炎帝の思い出 ~我思う、魔君の大魔帝~
大魔帝ケトスたる神獣にゃんこな私の隣にいるのは――炎の大精霊。
この夢の持ち主である炎帝ジャハル君。
巨大肉球が目立つお手々で開いた扉。
その先に待っていたのはまるでネコカフェ。
無数のネコで溢れたもふもふ天国だった。
鼻先をスピっと動かし、巨獣姿の私が言う。
『ふむ、ネコだらけであるな』
「まあモフモフは嫌いじゃないっすからねえ」
と、男勝りなしぐさで首をガシガシ掻きながらジャハル君。
いつものドリームランドとは少し雰囲気が違う。
さすがに魔王様やその娘のヒナタ君とは違い、国規模の世界を構築できてはいないのだろう。
それが本人にも分かっているのか。
ネコハウス化しているもふもふ空間をジト目で見て、ジャハル君が炎の溜め息に声を乗せる。
「ん-……やっぱり、オレの魔力だとこんなもんってことっすねぇ」
『ドリームランドを構築できているだけで十分であろう。並の神でも不可能な領域であるからな。既に汝は神よりも上、悲観することもあるまいて』
我が部下をフォローする私。
とっても凛々しいね?
「そりゃあありがたいお言葉っすけど、マジでなんなんすかね、ここ」
『黒くて太ったネコばかりであるな』
まず夢の国的なテーマパークを想像して欲しい。
そこにちょっと大きめなネコカフェのテーマパークがあったなら。
こんな感じになるのではないだろうか。
映画館もモチーフになっているようだが。
これは魔王城とダンジョン領域日本を転移門でつないだ影響。
映画文化が流入したことがきっかけなのだろうか。
ジャハル君も映画をけっこう見てるしねえ。
そして周囲の状況に話を戻すが。
夢世界特有のふわふわした空気の中。
炎型のクッションがいたるところに配置してあり、その上ではドヤ顔をした黒猫がいて。
くはははははははは!
くはははははははは!
大合唱しているのだ。
『というか、これ……我がモデルであるな』
「オレがケトス様と最初に会った時の記憶から作られたん……っすかね」
つぶやくジャハル君の目線の先には、魔道具のような輝き。
映画館のモニターにもみえるヴィジョンが浮かび上がっていたのだ。
コマ送りの映像が流れている。
そこには会議に遅刻してきた私がいた。
そして、まだ精霊国の王として舐められないようにしている女傑風魔族。
新人魔帝のジャハル君が映っていた。
なつかしさが、ポップコーンの香りと共に私の鼻を擽っている。
『どうやら我らの出会いの記憶を、ここで映画として流しているようであるな』
「いや……なにさらっとポップコーンを召喚して座り込んでるんすか……ってか! なんで魔術が発動できないんすか、魔術式が反応しないんすけど!?」
客席に座り込んだ私に、モフモフな黒猫たちが集ってくる。
私が召喚したポップコーンが欲しいのだろう。
皆に振る舞いながら、私はふふーんとドヤ顔でムフー!
『ぐははははははは! そうか汝は知らぬのだな。夢世界では魔王陛下の魔術式を直接使用することはできぬ、一度夢世界の魔術体系に落とし込む必要があるのだ』
「うへぇ……新たな魔術体系を基礎から学びなおさないと駄目なんすね……」
ジャハル君は天才肌ではなく、努力家。
きっと、一瞬で覚えることはできないだろうが――。
『我の魔力と同調せよ、疑似的であるが魔術式を共有させる』
「えーと、ちょっと待ってくださいっすね……」
互いに瞳を閉じて、魔力の波動を接続させる。
「よっと、ああ、ちゃんと紅茶も出せましたし成功っすね」
『さすが我が側近。我をサポートすることに関しても一流を超えておるな』
「そういうフォローはいいっすよ」
と、ジト目で私を睨んでいるジャハル君である。
まあ彼女は優秀な部下。
私の周りの情報もちゃんと把握していて、ヒナタ君が一瞬で夢世界の魔術をマスターしたことは、報告書で知っているのだろう。
「それで――やっぱり見るんすか、この映画っぽいヴィジョン」
『魔王陛下が関わっている以上、見ないわけにもいかぬであろう』
告げるとジャハル君も炎の椅子に座り。
私に丁度いい温度の紅茶を用意してくれる。
カタカタカタ。
映像が動き出す。
やはり私達の出会いの映像である。
魔王陛下を軽視したオーク神、そしてそれに荒れ狂った私。
そして畏怖を覚えながらもそれを諫めた新人魔帝、ジャハル君。
こ、これ……。
今見返すと、けっこう恥ずかしいね?
巨獣のまま耳を下げ、私はつーんと髯先を揺らす。
『ん-む……我、いきなり皆の前で全盛期フォルムになってやらかしておるな』
「いやあ、この時はまじでビビりましたよ?」
『しかし、我ながら……昔の我は尖っておったと恥ずかしくなってくるのう。汝の発言と忠告がなければ我はオーキストを滅ぼしていた。ヤツに娘がいるとも知らずにな……そして、おそらく、古参幹部たちの信頼も失っていたのであろう』
魔王様が私に見せたいのは、これ。
か……。
長い冒険を思い出しながら、私の口は動いていた。
『ジャハルよ。炎帝よ、我が側近よ。汝との出会いが、我の運命を変えた。それはおそらく、魔王陛下もロックウェル卿も見てはいなかった未来。我という物語の特異点、ターニングポイントはそなたであったのやもしれぬな』
「まあ……オレにとっても、あなたは特別。失礼を承知で言わせてもらいますけど、暴走ネコ野郎との出会いが全てを変えてくれたんすけどね」
告げるジャハル君の炎の髪が揺れている。
風に流されているのではない、彼女を暖房にしようと纏わりついているネコの仕業である。
『そういえば、我もそうやって汝で暖を取っていたな。とても落ち着いたことを今でもよく覚えておるぞ』
「魔王陛下がお眠りになられている間のあなたは、すこし、不安定でしたからね」
『ふふ、そうであったな。魔王陛下を失いたくない――その一心で動いておった。あの頃の我は陛下を守り切れず、同僚であったホワイトハウルもロックウェル卿も去り――百年、魔王軍を孤独の中で支えておった。無論、部下や家臣はその中でも我を支えてくれたが、それでもやはり。我は寂しかったのであろうな』
しんみりと、獣の咢が蠢いていた。
モニターでは、ジャハル君の記憶、思い出が流れ続けている。
悪魔執事サバスと私について相談している。
私に常識を教えている。
私の部屋を片付けている。
私はずっと、陰ながら支えてくれている彼女に甘えていたのだろう。
私が冒険を通じ、様々な存在と交流していた裏。
彼女はずっと、ずっと、私が自由に動けるようにしてくれていた。
そもそも当時の私は、魔王様の事となるとすぐに暴走していた。
畏れられていた私に構わず、ちゃんとダメなことはダメだと言ってくれる側近だった。
目を瞑ると、様々な記憶が蘇る。
記録クリスタルではなく、私の記憶の中にはいつも我が側近の影があった。
猫の私ではなく。
神父の私ではなく。
魔としての私を初めて正面から受け止め、宥めてくれた部下は――。
……。
ああ、そうか。
だから移ろいやすい私の記憶の中ですら、彼女との思い出は鮮明なのだろう。
こんなにも色鮮やかに輝いているのか。
あの日の出会いの思い出に耽る私の口が――。
語る。
『ジャハルよ、炎帝よ。我が側近よ――』
「さっきからなんなんすか? そんなに改まった呼び方をして」
『我にはやはり、汝がおらぬと駄目だと思うのだ』
心からの言葉が漏れていた。
しかし炎帝は炎の揺らめきの中で言う。
「ありがとうございます――けど、たぶんオレがいなくても、ケトス様はもう大丈夫ですよ」
『我はそうは思わぬ、汝は何故そう思う』
「あんたがドリームランドに行っていた時、ラヴィッシュさんとヒナタさんとも話したんすけどね――猫のあんたにはラヴィッシュさんが、人間のあんたにはヒナタさんがいる。もう二人もあんたを止められるパートナーができたんすよ? オレがいなくても、もう」
悟ったようなことを言う側近を見て、私はシリアスに……。
ではなく。
じとぉぉぉぉっと獣目を尖らせ、はふぅ……っと溜め息に感情を乗せていた。
『いや、汝がおらぬと我を止める者がおらんぞ……わりと本気で』
「は? いえ、だからあの二人もいるし、魔王陛下もいらっしゃいますし……」
『なーにをいっておるのだ。自らの方が弱者と知っていながら、全盛期モードのこの我を止めることができたのは――ジャハルよ、そなただけだ。我には汝が必要だ、今更逃げようなどと、不心得を起こそうというわけではあるまいな?』
映画モニターに流れる過去の思い出を操作し。
私はあの日の出会いをもう一度回想させる。
「は!? なんなんすか! さっきから! せっかくオレがそのっ、そういう感情を押し殺してっ、身を引いたっていうのに、バカなんすか! いえ、変なところでバカなのは知ってますけど!」
『ぐははははははは! そうだ、我は朴念仁。魔猫と人間の心の成長で既にこの愚かさを学習しておる』
なれど――。
そう、獣の咢を蠢かし。
ざざざ、ざぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁ!
炎で彩られた溶けぬ甘さのチョコレートケーキを召喚し、私は言う。
『そなたの気持ちに気付かぬほど、我は愚かではない。魔猫たる我の心に憎悪を灯し、力を授けた焦げパン色の君。黙示録の神父、アンチキリストの化身たる人間の我の心を光で灯した、勇者ヒナタナデシコ。あの者らが運命という絆で結ばれた魂の伴侶ならば、我もまたその魂の伴侶を選ぶ権利がある筈。そう我は思う』
いつかのバレンタインチョコ。
あの日のチョコを思い出して私が生み出したチョコケーキを渡し。
私は告げたのだ。
『あの日、我を諫めた勇気ある精霊国の王。我を支え続けた汝こそが――荒ぶる魔獣の化身たる我の伴侶にふさわしい、とな』
「なんすか、それプロポーズっすか……?」
手作りスイーツをプレゼントする。
それはあなたは特別ですよという意味が込められた、最高の贈り物。
ドヤ顔で私は、ふふーん♪
『もし人の世界であれば、そう呼ばれている言葉やもしれぬな。魔猫よりも地味で、神父よりも表に出ず――魂の内で俗世を淡々と眺める、影の薄い我では――不服か?』
格好いい言葉の数々、さすが私である。
「嫌じゃないっすけど……なーんか、ちょっとアレじゃないっすか? 猫のあんたも人のあんたも、他の女性に取られたから! みたいな空気になるのも、アレがアレで、アレっすよね?」
『語彙力が急速に劣化しておるが……大丈夫であるか?』
「誰のせいだと思ってるんすか!」
炎の髪を逆立てるジャハル君に、私は言う。
『突然の話で済まないとは思っておるのだ。なれど、我は猫と人と魔の中では一番暴走状態に近しい存在、一度思いついたら即座に実行したい性分でな』
「ったく、魔王陛下たちはこれを狙ってこんな状況を作ったんすかねえ……」
おそらくはその通りなのだろう。
それを余計なお世話とみるべきか、それとも優しい手助けとみるべきか。
どちらであるべきかは知らないが――。
私はチョコレートケーキを狙う他の魔猫をギッと睨みつつ。
瞳を細めて、巨獣の笑みを浮かべる。
『ジャハルよ、焦げパン色の君も勇者ヒナタも――それぞれ相手の方から気持ちを伝えてきた。なれど汝だけは違う、我の方からこの焦げるような熱い感情を先に見せることにした。汝だけ、そなただけの特権だ。その価値が分からぬほど、そなたは愚かではあるまい?』
まるでケーキのように甘く囁く声が、炎帝の髪を揺らす。
炎の大精霊。
我を支え続けた、心優しき女帝。
その心を私は欲しいと思っていた。
気恥ずかしいのだろう。
ジャハル君は顔を横に逸らしつつ、ぼそりと火と共に言葉を零す。
「で、これ断ったらどうなるんすか? 一応、オレも王ですし? 一応、そういう縁談の話が、まったくなかったわけじゃないんですよ?」
『構わぬぞ。我は大魔帝、諦めを知らぬ大魔族。汝が首を縦に振るまで、このドリームランドを占拠し続けるだけの話。いっそ、ここに我の城を築いてやるのも一興だろうて』
クックックックっと私は闇を抱いて、邪悪スマイル。
「本当に、オレじゃないとダメっすか……?」
『それはこの思い出の数々が証明しているのではないか? のう、我が側近よ』
ジャハル君は、もう一度。
カタカタカタとコマ送りで綴られる思い出に目をやっていた。
そこには、妹のラーハルくんを救った時の物語が流れていた。
コマ送りの映像が何度も何度も巡っている。
きっと、その時。
ジャハル君の心の中に、なんらかの花が生まれたのだろう。
映像がより鮮明に、色鮮やかに輝きだす。
思い出を眺めるジャハル君の瞳が、少しだけ揺れていた。
炎帝の唇が、ゆったりと動く。
「そっすね……たぶんあんたにはオレがいないと駄目っすよね」
『互いにそうやもしれぬがな』
これはつい最近の映像だろう。
料理を勉強する彼女の姿が無数に映っている。
それは誰のためなのか、それが分からないほど……私は愚かではない。
どこかの魔猫と神父はわからないままだろうが。
『我と共に、行こう――炎帝よ』
「オレは他の二人よりも、そういう感情に疎いっすからね。後悔しても、知らないっすよ?」
『案ずるな。我は他の魂よりも素直である――そなたを好いている自覚は誰よりも強い』
獣の咢が、正面から語り掛けていた。
『我は汝と共にありたい。今、そう確信した』
ジャハル君の髪が揺れる。瞳も揺れる、心は――どうだろうか。
諦めを知った顔で。
けれど、眉を微笑みの形に崩して。
「しゃあないっすねえ! じゃああんたとこれからも一緒に未来を進む。それでいいっすか?」
『ぐははははははは! 良いぞ! それでは誓いのチョコレートケーキを……っと。ふむ、どういうわけか、我が生み出せし婚約ケーキが消えておるのだが?』
きょろきょろと周囲を見渡す私に、近くの魔猫達は首を横に振る。
ジャハル君が呆れた様子で、はぁ……燃えるイヤリングを揺らし。
「あんた、さっき甘い息……っていうか甘く囁いたでしょう? 会話に集中してたんでしょうけど、ケーキ、自分で食ってましたよ?」
『……』
言われてみれば、頭脳を使うから甘いものを食べたくなって。
食べてしまったかもしれない。
……。
私は聞こえなかったフリをして、再度燃える炎のチョコレートケーキを召喚!
『これでよいな?』
「だぁあぁぁぁぁぁっぁあ! あんた、なに誤魔化そうとしてるんすか! 治さないといけないのは、そういうところっすよ!」
『ぐははははははは! やはり、汝がおらねば我はダメだと、証明されてしまったのう!』
にこやかな空気で、このままドリームランドでの物語は終わる。
そう思っていたのだが。
なにやら空間を渡ってやってくる気配があった。
これは――魔王陛下の気配である。
私達は顔を見合わせ、陛下の到着に少々の困惑を抱いた。
《次回》
魔王陛下のうっかりと、最終決戦。
活動報告にて、
年末年始と今後についての記事をアップいたしました。
今後についてはネタバレも含みますので、ご注意ください。




