聖夜の宴 ~人の速度と、肉球の速度~前編
殺戮の魔猫、大魔帝ケトスたる私も関わった夢世界のごたごた。
ヒナタ君の心を巡る聖戦。
本人にとってはなんとも複雑な心境の戦いは、終わった。
一連の騒動の黒幕ともいえる存在――黒白山羊。
二人のマリア。
力を封じられたモコモコ山羊達は、ホワイトハウルとロックウェル卿が夢の外へと連れ帰っている。
夢世界からの追放。
いわゆる出禁というやつである。
なにしろ、黒い方は相当この世界で悪さをしていたからね。
お咎めなしとはいかないし、けれど私の独断で処分するわけにもいかない。
今後、魔王城でそれなりに厳正な裁判的なことを執り行って、処遇を決めることとなっていた。
白い方も白い方で何をするかわからない地雷。
ホワイトハウルが厳重に目を光らせている。
おそらくだが、黒い方の聖母は封印処置。
百年の眠りについている闇落ちレイヴァンお兄さんの隣に、封印の間でも作り、しばらく反省して貰うことになるのではないだろうか。
ともあれだ!
これでようやく夢世界の事件は解決!
ヒナタ君の夢世界に平和が戻ったのである!
さて、平和になったらまずは何をするか。
それはもちろん、起きた事件の後片付け――なのだが!
その前に!
私の童話魔術で生み出した特別会場には、夢世界で出逢った関係者の皆様が集まっている。
並ぶご馳走に、引き出物!
ようするに、いつものように理由をつけてグルメ宴会を行っていたのだ!
ででーん!
黒きモフ毛をデラデラっと輝かせ、くはははははは!
ネコ執事とネコ給仕が働いてくれているパーティー会場で、えっへん!
台の上から、私は高らかに宣言したのである!
『それじゃあ! これから色々と片付けが大変だけど、まずはねぎらいが大切! 勝利を祝って、乾杯だ!』
音頭を取って、全員の手に魔猫印のドリンクを強制装備!
皆が皆。
平和を祈ってグラスを上げた。
キラキラと輝く聖夜のパーティーが開催されたのである!
◇
パーティー会場のコンセプトは聖夜。
巨大なモミの木に飾りをつけて、魔猫達がチキンを銜えて大満足。
夜の世界でのグルメの数々に、参加している人間たちも頬を緩めていた。
私も樹の下でターキーの丸かじりをしていたのだが。
ふと、その麗しい耳がピンと立っていた。
我が弟子のダビデ君とヨナタン皇子が二人そろってやってきたのだ。
鶏のタレで汚れた口元を拭いながら、こほん。
英雄の顔で私はニャハリ!
『やあ、二人とも――いっぱい食べているかな?』
「まあ、せっかくだからな」
「ええ師匠、こうして皆が集まれるのは素晴らしい事ですし――なによりも師匠のご厚意なので、遠慮なくいただいております」
二人の皇子が私に軽く頭を下げていた。
私はそのまま、パリっと香ばしく焼いた甘ダレのチキンをがじり♪
味付け青のりの程よい塩分で整った、フライドポテトを、カカカカ!
更に! 木の葉の形をしたクッキーで口を甘くさせて、ごっきゅん!
開けるとじゅわじゅわっとなるコーラを一気に飲み込み。
ぷは~!
威厳あるニャンコの喰いっぷりを見せて、私は穏やかに告げていた。
『そうしてくれると助かるよ。お礼をケチったら、大魔帝の名に傷がつくからね。ちゃんと楽しんでもらわないと困る』
そう――。
これはあの時の契約。
私の暴走を止めてくれた事への依頼料も兼ねていた。
本当はね?
人に迷惑を掛けない願いなら、なんでも叶えてあげようと思ったのだが――。
もう既に十分いただいていると、彼らに断られてしまったのである。
まあ、司書ウサギからの助言。
過ぎた欲望は身を滅ぼす。
そんな、大きな葛籠と小さな葛籠の逸話を聞いたせいもあるのかもしれないが。
ともあれだ。
それでも、なんでも願いを叶えるという魔導契約は反故にできない。
魔族は契約を重視するからね。
なので。彼らの提案は――この宴。
みんなで飲み食いをするという形で、決着。
宴の開催そのものを報酬とすることで契約を履行した、というわけである。
肉球についた青のりをしぺしぺと舐めながら。
私は二人に問いかける。
『そういえば、ダンスのお誘いはもういいのかい? さっき皆に呼ばれていただろう?』
皇族二人は複雑な顔で互いを見て。
はぁ……と露骨に肩を落としていた。
「ああ、さすがに希望者全員を相手にするのは疲れたが……」
「一応は、皇族としての義務は果たしたといったところですね」
人の目を惹き付けるダビデ君は正装の皇子様モード。
隣のヨナタン君も脳筋ながらも嫌々、正装で身を固めていた。
どちらも聖戦を経験した超人。
ゆえにレベルが人間の限界を超えているせいだろう。
その影響でステータスとしての魅力値が、計り知れない数値となっているようだ。
英雄と呼べる存在となっているのである。
まあダビデ君に関しては、元から英雄なんてとっくに超えていただろうが。
いまもなお、そのきらめきは私に劣るがそれなりのモノ。
女性陣が、じぃぃぃぃいっと玉の輿を狙い虎視眈々。
二人の皇族にうっとりと目を奪われていた。
目線を集める二人を見て、にひぃ♪
口を膨らませた私は、ゲスな微笑を浮かべてやる。
『ぶにゃはははは、皇子様たちはオモテになりますニャ~』
「師匠がそれをいいますか?」
「からかうんじゃねえよ、ったく……おまえさんの人間形態を知ってるから、自慢になんねえだろ」
ブスーっとしたまま、後ろに撫でつけた銀髪を照明で輝かせるヨナタンくん。
その顔を見て、すぅっと瞳を細め。
静かで穏やかな私は神父の声で言う。
『すまなかったね。あの時は止めてくれて助かったよ』
「ったく。ネコのてめえと神父のおまえさん、どっちが本性なのかは知らねえが……急に声音を変えるとこっちが困るから、やめろよ?」
『すまないね、どちらも私なのさ。本当はもう一つ魂があるけれど、そっちも見るかい?』
魔族としての神獣っぽい私を知っているダビデ君が、ふふっと笑みを作るのみ。
ヨナタンくんが私の鼻をツンツンと長い指でつつき。
「どうせ、それもとんでもねえヤツなんだろ。必要ねえよ、俺が世話になったのは猫のてめえと神父のてめえだ。これ以上、礼を言わなきゃいけねえ相手を増やされても困るっての」
『別に魂の数に応じた礼の要求なんてしないが、君は存外に律儀だね』
言って、私はチキンをがじがじがじ♪
顔を魔猫のブニャ! に戻し、明るい口調で言う。
『そういえば、お父さんはどうしているんだい? 皇帝君もそろそろ体調は治っているんだろう?』
「兄上は、やはり責任を感じているので――めでたい宴の席を邪魔したくないと。わたしは誘ったのですが――」
「しゃあねえだろ。闇に惑わされた母様に利用され、洗脳されていたとはいえ、やっていたことは暴君そのものだ。そりゃ責任を感じる必要はあるだろうさ」
思うところがあるのか――。
ガシガシと頭をかいてしまうヨナタンくんである。
その乱れた髪を肉球を鳴らし整えてやり、こほん。
空気を切り替え私は言う。
『一応聞いておこうか、どちらが次の皇帝になるつもりなんだい』
皇帝サウルはおそらく。
今回の事件の面倒な後始末を終えたら、退位するだろう。
ならば弟帝のダビデ君か、息子のヨナタン君が皇位を継ぐ筈。
ここまでかかわったのだ。
それを確認しておきたい。
真面目な空気の中、くっちゃくっちゃと動く私の猫口をジト目で睨み。
ヨナタン君が言う。
「親父はまだ若い、つっても皇帝としてはまだ若いって意味でとっくにオッサンだが――俺は、まだ親父が皇帝のままでいることを望んでいる。もし責任を感じているのなら、逃げずに国を導いて貰いてえんだ」
「平和になったとはいえ、不安定な情勢です。なので、今すぐではないですが――わたしはケトス師匠の世界に、外の世界に行ってみたいのです」
だから、と二人は私を見てはっきりと言った。
「もう一度、親父と相談してみるさ。皇帝を続けてくれないかってな。そりゃまあ――どうしても駄目だって言い出したら、俺も腹をくくるがな」
「これが二人で考えた結論、答えです――」
皇帝サウルを支える、か。
これ……肝心のサウル帝に伝わってるのかな……?
たぶん、二人のどっちかが皇位を継ぐことが、民にとっても安堵しやすいんだろうけど。
『そうか、分かったよ。君たちの国の問題だからね、私が口を出すことはない。思うまま、自分が信じる道を進むといいだろう』
穏やかに告げて、私は教師の声で若者に言う。
『けれど、もしどうしようもなくなって、力を貸してほしい――そう思った時は私を呼ぶといい。気が向いたら話ぐらいは聞きに来てあげるさ。助けてあげるかどうかは、まあその時の交渉次第だろうけどね』
ここ、なかなかイイ感じのセリフになっていたんじゃないだろうか!
ともあれ。
再び女性陣からダンスに誘われた二人を置いて、私は次のグルメを回収しに会場の中心に戻っていた。
目線の先にあるのは、ヘタレだったダビデ君の背中。
我が弟子は既に自立して、一人で立派に歩けるほどに成長していた。
……。
ま、まあちょっと成長させ過ぎた気もするけど、気のせいである!
ダンスフロアには、黒騎士ミシェルさんと歌姫シェイバの姿もある。
ダビデ君はミシェルさんの手を取り、ヨナタンくんはシェイバさんの手を取っているが。
……。
まあ、彼らが将来どうなるかは未来視ではなく――直接見に来ればいいかな。
◇
ところ変わって、こちらは砂漠の民たちが集う場所。
同じ会場でもやはり、ある程度グループができてしまうものなのだろう。
砂漠の民の正装はエキゾチックで、このスペースだけを切り取れば――アラビアンナイトな一枚に見えなくもないだろう。
武骨な戦士君と女傑護衛が女王陛下を守る中。
クティーラさんがグラスを傾け……。
いや、シャンパンの瓶ごと胴体に開いた口で、お酒をがばぁぁぁっと飲み込んでいた。
楽しんでくれてはいるようだが――。
私は大型ピザの箱ケースを空に浮かべながら、ぼそりと言う。
『なかなか斬新な食べ方だね……』
「あら、ふふふふふふ。わたくしの国ではこうやって食べるのが雅ですのよ?」
口元は扇で隠し――。
けれど胴体の牙と口で、ぐじゅぐじゅっとグルメを楽しむ姿は、なかなかに面白い。
それを眺めていた司書ウサギがニンジンを齧りながら。
「クトゥルー神の眷属……落胤の姫の伝承は聞いたことがあるでち。まあ本人ではなく……アダムスヴェインでちたっけ? あくまでも力を引き出している存在なのでちょうが……」
『なんだい、その目は』
「大魔帝しゃん、あんたしゃんは油断するとすーぐ、戦力増強。とんでもない仲間を味方につけていまちよねえ……」
といいつつも、司書ウサギの手には新たな童話書が握られている。
重厚な書の表紙には、クトゥルー神。
コウモリの翼が生えたタコの怪人が描かれている。
おそらく等価交換。
クティーラさんからクトゥルーの童話書を、なんらかの対価を払い譲り受けたのだろう。
どんな交渉をしたのかは知らないが――。
童話書から暗黒神話の力を使う外道ウサギって、けっこう厄介だろうね。
まあ、もう敵対することはないだろうが。
私は思わず、見た目だけはファンシーなウサギさんのモフモフをじっと見てしまう。
「なんでちか、その目は」
『それはさっき私が言った言葉だろう。まあ、横のつながりが増えるのは良い事だが――暗黒神話の力は狂気、制御が難しいからね。取り扱いには十分、注意し給えよ』
「言われなくても分かってるでち」
言いながら司書ウサギは書を開き。
……。
パタンと閉じて、片耳をぴょこん。
おそらく、その童話書の狂気の魔力に中てられたのだろう。
制御できる自信がなくなったのか。
うさぎさんは口をクチクチしながら、私をチラり。
「あ、後で制御方法を聞きに行くでち……報酬はヤキトリ弁当でいいでちか?」
『素直に協力要請するなんて、君も大人になったね』
「失礼でちね、あたちは昔から――いえ……そうでちね。あたちも変わったんでちょうね」
司書ウサギは赤い瞳を、とある少女に向けていた。
元気で明るい勇者。
司書ウサギにとっても恩人の娘さんである、ヒナタ君である。
「新しい勇者ヒナタしゃん、あの子を守る力が欲しいんでち。今度こそ、ちゃんと守り抜きたい――そう思っていまちからね」
『そのためにも、禁忌の力である暗黒神話の力を引き出したい……か。前の君なら邪法だからと否定し、手を付けなかったのだろうか』
共に大戦を潜り抜けた敵同士。
司書ウサギは瞳を閉じ、後悔を噛み締めるようにモフ毛を膨らませる。
「あたちは勇者様を守れませんでちた――あの日の後悔はもう二度と……味わいたくない。そう思っているだけでちよ」
その気持ちは、よくわかる。
私の賢きネコ脳裏に浮かんでいたのは、眠りについていた魔王様の顔だった。
もし、守り切れていなかったら――。
私は大魔王ケトスと同じように、世界をどうにかしていたのだろうから。
『君が納得するまで、ちゃんと教えてあげるさ。まあ昔のよしみだよ』
「あんまり嬉しいよしみじゃないでちけどね」
そう言って、司書ウサギは頭を下げた。
時と共に、関係性も変わる。
悪い変化もあるが、良い変化もある――。
しんみりとしている中で、司書ウサギが言う。
「それで、これからどうするつもりなんでちか?」
『どうするって――夢世界は平和になったし、しばらくグルメを要求してグータラ遊んだら帰るけど』
世界を救ったんですけど?
ん? ん?
と! 意味ありげに目の前を横切るだけで! きっと!
みんな私にグルメをお供えしてくれるだろうからね!
「そういう断りにくい脅迫じゃなくて、ヒナタさんのことでちよ!」
『ふむ……そうだね』
世間から言わせると、どうやら私は鈍いらしいが……。
さすがにあの言葉を受けて、聞かなかったことにするほど朴念仁ではない。
実はすでに、焦げパン色のあの子とも相談済みなのだ。
宴の準備の間に、慌てて飛んで行ったからね。
私はその時の様子を思い出し、んーむと頬を掻いてしまう。
ラヴィッシュ君はふふんとネコ微笑をし、こう言っていた。
ネコとしての一番は絶対に譲らない。
それは前世の時からの関係だし、あなたのことが好きだし変わることのない感情よ?
ネコの女が近寄ってきたら、威嚇してやるわ!
けれど、そうね。
ネコじゃないあなた。あたしも知っているシニカルな神父のあなたなら話は別。
実はそれもヒナタさんと話し合ったのよ。
で、結論なんだけど。
人間同士の話なら構わないわ。
そもそもネコは一夫多妻もありなんだし、ネコとしてのあたしの本能は構わないと言ってるし?
それに、強いオスの遺伝子が増えることは良い事だわ!
だから。
ヒナタさんと神父のあなたが本気で想いあうのなら、応援してもいいわよ?
あたしも気持ちは分かるから、応じるにしても断るにしても。
真剣に考えてあげて――。
と。
わりと面白がって笑っていたのだが。
『司書ウサギくん、君も長命だからこそ聞くんだが――同じ時を生きられない、老いる速度も違う……いつか必ず悲しい思いをさせてしまう人との関係を、君はどう思うだろうか』
私は不老不死。
老いもしなければ、死にもしない。
文字通り、永遠に生き続ける存在だろう。
けれど、彼女は――。
十年二十年ならまだいい。
けれど、三十年、四十年と経てば――きっと、時間の違いに、彼女は苦悩する筈。
私はそんな関係性の存在を、何度か見たことがある。
エルフと人間が夫婦になったりするときに発生する、どうしても避けられない問題でもあるのだ。
若い姿のまま、愛する者の老衰を看取るのは、とても切ないものだ。
そして看取られる側も……思うところは出てしまうだろう。
いつか終わる命。
私達は、歩む速度が違うのだ。
それに三つの魂と心があるとはいえ、結局のところ、私は私なのだ。
おそらくラヴィッシュ君を優先する部分が増えてしまうだろうと、私はそう思っていた。
それはきっと、ヒナタ君にとっても失礼、不誠実な話になるだろう。
そんな気がするのである。
私のネコ顔から感情を読み取ったのか。
司書ウサギもまた、わずかな切なさを浮かべた顔で告げていた。
「なるほど、そういう質問がでるってことは、真剣に考えてはいるんでちね」
『ああ、ネコの私は……そうだね、正直彼女とそういう関係になるかもだなんて想像もしていなかったし、今もできていない。けれど、人間の魂を持つ私は……違う』
告げる私の姿が、神父に変化していく。
私は三位一体の存在。
心の支配権が移ったからだろう。
『あれからずっと考えているよ。ヒナタ君……、彼女は明るく誰からも好かれる性格だ、もしそうなったとして――私との関係が、彼女にとって本当に幸せに繋がるのかどうか――私には、分からないんだよ』
正直、戸惑いもある。
ネコの私だったら、好き! 嫌い!
好きが強いなら問題なし! ででーん!
と。
割り切った考え方をするのだろうが――。
きっとこの姿の私は、良くも悪くも人間なのだろう。
けれど、どうしてか。
司書ウサギは器用に片眉を下げ、くすりと微笑んでいた。
「まちゃか、あの殺戮の魔猫からこんな相談をされるとは、百年前じゃあ考えられなかったでちね。ちょっと安心ちましたよ。やっぱり、あなたは――変わったのでちね」
『ああ――そうだね。私も君にこんな相談をするとは思ってもみなかったよ』
なぜだかそれがとてもおかしくて――。
互いに、笑っていた。
かつて勇者の仲間だったウサギとの相談は、まだ続く。




