだった。

 かつての知り合いを失った国。

 敵として送り返された知り合い。

 賢者の彼にとっては因縁浅からぬ国なのだろうが、その言葉は冷静なのである。

 冷静に判断した上で、私の決断を止めないと決めたのだろう。


『同じ種を奴隷として使う国など信用ならん、か』


「ケトスさまはお優しい方ですから……わたくしの過去の感傷を察してくださったのでしょう。わたくしとて、全てを達観しているわけではありませぬ……心のどこかに、あの事件への恨み、一匙の憎悪は残っているのです。憎悪の魔性であられるこの方の御心を乱してしまった可能性もあります。どうかあまりお責めにならないでくださいませ」

『うむ……そうであるか』


 ロックウェル卿は、感心したように私に目をやる。


『そうか魔猫よ。そなたは……奴隷を扱うような下賤な国を蔑み。高潔なる怒りを覚えて、そこまでの暴走となっていたのだな』


 その瞳は魔王様が私を褒めるときのソレに少し似ている。


 え、なんか結構まともな話になってるし。

 これまたどうしよう。

 私はただ本当に……魔王様の城を襲うバカを塵芥すらも残さず、消し去りたいだけなのだが。


『なるほどな。あい分かった、すまぬケトスよ。余はそなたがまた魔王様の件で暴走しまくっているだけだと思っていた。そこまで世界を考えていたとは――余の知らぬうちに成長していたのだな。許せよ、魔猫』

『ま、まあねえ――そりゃ私は魔王様の愛猫なんだ。当然だろう』


 なんか。

 ちょっと冷静になってきた。

 逆毛ボファボファの警戒モードだった私の毛が、ちょっと治まる。

 しぺしぺしぺ。

 とりあえず毛繕い。

 暴走も治まっていく。


 うん、私はきっとそういう怒りを覚えていたのだろう。ということに、しておこうと思う。


『ねえロックウェル卿。大規模広範囲極大魔術で滅ぼさないにしても、さすがにやられたままってのはヤバいんじゃないかな? なんか勘違いして、簡単に攻め込めるし反撃もしてこないって世界中に知れ渡ったら面倒なことになると思うんだけど』


『されど――余は無作為に大陸を壊すことには反対である。それが自業自得としてもな。かといって――魔王城を襲ったのは確かなようなのだ。放置しておくわけにもいかぬし……どうしたものか』

『ねえねえ、じゃあさ! 滅ぼす前にちょっと挨拶しにいこうよ。まだ洗脳されて奴隷にされている兵士もいるだろうし……くろまなてぃ化したいし……事情を聞いてその返答次第で、君の能力で全員百年くらい石化させるっていうのはどうだい?』


 ロックウェル卿も同意するように頷く。


『ん? いまおまえ、途中で何か小さく言わなかったか』

『言ってないよ?』


 しかし冷静になって思うと。

 私は肉球に乗る魔法陣をちらり。

 確かにこの魔法陣、めっちゃやばい破壊構成になってるな……。


 私ってやっぱり魔王様の事となるとちょっとズレちゃうのかな。

 まあ、なんとなく理由は分かる。

 落ち着かないのである。

 百年前、魔王様を守り切れなかった焦燥が胸の中で渦巻いているのである。今回はニワトリ卿の話にちゃんと耳を傾けておいた方が良さそうだ。

 と、賢く私はそう思うのであった。


 ともあれ。

 私は賢者と弟子、そして給仕たちに向かい、ぶわっと膨らんだ猫毛顔で言う。


『それじゃあ、ちょっとシグルデンに遊びに行ってくるから。そこの剣闘士が目覚めたら対応よろしくねえ! 連絡係に黒マナティを残しておくし、ホワイトハウルに頼めば洗脳解除もできるはずだから!』

『人間の賢者よ。何かあったら余の羽を掴み魔力を込め呼べばいい、すぐに駆け付けてやる。今回は特例である、余の召喚を許してやろう』


 おや、珍しい。

 基本、人間嫌いのロックウェル卿が自分を召喚する魔道具を与えるなんて――。

 ……。

 こいつ、いつの間にか羽毛の中の亜空間に大量の唐揚げを隠し持ってるな……あの味が、よっぽど気に入ったのだろう。

 ま、唐揚げで人間を気に入ったのならそれはそれでいいんだけど。


 本当に唐揚げ開発が世界平和に繋がったら、なんか笑えるね。

 ともあれ。

 私とロックウェル卿は人間を巻き込まない様に空に浮かんで。


『じゃあ、転移! またくるから、唐揚げよろしく!』


 賢者は頷き。

 弟子たちも給仕たちも厳かにそれに従った。

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