エルミガルド防衛戦 ~遺志を継ぐもの~
『よっと――!』
空間転移で地上に出ると。
既に戦いは始まっていた。
私のネコ尻尾とウサギ司書のウサギ耳、そして白衣の研究員さんのスカートがゆらりと風に靡く。
「なにが起こっているんでちかね?」
『さあ、戦闘行為が既に始まっているのは確かみたいだが――』
空一面を覆うのは意思なき死霊の群れ。いや、死霊なのかどうかもちょっと怪しい。邪気を纏った魂が無数に蠢いているのは確かなのだが。
幸いにもまだ街の方に被害は出ていないみたいである。
遠くで、音がした。
魔力を構築する低音が響き。
ズーン、ズズズズ!
街の衛兵とギルドの冒険者が空に向かい魔術攻撃を行っているのだ。
ここは商業都市エルミガルド。
私の正義感がぎりりと尖る。
各地には美味しい露店もあるし、結構気に入っているレストランが並んでいる。なんとかして守ってやらないとまずいだろう。
それにだ。
魔王様が五百年前に力を貸していたのなら、これは私の問題でもある。私は魔王様一番の部下である大魔帝、その意志を継ぐことに誇りすら感じるのだから。
まあ、その封印を解く原因となってしまったのは私の魔術なのだが。
さて。
無関係な人間をとりあえず安全な場所に逃がすしかないか――。
戦闘に参加するよりも先に、人命を優先するべきだろう。
私は詠唱を開始した。
『我はケトス。魔術の祖、偉大なる魔王様の意志を継ぐ者也』
告げて。
伸ばす肉球に魔法陣を構築していく。
紅い螺旋状の魔力が、私の魔術波動を伴って轟き始める。
ウサギ司書の耳がわずかに跳ねた。
私は瞳を閉じて、この街の構造を脳裏に刻む。
露店巡りのおかげで、この町全体のだいたいのマッピングは完了しているから楽勝だ。
それに、この街にも私兵であるスパイワンワンズは配置されている。
更に私の眷属である混沌たる猫獣の暗殺者が、既に街にまで進行を始めていた。
彼らを利用すれば――……。
『あのワンコたちを基準にして、猫魔獣の目を借りて……――周囲の人間を転移魔法陣の座標に組み込んで、と』
「空、見てくださいよ! ネコさんこれまずいんじゃ、……って! なんですかその膨大な情報量の魔法陣は!」
白衣の研究員さんが私の肉球の先から展開する魔法陣を掴んで叫ぶ。
魔力の輪を物理的に掴むって……この娘、無駄に器用だな。
『今から街の非戦闘員全てを安全な場所……女神の双丘に転移させる。君もついでに皇帝ピサロの宮殿へと転移させるからピサロくんに事情説明を頼むよ』
「皇帝って、えぇ!? それはさすがにいきなりすぎるんじゃ、不審者が転移してきたって捕まっちゃいますよ!」
言う事はもっともだが、まあ仕方がない。
ピサロ帝の正確な場所がわからなくては、伝言送付系の魔術は効果を発揮しにくい。
『申し訳ないけど、必要な事だから頼むよ。女神の双丘に飛ばした民間人を救助しないといけないんだ。まあピサロくんや宮殿の連中には、ケトスって黒猫が二十八億を少しまけてもイイって言ってましたって伝えれば、飛んで救助に向かうと思うから』
白衣の研究員さんは二十八億? と顔を顰める。
抗議を上げる前に――。
キィィイイイッィィイィィィィイイン!
街全体を包んだ超広範囲の魔法陣が輝きだす。
目の前にいた白衣の研究員さんも、街の民間人も転移完了。
成功である。
さすが私!
これでこの街に残されたのは、ある程度の魔力を持つ戦闘員だけ。
女神の双丘にはスパイワンワンズとダンジョン眷族の猫魔獣を同行させたから、もし野良の魔物に襲われても逆に血祭のスプラッターショーだろう。
少なくとも関係のない民間人が死傷する前に動けたのは良かった。私は少し、安心していた。
そんな私を目にして。
ウサギ司書が口をクチクチしながら言った。
「あなた、大魔帝ケトスさんでちね」
『おや、名乗りを上げていないのに気づかれてしまったか』
「そりゃ、その常識外れの魔力と、魔王様の意志を継ぐなんて詠唱とケトスって名前を耳にすれば誰でもわかりまちよ」
私を見ても動じない。
このウサギ。実はかなり力ある獣の一羽なのか?
はぁ……とウサギの吐息を漏らし。
「あの血も涙もない殺戮の魔猫がどういう心境の変化か、人間と無駄な争いをするのをやめたって噂。本当だったんでちね」
『さあ、それはどうだろうか』
はぐらかして。
私は空を見る。
意思なく浮遊と徘徊をし続ける死霊。
その姿を形容するのなら顔のない人魚だろうか。黒いマナティが水面に浮かぶプランクトンのように空を漂っているのである。
攻撃をしてこないというのが、少し不気味だ。
しかし、少し話は戻るが。
私、最近人間世界に気安く顕現しすぎたせいか、名乗る前に正体バレちゃうこと増えたよね。私は格好よく名乗りを上げたいのに!
ともあれ。
『君、あれがなんだか知っているかい?』
「わたちも知らないとなると、恐らく異界の魔物でちね」
言って、ウサギ司書はうさぎおててを翳し。
一冊の魔導書を顕現させる。
その表紙に書かれたタイトルは怪獣図鑑。パラパラパラと魔力でページが捲れていく。魔物を専門に鑑定する特殊な魔術だろう。
私のネコ眉がぴくりと跳ねる。
いいなあ、これ! やっぱり魔導書のページを魔力で捲るのって超カッコウイイ!
今度私もやってみよう!
「やっぱり鑑定不能、でちね――みてくだちい、衛兵さんとギルドの皆の魔術がほとんど作用していまちぇん。こちらの世界の魔力法則にあまり干渉されないようでちね、それが異界よりの闖入者である証拠でち」
真剣に相手を観察しているからか、かなりでち語が進んでいるが。
ともあれ、異界の魔物という件は私と同意見のようだ。
『なるほど、魔力による攻撃が効きにくいとなると厄介だね。なにしろあっちは飛んでるし、遠距離攻撃となると手段が少なすぎる』
さて。
どうしたもんか。
悩んでいる間にも戦闘員たちの攻撃は続いている。わずかにダメージが通っていることから、まったく通じないという事もないだろうが。
このままチマチマと遠距離攻撃を続ければ……。
しかし、あの黒マナティはなぜ攻撃を仕掛けてこない。
敵意や悪意に似た気配があるから、人間やこの世界と敵対する存在なのは間違いないのだが。
斥候……スパイ……いや、違うか。
悩む私のネコモフ毛をウサギの大声が揺する。
「あれは! まずいかもちれません!」
『どうしたんだい、急に大声を上げて』
「みてくだちい! あの黒マナティの中心を! 空間を捻じ曲げて受けた攻撃を溜めているように見えまち!」
私と同じく彼女にもやっぱり黒いマナティに見えるのか。
いや、そんなことはどうでもいい。
『たしかに、あれは何かを企んでいるね』
しばらく。
獣二匹で空を見て、じっとりとした嫌な空気が流れる。
たぶん、考えていることは一緒だ。
「ねえ、猫さん。あれ、どうみちもカウンター系の攻撃でちよね……」
『……まあ、そうだよね』
猫とウサギ亜人。
二人の毛皮に、普段そんなに垂れることのない汗が伝う。
「わたちたちが図書館の地下にいる間、既に攻撃がはじまっていたとちたら、ヤバクないでちか?」
『ちょっと行って止めてくるよ』
「わたちもいきます、転移するなら一緒に」
確かに。
こんな所に置き去りにするのもどうかと思い、私は頷いた。
◇
戦場となっていた街の中心部。
噴水を囲むように列を組む、衛兵と冒険者たちの前に私たちは転移していた。
冒険者の群れの中で先頭にいた男が私とウサギに気付き叫んだ。
「ウサギ司書さん! 図書館にいたはずのあんたが、どうやってこの場所に……って、うげぇ! あの時の黒猫!?」
どうやら、私を追い出した受付のおっさんである。
ちょっとヒゲがピクピクとしてしまうが、構わずウサギ司書が告げた。
「待つでち! あの黒マナティはたぶんカウンター系の能力を保有ちていまち! いったん、攻撃を止めるでち」
「なに!?」
驚愕と共に受付のおっさんは空を見上げ。
バッと手を振り、衛兵と冒険者たちに声を張った。
「ウサギ司書さんが攻撃を止めろと仰せだ! おまえたち、いったん攻撃をやめろ! 衛兵の皆も聞こえてるだろ!」
「な……っ!? ウサギ司書さんが言ってるなら間違いねえ! 全員、攻撃やめ!」
「攻撃してる奴ら、てめえら聞こえねえのか! オレ達のウサギ司書さんのありがたい御言葉がわからねえのか!」
おっさん達がウサギ司書の言葉を全員に伝えてくれているが。
なんか、崇拝とか狂信とかそういう域なのはなんでなんだろ。
ジト目でウサギを見ると。
彼女は口をくちくちさせながら目を逸らす。
「き、聞かないでくだちい。なんかあの辺の人間のオスって、わたちを……アイドル視しているというか……若干、こっちが引いちゃってるというか。なんかわからないでちが、ちょっと怖いんでちよね」
まあ、人間のオスに好かれているとは理解できないか。
正直、私も理解できないが……。
『個人の趣味をとやかく言う気はないよ――けれど、ちょっと遅かったかな』
言って、私は暗く染まっていく空を見上げる。
踊るように宙を舞う黒マナティが、魔法陣を描くように一定の動きをとりはじめたのだ。
強大で歪な魔力の流れを感じる。
負や混沌。
そういったマイナスの感情を力とする魔よりの存在なのか。
異界の魔物といえど、こちらの世界の魔力を扱うようであるが。
二重、三重、四重。
次々と魔法陣が拡大していく。
『結構おおきいカウンターがくるね』
五百年前、魔王様が退治という手段をとらずに封印を選んだ理由がようやく理解できた。
異界の魔物なので魔術攻撃に耐性があり、なおかつ、中途半端な攻撃をすればするほど厄介な反撃をしてくる。
こんなの、叩き潰すよりも封じた方が何倍も楽なのだ。
まあ、その封印を解くきっかけを作ってしまったのが私なのだが……。
これ。
相手は意思なく漂うタイプだから、挑発とかの精神に作用する魔力効果もたぶん効かないだろうしなあ……厄介過ぎる。
広がる魔法陣に街は暗く沈んでいく。
ギルドの誰かが声を枯らして呟いた。
「六重、七重、八重……うそ……これじゃあこの街が」
膝をつき、完全に戦意を失ってしまっている。
あまりの規模に、皆、防衛魔術を張る気力すらわかないのだろう。
とりあえず。
カウンターは私が防ぐしかないか。
けどなあ……魔王様が封印を選ぶぐらい厄介な相手に無償で戦うってのも。それに、なんか最近、私の大魔帝としてのレア度というか、威厳みたいなものが軽んじられている気がするし。
私は人間たちをちらり。
やはり死は怖いのか、その表情は固まっている。
まあ……しょうがないよね。
見捨てたら後で絶対に嫌な気分になるし。
『仕方ないね。まあ、この後全員でなにか美味しいモノを私に御馳走しておくれよ』
言って。
ブウォォン。
亜空間から魔杖と王冠、紅蓮のマントを取り出し。
憎悪の魔力を解放。
周囲が闇の力で包まれる。
『聞くがいい、脆弱なりし人の子らよ!』
そして、念願の名乗りを上げた。
『我はケトス。魔王様より大いなる位を授かりし魔王軍最高幹部。怨嗟の魔性、大魔帝ケトスである!』
宣言は魔術詠唱となり、天に十重の魔法陣を展開する。
人間たちは十重の魔法陣を目にするのはさすがに初めてだったのだろう。
しばし、声を失って――。
空一面に広がっていく輝かしい十重の魔法陣に目を奪われた、その直後。
偉大なる私を見て。
「黒き毛並みの太々しいドヤ猫……まさかっ」
「神の奇跡を行使し、先の戦争でリザレクションすら使いこなしたという……あの!」
「グルメ魔獣。大魔帝……ケトス!?」
一斉に、驚愕の反応を示した。
バサリバサリ、紅蓮のマントが魔力風に靡いて超かっこうよく揺れる。
さすが我は大魔帝。
チョウカッコウイイのだ!
ドヤアアアアアアア!
くくく、くにゃあーっはっは!
やっと、やっと! 私のドヤポイントがきたにゃああああああああああ!
ん……。
なんか途中でドヤ猫やらグルメ魔獣やら変な単語が聞こえたのは気のせい、だよね?




