表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/701

エピローグ前編


 事件も解決し、街の民間人も戻った商業都市エルミガルド。

 私の旅立ちの日。

 ギルドに正式登録したマーガレットが、笑顔で私に礼をした。


 見送りというヤツである。


「それじゃあケトス様。またちゃんとこの街に寄ってくださいっすよ! 料理スキルも向上させておきますんで、きっとおいしいデザートだせますから!」

「大変お世話になりました、わたくしもお待ちしておりますわ」


 続いてこの世に留まる事を選んだナタリーも私に向かい微笑した。

 その微笑みには、寂しさは滲んでいない。

 色々と吹っ切れたのかもしれない。

 マーガレットの魔力制御のこともあるし、まだ何か心残りがあるのだろう。


 ナタリーと目が合った。

 私の口は自然と笑みを作っていた。

 こんなに穏やかに微笑んでいるのは――きっと、彼女には気を許しているのだと思う。


『負担をかけてしまうナタリーくんには悪いけれど、マーガレットくんのことをよろしく頼むよ』

「はい、それはもちろん。お任せくださいませ――」


 にっこりと微笑んだ後。

 ちょっと目線を逸らし、わりと真剣な表情で……。


「さすがにこの方を一人にすると……なにをするか分からないので。それはもう、しっかりと……わたくしが頑張りませんと」


 おっとりナタリーが細い指で頬を掻きながら、言葉を濁す。


「酷いっすよ、ナタリーさん! その言い方だと、なんかあたしが暴走魔道具みたいじゃないっすか!」

「そ、そうですわね! ごめんなさい。でもやっぱり、もうちょっと力の制御ができるようになっていただかないと、わたくし……かなり不安ですわ」


 更に目線を逸らすその頬には、一筋の汗が伝っている。

 いや。

 こんなおっとりで、冷静さを失いにくい不死者のナタリーがこんな顔をするって。


 私はじとぉぉぉっ、とした瞳でメイド騎士を見る。

 マーガレット。

 この子、私がいない間にマジで何やらかしたんだろ……。


 初クエストのことをきくと、同行した者はみんな目線を逸らして――普段は非の打ちどころのないイイ子なんですけどね……と言葉を濁すし。

 私が魔王様の事で暴走しかけた時もなんか、やらかしたらしいしなあ。

 ギルド内でもランクの高い冒険者が、なぜかマーガレットのことをさん付けで呼んで、頭を下げる舎弟状態になってるし。


 私は大魔帝だから多少の事では動揺しないが、人間にとっては彼女の行動は結構ぶっとんでたりしたのだろうか。


 この街に着くまでの彼女の行動を思い出してみる。

 ニャフンと猫の頭を捻らせると。


 私と一緒においしいものをいっぱい食べただろ。魚介類が食べたくなったから一緒に海に行って海底神殿ダンジョンを制覇しただろ。暇だからと転移してきたロックウェル卿と霊峰に登って、三人で魔竜退治しただろ。後は――地獄饅頭が食べたくなったから立ち寄った裏世界、地獄の帝国にあるサバスの実家で、選ばれし者しか入手できない伝説の魔槍を引っこ抜いたぐらいしかしていない。

 うん。

 案外、私の影響で暴走しがちになっていたのかもしれないと危惧していたが。

 普通の事しかしていないので私のせいじゃないな。


 仕方のない奴だにゃ~と、マーガレットを見てニャフフと猫笑い。

 そんな私に眉を下げながら。

 ナタリーが薄い口紅を上下させる。


「まあ、マーガレットさんの暴走を防ぐのも、新しいわたくしの生きる目標の一つですわね」


『そうだね、君も落ち着いたみたいで安心したよ』

「わたくしを気にかけて頂けるなんて、ふふふ、とても嬉しいですわ」

『名残惜しいけれど、そろそろ行くよ』


 告げると。


「はい……私はまだまだ、当分、この世界に漂っておりますから。いつかまた、必ずお会いできますよね?」

『もちろんさ』

「魔王様にご紹介していただけるというお約束も、忘れないでくださいね!」


 分かっているさと頷いた。

 名残惜しくて、タイミングがなかなかできないが。

 いつまでもここに居るわけにもいかない。

 そろそろラストダンジョンに戻らないと、まずいだろう。


『それじゃあ、また近いうちに寄るから。ちゃんと力の制御をできるようになっていておくれよ』


 嘆き死霊の女王が、私に目をやり赤い瞳を細める。

 マーガレットがきょとんとした顔を見せる。


「あれ、ケトス様。今日は転移で移動しないんっすね」

『ああ、ちょっとお店に寄ってから帰るからさ。魔王城の皆におみやげを買って帰らないとたぶん……怒られるし』


 ま、本当は長期間の外出を怒られるんだけど。

 お土産はその緩和剤なのである。


「あたしも行きたい所っすけど、ギルドの皆と新しいクエストの約束があるんで。ここでお別れっすね」


「あら、じゃあわたくしがお供いたしましょうか?」

「マスターは駄目っすよ。ケトスさまと一緒にラブラブしたいのはわかるっすけど、クエスト依頼も仕事も、事後報告の書類も山積みっすよ。受付のおっちゃんが頭抱えてますし……」


「もう、わかりました! さて、それではお元気で!」

「ケトスさま……、どうかお気をつけて」


 凛としたメイドの口調でマーガレットが頭を下げる。少しだけ、真面目な表情で私をちらり。

 勘付いているのだろう。

 本当に、彼女は鋭い――まあ、こんな有能な子が敵にならなくてよかった。

 私は魔猫で、彼女は人間。

 時代が違っていたら、敵対していた可能性もあるのだから。


『じゃあ、君たちも元気でね。あ、マーガレットくんのお姉さんと妹君には、私から伝えておくよ。またね~』


 ぶにゃん!

 と別れの吐息を吐き。

 私は歩き出した。

 そんな猫歩きの私の背に向かい、嘆き死霊の女王は駆け出し声を上げた。


「わたくし、いつまでもお待ちしておりますから! 必ず、必ずですわよ! また……お会いしましょうね!」


 返事の代わりにモフモフな耳を動かして。

 私は馬車道を歩いて、消えた。







 ▽▽▽




 ▽▽




 ▽




 人の気配がなくなった路地裏。

 ゴミ袋が積まれた埃っぽい道はあまり好きじゃないが、まあ今回ばかりは仕方がない。

 静寂だけが広がる場所。

 ここなら人の気配はない。

 見送ってくれた人々は既に自分たちの生活に戻ったのだ。動きがあるならきっと今だろう。


 さて。

 ゆらりと振り返り。

 私は闇の中に向かって声をかけた。


『そろそろ出てきたらどうだい?』


 誰何すいかの声ではない。

 相手は既に分かっていた。

 声に呼ばれて現れたのは、白い獣の影。

 勇者の関係者らしい兎人族のウサギ司書。

 私は路地裏の奥の気配を探りながら、口を蠢かした。


『何の用だい……? って、聞くだけ無駄かな。勇者の関係者なら、アレを噛み殺した私と出逢った機会を利用しないわけないよね』


 言いながら、周囲を探る。既に囲まれているか。

 この気配はトランプ兵だ。


 なにやら様々な魔道具で武装したウサギ司書が一歩、前に出た。


「大魔帝ケトス。一緒に来て貰うでち」


『どうしてだい?』

「勇者様の魂を探す、それができるのは――悔ちいけれどアナタだけでちからね」


 私は一瞬、ネコ眉を跳ねさせていた。

 彼女は、知らないのか。


『君は、知らないのかい?』

「なにがでちか?」


 やはり、知らされていない。


『勇者の魂はすでにこの世界にはない。元の世界に帰ったよ、満足してね』


 私は残酷な事実を告げた。

 恐らく彼女にとってそれは想定されている内の答えの一つだった筈。

 だから私の言葉を耳にしても動揺はしていない。

 無論。

 一瞬だけ。非常に悲しそうに瞳を伏したが……。


 そう。

 異世界から召喚されたらしい勇者の魂は、既に、この世界を捨てたのだ。

 最強ゆえにずっと死ねずに、正義をなしていた勇者。

 アレはもはや狂っていたのだと私は思う。

 けれど最後に、私に感謝を述べたのだ。


 殺してくれてありがとう。

 これで、元の世界に帰れる――と。


 どういう事情だったのかは知らない。

 けれど――だいたいの想像はつく。

 異世界から戦力として呼ばれた人間の扱いなど、どう取り繕った所で非道な戦闘強要でしかない。


 勇者は疲れていたのだと、私は思う。

 しかし私はそれをウサギ司書には伝えなかった。

 どうしてかは分からない。

 傷つけたくなかったのだろうか。分からない。分からないが。


『勇者は魔王様に匹敵するほどに力を持った存在だった。その魂が元の世界に帰ったとしても、その力ある残滓がこの世界の人間の魂として転生している可能性もある。まあ……本人じゃないけれど、勇者に仕える一族ならそれを探すのもアリなんじゃないかな?』


 あくまでも可能性の話として、私は告げていた。


「そんなこと、分かってるでち……! 勇者様の力の一端は、三つに分かれて人間の中に消えていった。そんなこと、もうとっくに調査済みなんでちから!」


 それは初耳だ。

 なるほど、勇者の力はやはり人間に受け継がれているのか。三つということは、三兄弟や三姉妹といった近しい場所に留まっているとは思うのだが。

 なんとかして人間サイドに回る前に恩を与えて、こちらの味方に引き込みたいが……場所すら分からないのだ、まあそう上手くいくはずもないか。

 ともあれ。

 私は魔族として冷たい声を出していた。


『あの勇者の魂と再会したい、君のその願いは叶わないよ。大魔帝として保証しよう、あの魂は既にこの世界を捨てた。それで、どうするつもりだい? まだ私に何かあるのかな』


「勇者様の仇討ち、と行きたい所でちが。わたちではあなたに敵わない」

『良かったよ、君が賢い子で。私はね――弱い者虐めは好きじゃないんだ』


 警戒を解き。

 油断していた私の顔を赤い瞳が睨む。


「何を勘違いしているでちか? わたちは、戦わないとは一言もいってないでちよ! 先ほどの戦いで確信ちました、あなたは危険すぎまち!」

『しまった、伏兵か……っ――』


 一瞬だった。

 伏兵として隠れていたらしいソレが、私を貫いていた。


 ドドドズズズシュシュン!


 魔力を遮断するオリハルコン製の槍の貫き。

 魔獣に有効な銀の剣の斬撃。

 憎悪と邪を払う聖槍の一閃。

 全てが私を意識した特効武器。


「悪く思わないで欲しいでち……わたちだって、やりたくてこんなことを……。でも、あなたは……魔王の事となると……世界を滅ぼしかねない危険な存在でちから」


 詫びるように、ウサギの口が動く。


 闇の中で輝くのは無数の武器の輝き。

 神話級の武器の数々。

 トランプ兵の容赦ない攻めが私の首を、身体を、尻尾を串刺しにしていた。


 並の魔族だったら、これで滅んでいただろう。

 が。

 申し訳ないけど私は並じゃないんだよね……。

 さて。


『なーんてね、残念。はずれだよ』

「まさか!」


 私の身体は闇の中に消えていく。

 ザァァァァァアアアアアア!

 闇へと溶けた猫のシルエットが、壁一面に広がっていた。


『これは別れの挨拶にしては乱暴だね』


「な! 猫魔獣なのに、特効武器が効かないでちって!?」

『なるほど。ここまで用意していたって事は、本気って事か――勇者の勢力と大魔帝が出会ってしまったら、まあ、そうなるか』


 ふーむ、と悩む私。

 影がぎしりと猫口の笑みを浮かべる。

 これはたぶんシリアスというやつだろう。

 物語はハッピーエンドで終わったのだから、わざわざ水をさす事もないのに。


『どうしてもやるのかい?』


 答える前にウサギは動いていた。

 問答無用か。

 ウサギ司書が慌てて詠唱を開始する。


「我は勇者の――」

『詠唱か――それ、悪いけど貰っちゃおうかな』


 彼女が術を発動するよりも先。

 既に、私は新しい魔術を発動していた。

 こっそりと、彼女の影を私の伸ばす影が喰らいつく。

 彼女の魔術波動を手繰り寄せ、こちらの魔力として利用するのだ。


「詠唱をキャンチェルされた、まさかっ……!」

『開け、異界書庫。我は汝の知識を覗くもの也』


 私の潜む闇の中。

 魔力で浮かばせた魔導書が影の中から浮かび上がってくる。


 路地裏に紅い魔力を放ちながら浮かぶ書物のタイトルは――嘆き死霊の女王。

 これは私の記憶。

 虚無空間に保管してある私の記録クリスタルを魔導書に変換した、オリジナル童話だ。


「それは……っ!」

『魔術、解放――さあ、君の物語を聞かせておくれ』


 バサ、バサササアアサササアアァァァァアアア!


 ページが自動的に捲られていく。

 世界の法則を、一時的に崩壊させ。

 私は魔力を注いだ。


『我が紡ぐは新たな時代の物語。いでよ、我が眷族! 異界より招かれし憎悪の魂』


 次元が割れ。

 影の中からドロリとした塊が生まれいでる。

 ィィッィィィイン!


「そんな……っ、ありえまちぇん! それはわたちの童話魔術アリスマジック!」


 声のない産声と共に生まれた魔獣は。

 そう――。

 黒い貌のない無貌の黒人魚。私達が戦っていたあの厄介な異界の魔物である。


 私は既に、彼らと契約を交わしていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >三つということは、三兄弟や三姉妹といった近しい場所に留まっている なんか最近、どこぞのかわいらしくて麗しい毛並みの黒猫ちゃんが三姉妹に感謝されてるらしいっすねー。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ