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神の御業 ~魔猫のうちにある変化~



 勝利と凱旋の宴が終わって三日が経っていた。

 今いる場所は特別に作られた斎場。

 王宮の外に作られた慰霊碑と祭壇の前だった。


 本来は供養のための儀式だったのだが――。


 流砂の迷宮での一件も終わり、回収された遺骸。

 悍ましい技術によって調度品へと加工された者達。

 後悔を抱いたまま死んだだろう彼らを前にして――。


 ざざざ、ざぁあああああああぁぁ!


 大魔帝ケトスたる私は漆黒色の髪を魔力で靡かせ、赤い瞳を輝かせていた。


 ビル風にも似た強風に身を任せ、バタタタタタ。

 音を鳴らしていたのは聖職者のストラ。

 今日の私はまじめシリアスな神父モード――今、できる限りの蘇生の儀式を行っているのだ。


 対象は――人間アリの巣にあった、遺骨やミイラ。

 そして調度品や武器。

 加工された、かつて人間だった者達である。


 今の私は以前よりも力を増している。

 ラヴィッシュ君……焦げパン色の手をしたあの子との再会で――私は知ったのだ。

 世界は私が思っていたよりも少しだけ……明るいモノなのではないか、と。


 心の中に温かい光があるのだ。

 だから、今ならば――。


『それでは――開始するよ。正直に言うと、ここまで原形をとどめていない遺骸だと……成功するかどうかは分からない。だから、どうか君たちも祈っていておくれ。純粋なる心は力となる。君たちの祈りも利用させてもらう。さあ――念じておくれ。祈っておくれ、彼らの魂がここに戻ってきますように、と』


 女王カトリーヌさんをはじめとしたムーカイアの民たちが見守っている。


 彼らの目線にあるのは、残酷な戦いの名残。

 ムーンキャット達が必死でかき集めたアイテム。

 流砂ダンジョンに眠っていた犠牲者たちの破片である。


 民たちが手を胸の前で握る。


 哀れなる者たちの遺骸を祀る祭壇の前。

 私は掌に乗せた聖者ケトスの書を開き。

 祈り――念じた。


『灰は灰に。塵は塵に。なれど主は汝らの死を受け入れず、我もそれを受け入れず』


 キィィィィィン。

 私が言葉を紡ぐたび。

 世界の法則を書き換える力が発生する。


『我はケトス。大魔帝ケトス。かつて主を崇め、その聖名を伝え、讃え、迷える子らを導いた者。さあ、汝が信徒の声に応えよ。この願い、私欲に非ず。この願い、我欲に非ず。神たるロゴスよ――汝の偉大なる名を今、ここに告げん』


 祭壇の周囲が、聖光と祈りで満たされていく。

 私だけが聞き取れる封印された言葉が、口から紡がれる。

 次の瞬間――。


 《主、□□□・■■■■への敬虔なる祈り》が発動する!


 シュギィィィィイイイィィィィィィ――!


 大規模な蘇生魔術の反動が、私の魂を揺さぶるが――。

 いつか受けたホワイトハウルの試練によりレジスト。

 光の柱が夢世界の天を衝いていた。


 奇跡がここに訪れた――。


 とでもいったらいいのだろうか。

 ふひぃ……っと大量の魔力を放出した私は、ポンと魔猫モードに戻り。

 どでん♪


 前に投げ出した足の肉球を見せつける形で、尻もちをつき。

 モフ頬をポリポリ。

 赤い瞳の先には、人間アリたちに躯を弄られ、朽ちた武具や調度品となっていた者たちが蘇生されていた。


 むろん、ちゃんとした人間の形を保った状態で、だ。

 蘇った者たちの数は……かなり多い。

 それほどに、死した後の躯を利用されていたのだろう。


 その中に、あの時に見たまだ幼い子供の生存も確認出来て。

 ……。

 私は深い安堵と共に、大きく息を漏らしていた。


 かなり大きな疲労があったからか。

 お疲れネコな吐息が髯を揺らす。


『うわぁ。まさか本当に成功しちゃうとはね――我ながらドン引きなんですけど』

「ちょっと! まじ!? 凄いじゃないケトスっち!」


 文字通り飛んできた女子高生勇者のヒナタ君が、私をガバっと両脇から抱き上げ。

 くるくるくると回転♪

 全員が全員とはいかなかったが、今までではありえないレベルの蘇生の祝福により蘇った人々を見る。


「にひひひ! いやあ、すごいわ! 蘇生成功って事でいいのよね?」

『ああ、そのようだね――』


 いつもと違い、勝ち誇った声を出さずに考える私にヒナタくんが言う。


「どったの? いつもならクハハハハって大騒ぎするような展開よね」

『うーん、なんか……自分で思っている以上に神の祝福を引き出す力が、向上し過ぎているというか――』


 パチパチと、肉球の上にいまだ残るのは偉大なる光。

 前は原形をかなりとどめていないと不可能だった蘇生が、あそこまで加工されていてもできてしまった。

 それって、実はかなりの大事おおごとなのだが。


 太陽のような笑みのまま、ヒナタくんが私の鼻をつんとつく。


「いいじゃないの! 無理だったかもしれない人も蘇生できたって事なんだし。悪い事でもないんだし? よ! あんたは偉い! さすがはモフモフ魔君!」


 抱っこされながら、ぐるぐるぐる♪

 私のモフしっぽが風に揺れているのは。なかなかに魔王様が喜びそうな場面である。

 私を抱っこしながらぐるぐる回り喜ぶヒナタくんが喜んでるから、まあいいか。


 喜びの声が広がる祭壇。

 本来なら救えなかった者たちの救済。

 これも一つの区切りとなるだろう。


 私は魔力で荒ぶるモフ毛を鎮め、賢人の顔で言う。


『さて、今の蘇生はさすがに聖母ですら想定していなかった手段のはず。この一手でまた未来が変わったはずだ。もし今までが黒山羊の計算通りだったとしても、これで確実に計画は狂っただろうね』

「あぁ……前の事件で、その黒山羊? とりあえず勝手にブラックマリアって呼ぶけど、そいつは未来視を活用。私兵として利用していた人間に啓示を送っていた可能性が高い、だっけ――ジャハルさんのまとめてあった資料に書いてあったもんねえ」


 んー……と考えるヒナタくんに頷き。


『白い方の山羊はまあまだ話せる感じなんだけど。黒いのは会話もできていない、魔王様の母上だといっても黒い方は君も警戒しておくれ。たぶん白いのは問題ないよ』

「了解。頭に入れておくわ」


 私は黒山羊の外見データを顕現させ、ヒナタ君の心に転送。


 受け取ったヒナタ君が亜空間に手を入れ。

 がさがさ♪

 黒山羊の魔力パターンを聖剣に刻みながら、世間話をするように言う。


「しっかし、分かんないわねえ。ケトスっちを相手に未来を見るってのは悪手だと、あたしは思うんだけど。ケトスっちってさあ、呼吸をするだけで未来を変えるほどの魔力を持ってるわけでしょ。先を見るだけ無駄じゃない?」

『まあ、こんな簡単に未来を変えられるとは思っていないんだろうさ』


 普通は、こんなにコロコロは変わらないからね……。


 ともあれだ。

 蘇生された民たちは……まだちょっと混乱しているかな。


 この国で殺されて素材として持ち帰られたもの。

 戦地で殺され戦利品として遺骸を運ばれたもの。

 そして、滅ぼされた他国の民もいるようだ。


 砂漠の女王、金の髪を砂漠の風に靡かせるカトリーヌさんが前に出て。

 女王のオーラを発動。

 指揮官系統の最上位にあたる、王族専用スキルである。


 グルメ帝国と化した通り名だけ暴君な、あの賢い皇帝さんも使える技だった。

 太陽を背にペカー!

 王者の威厳で、民たちの目線を引き寄せているのだ。


「よくぞ死者の国から帰ってこられた、わらわはムーカイアの女王カトリーヌ。そなたらの帰還、および入国を歓迎しようぞ」


 母のような慈愛に満ちた微笑を湛え。

 愛の結晶たる女王は、両の手をすぅっと広げる。


「状況が分からぬやもしれぬが、よくぞ参られた。後でそれぞれに名と出身を聞くことになろう。とりあえずであるが――我が王宮でそなたらを受け入れるとしようぞ。王として妾は神と汝ら、そしてこちらの聖人ケトス殿に誓おうではないか。妾は汝らを無下にはせぬ、安堵せよ」


 言って、女傑護衛のキーツさんとモフモフ武骨戦士君に目をやり。


「すぐに受け入れ準備を。他国のモノもいる、宗教や習慣で口にできぬものの確認を忘れるでないぞ」

「は! ただちに!」


 他の家臣たちもそれぞれが動き出す。

 自分たちが蘇り、そして女王陛下の庇護下に置かれたと悟ったのだろう。

 私の奇跡で蘇生された者たちは、狼狽しながらもわずかな安堵を浮かべ始めた。


 やはりこういうときに、パッと動けるからこその女王。

 上に立つ者なのだろう。


 ヒナタくんが私を下ろし、こっそりと言う。


「水を差すようで悪いけど……王宮に連れて行って大丈夫なのかしら?」

『まさかあの状況で蘇る手段があるとは、誰も思っていないだろうから――スパイはいないだろうし、おそらくは平気だろうが。まあ他国の民、それも軍人が混じっているとなるとちょっと警戒は必要かもね』


 そう。

 あの流砂の迷宮はアリ人間たちが殺した人間を素材としていた。

 そして、襲われていたのはこの国だけではないのだ。


 彼らはこの国以外にも手を伸ばしていた。

 となると。

 この一時的な難民と化している彼らの中には、他国で殺された兵士たちが混じっているわけで。


 シリアスな声で告げる私の影が、ズズズズッと揺らぐ。

 ぶにゃぶにゃぶにゃ。

 影の中から、私達だけに伝わる声が響く。


 ――にゃらば、我ら、ムーンキャットが難民たちを見張りましょう。

 ――影に潜み。

 ――もし恩を仇で返すようなものが混じっていたのニャラ?


 シャキシャキ!

 影の中でカツオブシブレードをぶんぶんしながら、にゃは~♪

 ムーンキャット達が見張りを志願していたのだ。


 ヒナタ君が影からずぼっとムーンキャットの一匹を抱き上げて。


「なーにこの子達。尋問スキルとか拷問スキルとか、そういうのばっかり持ってるじゃない」

『元があのアリ人間だからね。まあそういう性質を引き継いでいるのさ』


 とはいっても、カツオブシブレード……。

 ようするに、カツオブシの塊でぽかぽかする程度の尋問ぐらいしかしないようだが……。

 んーむ、私の影響下に入ると、どうもファンシーになっちゃうね。


 猫って実はけっこう残酷な狩りをする一面もあるのだが。

 ともあれ。


『それじゃあ悪いけれど次の仕事だ。難民たちを見守っておくれ。もし不審な動きがあったらすぐに連絡を、拘束するのは良いけど殺すのはダメ。できるかい?』


 返事の代わりに、三日月型の笑みを浮かべ。

 さぁぁぁぁぁぁぁ。

 彼らはそれぞれの影の中に消えていく。


 仕事を果たしに行くモフモフビーストたちを眺め。

 じぃぃぃぃい。

 ヒナタくんが、んーっと唇の下に細い指を当て考える。


「あの槍を持った猫達って、人間を吸収した人間アリたちから生み出されたわけでしょう? それって……吸収された犠牲者の人間たちの魂が、輪廻をめぐって転生した――って思ってもいいのかしら」


 前向きな発想ではある。

 その可能性はゼロではないが、可能性としては低いだろうと私は思っていた。

 けれど、その前向きな発想自体は嫌いじゃない。


『さあ、どうだろうね。犠牲となった人たちが最終的にネコとなって自我を取り戻しているのなら、まあ悪い話ではないだろうが――彼らはアリだったときの記憶も、ましてや人間だった記憶も持っていない。答えは分からないね』

「へぇ~、ケトスっちったら。あんな奇跡までできるようになってるのに、分からないこともあるのね~」


 身をかがめたヒナタ君が私を見て、ニヒヒヒ。

 指先でうりゅうりゅと、私の鼻を連続つんつんである。

 ジト目で私が言う。


『そりゃあ分からないことだらけさ。私をなんだと思ってるんだい……?』

「頼りになって、可愛くて――たまに、そう本当にたまに格好いい、あたしの先生みたいな?」


 告げて乙女は、立ち上がり。


「あたしね、ケトスっちの事が好きよ。たぶんきっと、ものすごい好きなんだと思うの」

『どうしたんだい。そりゃあ私は人気者だし、誰からも好かれる有能教師だけど』


 ちょっと眉を下げて、けれど微笑んで。

 ぶにゃっと私を抱き上げ。

 ヒナタくんは私の手を掴み、肉球をぷにぷにぷに。


「ねえ、今度ラヴィッシュさんに会わせて欲しいんだけど。ダメ? ジャハルさんも一緒によ。ケトスっちの思い出の人がどんな人なのかな~って、気になるし? 挨拶もしておきたいじゃない?」

『おお、いいね~。ネコ時代の記憶を思い出したあの子は新しいことが好きだからね、きっと喜ぶよ!』


 彼女に外の世界の話をしたときにも、ふふーんと微笑んで。

 二人には一度会ってみたいわね。

 って、言ってたしね。


 そんな相談をしている時だった。

 気配が近づいてきた。

 蘇った者達に目をやっていたカトリーヌ女王である。


「二人とも――すまぬが、ちょっと構わぬか?」


 蘇生への感謝を述べた後。

 金糸のように美しい髪で太陽を反射させる女王が言う。


「申し訳ないのだが、ネコ達の居住区を作り出したあの魔術――お菓子の家をまた出してはくれないだろうか。殺された時期によっては既に家がなくなっている者もいると思われるのでな。彼らが一時的に過ごす場所を用意しておきたいのじゃ――」


 なるほど、それもそうか。

 中には戦死したと思われていた旦那の帰還で、新しい旦那がいてさあ大変!

 どっちの旦那さんを選ぶの!?


 みたいな、昼ドラのような案件も起こりそうだしね。


『了解した。報酬はグルメでかまわないよ。宮廷料理人の方々には悪いけれど、私もまだ食べたことのないグルメが提供されることを、とっても! 期待しているからね♪』

「で? なんで逃がさないようにあたしの服を掴んでるのかしら? ケトスっち」


 砂漠のお姫様みたいな恰好をしているヒナタくん。

 そのビロードっぽいひらひらを掴む、私の意図は明白。


『なーに、あたしは童話魔術が使えませんみたいな顔をしているんだい? 君に伝授したこと、私、ちゃんと覚えてるよ?』

「うっ……っ。あんた、物忘れ結構多いのに、そんなことは覚えてるのねっ――さすが大魔帝といったところかしら」


 やっぱり逃げようとしてたでやんの。

 童話魔術で簡易宿泊施設を作るのはもうお約束になってるけど――。

 毎回、量が大量だし結構な作業量になるから、ヒナタ君もトラウマ化してるんだろうなあ。


 ともあれ、これも善行!


『いや、そんなところで最高幹部の位を褒められても困るんだけど。ほら、いくよ。君も手伝っておくれ、二人で大急ぎで建設すれば、すぐに終わるだろう』

「あたしに手伝って欲しいわけ?」

『そりゃあ、一人でやるより二人でやった方が早いし。なにより二人の方が楽しいだろう?』


 そういうと。

 ふっふっふっと、美少女な笑みでヒナタくんがニヤリ♪


「もう! しゃあないわね~! んじゃあカトリーヌさん――! 王宮に異次元空間を作るから、門をつくれるような、広い場所に案内よろしく頼むわ♪」


 よーしやっちゃうわよ!

 と、存外にヒナタ君はノリノリである。


 私達は二人で協力し、とりゃとりゃとりゃ!

 この世界に帰還した彼らの家を作りだした。


 なんだかんだといって、ヒナタくんも難民化している彼らが心配だったのか。

 ものすっごい協力的で――。

 これ、もしかして……私に手伝って欲しいって言って欲しかったのかな?


 ◇


 勇者二人による避難所作りは高速。

 その日のうちに作業は終わっていた。

 蘇った者たちが落ち着き始め、それぞれに新しい家に入居したのは夜となってからだった。


 そして月夜が綺麗な食事の席。

 ご馳走と同時に、ムーンキャットからも報告が上がってくる。

 なんでも、難民の中にここではない大陸の兵士が混じっていたらしいのだ。


 といっても悪意はない。

 感謝もしているらしいし、敵対する気はないらしいのだが。

 自分の国の事で、大事な話がしたいとのこと。


 たぶん、これは――予兆。

 次の事件の始まりになるだろうと。

 私はチーズをパンに塗りこんで、蒸して潰したジャガイモと一緒に飲み込んだのだった。



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人と猫と魔の君か。
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