またまた追放 ~少女とニャンコの食べ歩き~
爽やかな陽ざしが眩しい、早朝をちょっと過ぎたポカポカ日和。
西帝国領内。
商業都市エルミガルドの冒険者ギルドでの出来事だった。
私はとりあえず数と質が揃えば問題ないだろうと、各首脳陣の皆から預かった紹介状を猫のお手々で受付に差し出したのだが。
返ってきたのがこの怒声。
「皇帝ピサロ陛下とナディア皇女、真ガラリア帝、更には大司祭アイラからの紹介状を同時に貰えるはずがないだろうが! 嘘を吐くならもっとマシな嘘をついて出直してこい! この詐欺師どもが!」
と。
ギルドのおっさん受付に怒鳴られて。
追い出されたのは私と元メイド次女のマーガレット。
さすがに人口豊かな商業といえど、馬車道を猫と女が座り込んでいるのは珍しいのか。
道を通り過ぎる人々の視線がちょっぴり痛い。
太陽を浴びた地面が温かいからまだいいけれど、自慢の猫毛が汚れてしまった。
魔王様から、おまえはかわいいなぁと褒めて貰える最高級なモフモフなのに。
鼻がスンスン動いてしまう。
……。
ちょっと、むかっとしてしまう。
『ふむ』
ギルドを追い出されるのはこれで二度目か。
どうも私は冒険者ギルドという存在と相性が悪いらしい。偉い人の紹介だったらすんなり受付を通り、ビップ待遇で即ギルドマスターに面会できると思っていたが。
やりすぎは、よくなかったのかもしれない。
たしかに、バターをごってり塗り過ぎたハムトーストは朝からはきついし、仕方ないね。
それと同じか。
土で汚れた猫足をペペペと振りながら、私は反省する。
次の街で見せる紹介状は、どれか一つに絞るか。
あ。今、なんか通り過ぎた兄ちゃんが目を逸らしやがった。
失敗を誤魔化す様に毛繕い。
かわいい猫の舌で、しぺしぺしぺ。
これで土埃も取れた。
さて。
『にゃにゃにゃ、にゃんて失礼なやつだニャ! 大魔帝たるこの我を、土塗れにするとは許せんニャ! どう復讐してくれようか!?』
肉球と爪で空を掻き。
ぐぬぬぬと唸る私にちらりと目線を寄越し、白銀の軽鎧についた土埃をはたきながらマーガレットは苦笑した。
キシャアアア、キシャアアと威嚇音をたてる私の頭をカッワイイっすねえと撫でながら。
「ケトスさまぁ……ギルド登録はやっぱりあたし一人で行った方がいいんじゃないっすかねえ」
『いや、まあ本当ならそうしたいんだけど』
「なんか問題でもあるんすか?」
きょとん、とした顔をしているマーガレットだが。
問題はこの娘なのである。
実際、ふつうの女の子ならばそれが一番だろう。
人族の公用語を口にする猫が受付で交渉するよりも、かわいい女の子が「冒険者になりたいんですぅ」とか言った方が数倍楽にギルド登録はできるのだ。
しかし。
『この間も説明しただろ、今の君はちょっと不安定な存在なんだよ。一人で行動している時に何かあったら、街が消えるかもしれない』
「またまたぁ、ケトスさまったら大袈裟なんっすから!」
ニヒヒと笑うこの少女、名はマーガレットという。
歳の頃なら十六。七。後ろおさげの三つ編みがチャームポイントな、男勝りな性格で、荒くれ者たちの中に居ても平気でアハハと笑えるタイプのいい子なのだが。
じぃぃぃぃいいいっと眺め、鑑定をする。
やっぱり、ちょっと常識外れの強さになってるよなあ。
まあ、その原因は私なのだが。
詳しい話は省くが、軽装騎士姿のこの彼女。人間族にとって能力向上食事であるドラゴン料理を口にして、大幅にレベルアップをしてしまったのだ。
たぶん、力の制御ができるようになるにはもうちょっと時間がかかる。
さすがに一人で冒険をさせて街を一つうっかり破壊してしまいましたあ、とかさせてしまったら色々と不味い。
だから同行しているのだが。
能天気な性格なのか、あまり自覚がないようなのだ。
『なんでもいいから、適当に上に向かって魔術を使ってみておくれよ』
「いいっすけど」
五重の魔法陣が彼女の指から展開されて、空にドーン!
ズゴォォン、ドババババババババ!
ちょっとだけ残っていた曇が、魔力閃光に貫かれて散ってしまった。
彼女のおさげと私の尾が爆風に揺れる。
空で轟く魔力爆発を背に。
マーガレットはドン引きしたように口を動かす。
「うっわ、あたしってなんかすんげぇヤバイ破壊魔道具兵器みたいになってません?」
『そうなんだよ。だから心配して一緒に行動してるんじゃないか』
はぁ……と肩を落とす私に。
彼女は、にひぃと明るい笑顔を見せつけて。
「なら、まだしばらくはケトスさまと一緒にいられるんっすねえ」
『嬉しそうだね』
「そりゃあ、ケトスさまは英雄ですし。なにしろ超かわいいっすしぃ、あたしもまだ独りじゃ寂しいですしぃ。一緒にいられるなら、その方が嬉しいに決まってるじゃないっすか!」
キラキラキラと、まっすぐな少女の笑み。
うっわ、笑顔が眩し過ぎる。
モッフモッフな猫毛がにゃふんと膨らんでしまう。
私、ネコだからね。
素直な感情で親しみをぶつけられると、なんというか、うん。
照れるのだ。
そんな照れ照れモードな私を持ち上げ、腕に抱き。
「まあ別にあたし達はこの街のギルドに登録しないといけないわけじゃないっすし、次の街でもいいんすからあ。この街の名物料理でも食べに行きませんか? 料理スキルが向上すればケトス様に用意できるお菓子の幅もたぶん、増えますよ?」
『お、いいねえ! それ、賛成!』
ザ・食べ歩き!
やっぱりこういう散歩もいいよね。
魔族の皆にはある程度の事情を説明してあるし。許可も下りている。
堂々と、のんびり美味しいモノ巡りをしようじゃないか!
能天気な彼女。
私もちょっと能天気といわれるタイプ。
お金も前回の事件で手に入れた残りがあるので、まだ余裕はそこそこある。
そんな食欲旺盛であっけらかんとした私たちが行動したら、まあこうなるよね。
止める人もいないし。
このギルドは私の猫毛を汚した大戦犯だし。いますぐにと急ぐ必要もない。
私はちらりとマーガレットに目をやる。
幸せそうに笑んでいる。
つい最近までは、主が病にふせていたり。街が聖職者に乗っ取られていたり、ダンジョンで遭難していたりと不幸が続いていたのだ。
こういう平和な暮らしを満喫するのも、まあ、悪くない経験の筈だ。
なにやら街が騒がしくなっていたが。
私たちは構わず、露店巡りをしまくった。
◇
痩せの大食いという特殊な人種がいることは知っていたが、たぶんこのマーガレットみたいな事をいうのだと私は思う。
私は偉大なる大魔帝だし、行く先々で大量のごちそうを平らげるのは当たり前の事なのだが。
なんと彼女。
その私と同じ量をペロっとそのまま平らげてしまうのだ。
まあ、この大食漢のせいで能力向上ドラゴン料理を他の人より多く吸収してしまったのだろうが。
女性なので一応、健啖家と言い直した方が優しいか。
ともあれ。
蜜がたっぷりな焼き林檎の串焼きを齧りながら、彼女は一言。
「ケトスさまぁ。次、何食べましょっか?」
『そうだねえ。今は甘いものを食べてるし、次はしょっぱいモノにしようか』
私もまた、ほんのり焦げ目がついたリンゴさんをガジガジ。
うむ。
平和じゃ。
私は平穏の広がる栄えた街をちらりと眺める。
五百年ぐらい前。まだ私も猫転生したばかりの野良猫魔獣だったころ。かつてこの地には、異界より滲み出てきた大いなる邪悪な魂、その端末が顕現したらしいと、魔王様から聞いたことがあったのだが。そんな邪悪な片りんは微塵も感じられない。
魔王様の話だと人間と契約し、その血脈の中に邪を封印したらしいのだが。
まあ、気にするだけ無駄だったのかな。
魔王様、妙にこの封印の事を気にしていたのだが。
異界からの侵入者って、こっちの世界の力と根本が違ったりするから厄介なのが多いんだよね。ま、私も転生者なのだ。分類するなら異界からの侵入者なのだろうが。
ともあれ。
そんな昔話が脳裏をかすめていた私に、マーガレットが言う。
「そろそろランチタイムですし、食べ歩きじゃなくてお店入ります?」
『ちゃんと使い魔も同伴可能な店にしておくれよ、獣人の姿に変身するよりこの姿で食べる方が好きなんだ』
「了解っす、じゃあ……って、なんか街が騒がしいっすね、なにかあったんすかね?」
言われた私は、もふっと猫耳を立てて。
『ふむ』
おい、いたかぁぁああ?
いや、こっちにはいない!
どこにいきやがったんだ、あいつら!
早く見つけないと、とんでもないことになるぞ! こんな街ぐらい、簡単に消されちまう!
そんな人を探す声が、街のあちこちから上がっている。
だれか重要人物でも探しているのか。
『まあ私達には関係ないみたいだし、このステーキ店に入ろうか!』
「いいっすねえ! 分厚いフィレ肉にバター乗っけて鉄板で焼くみたいっすよ!」
鉄板の上でじわーっと溶けるバター。
跳ねる肉汁。
じゅるり、と私の舌が唸る。
喉もゴロゴロと鳴る。
『マーガレットくん』
「ケトスさま」
ググっと二人で勝利のポーズをし。
さあ、いざ出陣だ!
と。
店のドアノブに手をかけた。
その時だった。
「ま、まってくれええええ! そこの二人、お願いだ、まってくれ!」
「あいつらだ!」
「な、なにぃぃいい、やっと見つかったのか! 早く謝罪しねえと、暴君ピサロに紅の死霊姫、魔道具全てを裏で取り仕切るガラリア帝に、聖母アイラさま。名だたる世界の大物全員の顔に泥を塗っちまうことになるんだぞ!」
「そんなのどれか一つでも敵にしたら終わりじゃねえか! 早くギルドマスター・ナタリー様に連絡を!」
何かこちらを呼ぶ声がするが。
肉汁ステーキとバターの香りに惹かれまくっている私とマーガレットは、互いに顔を見合わせて。
『まあどうでもいいか』
「どうでもいいっすよねえ」
そんな以心伝心の貌をし。
そのまま、使い魔同伴可のステーキ店に入店した。
その後。ギルドマスターを名乗る人物が私たちのテーブルに押しかけてきたことは、まあ言うまでもないだろう。




