童話大戦 ~魔猫が呼び出すモノの名は~
戦闘状態が続いている戦場に、大きな変化が一つ。
それは大魔帝ケトスたる私の、素敵シリアスな空気を一変させるような一団。
トランプの兵士がわっせわっせ♪
正気に戻り始めていた皇帝さんや、周囲の騎士団、歌姫などを次元の狭間に回収中。
ようするに、この場からエッサホイサと逃がしてくれているのである。
童話を操る白きモフモフ。
二足歩行な兎勇者は、かつての敵、司書ウサギくんの意識が投影された正義のウサギだったのだ!
もっふもっふな兎さんが気に入っているのか、我が弟子ダビデ君も瞳をキラキラ。
「師匠が羨ましいです! こんなに愛らしいウサギさんに助けてもらえるなんて!」
その手は複雑怪奇な魔術を操りながら、愛の魔性の攻撃をことごとく打ち払っている。
ズバババダッジャ、ズババババ!
まったく同じ量、同じ効果の魔術を瞬時に放ち均衡状態を保っているのだ。
その技術は達人などをとっくに超えた領域なのだが。
会話しながら平然とコントロールしてるでやんの。
これ……力の調整だけなら私より凄いんじゃないか……?
道中の、あの短期間で覚えたんだろうなあ……。
司書ウサギがジト目で言う。
「な、なんなんでちか……? この純粋そうな顔をして、エグイ魔術操作をしつづけてる男は」
『この世界で拾ったこの国の皇族で、自慢の弟子さ!』
せっかくなので、首周りのモフモフ部分が目立つように!
ドヤってやったのである!
「なるほど、まーたあんたしゃんは自由気ままに人助けをしていたのでちね。はぁ……まあ、悪い事じゃないので、いいでちけど」
聖剣と童話書を浮かせながら、ウサギ司書がぶつかり合う魔力の中心を見る。
そこには母の愛を狂わされた歪な童話書の主。
ヨナタン殿下の母の書と、具現化された幽霊貴婦人が浮かんでいる。
「子どものための愛を歪めるとは、許せまちぇんね」
『ああ、そうだね――』
戦いを繰り広げる母の残影を眺めるのは、銀髪褐色肌の青年。
皇子ヨナタンは大型犬のような顔に、確かな寂しさを浮かべていた。
ウサギ司書も事情を察しているようだが。
彼女は大戦の時代においてもクール。
割り切った冷徹さを持ち合わせていた。
「夢世界の皇子でちね、これからあたちは狂わされてしまったこの童話を滅ぼしまち。だから、あまり見ない方がいいでち」
「母様を……いや、これをどうにかしてくれるって事でいいんだよな」
握り拳の先。爪に浮かぶ白い筋。
歪んだ母の亡霊を見る子供の――やるせない心が、私の髯を揺らす。
母たる女は言った。
「ねえヨナタン! 助けて頂戴! 母さん、消えてしまうわ! 悪い人たちに殺されて、消されてしまうわ!」
悲痛な叫びである。
だからこそだろう、ヨナタン皇子はギリリリリっと猫髯の弓を引く。
静かな顔で息子は母だったモノを見る。
「母様、あんたの温もりは今でも覚えている」
「そうよ! それは全部、母さんがあなたにあげたもの!」
銀の髪を揺らし、聖母の力を邪悪に放つ女を睨み。
「ああ、そうだ。俺のために描いてくれた童話のこと、よく覚えてる。いや、思い出したっつーべきだろうな。母様、俺、あんたの教訓の書のおかげでまっすぐ生きたぜ。だから――」
矢に風を纏わせ、影の魔力を保ち――。
キリリと母を見る。
皇族の服の裾を、発生する風でバタタタタ!
スキル発動の準備だ。
それは邪を射抜く弓聖の技。
剣聖や拳聖などと並ぶ、一つの武器を極めた果てにある技である。
ダビデ君が超絶技巧で母なる魔書の行動を戒める中。
スキル発動の反動の風を受け。
皇子は――犬歯を覗かせた。
「さようならだぜ、母様ぁぁあああぁぁ!」
母を眠らせてやりたい。
そんな切ない願いを込められた弓が放た――。
れる、直前!
飛んだのは黒いモフモフな影、そう私である!
『って!? 何勝手に決意して射抜こうとしているのさ!』
おもいっきしトドメの矢を放とうとしていた、脳筋皇子の腹にドゲシ!
ネコちゃんキックを叩き込んで、妨害。
ずざぁぁぁあぁあぁぁぁ! っと、宣託の間の床を擦りむいてコケる、ヨナタン君。
童話から生まれた母の亡霊が叫びをあげる。
「ヨナタン!」
「な、なにしやがるこの糞猫!」
がばっと起き上がった脳筋皇子が、ぐぬぬぬぬぬ!
腹を大きな手で押さえて、こちらを睨んでいた。
が!
私だって睨んでいた!
『なにしやがるはこっちのセリフだよ! なんでいきなり攻撃しようとしているのさ!』
「はぁぁあぁぁぁ!? 俺は母様を眠らせてやりたいって、心を決めてだな!」
ジャキジャキジャキ!
ばこんばこんばこん!
ウサギのもふもふをじっと眺めるダビデ君が、片手間に戦線を維持する中。
『それが勝手にっていうんじゃないか!』
「んだと!」
『こっちには優秀な戦力が追加されたところなんだ、人がせっかく童話を破らないで解決する手段を考えていた時に、いきなり射抜こうとしちゃってさ! もう、モフ毛がぶわわわわ! ってなっちゃったじゃないか!』
暗黒神話の魔法陣が飛び交う戦場で、ダビデ君が愛の魔性を押さえる裏。
ゴゴゴゴゴっと怒りの炎を背後に抱く私――。
とってもかわいいね?
「破らずって、できるのかよ?」
「できるでちょうね」
答えたのは私ではなく司書ウサギである。
白モフ毛を膨らませるウサギは肩を落とし、はぁ……。
「この男……いや、ネコでちけど。ともあれ、この大魔帝ケトスは本物の最高神、神話でいうのなら主神クラスの魔猫、本気になってやろうと思えば――なんでもできてしまうでちょうからね」
「はぁああああああぁぁぁぁぁ!? んじゃあ! こんなピンチになる前になんとかしてくれたら良かっただろうが!」
と、コミカルに地団駄を踏んで脳筋皇子。
片耳をピクっと跳ねさせる私が、くわぁぁぁっと唸る前。
わりと辛辣なウサギが、はんと見下しウサギレディスマイル。
「大魔帝ケトスのでちにしては、こっちの脳筋は随分と実直すぎまちね?」
「弟子じゃねえよ! そりゃあっ、加護は授かったけどな!」
「はぁ、だからこんなにノータリンなんでちね」
司書ウサギくん、あいかわらずだなあ……。
ファンシーな見た目と違って、こうなんつーか……勇者の仲間って感じなんだよね。
ダビデ君に魔力補給をしつつ、私は二人の観察を継続する。
「この魔猫は激ヤバなんでちよ。歩く厄災! 殺戮の魔猫にして世界を呪い、恨み続ける憎悪の魔性! 吐息の一吹きで、生きとし生ける者を呪い殺すことすら可能な、邪神の中の邪神! 基本的には制御不能な破壊神なんでちからね!」
「おい黒猫の旦那……あんた、こいつになにしたんだ……? 嫌われてるってレベルを超えてるだろ……」
私は頬をポリポリしつつ。
『そりゃあ、このウサギは勇者の眷属。私は魔王陛下の眷属。この世界にも勇者の英雄譚ぐらいはあるんだろう? 直接じゃないけど、殺し合いをした関係だよ』
「それがなんで協力関係になってやがるんだ……」
『まあ色々とあってね。人魔和合の時代、既にそういうのは終わっているのさ――ウチの世界はね』
言葉をつなぐように司書ウサギが耳を跳ねさせる。
「これでもだいぶ丸くなってまちが、世界を支えられるほどの主神でちからね。やろうと思えばなんだってできてしまうでちょうね、周囲に与える影響を何も考えなければ――でちけどね。つまり、この魔猫は以前と比べて周囲を見てるってことでちね。今生きている存在を優先するのなら、力の核となっている童話を破り、破壊するのが最適と判断していたんでちょう」
「なら、今なら――」
「あたちも協力すれば、童話書を破壊せずに止めることはできると思いまちよ。だから、あんたちゃんを蹴り飛ばしてでも止めたんでちょうからね」
言って、ニンジンソードと名がつけられた聖剣をぶん!
ウサギ司書の電波を受信する勇者兎は、戦闘準備を継続。
『そういうこと! いやあ、さすがはかつての敵。敵の方がこっちに詳しいっていうのは、よくあるパターンだよねえ』
うにゃははははは!
ドヤる私に、やはりウサギ司書ははぁ……と耳を落として。
じぃぃぃぃ。
激戦を繰り広げている我が弟子を見て、うわぁ……っと兎口をクチクチクチしている。
「ていうか、なんでちか。あの人間は……。正真正銘、ただの人間なのにバケモノでちか? 愛の魔性と互角、というか……まったく同じ性質で同じ理論の魔術攻撃を使用ちて、相殺しつづけるって……すごい胆力でちね」
『ま、自慢の弟子ってやつさ――彼が時間を稼いでくれているんだ、協力してもらうよ』
言って私は童話書を開き。
バサササササ!
顕現せし書は、白雪姫!
「勇者様の故郷の童話でちね……で? なんでちか、小人でも呼びだすんでちか?」
『違うさ』
告げて私は、ネコ電波をペカー!
激戦を繰り広げ戦線を維持する弟子に、念波で知らせる。
合図をしたら、後退を!
こちらの念波が通じたのだろう。
ダビデ君が承知いたしましたと、矢文を飛ばしてくる。
……。
なんつーか、我が弟子……想像以上に器用だな。
ついでにヨナタン君にも連絡を送り。
これでオーケー!
「何だか知らないでちが、あたちは何をすればいいのでちか!」
『私は童話魔術の方に集中する。君は今私が支えてる結界と、宣託の間への崩壊修復を続けている魔術式を引き継いでくれ』
シリアスな顔で頷いたウサギさん。
それを合図に、私は常に演算し続けていた結界を彼女に継承!
さあ、白雪姫の童話魔術を展開!
後ろでウサギさんが、こんな膨大な魔術式の制御は無理でち!
と、顔を真っ赤にし、死に物狂いで演算をしまくる中。
『さあ、終わりにしよう! 開演せよ童話魔術、白雪姫――!』
宣言が魔術発動の因となる。
ざざ、ざざぁあああああああああああぁぁぁぁ!
物理法則を捻じ曲げられ、この世界の魔術へとうまく落とし込まれた童話魔術が発動する。
まず見えたのは煙。
小さな城が顕現し、その城は次第に鏡の形となっていく。
そこには、美しい姿見――大きな魔法の鏡が顕現していた。
私が呼んだのは――白雪姫の物語にでてくる女王の鏡である。
真実を映す鏡の性質があるこの姿見に反射した自分を、歪められた母親が見ればどうなるか。
答えは簡単だった。
『ダビデ君、いまだ!』
「はい、師匠!」
ズジャ――ズダダダダダダ!
阿吽の呼吸は成功!
ダビデ君が暴走する愛の魔性の視線を鏡に向けさせるための、魔術の矢を放つ。
流星のごとく降り注ぐマジックアロー。
それは一つ一つは大した威力ではない、だが相手にとっては未知の技。
直撃する都度、体の方向を強制変更されている。
矢印の形をした魔術の矢なのだが、直撃すればその方向を向いてしまうという、強制行動を付与する矢なのだ。
愛の魔性は否が応でも鏡を見るしかなくなっていた。
そして、母は鏡に目をやった。
そこには――歪められた自身が映っている。
一瞬だった。
女は鏡の中の母と目が合ったのだろう。
そこには、遺してしまう息子のために、愛情をもって童話を描く母がいた。
そう、この童話の書にとっては過去の自分。
狂ってしまう前の自分だ。
魔性としての力が抜けていく。
母に戻った女は銀の髪を揺らし。
唇も揺らした。
「あら? ヨナタン? それに……あれ、母さんここで何を……」
解除成功だ!
童話書から聖母の影が、剝がれていく。
ヨナタン君が叫びをあげる。
「母様!」
「ヨナタン! これは、いったい……」
言葉は要らなかったのだろう。
ヨナタン皇子はダビデ君の加速の魔術を受けて、歪められていた母の愛を抱きしめ。
聖母の影から完全に引き剥がす。
「母様……っ後で説明する! おい、黒猫の旦那!」
『分かっている!』
そう、私は歪められていた母の愛を――真実の鏡で元の、普通の。
いや。
とても深い、母のまっとうな愛へと戻してやったのだ。
引き剥がされた聖母の影が、ぐわぁぁぁぁぁっと黒山羊の形を作り出す。
まだ悪さをするつもりなのだろう。
だが!
シャァアアアアアアアアァァッァ! ネコの威嚇音が、ダンジョン内に響く!
チェシャ猫の如き影が、広がり。
呪殺結界を展開。
そのまま私の口が因となる言葉を紡ぐ。
『滅びたまえ――』
すかさず私の呪いが、聖母の核となっていた神像を破壊。
ビギィィィィィィ!
聖光が、すさましい衝撃を放つ。
「させません!」
破壊の魔力を纏ったエネルギーを今度はダビデ君が、錫杖を翳し。
杖の先端の魔力球で打ち払う。
結界を維持するダビデ君に、童話書から生まれた母を抱くヨナタン君が叫ぶ。
「叔父上! 大丈夫か!」
「ええ、ヨナタン! この程度の魔力っ、ケトス師匠の百分の一もありませんので! それに、いつも直撃して死に慣れていますから! 問題ありません!」
と、ダビデ君は憂いある美形スマイルである。
……。
「え? いやそれはいつもが大丈夫じゃないだけだろう!?」
「大魔帝、やっぱりあんたちゃんは……危険人物でちねえ……」
なぜか、残っているメンバーからジト目を受けつつも。
私はトドメに、肉球をパチン!
『しばらく消えてもらうよ! 邪に魅了された女、黒き衣の聖母よ!』
まだ周囲に漂っていた魔力の塊を、遮断!
よーし! これでたぶんいけた!
モフ毛としっぽを吹き抜ける風の中に靡かせ、私はフフーン!
核を失ったからだろう。
聖母の影が、崩れていく。
戦いの終わりを示すように――ばさり。
母が息子のために生み出した童話の書は、聖母の支配を逃れ――。
ゆったりと宣託の間の床に落ちた。




