三章後日談:ギルドマスター編 ~前編~
ここは今はグルメ帝国として発展した国の、かつて鉱山地帯だった地。
辺境にある冒険者ギルド。
今日も今日とて、ギルド備え付けの食堂兼酒場では、料理の香りが広がっている。
そして、一人の少女の声も広がっている。
「店長! どこにいますかー!」
店長と呼ばれたダークエルフの男の名はギルマス……。
ではなくウィリアム。
彼は冒険者ギルドのギルドマスターであり、ギルマスと呼ばれることもあるが――魔王軍幹部とも並ぶとされる実力の持ち主。
ダークエルフ特有のすらりとした長身痩躯で、その顔も二枚目。
腕も確か。
多少偏屈だが面倒見が良いのと、料理が神レベルと評判だからだろう――ファンも多い。
そしてなにより、とある事件のおかげか。
今ではそれなりの有名人である。
もっとも、彼をウィリアムの名で呼ぶ者はあまりいない。
その理由は明白だった。
彼の仕事はもっぱら料理、料理、料理。
転移魔術を用いた転送販売の儲けにより、彼は並の王族以上の金銭も所持しているほどに、料理に染まっているのである。
なのでだ――。
調理の湯気と香ばしいフライの香りが広がる冒険者ギルドにて、今日も慌ただしい厨房に向かい、すぅぅぅぅぅ!
スタッフの声が響く。
「店長! 店長、店長! 聞こえないんですかー!? また『超絶カワイイ天才ネコ魔術師』って変な名前のお客さんから、ピザとフィッシュアンドチップスの転送出前注文がきてるんですけどー!」
「たわけが! 店長ではなくギルドマスターかマスターと呼べといつも言っているだろう!」
そう、彼はいつまで経っても店長と呼ばれているのである。
美形ダークエルフから眼鏡をクイっとさせつつ行われた新人教育。
説教を受けた新人はキョトンとした顔をして。
「え? 言われたのは今日が初めてですけど?」
そうだったと、ギルドマスターウィリアムは長いダークエルフの耳を僅かに垂らし。
「すまない、前の受付娘がいつも俺の事をマスターではなく店長と呼ぶもので、つい癖になっていてな」
「ああ、常連の大魔女さんから聞きましたよ。なんでも前任者は鑑定の腕を買われてー、魔王軍に勧誘されて、そのまま出向となってずっと帰って来てないって。名前は確か……」
「アリスだ」
「そうそうアリスさん! なんかあのギャグっぽいくせに最強しかいないっていう魔王軍幹部よりも、鑑定の腕だけは凄いって話ですよね。あたしも話だけは聞いたことありますよ」
かつては御伽噺とされるか。
実在を知る者には畏怖の対象として畏れられた魔王軍だが、今はもう和合が果たされている。
時代が変わったせいか――。
まだ若い女性スタッフにとって魔王軍とは恐怖の集団ではなく、グルメ魔獣が暮らす城を守る面白集団と判定されているのだ。
「はぁ……時代とは、本当にこう簡単に変わってしまうのだろうな」
「なにお爺さんみたいなことを言ってるんですか……店長、まさかボケちゃってるんです? たしかにダークエルフは長命って聞きますし、お爺ちゃんなんです?」
「俺はまだ老人と呼ばれるような歳ではないし、おまえ、それをエルフの客に言ったら完全に失礼だからな。気を付けるといい」
新人は、あははははっと笑い。
「まさかー! そんな失礼なこと、店長以外に言うわけないじゃないですか」
「俺にも言うなと言う意味だ!」
「またまたー、本当は構って欲しいくせにー。エルフ系の人ってプライドが高いから、構って下さいって言えないんですよね?」
かつての地球での暮らし……転生者の魂を持ちながら長くを生きるウィリアムの価値観は、あの日のままだ。
ファンタジー世界の種族差弄りのノリが、少しわからない時がある。
「まったく、うちに入ってくる鑑定役兼、受付係はどうしてこう頭のネジが抜けているヤツしかこないのだ」
「そりゃあ店長が眉間の皺をいっつも濃くしてるから、あたしみたいなゆったりとした綺麗な女の子しか残らないんじゃないです?」
と、まだ入ったばかりの新人はケラケラケラ。
元気いっぱいの笑みである。
仕事だけはちゃんとできるだけに文句もあまり言えず、だからこそギルドマスターウィリアムは過剰に説教もできずにいる。
だがこの態度はいつか客にも失礼な失敗をするだろう。
彼女自身のためにもと老婆心を働かせるウィリアムが、説教モードで眼鏡を輝かせた。
その時だった。
「ああぁああああああああああぁぁぁぁ!」
新人が、急にバカみたいな大声を上げたのである。
「な、なんだ急に! 魔物襲来か!?」
言って、ウィリアムはギルドマスターの責務を果たそうと、彼の武器である魔導で動かす球体を無数に召喚するが。
「違いますよ! 今更気付いたんですけど、もしかしてここって”あの”人魔和合の伝説ででてくる、”あの”フィッシュアンドチップスの冒険者ギルドじゃないですか!?」
「おまえが言っているのが、人間と魔族の和平の物語を綴った書物にでてくる、田舎の冒険者ギルドの事ならば――まあここの事だが」
「ですよね? ですよね!? じゃああの店長って呼ばれていた偏屈なダークエルフって、店長の事だったんです!?」
客たちもなんだなんだと騒ぎだす。
そもそも冒険者ギルドなのに、彼の食事を食べにギルド酒場に来ている連中の方が多いのは、問題。正直どうかと思うと、このギルドの最高責任者であるウィリアムは思っていたが。
ともあれだろう。
「なんだ、新人ちゃん。うちのギルドの店長こそが、まだ丸くなられる前の大魔帝ケトスさまと冒険をなさった御仁だって、知らなかったのかい?」
「当たり前ですよ! だってあれって物語の中の人じゃないですか」
「ははは! そりゃそうだがな! 正真正銘、店長があの二股野郎のダークエルフさ。なんたってオレもあの時に冒険者ギルドにいてな。何を隠そう、オレこそが――」
当時もいた冒険者の一人が、ドヤろうとするが。
スルー。
新人は全く気にせず、長身なウィリアムを見上げ。
「じゃ、じゃあ前任者のアリスさんっていうのも」
「ああ、当時ケトス様と共にダークエルフの隠れ里に入ったメンバーの一人だ。おまえ……本当に知らなかったんだな。自分で言う事ではないが、この辺りではわりと有名な話だろう」
「いやあ! あたし、フィッシュアンドチップスが美味しいっ! ――て、聞いてやってきただけだったんでえ」
あはははは、とやはり笑いつつも、じぃぃぃぃぃ。
ウィリアムを上目遣いで見つめたままの新人である。
「なんだその目は……」
「あのぉ、あたしどうしても聞きたかったんですけど。結局どっちと結ばれたんです?」
「はぁ? 何のことだ」
とぼけるウィリアムであるが、ダークエルフの特徴なのか。
その長い耳の先は僅かに赤くなり、隠し事をする猫のように小刻みに揺れている。
その違和感を新人が見逃す筈もなく。
「決まってるじゃないですか! あの大魔女さんと、受付娘さんですよ! どっちも店長に惚れちゃってたんですよね!? ねえねえ! どっちとくっついたんです?」
「人魔和合とは関係ないだろう……」
「いやいやいや、そこが一番気になるんですってば! あたし調べで、たぶんあの逸話を書物で読んだ人の七割はそう思っていると思いますよ?」
女性はこういう話が好きだとは彼も知っていた。
言わなければ、聞き出すまで騒ぎ出すのは目に見えている。
こういう時の解決策を既に学んでいたウィリアムは、眼鏡をクイっとさせつつ言う。
「悪いが、俺はダークエルフで相手は人間だ。寿命が違う。同じ時を生きてはいけないだろう。それが答えだ」
『へえ! いつもそうやって答えを誤魔化してるってわけだ! 寿命の差っていうデリケートな盾で質問攻めを切り上げるなんて、君もなかなか策士じゃないか』
声は、不意に。
突然やってきた。
ここは冒険者ギルド、それも帝国内のギルド。
腕の立つ冒険者も多い地だ。
故に、相手がとてつもない存在だと一瞬で悟り、皆が一斉に武器を持つ。
が――。
「おまえたち武器を下ろせ。この方はこちらを襲ったりはしない……まあ、こちらが何もしなければ、だがな」
『うにゃははははは! 正解だね』
よっと、とわざとらしい音を立て、空間をバリバリ!
ネコが爪とぎをしたような亀裂を何もない空間に作り、どこからともなく転移しやってきたのは一匹の黒猫。
太々しい顔をした、明らかに強者と分かる魔力を纏った神。
ウィリアムは眉を下げて言う。
「ケトス様――いらっしゃるのでしたら事前にご連絡をくださいと、あれほど」
『ははは、悪いね。ピザとフィッシュアンドチップスを注文したんだけど、待ちきれなくてねえ! このあいだマチルダ君とも会ったから、久々に直接食べにきたよ』
そう、この猫こそが最強の魔猫。
大魔帝ケトスである。
■コミカライズ配信開始いたしました。
詳細を活動報告でご参照いただくか、あらすじのURLより直接配信ページにも飛べます。
また活動報告(下記URL)にて、一話の簡単な解説を入れております。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1859269/blogkey/3337002/
もしよければチェックしていただければ幸いです。
(今回、及び前回の短編にも登場した第三章の事件が最初の舞台となっております)
■次回更新(この短編のです)は本日から、十日以内を想定しております。




