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決着、空中戦の果てに ~魔猫と黒マナティ~後編


 戦いは佳境。

 商業都市エルミガルドで繰り広げられていた空中戦は今、終わりを迎えようとしていた。

 魔法陣を展開する私に、ウサギが問う。


「なにをするつもりでちか。とてつもない考えが浮かんでいるみたいでちが」

『まあ、見ていればわかるよ。おそらく、これが一番穏便で楽に片付く手段の筈さ』


 告げて。

 キリっと決め顔を作り。

 私は姿を獣人モードに切り替えて、暗黒の虚無空間を展開する。


 私と黒マナティとの間に、普段私が利用している暗黒空間の入り口が生成された。

 黒マナティの顔のない貌をじっと見つめて。

 私は――。

 微笑を投げかけた。


『ねえそこの君。かわいい憎悪の魔力をしているね。どうだろうか、私と一緒に――お茶でも行かないかい?』


 渋く、甘い声をかけたのである。

 そう。

 ようするに。

 魅了しているのだ。


 ……。

 ネタとは思わないで欲しい。


 実際、戦闘においての魅了は強い。

 心まで支配してしまえば勝利を意味する、必殺の一撃なのだ。

 壊そうと思っていたから考えてもいなかったが……魅了し行動をあやつって、私の暗黒空間の中に住処を移させてやれば、コレと無理に戦う必要もないのである。


 このまま破壊のエネルギーで消し去るよりも、大陸崩壊のリスクはほぼ皆無。

 まあ、相手が意思ある存在だと確定したからこそ、できる手であるが。


 無論、ウサギは小さな口をぱっかりと開いて阿呆みたいな顔をして驚いているが、まあ気にしない。

 下の方で人間たちもあんぐりと口を開いているが、気にしない。


 今回は全力で魅了フィールドを展開しているせいか、人間たちがだんだんと腰を落とし始めているが……まあ、その辺は頑張って耐えてくれ。

 私の得意技は幻影に魅了に、せこい攻撃。

 意識がある存在なら、魅了してしまうのが手っ取り早いのだ。


 暗黒空間を指さして、


『大丈夫。ここなら君もたぶん落ち着けるよ――まあ飽きたら一緒に暴れたっていいんだし、どうかな?』


 人が折角、真面目に魅了しているのに。

 横でウサギが騒ぎだす。


「正気でちか!? バカなんでちか! こんな憎悪の塊に言葉なんて通じ張る筈がないでち!」

『まあ、私も憎悪の塊だからね。その理屈だと今、君と私が会話をしている時点でおかしいだろう?』


 私はまっすぐに、目の前に渦巻く憎悪の死霊を見た。

 コレも私をじっと眺めていた。

 言葉は通じているようだが。

 まだ押しが足りないか。


 ふむ……。

 私はポンと黒猫の姿に戻り。


 ぶにゃん!

 と、お腹を出して再度の誘惑。

 今度は猫ちゃんモードで誘惑だ。


『くははははは! どうだ見よ、この麗しきボディを。撫でたいだろう! かわいがりたいであろう、くははははは!』


 黒マナティの巨人は、なぜか頬をぽりぽりと掻き。

 はぁ……と呆れたような息を吐く。


 ぅぅおぉぉぉぉっぅぅぅん……。


 嘆きではない、声を上げていた。

 あれ、なんか……私、バカにされた?

 ムカ!


『にゃにゃにゃにゃ! にゃんて失礼な奴だにゃ! 魔王様に愛されし美しい体を鼻で笑うとは許せんニャ! もうこうなったらこの世界諸共(もろとも)に滅ぼしてくれようか!?』


 手と足と猫毛をバッサバッサさせて私はキシャーと唸っていた。

 もうしるか!

 手加減なんてもう飽きた!

 溜まった鬱憤を全部破壊のエネルギーとして使ってくれようか!


 キシャーキシャーと唸り魔力を溜める私。

 そんな暴走する猫を眺め。

 憎悪の塊の筈の死霊が、止まった。


 考え込んでいるのだ。

 そして。


 ――ね……こ?


 空に、くぐもった声が漏れた。

 水中から、捻り出したような仄暗いエコーのかかった声。

 目の前の死霊が、崩れていく。

 その中から現れたのは――一……人の形をしたナニか。

 顔のない場所から、声が――漏れた。


 ――ネコ……ああ、ネコか……ねこ、なつかしいなあ……ネコ。


 確かに、これはそう呟いていた。

 その腕が伸びてくるが……途中で朽ちて消えていく。

 顔のない貌が、悲しそうに消える指を眺める。

 異形となった自らの腕を見て、何を想っているのだろうか。


 ――あれ、わたし……なんでここにいるんだろう。ああ、そうか……そうか……。


 やはり、私は――確信した。

 これは。

 人間だ。

 かつて人間だったモノの死霊だ。


 どうしてこのような邪悪なる魂になっていたのかは想像することしかできないが……私や、ナタリーと同じ性質の存在だったのだろう。


 ぁぁぁぅぅぅうおおぅぅぅ……ん。


 と、悲しみの嘆きを漏らし、消えていく。

 トランプ兵に囲まれている黒マナティも一体、また一体と闇の中に消滅していく。自ら望んで、世界の狭間に戻っていったのだ。

 おそらく、かつて自分が人間だったと思い出したのだろう。

 そして、それを嘆き消えている。


 人間だったから。

 嘆いたのだ。

 涙を流すかのように、空が曇って。

 崩れた憎悪の魔力が、地上に降り注ぐ。


 そんな黒マナティの心にも気付かないで、ウサギが声を上げる。


「え! 本当に魅了が効いたんでちか!?」

『にゃははは、我の魅力にかかれば異界の魔獣とて手のひらの上よ。全てが作戦通りなのじゃ!』


 まあ、手加減に飽きて全てをぶっ壊そうとしていたことは黙っておこう。


「どういうことでちか……」


 結構、にぶいなこのウサギ。

 これが人間だったと普通、気付くだろう。


『彼等は別に戦いたくなかったんだろうね。能力がカウンターだったのも、そういう事だったんじゃないかな』


 ウサギ司書は納得していないようだが。


「封印……とは違いまちが、殺さないんでちか?」


『大陸が壊れるリスクを承知でいいなら、今ここで大魔帝としてやっちゃってもいいけど。そっちの方が良いかい? 本気で消滅させるなら、それは覚悟しないとならないけど』

「このまま消滅させられないんでちか?」


 私は多少、苛ついていた。

 人が折角遠回しに言っているのに。

 空間が軋み、私の口元は魔性に歪む。


『貴様もあの声が聞こえていただろう、これの元は――人間だ』

「それがどうしたんでちか?」


 ウサギが無垢な貌をきょとんと曲げて、言う。

 私は思わず声を上げていた。


『貴様は……! なにも思わんのか……いや、ああ、そうか。そうであったな』


 なるほど。

 理解した上でそう言っていたのか。

 私はおそらく。

 かなり冷めた目で、このウサギに目をやっていたのだと思う。


 これは勇者サイドの価値観なのだ。

 価値観の違い。

 それは私も先ほど経験した。コレもそれと同じなのだろう。


 やはり、根本的な考え方が違うのだろう。

 コレとは。


 ウサギはしばし考え。


「まあ……これを使役できるとは思えないので、いいでちけど……本当に息の根を止めておかなくて、大丈夫なんでちかねえ。叩けるときに叩いといた方が、世の中は平和になると思うのでちが」


 このウサギ……んーむ。

 大魔帝の私が穏便に済ませようとしている中、なかなか物騒な思考の持ち主である。

 まあ、これは本当に世界を呪い殺すことができるほどに凶悪な死霊だ。

 世界維持をなによりも優先する勇者側の者にとっては、いますぐに消し去りたい、懸念すべき存在なのだろう。

 成仏したわけではなく、世界の狭間に戻っただけなのだ。


 いつかまた、この地にうっかり招かれる日が来ないとは限らない。

 誰かが呼び出そうとする可能性もゼロではないのだから。

 しかし。

 私は、このウサギ司書の顔をちらり。


 勇者の関係者らしいが――何を企んでいる。

 このトランプ兵。見た目こそファンシーだがその内に込められた魔力はかなりのものだ。

 さすがに私の足元にも及ばないが、並の強さじゃない。


「お互い、今の詮索は不要ではないでちか」

『それもそうか。彼女たちが見ている前で始めるって訳にも、ねえ』


 私は地上の人間たちに目線をやりながら苦笑する。

 このウサギは勇者の関係者。

 ならば。

 そう遠くないうちに……。


『まあ勝利の報告に降りようじゃないか。彼らを安心させてやらないと』


 その言葉に異存はないらしく。

 彼女はトランプ兵の肩に手をかけ、ふよふよふよと地上に降りて行った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 世界の平和を考えるのなら、魔族と争おうとした人間を抹殺した方がいいんじゃ…? なんで勇者達は魔族と戦争なんてしたんだろ。
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