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叶わぬ望み ~消費期限の切れた食材は切ない~


 死者の蘇生……か。

 さて、どうしたもんか。

 首のモフ毛をガシガシと猫足で掻いた私は――瞳を細めてギルドマスターを見る。


 複雑な魔術紋様が刻まれた長いドレスは攻撃を得意とする魔術師の装備だろうが、仄かに暗く、喪服のようなシックな印象を覚える。

 おっとりとしていた筈なのだが。

 大魔帝である私の名を聞き、雰囲気が変わっていた。


 眼鏡の下の瞳は、深く閉じた細目だが……妄執に囚われた人間特有の狂気の色を孕んでいる。

 怜悧で真面目な印象なのに、どこか浮世離れしているのだ。


 これは――まあ、そういうことか。

 大事な人を亡くしたのだろう。

 飼い猫を亡くしてしまった――とか、そういう事情だったら、素晴らしき私がぶにゃんと可愛く鳴いてご機嫌を取ってやれたのだが。

 そういう空気は皆無である。

 冗談なんて言ったら、大泣きされそうなのだ。


 こういう相手って、正直苦手なんだよなぁ……。


 以前にも、こうして私に相談してきた人間が何人もいたのである。

 当時はまだ完全に敵同士だった魔族にすら、縋る。そういう心擦り切れた人間が……何度も私に同じ相談をしているのだ。

 神に頼んで叶わなかったのなら、大魔族に頼む。

 まあ分からない話でもない。


 返答を待つ瞳はいつも同じだ。

 お願い。お願い。お願い。

 望む答えを、どうか返して欲しい。

 そんな切実さが漏れ出ている。

 答えてやるしかない――か。


『人間を蘇生させることができるか、か。条件次第ならできるとしか言えないね』


「条件次第、ですか」

『ああ、君たちだって腕のいい聖職者なら蘇生の儀式も可能なんだろう? 神や聖獣だって同じ儀式を行えるし、私も目撃した事がある。それと基本的に条件は同じさ。状態のいい死体、または再生可能な状態で魔力消滅させた肉体情報。それに加えて成仏や消滅、転生などを迎える前の虚無に漂う本人の魂。その確保。肉体と魂。この二つが揃っていれば、生前の状態での蘇生もまあ不可能じゃない』


 実際。

 つい最近も、以前の事件で生贄にされた女子供を蘇生したしね。魂が召喚魔法陣と魔術的繋がりをもったまま死んでいた、という点も大きかったが。

 その時も、さすがに全員の蘇生とはならなかった。

 私の場合は時間逆行の魔術や、虚無の暗黒空間に直接介入するなど取れる手段が多いのだが、それでもやはり限界はある。


 最近再会したホワイトハウルも自らの魔力で消し飛ばした信徒を神の奇跡で蘇生させていたし、まあ条件さえそろえばできないことも、ないのだ。


 あと特殊な例で言うとダンジョンなどの特定環境で死んだ場合か。私のような低級魔獣が契約によりリポップするように、死そのものがきっかけとなりダンジョン自体と契約状態になり、結果、蘇生が可能となる。

 そんなレアパターンもあるのだが、どうやらそういう空気はない。


「遺体は……わかりません。魂もどこにあるのか、どうしても――わたくしには……」


『教会に頼んで魂探しをして貰ったかい? たぶん今の正常になりつつある教会ならちゃんと探してくれると思うけれど』

「ええ、もちろん。ただ――既に魂は神の届く場所にはない……と」


 それは……つまり。

 もう、無理なのだ。


『なら既に転生してしまったか成仏したか、それとも消失したか。魂のない存在の蘇生はさすがに無理さ』

「ええ、全て承知しております。けれど神父様が仰ったのです。膨大な憎悪と闇の魔力を持つ存在、大魔帝ケトス様ならば、神の届かぬ虚無の深淵にさえ入り込み……底に沈んでしまった魂を掬いあげることも、可能なのではないか……と」


 私は少々、困ってしまった。

 神父はおそらく、何度も縋りつかれて可能性の一つとしてその言葉を与えたのだと思う。大魔帝ケトスほどの存在なら、可能かもしれないと。

 そりゃこっちは確かにここ百年の間で、御伽噺おとぎばなしの登場人物みたいな扱いになっているが。

 都合のいい時だけ、魔族の名を使わないでほしいものである。


 ともあれ。


『正しいたとえじゃないけれど、海の中のどこかに落とした米粒を目印もなしに君は探せるかい?』


 変に期待を持たせるのは彼女にも悪いだろうと、私は告げる。

 これで諦めてくれるといいのだが。


「つまり目印さえあれば、見つけることも可能なのでしょうか!?」


 そうはならなかった。

 逆効果だったのかもしれない。

 僅かな希望を掴んだように、彼女は縋るように叫んでいた。

 まあ、大抵はこうなるのだ。


 無理だと分かっていても、理由を探し蘇生の道を辿って――縋って、縋って、縋って……最終的には壊れてしまう人間が多い。

 それが大切なモノを失った人間の心なのだろう。

 その気持ちは、分からなくもないのだが。


「どうなのでしょうか、ケトス様。どうか……お願いです、真実を、真実を教えてください!」


 少し、精神を落ち着かせてやらないとまずいかもしれない。

 元メイドの勘が働いたのか、マーガレットがすっと立ち上がる。


「長くなりそうですし――食堂をお借りいたしますね。お茶を淹れて参ります」

「あ……、わたくしったら、お茶もお出ししませんですみません。慌てていたもので、気付かなくて……その。ごめんなさい」


 ギルドマスターは少し落ち着いたのだろう。

 乗り出していた身を戻し、申し訳なさそうに息を吐いた。


 膝の上に置いた彼女の手は微かに震えているが、次第にそれも落ち着いてくる。

 それを確認したマーガレットは、


「それではケトス様、少々お待ちくださいませ。ギルドマスター様も、どうかこのマーガレットにお任せください。こう見えてもあたし、お茶を淹れるの得意なんですよ」


 にっこりと花の笑顔を作り、空気を和らげる。

 本来なら客にお茶を淹れさせるのは、まあない事だが、自然とそういう流れを作れてしまう。

 これはメイドの職業スキルでもある。


 この娘、騎士でありメイドでもあるからなあ。

 メイド騎士という分類になるのだろうか。

 マーガレットは伏せた瞳の挨拶と軽い会釈を残し、退室する。


 んーむ、メイドモードのマーガレットはなんというか、すっごい凛としてるな。



 ◇



 甘いレモン紅茶とお茶うけを口にして。

 私は、にゃふんと猫の吐息でヒゲを揺らす。


 パニックや混乱などに対する精神耐性を向上させる、安堵のレモンが使われているようだ。

 調理スキルによる、食事への補助効果の追加である。


 メイド騎士マーガレットをちらり。

 この娘、冒険者にならずにどこか安定した地方領主のメイドとかになった方が成功するんじゃないだろうか。

 そんな感慨を覚えつつも、私は言葉を待つギルドマスターに告げた。


『さて、まあこうして出会えたのも何かの縁だ。力になれるかどうかは分からないけれど、話だけなら聞こうじゃないか』


「よろしいのですか?」

『だって君。たぶん断っても次の街までついてきて、しつこく聞いてくるだろう?』


 すこし冷たく言ってしまうのは、蘇生の可能性が極めて低いせいもある。

 マーガレットがカチリとポットを鳴らす。

 それを合図に。

 ギルドマスターは紅茶に口をつけて、静かに目線を逸らした。


「それは……はい、おそらく、そうなのでしょうね」

『先に断っておくけれど、期待はしないでほしい。遺体もなく魂も分からないんじゃ可能性は極めて低いよ。それだけはちゃんと覚悟しておいておくれ』


「はい。それでも、わたくしは――可能性があるのならば、賭けたいのです」


 それでも。か。

 これは呪いの言葉だと私は思う。

 彼女はおそらく今回の件が失敗に終わっても、それでも次は、それでもさらに先の機会では、そう信じて心を沈めていくのだろうと感じていた。


 どれだけの期間、彼女は彷徨っていたのだろうか。

 私には分からなかったが、まあ、確かめないといけないだろう。


『まず聞きたいんだけど、君の蘇生させたい相手が死んだのはいつのことだい』


「それは……」

『遺体の捜索、魂の探査。どちらにしても必要な事だよ』

「そうなの、ですが……わたくし……」


 いや、そこで話を止められたら。さすがに全然進まないんだけど。

 ツッコミたいけれど、さすがに蘇生の相談を追い詰められてしてくる女性相手に「はよ、せんか!」とは口に出しにくい。

 どうしたものかと思っていると。


 メイド服から騎士姿に戻ったマーガレットが、急にしとやかな貌を崩して椅子にどってりと座り、バリバリと御茶菓子を食べながら言う。


「えーと、ギルマスさん。なんか言いにくい事みたいっすけど――たぶんケトス様はなにを聞いても驚かないと思いますし、どんなヤバイ内容でも真面目に話を聞いてくれると思いますっすよ。蘇生が可能かどうかはまた別の話っすけど」


「はい……すみません。いつも相談する度に、みなさまが困った顔をなさるので――すこし、躊躇してしまって」


 まあ、この人。少し狂気じみてるしね。

 おっとりとした雰囲気の中に、仄かな邪気が滲んでいるのだ。


「ではお話をさせてください。わたくしが蘇生したい相手。それは百年前、魔族との戦争の中で死を遂げた魔剣士、ギルハルト様。わたくしの想い人だった方で御座います」

「百年前……って、どういうことっすか!?」


 マーガレットが驚きの声を上げる。


『あれ、気付いていなかったのかい? この人、たぶん不死者だよ。それもかなりの上位種だ』

「あら、まあすみません。そういえば自己紹介がまだでしたわね。わたくし、この街の冒険者ギルドのマスターをさせていただいております、嘆き死霊の女王(バンシー・クイーン)のナタリーと申しますわ」


 眼鏡の下。

 彼女の開いた瞳は、泣き腫らしたように燃える赤い色をしていた。

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