戦闘終了 ~勝利のポーズはドヤ顔で~
商業都市エルミガルドの空を覆っていた闇は去った。
五百年前、魔王様によって封印された異界の魔獣は偉大なる大魔帝の手によって、この世界から消え去ったのだ。
ま、まあ本当は、五百年前に魔王様がやらかして招き入れちゃったみたいなのだが、封印したのも事実だし。私がやっつけたのも事実だから嘘じゃないし。
うん。
ラストダンジョンに戻ったら皆にはそう言っておこう。
大陸の方にも被害はない。
実はちょっと壊してしまいそうで終始、怖かったのだが――まあ、ここにいる人間を傷つけないようにしようとしたらなんとかなった。
一応、感謝してやってもいいか。
魅了していた時から、私は既に元の黒猫の姿に戻っていたし。
このまま下りれば問題ないだろう。
猫獣人の姿だと色々と面倒なことになるし。
全盛期モードで近づいたらたぶん、精神が弱い人間は負荷に耐えられないだろうし。
それになによりも。
私はふと――遠くに目をやって。
黒猫モードが一番かわいいって魔王様も言ってくれてるしね!
『はぁ……手加減ってやっぱりしんどいね。破壊するより何倍も疲れるんだもん』
ふよふよふよと、空から降りてくる私を。
嘆き死霊の女王の腕が、胸が出迎える。
「ケトスさまあああぁ……!」
『にゃははは、ごめんねナタリー君。君の晴れ舞台を奪っちゃって』
ナイスキャッチな彼女の腕の中。
強い抱擁を受け止めて、私はニャハりと猫口で笑う。
『君の嘆きの魔力のおかげで助かった。礼を言うよ』
「いえ、いいのです。むしろ感謝をしなくてはいけませんのはこちらですわ」
『ま、これでしばらくは君も消えることはできないだろうね。今回の事件の事後処理もあるし、女神の双丘に転移させた街の人々も回収してこないといけないし。忙しくなるよ』
「まー、ケトスさま! わたくしにそういう面倒なことを全部おしつけるつもりなのでしょう!」
むろん。
その通りである!
私はちょっと目線を逸らし。
ヒゲをぶにゃんと、くねらせながら息を吐く。
『だから、まあ、なんだ……その、アレだよアレ。君もまだこの世界に留まっていればいいんじゃないかなぁとか……思ってみたりもするんだけど』
何故だろうか。
彼女にとってはこのまま未練なく心綺麗に消えていくのが、人間としては正しい筈なのに。
私の口はそんな言葉を漏らしていた。
もしかしたら、同じ境遇の彼女のことがちょっとだけ……一緒に居られて、嬉しかったのかもしれないが。
「ケトスさまは、わたくしにこの世界に残っていて欲しいのですか?」
『まあ、どっちかっていったらそうなるのかな?』
問われて、考えるが。
んー、どうなんだろう。
真剣に猫頭をブニャブニャ悩ませる私に、マーガレットが言った。
「大丈夫だと思いますよ。ナタリーさん、たぶん当分は消えないんじゃないっすかねえ」
『どういう意味だい?』
「そりゃあまあ、ケトスさまも罪な御猫さまですからねえ」
キヒヒと笑うマーガレットは、ナタリーに向かってなにやら意味ありげな視線を送っている。
ぽっと顔を赤らめて、ナタリーが膨らんだ頬に両手を添える。
「だって、新しい未練が生まれてしまったんですもの。仕方ないじゃありませんか」
『へえ、それは良かった! ねえねえ、どんな未練なんだい?』
「それは――もう、内緒です!」
嘆き死霊の女王という強大な魔性。その存在を維持できるだけの未練となると――あのギルハルトへの未練と同じほどの未練という事だ。
それはちょっと気になる。
魔術的見地という意味でも、知識として把握しておきたい。
分からずに問う私。
ちょっと怒っているナタリー。
そんな私と彼女を、何故かマーガレットはプププと揶揄うように見ている。
しばらく、色々と話をして。
ナタリーが、ちょっとだけ目線を逸らしながら……頬を赤く染めた。
「ケトスさまにお願いがありますの」
『なんだい?』
「魔王様がお目覚めになったら、わたくしのこと――紹介、していただけますか?」
なるほど。
嘆き死霊の女王として、魔王様に挨拶したいのだろう。
『ああ、もちろんさ! 魔王様は君のことをきっと歓迎するだろうね!』
「まあ、それって――わたくし、嬉しいですわ!」
彼女ほど強大な存在なら魔王軍の助けになる。
それに魔術についても造詣が深い。きっと話も弾むだろう。
魔王様がお目覚めになった時の楽しみが、また増えたのだ!
「絶対、絶対ですからね。わたくしの事を連れて、紹介してくださいね」
『私は魔王様に愛されし大魔帝だからね、心配ないよ!』
にゃはははは! と私は笑う。
彼女も嬉しそうに。
笑った。
なんかマーガレットが頭を掻いて、たぶんそういう意味じゃないんだけどなあ……と苦笑いしているが。
ともあれ。
ふとナタリーはギルドマスターの顔に戻って、周囲を見渡す。
「ところでお聞きしたいのですが、このダンジョン猫たちは……いったい、どこから湧いてきたのでしょうか。助けられたのはありがたいのですが。この子たち……見た目こそ愛らしいただの猫ちゃんですけれど、難関ダンジョンの最奥にいる高レベルモンスターですわよね?」
あ!
そういえば……あのギルド図書館。ダンジョン化したままなのか。
ま、まあそのおかげで人間たちは助かったんだし?
むしろ、計画の一旦だったということにしておけば……。
『さ、さあ。不思議な事もあるもんだねえ。も、もしかしたらあの黒マナティが世界に降臨したから、その影響かもね』
「なるほど。それにしてもあの死霊……可哀そうでしたわね」
『君にも……分かったのかい』
「ええ、けれど――」
彼女は人間たちを見渡し、寂しそうに微笑んだ。
「みなさんにはお伝えしない方がいいですわね……憎悪と嘆きによって魔性と化していたとはいえ、元は人間……仲間の死霊と闘っていただなんて知りたくはないでしょうし」
不死者の微笑。
やはり嘆きと憂いに思いを馳せる彼女は……綺麗なのである。
まあ、人間の心って死者の涙とかに弱いしね。
私にもちょっとだけ人間の心が残っているのかもしれない。
『考えたくはないけれど、もしかしたらいつか私達もああなっちゃうのかもしれないね』
「あら、ケトス様と一緒ならわたくし、かまいませんよ?」
なかなかにきついジョークである。
後はウサギに口止めをしておきたいのだが。
周囲を探す私。
その黒く美しい私を見て、幻影黒猫とダンジョン猫に亜空間から取り出したお菓子を上げながらマーガレットが言う。
「あのウサギなら慌ててどっかに行っちゃいましたっすよ。何か連絡があるからって」
『なるほど、ね』
「なんか知り合いみたいでしたが……なんなんすか、あのウサギ。ちょっと感じ悪かったっすけど」
『ま、彼女には彼女の役割があるのさ。私が大魔帝であるようにね』
いつか、また。
再会する日も来るのだろう。
私は大魔帝。
勇者を噛み殺した牙。
勇者の関係者、眷族らしいあのウサギにとって私は――おそらく……。
ここで仕掛けてくることはないだろうが。
離れていた方が良いだろう。
私は努めて明るい声を上げた。
『さて人間諸君。帰ろうか! 君たちの私達への返礼を期待して待っているよ!』
宣言すると。
私の呼び出した幻影黒猫も、混沌たる猫獣の暗殺者もニャヒヒと猫口で笑い、早くご飯をよこせと鳴き始めた。
◇
宴はダンジョン図書館で行われた。
単純にここが一番広くて安全だったのだ。
だって空間が異常膨張して広がってるし、湧いてる魔物は全部のんびりぐーたらダンジョン猫だしね。湧きだした宝箱の中身も、食料品とかだし。ちょっと心配していたのだが問題なく共生できそうである。
ま、ダンジョン猫にも人間たちにも、互いを絶対に攻撃するなって言っておいたから大丈夫だよね。
攻撃しちゃったら……うん、まあ自業自得って事で。
美味しいものを持参して何度も詫びればたぶん和解もできるだろう。
ダンジョン猫と幻影黒猫。
そして人間たちが飲んで歌って、大騒ぎだ。
そうそう。
白衣のギルド研究員さんとも連絡が付いた。女神の双丘に避難させた人々は、皇帝ピサロが責任を持って街まで送ってくれている最中だそうだ。
金貨を減らしてもいいとの話のおかげか、全面協力を約束してくれたらしい。
ちなみに。
例の唐揚げ計画も順調なようで、賢者から今度試作品を召し上がりに来て欲しいとの打診も受けていた。近いうちに帝都に寄ってみようと思っている。
スパイワンワンズと同行したダンジョン猫にもたぶんなんか食べさせてあげないと不味いだろうが、まあそれは彼らが帰ってきてからか。
私はナタリーをちらりと見る。
ギルド図書館内は既に完全な迷宮と化しているが、おっとりとしたナタリーには気にならないのか。それとも気が付いたうえで放置しているのかは分からない。
まあこれはこれで、名物になるのじゃないかしらと笑っていたが。
幻影黒猫を抱っこしたまま、こっくりこっくり眠っている。
彼女も疲れていたのだろう。
そして。
ウサギ司書は……あのまま姿を現さない。
消えてしまったのだ。
皆は不自然にあのウサギの事を口にしないのだが……おそらく、そういう魔術――居なくなったことをきっかけに記憶から消える、忘却系統の魔術をあらかじめ使っていたのだろう。
異界の死霊と、ナタリーの監視をしていたとみて間違いないか。
あの合理的な性格だ。既に必要がないと判断し、ここでの暮らしを捨てたのだ。
来訪者である私とマーガレットにはその忘却の魔術は効果を発揮しなかった。まあ、単純にレジストしたという可能性もあるか。
ナタリーは……彼女の事を口にはしていない。
バンシー・クイーンはかなり強力な不死者だ、あのウサギの魔術が効くとも思えない。それでも、一切、口にしないのだ。
百年も共にいたようであるが、当時の皇帝とウサギ司書に騙されてこの地を守っていたのは事実らしく……思う所もあったのだろう。
ウサギの方も、ナタリーに関してはそれなりの情があったように見えたが……。
ま、さすがに私が口を出すべき場面でもないだろう。
マーガレットはそんな私を見て、小さく凛とした会釈を送ってくる。
私の意図を酌んだのだろう。
『君って、本当に察しが良いね』
「まあ、小さいころからメイドをしておりましたから」
メイドモードのマーガレットが遠い目をして、しとやかに囁く。
マタタビのお酒をぐっと飲んで、私は一言。
『うまく、やっていけそうかい?』
「はい、おかげさまで。おそらく、ここに来るまでのケトス様との旅で心が鍛えられていたのでしょうね」
『どういう意味だい?』
よく分からず私が問うと、
「感謝しております。そういう意味っすよ」
彼女は普段の顔色で、にひぃっと花の笑みを送ってきた。




