嵐の前に ~脳筋皇子と魔猫問答~
ナザレブルーノの王宮には一つの噂が流れていた。
十五年前に失踪した第二皇子。
魔術師ダビデは神に認められ、鬼神となりて帰還したのではないか――。
彼の皇子は指先一つで城壁を裂き。
吐息一つで嵐を遠ざけ。
指の一振りで重症者の致命傷さえ癒してしまうという。
民は言った。
さすがにそれは誇張だと。
神の言葉に傾倒し、狂ってしまった皇帝を疎む心が生んだ虚栄だと。
そう、帰還した皇子にそんな英雄譚を押し付けて、現実逃避をしているだけに過ぎないと。
皆、現実的に世の中を見ていたのだ。
……。
まあその噂、事実なんですけどね。
現在の場所は、王宮を守る砦の上。
城塞の、弓とか大砲とかが置いてある場所を想像してもらえばいいだろうか。
今日もまた。
ダビデ皇子の無双は続いていたのである。
王宮の上空に遠慮なく沸いたのはローカスターの召喚門。
異形なる奉仕種族たちを生み出す闇の手が、異形なる扉を開門!
ナザレブルーノの王宮を邪悪なる気配で包んでいる。
素敵ニャンコでモフ毛も麗しい私、大魔帝ケトスの横で――。
シャラン!
錫杖の形をした杖を鳴らし、今話題の魔術師皇子ダビデ君が空を睨み。
朗々と宣言する。
「不浄なるもの達よ、我らが祖国を侵害するこの世ならざる者達よ――我はダビデ! この国、そしてこの国に住まう民草の安寧を願うモノ!」
宣言が既に詠唱となっているので、足元には無数の魔法陣が展開されている。
一つは相手を捕捉するモノ。
一つは相手を攻撃するモノ。
一つは反動で周囲が滅ぶのを防ぐモノ。
冬用ニャンコの私のネコ毛が、もこもこもこ♪
魔力と風に揺れる中。
ダビデ君は最終警告するように、空でガバァァァっと開く門に向かい宣言。
「これ以上の領空侵犯は看過できぬ! 警告はここまでです! 是よりは言葉ではなく、魔術をもってあなた方に応えましょう。我らが愛する国を侵害する者、すなわち――敵と判断させていただく!」
言葉に耳を貸さないローカスターたちが構わず空から落下してくる。
シューンシューンシューン!
ガシャガシャガシャ!
虫の翅音が鳴り響いているが――こっちでは大地が鳴っている。
「残念です。ならば滅びなさい!」
お高いローブをバササササっと揺らしながら。
ダビデ君が錫杖で地面を叩いた。
次の瞬間。
魔法陣が超高速で回転し――天を衝く!
――ギャァアアアアアアアアアアァッァァ!
――シビギィイイイイイイイイイイイイイイ!
虫の断末魔が、ダビデ君の召喚した邪英雄の力に呑まれて消えていく。
王宮を守る他の衛兵たちは、ポカーンと空を見上げていた。
私の後ろで、脳筋皇子こと銀髪のヨナタンくんも――ぐぬぬぬぬぬっとしていた。
『うんうん! さすが私の弟子だね! 大気に漂う邪英雄に語り掛け、指定範囲に絶対不可避の消滅爆熱を発生させる破壊術式魔術!』
いやあ、それを教えた私ってやっぱりすごくない?
ん? ん? 凄くな~い!?
と、モフ胸を張ってドヤっているのだが。
隣の脳筋皇子がくわッと叫ぶ。
「だぁあああああああああぁぁぁぁっぁ! なんなんだよこれは!」
「師匠に教えていただいた初級魔術ですよ、ヨナタン」
葬った召喚門を塵一つない状態にまで消滅させ。
ふふふ。
ダビデ君は甥っ子の顔をやさしい表情で眺めている。
「どこが初級だ!」
「どこがと言われましても、初級魔術は初級魔術なので――」
困った顔で告げてダビデ君は魔導書を顕現させる。
黒猫のドヤ顔が表紙の、その特注の魔導書にはこうタイトルが刻まれていた。
”誰でもできる大魔帝魔術、初級編”――と。
彼はウソを言っていない。
これはとある大魔帝が授けた、彼専用にチューニングした魔導書。
私を基準にした初歩、すなわち!
初級魔術なのである!
ちなみに――。
彼が魔術に利用していた存在。
力を引き出していた大気に漂う邪英雄とは、わが眷属、黒マナティーの事である。
神々しい光とクッキーの食べかすの香りを漂わせる魔導書に眉を顰め。
ブスゥ!
脳筋皇子はおもしろくなさそうに大型犬顔を尖らせる。
「その魔術もこの黒猫から習ったってのか、叔父上」
「ええ。師匠はわたしに様々な技術を教えてくださいました」
目線を伏せ、懐かしい記憶をたどるように我が愛弟子の唇は動く。
「人を救う術、人を癒す術、人を葬る術。剣に槍に斧に弓に、小剣に竹竿に紙風船にシャボン玉。鉄扇にヨーヨーに徒手空拳。効率よく首都を破壊する魔術理論。呪殺の奥義。本当に色々――兄上の後ろに隠れ、何も知らなかったわたしに、生きるために必要な技術を教えてくれたのです」
しんみりと感謝しながら私を眺めるダビデ君。
尊敬する師を仰ぐ、その顔はよし!
対するヨナタン皇子は銀髪の下の眼をジト目とし。
「なあ……なんか途中に変な武器とか理論が入ってなかったか!?」
「変……とは? 王宮の剣士たちは子供の時に、ありとあらゆる武芸を全てマスターしていると、ケトス師匠はおっしゃっていましたが――」
ダビデ皇子殿下は少々世間知らずなところがある。
なので、自分が逸脱者となっている自覚がまだ足りないのだろう。
甥を眺め、静かな微笑を浮かべて告げた。
「なるほど、ヨナタン――君も皇族ですからね。民たちの努力を知らずに育ったのですね。国民は皆、この程度の技量は子供のころから習うモノなのですよ?」
「はぁぁぁあ! 本気で言ってるのか叔父上!?」
突っ込み役となり続けているヨナタン皇子に、ん?
ウチの愛弟子は疑いを知らぬ顔で――。
「すみません、冗談は苦手で――本気で言っているのですが。なにかまた、空気の読めないことを言ってしまったでしょうか?」
「杖の一振りで、世界の終わりみたいなバケモノ連中を一撃で吹き飛ばす民がどこにいる!」
あぁ、そういや。
民はみんなこれくらい努力をしているよと、彼の責任感を刺激。
皇子だから君だけがそれを知らなかったんだ、って嘘を教えてやる気を出させたこともあったっけ。
その辺の事情を薄らと悟ったのだろう。
ヨナタン皇子は私を抱き上げ、ダダダダダ!
かなりの距離を取って、キョロキョロキョロと周囲を確認。
影に隠れて、こっそりと私に問う。
「てめえっ! 人が好過ぎる叔父上にテキトーなこと教え込みやがったな!?」
『いやあ、彼まじめでさあ。民や他のみんなはもっと頑張ってるよ? って、苦笑しながら言ってやると責任感が強いからやる気をだしてくれてね~。ちょくちょく修行のモチベーションアップに使ってたんだよねえ~』
ぶにゃはははははっと肉球を見せる形で私は、ペラペラ♪
手を振ってみせる。
「どーすんだよ、この歩く無自覚殺戮マシーンみたいになっちまってる叔父上は!」
『えぇ……だって、弱いままだとそのまま殺される未来しかなかったし。私は拾った子猫が自立できるように、ただ生きる術を与えただけさ』
私、悪くないですしぃっと牙を剝く私。
ものすっごいダンディだね?
そのまま相手の言葉を肉球タッチでキャンセルし、私は王宮に目をやった。
『もはや敵はダビデ君の暗殺を隠す気はないだろう。連日連夜のように、異世界の魔物がこの地を襲うようになっているからね。あのままの彼だったら、生きてはいなかっただろう。それは君も分かっているのではないかな、ヨナタン皇子殿下』
「おいてめえ、まじめな話をすんならクッキーを齧りながら喋るのはやめろ」
言われてみれば、確かに私の肉球にはクッキーの粉がついている。
……。
脳筋皇子の髪で拭いてっと。
『内緒話なら丁度いいや――』
告げて私は、肉球を鳴らし地上に着地。
「ん? どうしたんだ、また肉料理のフルコースを要求するつもりじゃねえだろうな……」
『それも魅力的だけど、真面目な話さ。真面目なダビデ君には言えないような、ね』
モフ毛を赤き魔力で滾らせて――ニヒィ!
城壁の影の中。
闇を纏ってやるのである!
ザザザザザァァァァァァァ!
カツンと闇の中から現れたのは、黒衣の神父。
漆黒の髪に赤い瞳。
老若男女問わずに人々の目を惹き、魅了する美の結晶。
まあようするに――。
『この姿では初めましてだね。こんにちは、ヨナタン皇子。私はケトス。大魔帝ケトス――どこにでもいる普通の邪神さ』
ふっと微笑する私の闇に吸い込まれそうになったのだろう。
ヨナタン皇子はぞっと顔を青褪めさせ。
しかし、皇子としての威風を保ったまま――青年は犬歯を覗かせる。
「へえ、怖えな。なんだよ、その底知れぬ魔力は。それがおまえの……正体なのか」
『正体とは違うさ』
瞳を細め、ネコとしての私の影を足元で遊ばせて。
『この麗しいネコの私も私さ。そして人の姿をしたこの私も私。どちらも私の一部分。どちらも本物の私という事さ。まあ、そうだね、私と言う存在を説明するとなると――こういう言葉もある。かつての戦乱の時代。人と魔が争っていた戦いの歴史の裏、私を恐れた人々は、私達を形容しこう呼んだ――殺戮の魔猫、とね』
必殺、それっぽい言葉攻撃!
ごくりと息をのみ、ヨナタン皇子は闇を覗きながら息を漏らす。
「それで、改まって何の用だ」
『相談があるのさ』
苦笑し、影のネコを闇の中で無数に遊ばせながら私は両手を広げる。
バササササ。
揺れる聖職者のストラが、魔の風の中で赤く照る。
『ダビデ君は優秀な我が弟子だ。私は彼を気に入っている。少なくとも、巡り続ける時の中で、小さきアリの如き矮小な魂が育つ様子を、じっと観察できるほどにはね』
「アリ、だと……っ」
『気分を悪くさせてしまったかな。すまない、けれど――』
ここで、邪神スマイル!
私の内心は演出でうっきうきだが!
きっと今、ヨナタン君はビビりまくっているだろう!
『本当にね。私達にとっては君たち人間はあまりにも小さい。庭を這うアリのように、触れたら折れてしまうような塵芥、目を離したら区別もつかなくなってしまう――有象無象にしか見えないのさ』
「次元が違うってか、はは……まじでおまえさん、何者なんだよ」
ふむと考え。
私の口は淡々と言葉を紡いだ。
『言っただろう? 大魔帝ケトス、そして邪神だと。まあ、ここでは私の名は伝わっていないのかな。ならば言い方を変えようか。君たちの言葉を借りるとすると――そうだね。ぴったりな言葉があった』
ざぁぁぁぁぁっと、遠くの空で風が吹く。
大森林の雪で覆われた樹木が、揺れた。
刹那――朗々と、私は事実を口にした。
『外なる神だよ』
瞬間。
空気がぞっと青褪めた。
「この世界の外にいやがるっていう……っ、あの!?」
『ああ、その外なる神さ。どうやら、強さのからくりを理解してもらえたようだね』
ヨナタン皇子はびっしりと汗を浮かべ――恐怖している。
心地よい畏怖である。
ネコ状態ならくははははははっとドヤる場面だが、ここは我慢の子。
「それで――外なる神さまとやらが、この俺に何の用だってんだ」
『君もダビデ君の人の好さは知っているだろう?』
問いかけに目線で頷き、皇子は言う。
「ああ、あんなに強くなっちまったのに、あの人の好さだけは変わってねえ。尊敬できる、叔父上だ」
『そうだね、私はあの綺麗な心を気に入っている。好ましく思っている。けれど、いや、だからこそ――彼にもできないことがある。言えないことがある、きっと反対するだろうことがある』
カツリカツリ、私の足が若き皇子に近づく。
正面から近づいたはずなのに、背後からそっと声をかけ――。
闇から手招く猫のような顔で、囁いてやる。
『力が欲しくはないかい?』
「いつのまに……っ、てめえ、なんのつもりだ!」
目を見開いた皇子が振り向くと、既にそこには何もない。
ただ仄暗い闇が広がっている。
再び彼の正面から顕現した私は、告げた。
『ダビデ君には皇帝を殺せない。狂ってしまったとしても、兄を殺せない。彼は優しすぎるからね』
それは長所にして短所。
けれど――。
「俺なら、アイツを殺せるってか?」
『君は十五年、狂った王を見続けてきたのだろう? 民の苦しみも、家臣の悲鳴も。全て――君の成長の中で、深い棘となって刺さっていた筈だ』
彼の記憶をなぞるように。
撫でるように――私の口はその心を暴いていく。
『狂ってしまった父。神の奴隷となり下がった父。いつのまにか神しか見なくなってしまった、かつての優しき父。狂王になり果てた父を倒すための力が欲しい。君はそう思い続けていた、そうだろう?』
「気に入らねえな。たしかに俺はいつかは王を殺そうと思っていた。けどな、そう簡単に決められることでもねえ。アレはアレでも実の親だ。狂っちまう前の温かい思い出も、ある。けれど今のアレは倒さなければならぬ狂人だという確信もある。考えたさ、ああ考えたさ!」
だがな!
と、この私を前にして、怯みながらも足を踏み出し。
牙を食いしばり、皇子は言う。
「殺すのは本当にどうしようもなくなった時だと決めているっ! 驕るなよ、大魔帝ケトス! 外なる神だかなんだか知らねえが、勝手に俺の行動を決めようとするんじゃねえ! 俺の道を神の都合で弄ぶんじゃねえ! それじゃあ神を信じて狂っちまった親父と何も変わらねえじゃねえか!」
吠えるその言葉はまっすぐだった。
人間としての生命力に満ちていた。
ああ、だからこそ人間の魂は、心は素晴らしい。
「俺は親父を殺したいんじゃない。助けてぇんだよっ!」
肩を大きく揺らす、その姿には野性的な高潔さが滲んでいた。
粗削りだが、確かな光があった。
私が失ってしまったあの日の輝きを放っているのだ。
『殺したいんじゃなくて、助けたいか。そうだね――悪くない答えだ』
答えに満足した私は、ポンと黒猫の姿に戻り。
ニヒィィッィィィィィイ!
満面の笑みで、チェシャ猫スマイル!
『合格だ。君に力を授けよう――』
「要らねえつってんだろ!」
唸る皇子に構わず。
チッチッチッチ!
闇と影の魔槍でヨナタンくんの行動を戒め、私はその顔にネコ顔を近づける。
相手の瞳には、赤い瞳をギラギラさせた魔猫が映っているだろう。
自由気ままに生きる猫の姿だ。
『分かっていないね、ネコが人間の言葉なんて聞くわけないだろう? 私は私の好き勝手に行動する。力を与えるも与えないも、身勝手にわがままに、相手の了承など必要なくね』
言って、勝手に私はその頭にモフっと肉球スタンプ!
経験値を付与し、猫神の加護も付与。
単純にレベルを上昇させてやる。
「なに、しやがった……っ!」
『ダビデ君は長い修行で力をつけた。彼には遠く及ばないだろうが、君の力を向上させただけさ。安心したまえ。技術も技も、全ては君自身の訓練の賜物さ。私はただ、その基礎能力を上げただけに過ぎない』
鑑定してみると――。
うん! レベルが上がっている!
これで普通の人間の暗殺程度では絶対に死ななくなっただろう。
『別に父親を殺せだなんていわないさ。けれど、助けるにしても力があった方がいいだろう? それにだ――』
レベルアップ音が鳴り響く中。
私は真面目な顔で、猫眉を下げていた。
『君が死ぬとダビデ君が悲しむだろうからね』
告げたその言葉にハッとした様子で皇子は言う。
「まさか、俺の死の未来が見えてやがったのか」
『まあ、こう見えて私も本物の神だからね。全部とは言わないけれど、そういう可能性があったということぐらいは、見えてしまうモノさ』
囁き嗤った私の姿が闇の中に消えていく。
まだ間に合うか。
私の内に潜む直感が、時間がないと告げていたのだ。
闇の中。
三日月型の口と赤い瞳だけをギラつかせ――。
私は最後に恭しく礼をしてみせた。
「話はまだ、終わってねえだろ! どこに行きやがる!」
『悪いが、これから最も重要な用事があるのさ。間に合わなくなってしまったら、世界が終わる可能性すらあるほどのね。ああ、レベルアップの件は気にしないでくれていいよ。君は君の好きに行動したまえ』
告げて私はいつものように。
くははははははははは!
気まぐれ猫の哄笑だけを残し、完全に闇の中へと溶けて消えていった。
格好いい退場シーン、というやつである。
◇
その十分後。
王宮の女中さんたちに囲まれて、ぶにゃ~♪
鉄板ステーキの柔らか肉をつついている私が即座に発見され。
おいこら、てめえ!
重要な用事って、ランチタイムの事だったのかよ!
と。
色々と文句を言われたりもしたのだが!
気にしない!
私のお腹が空きすぎて、憎悪を暴走させたら世界がヤバイっていうのも事実だし!
ともあれ。
これで未来を変える布石を、もう一つ用意することができた。
いやあ、ダビデ君の帰還が白山羊に預言されていたからね。
それをさらに捻じ曲げたいと思ってたし。
相手が魔王様の母君だというのなら、出せる手札を増やしておきたいっていうのも本音だし。
こういう地道な活動も、結構重要なんだよね!
そろそろローカスター襲撃だけではなく、大きな事件が起こりそうな気もする。
そんな嵐の前の空気を感じつつも、私のお口は分厚いステーキの肉汁をもっちもっち♪
女中さんたちの給仕を受け!
じゅ~じゅ~肉汁滴るナイフとフォークを、華麗に動かし続けたのだった♪




