エピローグ中編
眷族として私に付き従う黒い死霊の群れを見て。
勇者の眷属であるウサギが叫んだ。
「黒マナティを消滅させなかったのはこのため……、わたちを騙ちまちたね!」
『そりゃあ協力してくれそうな戦力を見つけたら、スカウトするよね? それに騙すっていわれるのは心外だなあ。私はちゃんと君の目の前で魅了していたじゃないか』
「卑怯者!」
『卑怯って君は何を勘違いしているんだい? 私は――魔族だよ』
彼らを消滅させなかったには……こういう意図もあったのだ。
縁が刻まれた今。私は彼等を同類として召喚することもできる。
そう、私は魔族。
大魔帝なのだ。
いざという時のための戦力を蓄えることに余念はない。魔王様のために、仲間を増やしておくことは悪くない筈だ。
こうして召喚獣として扱ってみて、ようやく私は完全に理解した。
眷族として召喚したことにより、その存在が解析できたのだ。
やはり彼らはかつて人間だったモノ。
その正体はおそらく。
異世界から招かれた転生者たちの魂。
その、なれの果てだ。
人間たちは勇者を召喚するためには手段を選ばない。
中には未完成な儀式も数多くあったのだろう。
元の世界の生を絶たれ、しかし、未熟な儀式故にこの世界には招かれなかった存在。
未完成の異世界召喚で次元の狭間に取り残され、世界を呪い続けた哀れな魂。
次元という隙間の海の水に揺蕩っていた、生まれてくる事の出来なかった子。
それが彼ら、黒マナティだ。
だから嘆いていた。
だからこの世界を呪っていた。
勇者として召喚される筈だった魂だ、その呪いの力も膨大だった。
魔王様はたぶん……優しい方だから。
その漂う魂に同情してしまったのだろう。だから、うっかり招いてしまった。
だから滅ぼさずに封印した。
しかし。
もはや私の眷属だ。
魔王様も同じ性質である私ならば、彼らと同調し眷族にできると踏んでいたのかもしれない。だから私に、ヒントを与えていた。
かつてここに、封印したのだ――と。
彼らは既に、私の仲間である。
一匹、二匹、三匹。
宙を舞う黒マナティ達がウサギ司書の周囲を回り始める。
「あの死霊を召喚し、使役する……大魔帝ケトチュ……! まさ、か……ここまでの存在だったのでちか!」
『君の魔術は便利だからね、盗ませてもらったよ。こうやってちゃんと物語にしてしまえば、あの異界の魔獣すら呼べてしまう。実に面白いね』
ウサギ司書は脂汗を流し、周囲を探る。
一発逆転。
闇に潜む私の本体を探し出して攻撃をしかけようと、最後の賭けに出ているのだろう。
ウサギの耳が、ピンと跳ねた。
彼女の手に顕現した異界の魔導書が。
パラララララララ!
と、開かれる。
「童話魔術! 燃え盛る復讐の山!」
ゴオゥン!
山一面を燃すほどの業火が、私の潜む闇に向かって解き放たれた。
骨すら残らない火力。
しかし――無数の黒マナティがそれを受け止め、私には届かない。
まあ本当はこんな炎を浴びたところで、ただのポカポカ湯たんぽなのだが。
ともあれ。
一応、演出というヤツは必要だろう。
『おっと、危ない危ない。うっかり焼きネコになっちゃうところだったよ』
「うそでち……っ! 性質まで完全再現ちての召喚だなんて、わたちより使いこなしているなんて、ありえまちぇん!?」
『格が違うんだろうね』
それは彼女を揶揄する言葉ではなく、純然たる事実。
そして、彼女は戦士として私に向かってきた。
召喚獣は主人を守るために、戦う。
意思なきはずの無貌の黒マナティが、顔のない貌をギヒヒと歪める。
私の眷属となったことで明確な意思を持ったのだろう。
高出力の魔力を溜め込み。
敵に向かって渦を作り出す。
私は――魔族としての声を上げていた。
『悪く思わないでおくれよ。君が先に手を出したんだ――』
闇の中。
赤い瞳を尖らせ。
『さようなら、勇者の幻影に執着する哀れな兎人族よ。君の嘆きも……これで終わりだ』
「ちまった!」
生み出された破壊のエネルギーがウサギ司書にむかい放出される!
シューーーーーーーーーーゥゥン!
死を覚悟したのだろう。
「勇者さま……っ、わたちは……」
彼女は静かに瞳を閉じ。
「わたちはただ……あなたに、もう一度逢いたかった……それだけだったのに……もう一度、頭を……なで……て――……」
光に――包まれていく。
そして。
ペチッ、ペチチチチチチ!
無数の丸い塊が、ぺしぺしぺしとウサギの頭を叩き、路地裏に積まれていく。
彼女がゆっくりと。
恐る恐る、瞳を開く。
暗い道に広がる包み紙の群れ。
それを目にして。
「え? あれ……あ、飴玉……!?」
『にゃはははは! 仕方ないだろ、私の物語ではあの黒マナティは大量の飴玉をくれたただの異界の魔獣だからね。私が召喚すればこうなってしまうのさ』
ぐにゃははは!
と、飴玉を回収しながら私は尾を震わせる。
黒マナティも赤子みたいにクヒヒヒヒと笑いだす。
あー、もったいないもったいない。
ぐにゃふふふ!
これで当分飴玉には困らないのである!
飴玉を拾う私に続き。
黒マナティも飴玉を拾って私に差し出す。
うむ、なかなかにイイ子である。せっかく私の眷属になったのだ。魔王城の上空を警備する最強のスタッフとして雇ってやろう。
一個、一個と回収している私に向かい彼女はウサギ口を震わせた。
「どうちて……、どうちて――!」
『なにがだい?』
「どうちて、そんなに甘くて優ちいのに! 勇者様を殺したんでちか!」
私は、一瞬止まっていた。
彼女もまた、百年前の戦争の傷を負っている者の一人なのだろう。
だから。
ゆらりと立ち上がり。
私は言った。
『それが戦争だからさ』
私は。
どんな顔をしていたのだろうか。
振り返り呟いた私の顔を覗いていたウサギ司書の顔も、固まっていた。
人の気配のしない路地裏。
かつて戦争で大事なものを傷つけられ、失ったもの同士。
ウサギと猫を闇が包んでいる。
飴玉をこっそりとしっぽで掻き集める私の目を見て。
やがて静かに。
「悪かったでち。今回は素直に負けを認めてあげまちよ」
彼女はぽそりとつぶやいた。
私も苦笑し、飴玉をガリガリしながら皮肉を言う。
『君は私に飴玉をくれにきたんだろう?』
「あの殺戮の魔猫が……ずいぶんと丸くなったものでちね……。まあ、命を助けられたんでちから、文句はないでちけどね」
『あのって、君、私を知っていたのかい?』
「百年前の戦争にわたちもいたんでちが……まったく覚えてないんでちね」
ふと思い出そうとするが。
私は……考えることを止めた。
やめておくことにしたのだ。
もし、魔王様に関する記憶を思い出してしまい……彼女を殺すことを決めてしまわないとも限らない。
それはきっと……ナタリーも悲しむことだろうから。
しかしだ。
『すると君って、若く見えて百歳以上……』
「それ以上くちにしたら、ニンジンでどつき回しまちからね」
ちょっと目が怖い。
彼女はそのまま、はぁと息を吐き。
「お詫びにこれをあげまち。これで貸し借りは無しでちからね」
言って。
彼女が異界図書館から取り出したのは、一冊の異界の書。
くれると言う事だろう。
『これは?』
「勇者様にお返しする筈だった異界の童話でちよ。もうわたちには必要のないものでち。それを童話魔術で使用すれば、まあ、どうしようもない大魔帝ケトスなら満足するでちょうよ」
言われて書物に目をやり。
私のネコ目がくわぁぁぁあああっと広がる。
こ、これは!?
二人の兄妹と魔女の物語。
私も知っている、有名な異界童話だ。
この物語に登場するのは――伝説の家。
『にゃ、にゃにゃにゃんと素晴らしい! お、お菓子の家じゃにゃいか! 本当にこんな神話級のアイテムを貰っちゃってもいいのかい!?』
完全にお菓子の家に気を取られていたせいだろう。
目の前からウサギ司書の姿は消えていた。
童話魔術で逃げたのだろう。
誰もいなくなった路地裏。
私は召喚した黒マナティを回収し、肩を竦めて見せる。
安堵が浮かんでいたのだ。
『まあこれで殺さずに済んだかな』
足元には飴玉の山が積んである。
黒マナティが、キシシと笑い私に飴玉を残していったのだ。
この黒マナティが私に素直に召喚され懐いた理由も……だいたい想像がつく。
同じ召喚の犠牲者。
私に同情しているのだ。
同類相憐れむ、というやつだろう。
まあ私の場合は猫として存在を許され、魔王様に拾われたという幸運があったわけだが。
さて。
懐かしい童話の絵本を暗黒空間に収納すると、私は少し真面目な顔を作り息を吐いていた。
私は別に無差別殺戮をしたいわけじゃない。
殺さずに済むのなら、その方が良い。
そう感じていたのだ。
あのウサギも……この黒い魂も。
まあ。
お菓子の家を召喚するのは楽しみだ。
けれど。
私には――違った意味でも、楽しみがあった。
既に見知った童話の物語に思いを馳せ。
少しだけ心が躍っていた。
たまには……ゆっくりと絵本を読むのも悪くない。
ただの絵本だ。
子供の頃に目にしたよくある童話。
何度も目にしたことがあるから、内容だって覚えている。
けれど。
五百年ぶりに目にする故郷の童話は――きっと、退屈しのぎには丁度いい。
『さて、お土産を買って帰るかな』
誰もいなくなった昏い路地裏を抜けるべく――。
私の足は表通りに向かって進む。
光が見えた。
活気に満ちた声がする。
人間たちの営みの気配だ。
私は――路地裏を抜けた。
ちょっとだけ眩しくて。
反射的にブルブルブルっと身体を振ってしまった。
太陽の日差しが、私のネコ毛を温かく出迎えていたのだ。
※エピローグ後編に続きます。(夕方~夜更新予定)




