開発されし唐揚げ ~猫の医術とロックウェル卿~
グルメ産業が発展してきた西帝国首都。
ポカポカ太陽がちょっぴり眩しい暴君ピサロ宮殿の中庭。
大魔帝である私と元大魔帝であるニワトリの君ことロックウェル卿は、ゴージャスなテーブルの上で、むしゃむしゃバクバク。
開発されたというカラアゲを口にし、うにゃうにゃコケコケ舌鼓を打っていた。
国の機能が回復したおかげで多忙な皇帝は不在だが、そのお付きである賢者の招きで今日は無礼講な大騒ぎ。
飲んで喰って、跳ねて笑って――獣二匹がはしゃいでいるのである。
コトリと置かれた唐揚げの皿を優雅に眺めて――。
涎をじゅるり。
もう我慢できないのである!
『にゃっはぁぁぁああああー! からあげ、じゃああああああああ!』
『クケケケクコ、クワックワ! 余の口と目に狂いがなければ、いや狂いなどあるまいて。これぞ間違いなく、唐揚げなのである!』
いわゆる試食というやつだ。
皇帝直属の最高ランクの給仕たちが、次々に飲み物と食事を運んでくる。
賓客へのおもてなしだろう。
「ケトスさま、こちらが今開発中の濃厚ニンニク醤油の唐揚げにございます。そしてこちらが塩をベースにしたホワイト唐揚げにございます。どうぞ、心行くまでお召し上がりくださいませ」
『うむ、よろしい』
お皿に盛られたカラアゲさんをちょんちょんと肉球でつっつき、熱さを確認したら。
ガリガリガリ! むしゃむしゃむしゃ!
ロイヤルでゴージャスな食卓。
本来なら皇帝以外には跪かない上位ランクのメイド達が、お膳の上で、唐揚げを貪り食う猫と鶏のお世話をしている景色はとってもシュール。
まあ私たちは偉いから仕方ないね!
『クワックワ、うまい、実にうまいぞケトスよ!』
『これなら、まあ……うん、合格かな!』
お口についた美味しい鶏の肉汁をぺろぺろ。
肉球についた脂までうまし。
にゃふ~、美味である!
漏れる感嘆とした猫の吐息に、給仕たちはほっと胸をなでおろしている。
かつての世界で食した唐揚げに比べればまだちょっぴし物足りないモノの、既にこれは唐揚げといっていいほどの美味しさで。
にゃふふふふ、衣もカラっと揚がっていて美味である!
美味であるのじゃああああああ!
そんな私の横。
力ある獣の一羽である神鶏ロックウェル卿が、じゅーし~カラアゲをくちばしで細かく千切りながら言う。
『しかし――魔猫よ。まさかおぬしがこんな美味いものを人間に作らせていたとはな。少しだけ見直したぞ』
少しだけって……。
『クワクワックワ、無駄に散歩をしているわけではなかったということだな』
『そりゃあ私は大魔帝だからね。世界のためになる事をしないと魔王様に叱られちゃうし、当然さ!』
『人間よ、余にももっと味見をさせよ! 余は汝らの贄を気に入った、遠慮せずとも良い。皿ごともってこーい!』
鶏足でトントンとテーブルを叩き、人間に命令する姿はちょっとだけファンシーだが。
……。
この鶏。
実はめっちゃ危険なんだけどね。
なぜロックウェル卿が私と一緒に行動し、人里に降りているかというと――。
どこから聞きつけてきたのか、唐揚げ開発の話を耳にし自分も連れて行けと暴れ出したのである。
そんなわけで魔王城は現在石化解除の真っ最中。
まあ状態回復魔術の練習にもなるからと古参幹部は喜んでいるが――。
んーむ。
私の世話係となっているあの二人の目は笑っていなかった。
ジャハルくんとサバスにせめて解除している間は、暴れるロックウェル卿を連れて散歩に行ってくれと言われてしまったのだ。
あの二人が私に散歩を促すってけっこう凄い事なのだ。
『それにしてもケトスよ。我らが同時に城を出てよかったのか?』
『んー、なにがあ?』
『最近は物騒であるからな。魔王様の結界はおぬしや我ら元大魔帝が維持しておるから万が一ということもあり得んが――部下たちや他の魔帝の守りがおろそかにもなろう』
なるほど、いっちょまえに城の皆を心配しているのか。
『さすがに……今のあの城を襲うバカはいないと思うよ』
ふと私は今のラストダンジョンを思い浮かべる。
一応つよいらしいサバスが警備を担当しているし、最近のジャハル君はめきめきと力をつけて並の魔帝以上の存在になっている。
古参幹部もより強い相手を求める格闘ゲームみたいな連中ばっかり。
それになにより……。
やはり、私の留守中に石化された魔王城が襲われたとしても問題ないだろうと私は思う。
なにしろだ。
上空には世界最恐クラスの異界の死霊、黒マナティが、やる気満々で漂っているのだから。
たぶん、アレ。
私じゃないと倒せないどころか、まともに相手すらできないだろう。
勇者になるべく呼ばれた魂が、召喚失敗により魂の居場所を失い……憎悪によって変貌した子だし。
いやあ、あの子たちを連れ帰った時の皆の反応は凄かった。
あの子たちも居場所ができたようでかなり明るくなってきているし。唐揚げも無事、開発されたし――んーむ、平和じゃ。
『まあおぬしがそういうならば、余は構わんが。 クワーックワックワ! うまし、うまし! いとうまし!』
唐揚げをバクバク喰い続ける隣のニワトリをちらり。
んーむ、こいつ……材料知ってるのかな。
『君さあ、なにから唐揚げが作られているか……知っているのかい?』
『ニワトリであろう?』
あー、知ってたのか。
この世界にはまだ唐揚げがなかったから、知らずに食べていたらどうしようかと思っていたのだが……。
『余を誰だと思っておる、不死鳥さえも跪く不死身の鳥。魔王様より卿の名を与えられしロックウェル卿であるぞ! そんなもの知っていて当然である!』
羽をバッサバッサとさせて、変なポーズでびしり!
あいかわらずダッセーでやんの。
ん、なんか給仕たちの顔色がビシっと固まったが。はて?
『ま、共食いだって騒がれたら面倒だったし、いいけどね』
『……なるほど、魔猫よ。余の心の心配をしておったのか』
べ、ベつにそんなんじゃないし。
そんな私たちの前に現れたのは一人の貫禄ある理知的な老人。
皇帝お付きの賢者である。
賢者は私とロックウェル卿に恭しく礼をする。
「ケトス様のご所望になられた唐揚げの試作品にございましたが――お気に召していただけましたかな?」
魔力で唐揚げを浮かべ。
じゅーし~な衣をバリバリと味わいながら私は答える。
『まあねえ~♪ ただ作ってあるだけだったらどうしようかと思ったけど、ちゃんと二度揚げとか、衣にまぶすスパイスとかも研究してるみたいだし。おおむねは満足だよ』
「その御言葉を聞けて安心いたしましたぞ。これで陛下も重荷がとれたでしょう」
そういや巨万の負債を抱えさせた状態だったんだっけ。
『それじゃあ、君たちの努力への報酬だ。この魔導契約書は君にあげるよ、ご苦労だったね』
闇の瘴気が生まれ。
頭上に開いた亜空間から、キラリキラリと魔力風に靡かれた書類が下りてくる。
それはさながら、ゲームでよくみるクエスト達成報酬を受け取る時の一場面。
むろん、演出である!
約二十八億枚の金貨返済の約定が示された契約書を、頭を下げながら受け取る賢者。
なかなかどうして態度もよろしい。
『まあこの唐揚げはよくできていた。色々と大変だっただろう――仕方ないから、君達の労力に報いてあげるよ。これは私からの特別報酬だ、遠慮なく受け取ってくれたまえ』
もう一冊、私は亜空間から魔導書を取り出した。
「これは――」
『君達の医療魔術は未熟だからね、病気を治すことに特化した魔術書さ。即効性はないし、民間人向けの魔術だから軍事には利用できないだろうけどね~』
私はちょっと照れ隠しに横を向いていた。
賢者は書を受け取るとそのページをめくり。
顔色をまともに変える。
「このような奇跡の御手、よろしいので!?」
『願わくは、君達だけの技術ではなく教会を通じ世界に広まる事を信じているよ。ま、それなりの対価は受け取っていいとは思うけれどね。帝国にではなく君個人への追加報酬さ、好きに使ってくれたまえ』
そう。
私は先日出逢った親子の事をちょっとだけ気にしていたのである。
あの程度の病で人が死んでしまうのは――悲しいと、そう思ったのだ。
ほう、とロックウェル卿が珍しく興味を示して――。
ふっと何やら遠い目をして息を吐いていた。
『なんだい、ニワトリの君。そのしたり顔は』
『いーや、殺戮の魔猫が随分とまるくなったモノだと感心しておったのだよ。人間の賢者よ、こやつは気まぐれだが民間人への情けだけは信用に値する。その書を大切にするがよい――なにしろ大魔帝直筆の一冊だからのう』
『なっ……、君、見ていたのかい!』
『おー、おー。顔を赤くして。昨晩徹夜でうにゃうにゃ言いながら魔力筆を動かしておったからな、何事かと思っていたが人間の病を憂いておったとは。ぷぷぷ、やれ時代の流れとは恐ろしきものよのう』
ニワトリのくせに、妙に勘が鋭いでやんの。
こいつも元大魔帝ホワイトハウルもそうだったが、獣のくせになんか人間臭い時があるんだよね。
力ある獣だとそういう傾向があるんだろうか。
実は私と同じ、元地球からの人間転生者だったりしたら笑うんだが、そんな偶然があるわけないか。
一人称が余だし。
余だよ余。普通、恥ずかしくて使えないよね?
賢者は改めて深々と頭を下げた。
「必ずや、罪なき力なき民のため――国や人種、身分に囚われず広めると約束いたしましょう。慈悲深きあなたさまにより一層の感謝を」
その言葉に偽りは感じない。
まあ、この賢者さんには異界の魔導書を前にタダで上げたこともあるしね、魔術師として尊敬されているようである。
給仕の一人が賢者にそっとなにやら耳打ちし。
賢者は亜空間に契約書を収納しながら、横をちらり。
「ところでケトス様。そちらのニワトリの御方はいったい……並々ならぬ魔力を感じますが」
私はモフモフネコ顔をぶにゃんと傾ける。
『あれ、言ってなかったっけ』
『余も自己紹介などしておらんが、そなたが説明してあるのではないのか?』
ロックウェル卿も、ぶわっと羽毛で膨らむ鳥顔をコケッコと傾げる。
ニワトリとネコがぶにゃんとお互いに見つめ合って。
そういや、普通に連れてきてたけど。
紹介してなかったかもしれない……。
私は人間たちに目をやって。
『元大魔帝の魔族さ。かつて魔王軍に在籍し魔帝ロックとして名を馳せた魔族、霊峰に隠れ住む伝説の神鶏って言ったら、君たちも話ぐらいは聞いたことがあるだろう?』
軽い紹介だったが。
宮殿の中庭に、深い沈黙が走り出す。
あれ。
もしかしてロックウェル卿って私並みに有名だったのかな。
どうなんだろ。
かつて出逢った魔女は彼について知っていたが。あの子はあの子で、魔女だし遠く離れた島国の民だから、こっちの大陸の人間と情報量が違うだろうし。
んー。
そういや人間たちの私達への知識って、どんくらいあるんだろうか。
賢者は全身に脂汗を垂らし、緊張した面持ちで手を伸ばす。
「も、もしや……見る者も見た者も全てを無差別に石化させてしまうと伝えられている、あの神鶏ロックウェル卿さま、なのでございますか!?」
あー、やっぱりちゃんと知られてるでやんの。
なんか。
後ろで褒められてるわけでもないのに、ロックウェル卿がドヤ顔してるし……。
ビシ、バサ!
羽を広げだしたよ、こいつ。
あ、こっちにテコテコ、トリ足で歩いてきた。
『ふむ、よくぞ余の名を口にした! 人間の分際で生意気であるが、魔猫の知り合いとならば許してやる! さあ、余の華麗なる姿を目に焼き付けよ! 許す、疾く見るがよい! 我こそが魔王様に愛されし神鶏! 余こそが、全ての鳥の頂点に立ちし不死鳥ぞ!』
あーあ。
完全に調子に乗り出したよ。
んーむ、しかし。
これほどに力のある獣が動き出すと、大抵なんか事件が起こるのだが。
今回は……まあ、大丈夫かなあ。




