完結後三章:短編 星詠みの魔女マチルダ編
〇ケトスにゃんが滅びる街を観測し脱走。
フィッシュアンドチップス目当てに立ち寄った、あの章の短編後日談となります。
多くの事件、多くの歴史の流れの裏。
世界を揺るがすことはないが、今を生きる命がある。
一人ひとりには物語がある。
これは、そんな――世界に影響は与えないが、世界平和に貢献した人物の人生の断片。
後に星詠みの大魔女と呼ばれることになる、一人の女性の小さな物語である。
帝国の田舎町で起きたロックウェル卿の降臨、大魔帝ケトスの降臨を経て。
そして、人類と魔族が協力し合い、大魔王ケトスに対応したあの戦いが終わった後。
魔王と当時主神だった大いなる光による”グルメ会談”により、和平が結ばれた世界には、永遠ともいえる平和が訪れていた。
あの戦いに参加した魔女にして、大魔帝ケトスの眷属。
もはや有名人となっていた魔女マチルダは、久々の帰郷を果たしていた。
帰ってこい、帰ってこいとの連絡がしつこかったのである。
ネコを神と祀る島国。
大魔帝ケトスを昔から神と崇めていた土地にて、大魔帝ケトスより授かった魔杖を使いこなすマチルダは転移魔術で我が家へと帰還。
猫島の猫屋敷と化している我が家に転移した直後、彼女は不意に声を盛らした。
「きゃ! な、なによ!」
それは無数のモフモフ。
島の魔女の使い魔、多くの猫たちが待ってましたとばかりに一斉に飛びかかってきたのである。
再会を喜ぶ魔猫たちにも見えるが、実際は……。
我が家で待っていた母の声が響く。
「お帰りなさい、マチルダ。どうやら、今回の旅は本当に大変だったようだねえ」
「母さん……この子達、どうしちゃったのよ」
ネコに埋もれているマチルダを眺め、母はくすりと微笑み。
「そりゃああんた、あんたが大魔帝ケトス様の眷属になって、あの方が自らの素材で、自らでお創りになられた伝説の魔杖を授かったとなったら、島の魔猫たちにとっても大事件。一目、あなたを見たいと思うでしょうに」
「やっぱり、そこまで伝わっていたのね……内緒にしていた筈だったけれど?」
「内緒って、まさかあんた……大魔帝ケトス様が直々に自慢げにやってこられて、彼女を私の眷属にしたから! よろしくね~! って、挨拶に来たことも知らされていないのかい?」
どうやら犯人はあの方だったようだ。
マチルダはジト目になりつつ。
「聞いてたらもっと静かに帰ってきたわよ、もうケトスさまったら」
「ふふふふ、まあ大魔帝ケトス様といったらこの子達にとっては本当の意味で神様なんですもの。その眷属となったあなたにあやかって、近づきたくもなるのでしょうね」
「とりあえず、あなた達にはお土産を持ってきたからこれで離れて頂戴」
言って、マチルダは胸の谷間のアイテム空間から、グルメ帝国と化したあの地からのお土産を取り出し。
島の猫たちに献上。
猫たちはキラーンと目を輝かせ、我先にとグルメ争奪戦を開始する。
「まったく、この子達は相変わらずねえ」
「マチルダ、あなたも相変わらずで安心したわ。大魔帝ケトス様の眷属になったなんて聞いたから、てっきり天狗になってるんじゃないかしらって心配していたのだけれど。ふふ、大丈夫そうね」
「そりゃあ……あれほど強大な存在を目にしたら、天狗になるどころか自惚れなんて枯れちゃうわ。もう、なんていうか……ミジンコになった気分よ」
「やはり、それほどに強大なお方なのかい?」
返事の代わりに、マチルダは椅子に座る母に肩を竦めて見せ。
自らも席に着き、お土産を味わう猫たちを眺め。
「なんだかんだ弱者を見捨てられない――良い方なのは間違いないのだけれど、なにしろ破天荒なお方だから」
「ふふ、どうやらそのようだねえ」
「母さん? 何かあったの?」
「そうね、ちょっとだけあったわね。けれどその前に、マチルダ、あなたの話を聞かせて欲しいわ」
違和感はあった。
いつもの母と何かが違う。
久々に会ったからそう感じるのか、分からなかった。
けれど、マチルダの口はゆったりと彼女の冒険を語り始める。
未来視により人々を助けていた事。
誤解も多く受けた事。
それでも、やはり見捨てられずに動いていた事。
帝国領での一件や、大魔帝ケトスとの出会い。
本当に感慨深そうに、母に自分の成長と冒険を覚えておいて欲しいと、彼女の口は自然に動いている。
下手をしたら世界が壊れていたらしい事まで語り終え。
マチルダはぎゅっと唇を結び。
「全部、母さんのおかげよ。わたしが皆の役に立てたのも、あまり関係もしていない、見知らぬ誰かを見捨てられなかったのも――全部、母さんが教えてくれたんですもの。そのおかげで今、この世界は平和になった。全ての出来事は連鎖する、世界の流れは繋がっているんですもの。だから――そう思ってしまうのは、わたしの驕りじゃない筈だわ」
「そう、じゃあ母さん……あなたに酷い事をしちゃったわけじゃ、ないのよね」
「母さん?」
母は普段は見せぬ顔で。
ゆっくり、けれどはっきりと唇を開き。
「母さんね、あなたに未来を眺める占いを教えてしまったことを、ずっと後悔していたの。あなたが嘘つきって皆から言われて、それでも気丈にしている姿を見て、ずっとずっと。ごめんなさいって、謝らなきゃって思っていたの」
顔を覆い。
母は泣いていた。
確かに、未来を占えることで多くの誹りを受けた。
冒険者ギルドでは、ブラックリストまで広がっていた。
けれど――。
「もう、母さんったら。そんなに泣かないで。そもそもわたしが選んだ道だし、なにより母さんはわたしの誇りよ」
「本当に、あなたはもう泣いていないのね?」
おそらく。
いつかの昔。
占いで悪い未来を防いだ彼女が嘘つき呼ばわりをされ、そして泣いてしまった――かつてのあの日の娘の顔を、思い出しているのだろう。
「これでもわたしは大魔帝ケトス様の眷属よ? それこそ、新しい街につく度に占ってくださいって頭を下げられるぐらいには信頼もされているわ。だからもう、本当に大丈夫よ。わたしはもう、平気だから。だからそんなに泣かないで? ね?」
「本当に?」
「本当よ、だいたい……母さんの占いを習得したわたしが、あそこでケトス様とお会いしていなかったら――ケトス様はそのまま世界を破壊しちゃっていたらしいんだから。こうして世界が平和になったのも、母さんのおかげでもあるのよ」
娘の言葉に、母は涙で濡れた顔を上げ。
「そう、なら良かったわ」
「もう、母さんも歳ねえ。そんなに涙脆くなっちゃって。最後のお別れじゃああるまいし……」
苦笑するマチルダの声は、途中で止まっていた。
母の身体が、まるで亡霊のように薄く……消え始めていたのである。
マチルダは理解した。
これは――成仏だ。
冥界神に導かれ、輪廻の輪に戻るのだろう。
消えゆく母が言う。
「ケトス様がね、少し、お時間をくださったの」
「そう……なのね」
「母さんね、どうしても――どうしてもあなたに謝りたかったから、あの方にお願いしたの。そうしたら、願いを叶えてくれて……だから今、母さんはあなたと最後のお話ができたの。あなたとお話しできて、本当に良かったわ。嬉しいわ」
本当よ? と。
母はにっこり笑っていた。
母は、もう既に人間の平均寿命の何倍も生きているらしい。
だから、これは大往生なのだ。
悲しさはない。
けれど、寂しさはある。
マチルダは涙を瞳に溜め、ぎゅっと結んだ唇を開き。
告げた。
「母さんの子供に産まれて、わたし、とっても幸せよ」
「母さんも……とても幸せな人生、だったわ――」
ありがとう。
マチルダ。
わたしの大切な――。
言葉は最後までは聞こえなかった。
けれど、マチルダには理解できた。
◇
母が亡くなったのはちょうど一年前。
既に、葬式は執り行われていたらしい。
狭き島国の狭い世界だ。
噂が広まるのも早かったのだろう。
母は、星詠みの大魔女マチルダを立派に育てた、魔女の母として――。
盛大に見送られたそうだ。
母の墓参りをするマチルダの背に、神父の如き美声が掛けられる。
『飲むのなら、付き合うよ――』
「ありがとう、ケトス様――」
名を告げていないのに名を告げられた黒き魔猫は、肩を竦めた。
彼らは久々の再会に、酒を傾ける。
その日は大魔帝ケトスが島国に降臨した日とされ――。
今はもちろん、遥か未来であっても大切な日として語られることになる。
大魔女の母の命日には毎年祭りがおこなわれることになり。
その祭りには毎年欠かさず。
黒き魔猫がグルメを漁りに来るのだという。
そのネコの名は語るまでもなく。
狭き島国では今もなお、大魔帝ケトス信仰が続いている――。
三章、後日談短編マチルダ編 【終】




