▽ナザレブルーノ王宮編 ~皇子の帰還と魔猫の悪戯~
黄金の玉座が煌びやかに照っていた。
ここはあの雪山から少し離れた場所にある、帝国を名乗るようになったナザレブルーノの王宮。
皇帝サウルの玉座の間。
時刻は正午。
騎士達や国家の重鎮たちが並ぶ謁見の空気は――重い。
それもそうだろう。
十五年前の不幸。
救援要請の遠征に向かい消息を絶った第二王位継承者、ダビデ皇子が帰国していたのだから。
まあ!
全部私の功績なんですけどね!
大魔帝ケトスの神の手というやつなのである!
そんなわけで!
重々しい空気の謁見の間にて、現皇帝にてダビデ君の兄上サウルに跪くダビデ君。
その横には、ニャヒヒヒっとチェシャ猫スマイルをした私がいて。
じろじろじろじろ♪
サウル皇帝が書状を読んでいる間に、きょろきょろトテトテ!
勝手に散策しているのである!
ちなみに――皇帝が目を通しているのは他国からの正式な書状である。
こうなることを予想して、影渡りによる転移門を無理やり形成。
ダビデ君の修行の最中に、カトリーヌさんに一筆して貰っていたのである。
そこにはこう書かれていた。
この皇子の発言はすべて真実である。
――と。
十五年前、まだ魔物に襲われていたこの地の記憶――。
ムーカイアへの遠征。
皇子が直々に救援要請を出したあの事実は、公の情報として残されているだろう。
それを逆手に取り、正式にムーカイアの書状にてダビデ皇子は悪くないよ! と、認めてもらった、というわけである。
内容はまあ多少、省略はしているが嘘は書かれていない。
金の封蝋がされたムーカイア王室からの報せを受けとり。
皇帝サウルは唸りを上げていた。
整えたヒゲを携えた、なかなか渋いイケオジなのだが――ヒナタくんが見ても反応しないタイプだろう。
なにしろ、いかにも悪役ですといったオーラがぷんぷんなのだ。
まあ、十五年前に謀殺したと思っていた弟皇子が、あの時の若さで帰還。
外なる神の寵愛を受け、奇跡的に発見――女王アリが退治され、遺骸を回収され。
今頃になって蘇生されて帰ってきたとなったら――。
うん。
そんな顔にもなるよね。
王家の紋章が刻まれたカーテンをズザザザザザ!
駆け上って、ニヒィ!
ダッシュで下って、バカそうな貴族連中のティッシュを重ねたみたいな首飾りを、ていていてい!
『くはははははははは! ナザレブルーノの貴族どもなど、恐れるに足らず!』
思いっきり散策し過ぎたせいか。
ダビデ君は無言のまま立ち上がり、長い脚でトテトテトテ。
私を抱き上げ、小声でボソリ。
「し、師匠!? ただのネコのふりをして、おとなしくしているという話だったでしょう?」
『ん? だからただのネコのふりをしているだろう?』
完璧な演技だと思っていたのだが。
はぁ……と大きなため息を漏らし、ダビデ君がジト目で私を睨む。
「そうでした。師匠はそれでもおとなしくしていたのですね」
『そりゃそうだろう、おとなしくしてなかったら、今頃この王宮ごと吹っ飛ばしてたし』
納得してもらったようで、ダビデ君は私を隣に戻し。
再び忠誠を示すように兄に跪く。
「失礼いたしました、陛下。って師匠!? いったい、なにを!」
『ふん、我が尊顔を前にして玉座に座り続けるその不遜。我が弟子ダビデに免じて許してやるとしよう――ねえねえ、君たち、私がいるんだよ? ちょっと頭が高くない?』
せっかくこの私がだよ?
空気を読んでさ?
とっとと土下座しろってアドバイスをしているのに。
ここの連中は無反応である。
面白くないでやんの。
あ、我が弟子にとっ捕まって引き戻された。
そんな私とダビデ君を眺め、皇帝サウルはあからさまに動揺した顔で。
渋い顔を尖らせる。
存外に貫禄のある声が、携えた口ひげを揺らしながらこぼれる。
「ダビデよ、貴公は本当に我が弟、あのダビデなのであるか?」
「恐れながら陛下、まことにございます――あなたの後ろでいつも無能と、一歩も二歩も引いていた、あのダビデでございます」
応じるダビデ君は堂々としていた。
覇者としてのオーラが、周囲の貴族たちを包んでいることだろう。
対するサウルとやらは、ビビり気味である。
「そ、そうか――ならばそなたの国家反逆の疑いは」
「誤解でございます」
はっきりと言い切るダビデ皇子に、敵さんはまたもや怯んでいた。
「し、しかしだ。我が臣下の中には貴公を疑う者もいる。無論、我はそう思っておらぬが――十五年も死んでいたなどと、それを信じろという方がおかしいと、そうは思わぬか?」
「では今皆様の前で、陛下に跪いているわたしは誰なのでしょうか?」
おうおう!
言ったれ! 言ったれ!
「ダビデよ。我には分からぬのだ。すぐにそなたを受け入れろと言われても――死んだと思っていた弟が、あの日の姿で帰ってきた我の動揺。心の揺らぎ。そして、簡単に信じてはならぬという君主としての責務。賢きそなたなら、わかるであろう?」
「陛下はわたしを信じて下さらないのですか」
とても悲しいことです。
と、ダビデ君はロイヤルな憂いを発動。
これは私が修行の中で教え込んだ小細工、この場にいる女性陣の多くは魅了されたはずだ。
女性陣が狭量な皇帝を蔑みの目で眺めていた。
ぶにゃははははは!
これぞ必殺! 貴婦人は怖いんですよ攻撃である!
このままいけば皇帝の信用も失墜するが。
そこですかさずダビデ君が声を上げる。
「分かりました。陛下はこの国を統べる王なのです。その選択が国の未来を左右する。安易な答えを定めるなど愚策。そうわたしに伝えているのですね――」
「うむ、そうだ。その通りだ、よくぞ我が言葉の本意を理解した。さすがは我が弟よ」
あぁ……わかった。
この兄上さま、めっちゃ操縦しやすいわ。
たぶん、誰かがその性質を利用して操ってるな、これ。
「それで、陛下――反逆の疑いは解けたということでよろしいのでしょうか?」
「とりあえずは……と言うしかあるまい」
歯切れの悪い言葉である。
まったく皇帝としての威厳がない声に、周囲にわずかな動揺が走る。
普段とは違う皇帝に困惑している、そんな様子だ。
「兄上?」
「す、すまぬな――ここ最近、我らの道を照らしてくださった神のお言葉が……いや、とにかくだ! ダビデよ! そなたが帰ってきたことは歓迎しよう、なれどムーカイアと結託したそなたがであるな――その、我が国を陥れようとしていると疑念を抱く者もいる。しばし時を待て――神のお告げが届くまで、この城を離れることは許さん。よいな?」
皇帝の焦りがその肌に浮かんでいた。
彼が焦っている理由が私には手にとるように分かっていた。
だって、原因……というか犯人はこの私!
電波妨害して神の言葉を遮断!
つまりあの黒山羊聖母の神託が届かないように、邪魔しているのである!
しっかり把握しているダビデ君は眉一つ動かさず。
忠義の姿勢を示したままに、言う。
「承知いたしました陛下。ただ、どうしてもひとつだけ気になっていることがあるのですが、よろしいでしょうか――」
「な、なんだ!」
第二皇子は迷いのない瞳で兄皇子を見据える。
「父上はどうなさったのでしょうか」
ざわめきが起こる。
それは禁句となっていたようだ――あからさまに皇帝サウルは汗を流し。
引き攣った声を押し出していた。
「父は――死んだ」
「……さようでございますか――残念です。亡骸はいずこに?」
ダビデ皇子が亡骸から蘇ったと知っているからだろう。
怯えた様子で王は弟を視界に入れ。
ぎょっと顔を青褪めさせていた。
ダビデ君が問う。
「陛下? 父の墓前に帰還の報告をさせていただきたいのですが――」
……。
ここで悪戯猫の私がニヒィ!
ダビデ君の記憶から呼び起こした前皇帝の幻影を、ダビデ君の背後にセット!
相手の目には弟の背で、恨みがましく自身を睨む父帝の姿が見えているだろう。
皇帝は叫びをあげた。
「たわけ! き、きさまがまだあのダビデだと決まったわけではない! 話は以上だ! 誰でもよい、こやつらを案内せい――我は疲れた、神の言葉を、神の言葉を授かるためにしばらく籠る! 誰も入れるでないぞ!?」
うわぁ。わかりやす!
どうやら、残念なことだが――。
この十五年の間に前皇帝も謀殺されたとみるべきか。
とりあえず軟禁という形になるが、私たちは無事王宮に潜り込むことに成功した。
◇
王宮の騎士に案内され通された部屋。
一流と評していい調度品で整えられた場所。
ここは一見すると普通の、来賓用の特別室だった。
監視魔術が張り巡らされているが、んなもんは私が肉球を下ろした瞬間に崩壊。
今頃、術者の眼は肉球に踏まれて、無惨。
うぎゃぁぁぁぁっとなっているだろう。
ダビデ君が伸ばした腕の先、長い指で印を切る。
シュシュシュ。
魔力を含ませた指で、空に魔法陣を書いているのである。
私が伝授した盗聴防止の魔術だった。
ここには私たち以外、誰もいない。
話を聞く者もいない。
皇帝を目の前にした時の威厳ある姿を投げ捨て、ぎゅっと唇を噛み――。
皇子は弱音を吐き捨てる。
「悔しいです、とても悔しいです……っ。やはり父は……もう亡くなっていたのですね」
『皇帝となっている時点で、予想はしていたけれどね――』
ダビデ君は弱音を漏らす時、こうしていつも拳をぎゅっと握る。
父の死は、彼自身も想定していた筈。
それでも彼は、こうして心にダメージを受けていた。
あれほどの修行を行ったのに、まだ心に弱さが残っているのだ。
けれど――。
その弱さはきっと、失ってはいけない弱さなのだと、私は思う。
あえて私は淡々と告げる。
『先に告げておく。おそらく君の父君の蘇生はできない。人を喰らい吸収するアリ、そして亡骸の性質をそのままに武具とされていた犠牲者たち。彼らにはそれぞれ蘇生を可能とする因があった、魔術を入り込ませるきっかけがあったということだ。けれどおそらく――前皇帝にはそれがない、状況が違うからね』
「理解しています――それでも」
言いたいことは分かっている。
それでも可能ならばお願いしたい、そういうことだろう。
『分かっている。可能性があったら試してはみるさ、けれど覚悟はしておいておくれ』
「はい――ありがとうございます、師匠」
寂しげに告げたダビデ君は、それでも前を見ていた。
瞳に決意と責任が浮かんでいる。
目の前にいる私ではなく、この国の未来を見ているのだろう。
「十五年という時は、とても長かったということでしょうね。わたしだけが、時の流れに取り残されてしまいました……」
『ああ、そうだね。私も不老不死、その気持ちは少しだけ理解できるよ』
私は冒険散歩の中で、様々な出会いを果たした。
焼き鳥にフィッシュアンドチップスに、イチゴパ……。
じゃなかった、人間たちと出会った。
そんな彼らの死を、いつか私は看取るときがあるのだろう。
今は交友のある彼らもまだ若いが、十五年、三十年、百年と過ぎれば――老いて、いつかは居なくなってしまう。
そのいつかは、避けて通れない現実なのである。
「師匠はたまに、とても大人びた顔をされますよね」
『たまに……って。まあいいや。それでだ、こんな時に変なことを聞くが――』
少し気になることがあり、元婚約者である黒騎士。
ミシェルさんの年齢を聞こうと思っていたのだが。
私の言葉が止まったのには理由がある。
部屋の外に気配があったからだ。
ノックの音が響く。
まさかこんなに早く謀殺しにくるとは思えない。
いくらなんでもねえ?
兄陛下が刺客を放ちましたよ~とアピールするようなもんだし。
雪山で出会った黒騎士の方々の影には、護衛のネコをこっそり配置済み。
彼女達でもない。
敵なら敵でいいのだが――目線をダビデ君に向けると彼が頷く。
「開いている筈ですので、どうぞ――」
「すまねえな、お邪魔するぜ国を捨てた皇子様」
敵意はないが悪意のある渋い男の声だった。
嫌味と皮肉と共にやってきた来訪者は、齢にして二十歳ほどの大男。
銀髪褐色肌の戦士タイプのダークエルフぽい、細身だが、筋肉隆々とした男だった――。
種族は人間である。
白銀の軽鎧をまとっているが、その面は鋭利な刃物の様に尖っていた。
ダビデ君がわずかに眉を顰める。
思い出そうとしているが思い出せない、そんな顔だ。
その戸惑いが相手にも伝わったのだろう、大男は勝手に部屋に入り――ドスン。
客人よりも先に寝具に腰掛け、崩して座った腿に肘をつき。
あからさまに落胆を示してみせる。
「まさかてめえ、俺を忘れちまったのか?」
「申し訳ありません、十五年経っておりますので――皆さん見た目が変わってしまっていて」
十五年という時は長い。
それを先ほど彼は嫌というほど思い知ったのだろう。
けれど、わびしさに心を揺れ動かすダビデ君など知ったことじゃないのだろう。
言葉を遮り犬歯をギラつかせ大男は言う。
「老けたって言いてえのか?」
「そういうわけではないのですが――すみません、どうかあなたを忘れてしまった愚かなわたしに教えていただけないでしょうか?」
素直に聞く、その態度は気に入ったのか。
男は顔色に明るさを作り、ふふーん!
「しゃあねえな! ならよーく思い出しな! 俺はヨナタン! どうだ、驚いたか?」
「ヨナタン!? 兄上の息子の、あのヨナタンですか!?」
驚いた様子で言ったダビデくんは、困った顔で続ける。
「あの時のあなたは五歳でしたでしょう? さすがに成長したあなたの姿を見て、分かるわけないでしょう……」
「ひでえなあ叔父上、はははははは! まあいいや帰ってきたっていうのなら、話は早え!」
豪胆に笑ったヨナタン青年は、顔を引き締め。
シリアスな声を漏らす。
「単刀直入に聞くぜ、てめえ皇帝になる気はねえか?」
「何を言っているのです、わたしに叛意など」
否定するダビデ君の前。
ヨナタン皇子が二十歳には思えぬほどの鋭い顔で――。
「御託はいい、悪いが俺はバカでね――駆け引きも嫌いだ。答えな。この国は親父が治めていたら終わる。俺は王の器じゃねえ、なら帰ってきたてめえしかいねえだろ。皇帝になる気があるのかないのか、今ここで決めな」
どうやら本当に駆け引きが得意ではないのだろう。
その顔は即答を求めてギラついている。
父帝サウルの命で探りに来たわけではないだろう。
が――。
先ほどまで普通のネコの振りをしていた私が言う。
『え、なにこの脳筋皇子……うわぁ……ちょっと引くんですけど。バカなの? こっちはまだ状況を把握していないし、なんなら監視の目もあるんだよ? 今ここで答えられるわけないじゃん!』
バーカ!
バーカ!
と、ぶにゃははははははは! おもいっきし、嗤ってやったのである!
ここの監視と盗聴を先に解除していなかったら、どうなっていたか。
考えなしにもほどがある。
しかし、私の正論もまだ二十歳前後の若造には通じなかったのか。
「はぁぁああああああああぁぁぁぁ!? 叔父上、なんだこの糞猫は!?」
当然、ヨナタン皇子は激おこになった。




