愛たる聖母の目的 ~敬虔なる神父魔猫の弱点~
ドヤ顔白山羊から語られたドアホな計画。
大魔帝ケトスたる私の子供を、救世主を失っている第一世界に連れ帰るとの謎ミッション。
なぜか私は、お説教を受けているわけで――。
目の前にある鏡の中で、ガミガミガミ!
山羊の口が文句を飛ばし続けている。
当然、自由気ままで素敵黒猫な私としては面白くない。
『あのさあ……そもそもどうやって第一世界に帰るのさ。あそこはこっちの融合世界と違って完全に独立した場所。もはや多次元宇宙と言っていい場所だろう? いや、もちろん、そんな場所に私の子を送るわけないけどさ』
「あら、変なことを言うのね。自分はあっちからきたくせに」
白山羊はクッションにどでんと座りなおし。
「あなたがやってきた穴から、この世界とは法則の異なるモノ――ニャンコザホテップがやってきた事件があったじゃない? 来ることができるんだから、帰ることも可能な筈よ。たぶんね」
『いや、人のせいみたいに言われても困るんですけど。ていうか、君、やっぱりアレが何なのか知ってるんだね』
いつものジト目で私は鏡を睨むのだが。
相手は飄々としたまま、少し挑戦的な瞳で私を眺めていた。
……山羊だけど。
「逆に聞くわよ。あたしの子……、次男の方の、真の名前は知っているわよね? どうやらこっちの世界では、”その時の記憶”はなくなっているようですけど。あなただけは気づいている。違う?」
言われて私は考える。
魔王様の正体――名前を言ってはいけない、救世主の名。
かつて第一世界で信仰を集めていたあの方の名。
おそらく、私も信仰していた方の名。
だからこそ私は魔王陛下の魔術が得意なのだろうと、今となってはよく理解していた。
魔族の身でありながら、なぜ私は神の奇跡を扱えていたのか。
転生前が人間だから神の奇跡が扱える。
それも間違った答えではない、けれど正確に言うと違う。
私だけは、気づいていた。
この世界でも転生前の世界でも同じ存在を慕っていたからだ。
魔王陛下――。
おなじ魂を持つ尊き方を信仰している。
魔王陛下があの方ならば。
その魔王陛下を慕っているのだから。
私は神の奇跡を扱うことができる。
確信をもって、私は静かに口を開いた。
『そりゃあね、私が封印しているんだし』
「なら話は早いわ」
言って、白山羊は私も見慣れた地球の様子を映してみせる。
おそらく、ライカ犬の時にあった史実のズレもない、私本来の故郷である地球。
第一世界だろう。
「詳しい事はあなたに封印されているから口にできないけど――あの子は第一世界に必要な存在だった。けれど、今はこちらの世界に定住してしまったでしょう? 救世主、つまりメシアが不在な状態なのよ。今まではそれでも問題はなかった――けれど、ずっとそういうわけにはいかない」
相手の言葉尻をとるように、私は猫髯をビンビンにさせ。
『そんなこともないと思うけどね。だってあの方以外にも他の神だっているだろうし、それにさあ――五十六億七千万年ぐらい経ったら、他の思想者達の信仰を集めた存在、弥勒的なメシアだって帰ってくるんじゃないかい?』
「なにそれ! ながっ! って!? 他の神の領域についてなんて知らないわよ!」
こほんとわざとらしい咳ばらいをし。
聖母は私をまっすぐにみる――が!
シリアスを維持できなくなったのだろう。くわっと山羊の口を開き!
「だぁああああああぁっぁ! 面倒くさいわね、とにかく! 今、向こうの世界はすっごい混乱しているの! とある事情で世界的に大混乱なのよ! だから、救世主を求めている! 救世主や英雄譚を求める意思の象徴であるニャンコザホテップが、こちらの世界に干渉していたのが何よりの証拠ね! だから! とっとと誰かと結婚して、子どもを作りなさいよ! あたしに育てさせなさいよ!」
告げて、白山羊はビシっと私を指差し。
いや、まあ蹄だけど。
「第一世界は基本的に魔術のない世界! あっちの世界が求める救世主を送る義務が、あたしにはあるわ!」
しかしこちらは冷静に考え。
『ふむ――ニャンコザホテップの目的も君と同じ、救世主を第一世界に送ることなのだとしたら……なるほど、確かにその説もありえなくはない。あのネコの形をした概念は、勇者の戒めを操っていた――英雄譚をなぞらせて救世主や勇者を養成する、そのために勇者召還を繰り返させていた。一応は、つじつまが合うけど』
「なによ!?」
私はあまり信じていない様子で、しっぽを一振り。
『それはあくまでも君の予想だろう? それに第一世界は既に科学技術が発展した世界、神の救いをそこまで必要とするとは私には思えないけどね。彼らは神……魔術式を操り物理現象を捻じ曲げるような曖昧な存在ではなく、化学式で証明される現実を信じる生き物になっているんじゃないかな?』
今度は白山羊がジト目になり。
「あんた、微妙に多方に喧嘩を売るような発言するわね……そりゃああっちは魔術もない世界。神の存在だって信じる信じないで、価値観も大きく違うでしょうけど」
『もし本当に今現在、向こうに未曽有の混乱が起こっていたとしても――だ。きっと、いつかは自分たちの手でなんとかするだろうさ。そこには困難な道があるかもしれない。死人も出るかもしれない。けれど――人とはそうやって成長していくものだ。みだりに助け、成長を妨げることが本当に救済なのかい?』
あの日、まだ人間だった神父教師の私の記憶が蘇る。
子どもたちに不条理な世について語る時。
こんな顔と言葉で、私は皆に伝えていた。
『私達、神を信じた者にはよく口にする言葉があった――困難もまた試練である。神は乗り越えられる試練しか与えない、とね。でも、これもだいぶ世俗的に言い直した言葉かな。コリント信徒への手紙、十章十三節から来ているのだろうが……まあいいね。この言葉の真意はこの際置いておくとして――だ』
「う……っ、なによそのいかにも誠実な神父でーすって顔は! こっちの調子が狂うじゃない!」
茶化す相手を神父の微笑で受け流し。
私は真摯に言葉を続ける。
『彼らは本当に親の手を求めているのかい? 起き上がろうとしている子供に、いつまでも手を貸し続けることは正しいのかい? 彼らにだって意思はある。もう既に魔王陛下の救いの手から離れ、自立し、立派に生きる存在になっているんじゃないかい?』
聖母を諭すように、私の口は自らの考えを口にする。
『そう、子どもが成長していくように、彼らだって成長している。もう既に、こちらの干渉など必要としていないと私は思うよ。私はね、聖母。この世界でも多くの人間と出会った。心と触れ合った。多くを知った。人間という存在そのものを一度、深く憎悪したからこそ分かったことがある』
グルメと共に巡る思い出の中で、私は人々の心を思い出し。
言った。
『人間はそこまで弱い生き物じゃないよ、きっとね』
「……」
心からの言葉に、聖母は言葉を詰まらせる。
ぶにゃはははははは!
論破してやったのだ!
そんな勝利の心を隠しながら、すっと静かな微笑を浮かべたままの私。
とっても清廉キャットだね?
顔を引き締めたまま、聖母が言う。
「あなた、何者なの?」
『君だって知っているだろう? 大魔帝ケトス、魔王陛下の腹心さ』
「そういう意味じゃないっての……あなた、本当に、転生前も普通の人間だったの? もしかして――」
白山羊はなにやら考えた後。
はぁ……っと鏡の中で息を漏らし。
「まあいいわ。とにかく、どっちにしても早く子供を作って頂戴。きっと黒い山羊は手段を選ばないわよ? 夢の中の恋の結晶、ヒナタちゃんの愛の心である金糸姫を誘拐しようとしたようにね」
『なるほど、あれはヒナタ君の心を弄ろうとしていたのか』
肉球を顎に当て考える私に、白山羊はすぅっと瞳を細める。
「そうよ――あなたをもっと好きにさせて、恋の奴隷としてしまう。それがきっと黒い山羊がこの夢世界に来た理由。あたしはそれを止めに来た。そういう風に心を操るのはフェアじゃないし、なにより、歪められた愛で生まれた子が救世主になれるとは思えない。だから、あたしは黒山羊とは決別する。それだけは信じてちょうだい」
言って、白山羊はもう一度言う。
「だから、あなたはそういうあたしや黒いあたしの思惑は抜きにして、ヒナタちゃんとも向き合ってあげて。ラヴィッシュちゃんと向き合ってあげたようにね。本当は――あたしの選んだ聖母。あの焦げパン色の子との愛だけでも問題ないんでしょうけど……メシアの候補は多いに越したことはないし? それになによりよ? まだ挑戦しようともしていないで諦めちゃってる一人の女の子、あの子の感情も大事だって、あたしはそう思うわ」
自分は黒山羊とは違う、そんなアピールをする聖母の前。
私は猫眉を顰め。
『で? なんでヒナタ君が私の子供の話にでてくるのさ?』
ぶちっと。
なにか、血管が切れるような音がして。
白山羊さんが、わなななななっと口をヒクヒクさせていた。
『ど、どうしたんだい?』
「このバカネコがぁああああああああああぁぁ! 普通わかるでしょう!? そういう呪いでもかかってるの!? そこがあんたの最大の弱点、盲点よ! 盲点! ここまで愛のアの字も理解できない、無神経な駄ネコだなんて、普通、想像しないでしょうがぁぁぁぁぁぁあぁ!」
一緒に話を聞いていた黒騎士ミシェルさんも、なぜか呆れ気味。
ジト目で私を眺めているが。
まあ、山羊共の計画や目論見はともかく――だ。
今現在、悪さをしている黒山羊をどうにかするのが先か。
この朴念仁! と、なにやら叫び説教をする白山羊の言葉をモフ耳で聞き流しつつ――。
私は大森林から漂う魔力に思いをはせた。
◇
王宮の地下、宣託の間での騒動はとりあえず終結。
私達、関係者は目覚めた皇帝の寝室に訪れていた。
白山羊憑依状態のミシェルさんの事は、それとなく関係者にも伝えてある。
まあもちろん、私の子供が救世主云々との話は伝えていないが。
私は話術スキル、かくかくしかじかを発動!
『というわけで、君は無事というわけだ。皇帝サウル陛下――息子と弟君、そして協力してくれた家臣に感謝するんだね』
告げた私は、周囲を見渡す。
やたらと派手な部屋だったが、それは洗脳されていた時の名残だろう。
今の皇帝は、部屋の豪奢さに眉を顰めていたが――。
起きたばかりでそれを片づけるわけにもいかない、といった顏である。
「なるほど――我は……いや、ワタシは……ずっと、神の言葉に惑わされておったのだな。すまなかった、今どう言っても言い訳にしかならないだろう。なれど、我が心の弱さが生んだ事態だという自覚はある。責任は取るつもりだ。だが――」
憑き物が取れたような皇帝は、イケオジ顔を引き締め。
皇帝の身でありながら皆に頭を下げている。
「どうか、ワタシの言葉に従い罪を犯してしまった家臣たちの事は、あまり責めないでやっておくれ。このようなことを言っている、それ自体が過ぎたる図々しき願いなのだとは分かっているが――」
言葉を遮り、私が言う。
『気持ちは分かるけれどね。申し訳ないが、そういう国のごたごたは後にしておくれ。今はあの大森林に隠れているだろう黒山羊についての話がしたい。構わないかい?』
息子に支えられた皇帝が頷く。
次に動いたのは我が弟子。
弟帝のダビデ君が私の意思を汲み取ってか、皆を見渡し。
「宣託の間での一件を考えると、大森林に攻め込む人数は――最小限の人員がいいでしょうね。正直、わたしも含めてですが……師匠の足手まといになってしまうでしょうから」
この中で私と司書ウサギを除き、おそらく圧倒的に強い皇子。
明らかな強者にそう言われてしまうと、他の者も否定できない様子である。
まあ実際。
兵士の数が増えるほど面倒になるのも事実だから、仕方ないね。
勇者の仲間として様々な戦地を経験している司書ウサギが言う。
「賢明でちね。あたちもおそらく――大魔帝を基準にすれば足手まといでしかないでちが……それでも自分の身は自分で守れますち、逃げることも可能でち。大森林ダンジョンに向かうのは少なくとも自衛ができる者とするべきでちょう」
「なあ黒猫の旦那、ちょっといいか?」
と、ウサギにつづいて提案したのは脳筋皇子ヨナタンくんである。
『ん? なにか案でもあるのかい?』
「案っつーわけじゃねえけどよ。責任を放棄するつもりもねえし、投げ出すわけじゃねえが――こういっちゃなんだが、あんた一人で攻め込むのが最も効率的なんじゃねえか? ぜってえ負けねえだろ」
私単身で乗り込む。
確かに、有効な手段ではあるのだが。
私をよく知る司書ウサギくんと、我が弟子ダビデ君がおもいっきし顔を歪め。
「いえ、この黒猫に単独行動させるのは危険でちよ……? 誰かを巻き込まない、そういう心の制約をつけておかないと……」
「ええ、ウサギ様の言う通りです。おそらくうっかりでこの世界ごと、どかーんとやってしまう危険度が跳ね上がります。具体的にはおそらく、山ごとこの大陸が吹き飛ぶでしょうね」
言って、こいつらは似たようなしぐさで腕を組み、うんうん。
仲いいなあ……。
ヨナタン君が、大型犬顔で苦笑し言う。
「って、おいおい。さすがにこんな時に冗談はやめようぜ、叔父上」
二人は返事をせずに。
じぃぃぃぃぃっと私を眺めている。
ヨナタン皇子が、ぐぎぎぎぎっと私を向く。
「って、おい……まさか」
モフ毛をビクっと震わせ、頬をポリポリしながらネコの口が動く。
『にゃははははは! ははは……はは。いやぁ……なんつーか、この二人の言葉もわりと的確っていうか、そういう可能性もあるっていうか……?』
既に自分の悪癖を知っている私は、素直に認め目線をそらす。
前なら絶対に認めなかったし!
私、成長しているね!
本気だと悟った様子のヨナタンくんが、筋肉質な体を屈め私の前に顔を出し。
ツンツンと私の頬をつつき。
「マジなのか……!? どれくらいの可能性なんだよ!」
『い、一割ぐらい?』
「一割って! 十回に一回くらいで、ついうっかりやらかすってことかよ!」
叫ぶ皇子に私は叫び返す。
『だーかーらー! ちゃんと二人が警告してくれただろう! 私だって自分でもどうにもできない部分なんだから、そこを責めるのは違うだろう?』
「自覚があるなら治せって話だろうが!」
『これは猫の本能みたいなもんだから、なおせませーん! 残念でした!』
ドヤァァッァっと、偉そうに頬を膨らませてやる!
頬をヒクつかせる皇子が、なにやら次の言葉を漏らす直前。
次元が、ぶぉぉぉんと揺れる。
転移の波動である。
敵ではない――この魔力は。
勇者兎の体を借りている司書ウサギが、でちっと耳を立てる。
ふっふっふっと、転移門から出てきたのは私達の弟子でもある女子高生勇者。
艶めいた黒い髪が、まるで天使の降臨の様に輝いていた。
ヒナタ君はブイサインをしながら、転移を完了させ。
にひひひひ!
花の笑みを浮かべて、高らかに宣言する。
「やっほー! あたし、華麗に登場よ! 何だか知らないけど! ケトスっちが行くっていうのなら、あたしがついていくわ!」
「ヒナタさん……転移した早々、いきなりそれはちょっと……。多分みなさん、こちらを知らないので混乱しているでありますよ」
続いて武骨戦士君が、猫耳としっぽを転移門にべちっとぶつけながら顕現する。
自衛もできていざとなったら逃げることのできる人員、追加である。
どうやら役者は揃ったかな。
華麗に登場した美少女に、ヨナタン君が眉を顰め。
ぽんと目を見開いて、手を叩く。
「ああ! 分かった、この姉ちゃんがあの時に言っていたヒナタっつー子か」
「あら、あたしの事は伝わってるって事でいいのかしら」
「トイレに行ってたっつー黒猫の旦那の仲間だろ?」
空気が、びしっと凍り付く。
こちらの女性陣。
黒騎士ミシェルさんも、歌姫シェイバもドン引きである。
あ、バカ皇子。
こいつ、私ですら口にしないデリカシーのないことを言いやがった……。
当然、ヒナタ君はにっこり笑い――背後に聖なる炎を浮かべて、ゴゴゴゴゴゴ!
正気に戻った皇帝陛下サウルが、はぁ……と頭を抱える中。
夢見る乙女によるお説教が始まったことは、言うまでもない。
まったく、これだから女性の心がわからないダメ男は。
ねえ?




