野ケ崎カナメは考える その3 ~戦闘終了~
素敵な魔猫と炎帝が見守る戦場!
異界の神が監視する空間に死者はいない!
その肉球がいつでも助けを伸ばせる位置にいる、けれどそのネコ手が動くことはない!
それもそのはず!
神父姿の男、わが弟子の野ケ崎くんが死者を嫌い、殺さぬ戦いをしていたからだ。
とまあ、そんなわけで!
大魔帝ケトスたる私は弟子の成長を確信し、ふっと頬を緩めていた。
むふー!
弟子の成長を見守る私。
とっても優秀師匠だね?
二人を闇の槍で封印した後も、戦いは続いている。
しばらくしたら問題なく戦闘も終了するだろう。
硝煙の香りでネコ鼻をヒクっとする私――。
その隣でジャハル君が言う。
「本当に止めなくていいんっすか? ウチの野ケ崎青年はともかく、相手の方は――殺す気満々っすよね?」
さすがジャハル君は王の器たる大精霊。
こちらに殺意はなくても、相手に殺意があることを把握している。
いやあ、まあ普通なら殺意の有無なんてすぐにわかるのだが、私たち、かなり強大な存在だからね。
いつもの庭の蟻んこ理論だが。
魔帝クラスの幹部だと、人間ごとき矮小な存在同士の戦いなど虫の戯れ。
殺意を抱いて行動しているかなんてわからないものなのだ。
小さきモノにまで目が届く――。
王たる瞳を持っているジャハル君に、ニャホっと感心する私の猫ヒゲが揺れる。
ともあれ、私は返答する。
『本当にやばそうな攻撃だったら止めるけどね。現状だとその危険は見られない。このまま観察を続けるが……気になるのは彼ら、襲撃者に預言を授けた存在だね』
「あの聖母っすかねえ」
と、赤い髪をガジガジしながら、なかなか嫌そうな口調で言うジャハル君。
まあ、元凶なのでありそうだが。
『どうだろうね。あの白山羊の気配ならすぐにわかると思うんだが、反応はない。もとからこの世界で異能力者達の裏で行動していた存在か、あるいは……』
「あ! なんか動きがあるみたいっすよ!」
指さすジャハル君に促され、私は戦場に視線を移す。
正義の味方だったはずの覆面リーダー。
異能力者の男は、指揮官能力を発動。
仲間を鼓舞していた。
蒼白い魔力の輝きを眺め、ジャハル君が瞳を細める。
「今のは支援の魔術式っすよね……部隊長系統のスキルに似てますけど。なーんかオレたちの魔術とは違うんすよねえ」
『分類は異能力。その元をたどると――おそらく魔王様の魔術式を根源とする亜種。派生した力というべきかな。結局はすべて、陛下の魔術式に収束されるんだけど……』
ふむとネコの口に肉球を当てて。
魔術式を並べ私は、うにゃん。
「どうしたんっすか? 海苔が奥歯に挟まったみたいな顔をして」
『あの異能力っていうのも、結局、どこから発生……。裏世界で一部の人間たちに広がっていたのかは、わかっていないんだよね。魔術式を誰かが改変して、この世界にバラまいたのか……それとも人間たちの一部が魔術式を読み解いて力としたのか』
ヒナタくんのような異世界転移で魔術式を習得したものもいるだろうが……。
「ケトス様でも把握できていないってのは、ちょっと不気味っすね」
『ま、ニャンコ・ザ・ホテップのようにそもそも異なる物理法則、魔術法則の存在もいるから――私達の知識だけが全てじゃないってことだろうね』
考察する私の目の前で、バフが多重に発動。
覆面リーダーのよく通る声が荒野に響く。
「立つのだ、同志たちよ!」
空気を切るように、その手をバっと振り。
覆面の下で、皆の顔を見る。
仲間に向かい希望の旗を示したのだ。
「預言がどうしたっ! 勝てる勝負しかしないのか! 違うだろう! 我々は世界を守る!」
異能力の込められたリーダーの声。
大義を示すその叫びが、戦意を失っている同胞の士気を高めたのだろう。
狙撃手であり砲撃を開始する女が、ぐっと唇を嚙み締め――。
キリリ!
武者震いを戦意高揚へと昇華させ。
「そうよ! ここでわたしたちが負けたらっ、世界はどうなっちゃうと思ってるのよ!」
「ああ、そうだ! 悪しき神父。野ケ崎要を必ずここで仕留め、狂ってしまった世界を元に戻す。そのために、俺達は来たんだろう!」
二人を失ったが、残りは八人。
襲撃者たちは決意を固める。
その心にあるのは一つだろう。
彼らは自分たちを正しいと思っている。
「ここでこの世界変動現象の特異点。原因となった男を、殺す!」
「それでこのゲームはクリア!」
「異世界人だか何だか知らないけど、あいつら、最近調子に乗りすぎだったからね! わたし達がいるってことを忘れすぎなのよ!」
そう。
倒すではなく、殺す。
そう宣言できてしまう時点で、彼らはすでに一線を越えていたのだろう。
ゲーム世界の影響か。
はたまた異能力者同士の戦いで、すでに心が荒んでいたのか。
殺意の戦場を腕組み姿勢で睨み、ジャハル君がぼそり。
「あのぅ……一応確認したいんすけど」
『なんだい、ジャハル君』
「この世界ってたしか、殺人って犯罪なんすよね? いや、オレたちの世界でも理由なく殺したら罪になりますけど。なんつーかコイツら、聞いていた倫理観となーんかズレがあるんすよねえ」
その違和感の正体は、まあ大体わかっている。
殺人は罪であると肯定するように頷く、私のモフ耳がふぁさりと揺れる。
ネコの口が、人間たちを眺めて淡々とした言葉を漏らしていた。
『彼らは、異能力におぼれている。ここが現実だということを、忘れているのさ』
「じゃあ既に……罪を犯している可能性も」
『それはわからない。けれど――』
戦場での戦いを眺めながら。
私はまじめな口調で続ける。
『少なくとも野ケ崎君が結界を張っていなかったら、襲撃されたマンションはほかの部屋ごと吹き飛んでいた。巻き込んだ人が死んでもかまわない、そう思っていないとできない威力だっただろう?』
「ええ、ケトス様も慌ててマンションの住人を守る結界を張った時っすね。いやあ、驚きましたっすよ? ぶにゃにゃって大慌てで結界結界! って。ケトス様って本当に、丸くなりましたよねえ」
こっそりと掛けていたのだが、バレてるでやんの……。
すっごいニヤニヤしてるし。
『と、とにかく。君も注意をしていてくれ。私が興味を持っているのは、マリアでも私達でもない存在――。私たちも知らない第三者が、戦場をどこかのタイミングで覗く可能性もある。可能ならば、そこを捕らえたい』
私の声音が落ち着いた神父の低音だったからだろう。
ジャハル君も女帝の顔で、肯定するように瞳を伏せ――。
戦場に視線を戻す。
殺意を見せたまま、襲撃者は異能力によるバフを多重掛け。
リーダーの持つ扇動に近い指揮が、手駒たちの士気を高める。
「殺せ! この世界を混乱させたヤツは、悪だ!」
「ええ! やりましょう皆!」
「よっしゃぁぁぁぁ! 俺たちは負けない!」
対する野ケ崎くんは、相手の高揚とは裏腹。
事前情報とは釣り合わない、クールな顔立ちで薄い唇を上下させる。
「そうか。確かにオレは世界から見れば悪人か。だが、殺すという言葉はどうなのだ? 分かっているのか? 犯罪だぞ?」
真顔での説教を受け、襲撃者たちは反論に眉を尖らせる。
「世界を私物化した男がいう言葉か!」
「そうよそうよ! なにがMMO化よ!」
「勝手にいろいろと変えられて、迷惑してる人だって沢山いるんだからね!」
なーんか、ジャハル君が私をじっと見ているが。
気にしない。
リーダーが団結をアピールするように、吠える。
「みんな、犯罪者の言葉に耳を傾けるな!」
「ふははははは! バカめが! 世界をプリースト戦記化させてはいけないなどという法律はない!」
正論攻撃がさく裂。
よし! 私の得意技がパーフェクトに刺さっている。
心理的に揺さぶった今がチャンス!
「だが、しかーし! 殺人は犯罪! 逮捕されるのはお前たちの方だ!」
逮捕。
その現実的な言葉が彼らの理性を擽ったのだろう。
数名の意識が揺らぐ。
「え、逮捕って。そんなわけないでしょう! だって、こっちは正しい行いをしてるんですから!」
「そ、そうだ。敵の言葉に惑わされるな」
相手の動揺につけ込み、ふいにシリアスな顔を見せ。
黄昏色の空を背景に――。
神父は両手を広げ朗々と宣言する。
「いいや。こちらには証拠がある。お前たちがオレを殺すといった場面も、実際にマンションを爆破しようとしたことも録画してある。残念だが、お前たちは逮捕される」
黄昏を背景にし、両手を広げるこの姿には演出効果がある。
男の顔を黒く染めている逆光。
夕方の中に浮かぶシルエットはさながら十字架。
聖職者が犯罪者を諭す。
そんな場面にさえ見えてしまうのだ。
この野ケ崎君、過去にいろいろと翳があるせいか――。
シリアスな言葉と声を出せばギャグキャラには見えない。
それも効果的だったのだろう。
襲撃者たちの喉がごくりと蠢く。
「な、なあ逮捕って――」
「あ、ああ。だいじょうぶ……なのか、俺達」
「な、なによ……っ、た、逮捕なんて。そ、そんなはずないわよねえ!」
女の動揺が仲間たちに伝わる。
「いいから撃て!」
「だ、だって……っ」
「このままだと本当に通報されて、た、逮捕されちまうだろうが!」
おそらく、彼らの頭に浮かんでいるのは証拠隠滅。
銃撃の連打が始まる。
もはや言い逃れはできない。
犯罪者。
そんな汚名を脳裏に浮かべながら、襲撃者たちは必死の形相で攻撃を続ける。
が、乱れた統率に覇気はない。
全てを結界で防ぎ、かつんかつん……と野ケ崎くんは進む。
「その反応。おまえたち、人を殺したことがあるのか」
「あ、あるわよ! なに!? あ、あんた……っ、人を殺したことすらないの!」
思わずだろう、狙撃手の女が叫びを返していた。
叫びを耳にした神父は、静かに首を横に振る。
その鼻梁に、薄らとした同情の翳が走る。
「あるはずがないだろう。何を言っているのだ?」
「な、なによ! 人を殺したこともないくせにっ、そんなに偉そうに何様のつもりよ!」
「おい、やめろ! 吞まれるな!」
銃撃が乱れる。
統率も乱れる。
「人を殺すことが偉い? キサマは、本当にそう思っているのか?」
「え……っ?」
精神攻撃は続く。
「キサマたちがどのような理由で人を殺したのか知らない。この世界には異能力者同士の戦争があったと聞く。その中でやむを得ず人を殺した者もいるだろう。だが、それを誇らしく語るオマエたちはどうなのだ? 仕方なく殺したのか? それとも嬉々として、狩りを楽しむように殺したのか?」
「それは……っ」
思い当たる部分があったのだろう。
女が髪に長い指を突き入れ、震える唇を動かした。
「違うわ。だって……っ」
「なるほど――集団で笑いながら、殺したのだな?」
告げながらも神父のシルエットが駆ける。
私の目から見ても、早い!
おそらく、黄昏の影を利用し、影渡りを加速させているのだろう。
一人、影で包んで封印した。
直後。
闇の中で赤い瞳を輝かせ、神父は諭すように告げる。
「オレはこの世界を混乱させた悪人だ。それを否定するつもりはない。だが、おまえたちはどうだ?」
「だって! あいつらは、悪い奴らだから殺していいって! みんながそういったもの!」
叫ぶ本人が一番理解しているのだろう。
それは犯罪であった――と。
神父の影が、襲撃者の精神にまとわりつく。
「ならば、見せてやろう――現実をな」
野ケ崎君が闇の中で手をかざす。
私の力を借りた魔術を詠唱。
その魔術は――。
「魔猫魔術:暴かれし殺戮数」
殺害数の強制提示。
神父の頭上のカウントはゼロ。
けれど――襲撃者たちは自分たちの頭上を見た。
その数字を、はじめは理解できていなかったのだろう。
けれど。
頭が良い者から、気づいたようだ。
それはすなわち。
「俺達、こんなに……殺していたのか?」
「そ、そうだけど……でも。だって、異能力者同士の戦いなんだから、し、仕方ないだろう?」
仲間からの返事はない。
現実が降りかかっているのだろう。
やがて、狙撃手だった女が、頭上の数字を輝かせ。
ぼそりと地面に向かい、言葉を落とし始めた。
「いやよ、いや。違うわ、だってこれはゲームなんでしょう?」
すがるような女の声が、戦場に響く。
しかし。
野ケ崎君が、かぶりを振る。
「違う、たとえどれほどに歪んでいても――ここは現実だ」
そう。ダンジョン領域日本、確かにここは私の影と夢の世界でもあるが……現実でもある。
トドメを刺すべく。
神父の唇が、闇の中で蠢いた。
「オレと今のおまえたち、はたしてどちらが悪に見える?」
はたから見れば、武器すら持たない神父を銃撃する卑怯者たち。
犯罪者。
そう見える筈だ。
そしてなにより。
頭上のキルカウント。
人を殺した証が、ギラギラギラと誇らしげに輝いていた。
現実を思い出した男が言う。
「可哀そうな奴らだ……そんなに、殺してしまったのか」
漏れた言葉は同情だった。
その言葉がきっかけだったのだろう。
戦場の空気は、沈んだ。
精神ダメージが一定ラインを超えた。
皆が銃と武器を下ろし。
戦意喪失。
時に心理戦、話術は攻撃以上の武器になる。
それを補助する闇の幻影と、演出効果は私の直伝である。
戦闘は終了だ。
ジャハル君が安堵した様子で、眉を下げる。
「決まりっすね」
『ああ、不安になって見に来たけど。ひとまずは問題なかったね』
「それにしても、強いくせに搦め手で攻めてくるって……本当にケトス様の弟子って感じっすよねえ……。オレ、ちょっと敵側に同情しちゃいましたよ?」
そうは言うが。
勝てばいいのである。
怪我人も減らせるなら問題ないしね?
『ま! 誉め言葉と受け取っておくよ、さすが私の弟子! じゃああとは私の仕事かな』
「仕事って、もう勝負は決まったんじゃ――」
ジャハル君の言葉が終わらぬうちに、私は転移。
覆面男。
リーダーだと思われる男の足元に影渡り。
野ケ崎君が眉を上げて――。
「大魔帝ケトス!? いったい、どうしたというのだ」
『お疲れ様! これで君の修行は終了だ! 人を殺さずに対処しようとした君の人間性を私は評価しよう。そして――もう一つ、ちょっと気になることがあったんでね!』
告げて――ポン!
十重の魔法陣で戦場を覆いつくす。
一瞬で、空気が凍り付く。
ジジャギギギギギギィィ!
闇の槍でリーダーの男だけを厳重に囲う。
男はこの私の闇の槍で覆われているのに、動揺したまま言葉を漏らす。
「な、なにを――っ」
『そこまでだよ、人間のフリが得意な君。逃げたり歯向かったりするのなら、理由を聞かずに消す。従うか、滅ぼされるか――選びたまえ』
ほかの者たちは、ぞぞぞっと固まっている。
大魔帝の放つ闇の魔力に怯えているのだろう。
息をする事すら忘れてしまったように、沈黙。
音を立てないよう。歯をがたがたと震わせているのだ。
野ケ崎君すらも、私の闇に息をのみこんだまま言葉を発せられずにいる。
しかし。
覆面のリーダーは、言う。
「き、きみが何を言っているのか、い、意味が分からない!」
「なるほどのぅ……。そういうことか」
炎の結界から顕現した女帝モードのジャハル君が、告げる。
「そこの男。我が主、大魔帝ケトス様の闇を受けてなぜそうして言葉を漏らす事ができる? 恐れ震え、頭を垂れることすらできぬのが正常。おぬし……異常であるぞ?」
指摘され、ようやく気付いたのだろう。
会話ができている時点で異常。
どれほどに人のまねが上手くても、完全に擬態できていたわけではないのだろう。
男だったモノの影が、揺らぐ。
ぎしりと、唇だけが蠢いた。
「ち……っ、異世界人か。失敗だな、こりゃあ」
覆面男の覆面がはがれていく。
そこには――。
人の皮をかぶったナニカがいた。




