野ケ崎カナメは考える その2 ~強敵~ 【SIDE:プレイヤー野ケ崎】
【SIDE:プレイヤー野ケ崎】
MMORPGプリースト戦記。
終わるはずだった世界を現実化させてしまった原因ともいえる男――。
野ケ崎要は囲まれていた。
異能力者の襲撃である。
マンションの周囲にあるのは、ぞくりと背筋を刺す敵意。
なぜそんな気配を察することができるのか――。
親指の爪を噛み、要は考える。
(そんなことは決まっているっ。あの修行の成果だろう……っ、だがどうしたらいい)
彼が狼狽するのは当然だ。
敵意の数は十を超えている。
十人を相手にしないといけないわけだ――。
十人の人間……。
「ん? たったそれだけか?」
そこで鼻梁にコミカルな皺が刻まれる。
本来なら絶体絶命な状況なのだが、心は冷静そのものだった。
(いや……よく考えろ。ショゴスキャットの群れより、楽ではないか?)
脳裏に、あのブニャハハハハハ声が響く。
鬼のような修行が、すぅっと男の心を冷やしたのだ。
呼吸を止めて、数秒。
男はセーターをMMO世界の装備、プリーストの異装に戻し。
考える。
所詮は人間の気配。
あの地獄の特訓に比べれば……。
しかし油断は禁物だ。
まずは魔猫から教わった基礎魔術で念入りに結界を張り。
次に自らの力。
異能力であるMMOプリースト戦記の能力を発動。
「主よ――われらに光の御手を」
続けざまに、魔猫から授けられた裏聖典。
《邪猫・巨鯨黙示録》を片手に乗せ。
パララララ。
「師よ、どうかワタシに力を御貸し下さい」
薄い唇から謳われた裏聖典が、霧状の闇結界を発動させる。
闇の柱が神父姿の男の足元に生まれ、天井を衝く。
装備を変更した影響か――部屋の中なのに土足なのだが、仕方がない。
基本一種、さらに二重の結界を構築する。
闇と光。
強大な二つの結界で部屋を守る男は考える。
大魔帝ケトスは言っていた。
属性や魔術体系、性質の異なる二種類以上の結界を重ねることは戦いの基本。
性質の違う結界の合成は極めて難しい。
だが、成功すれば効果は絶大。
防御性能は加算ではなく乗算され、倍々ゲームで上がっていくと指導されている。
そして彼はその技術をすでに習得していた。
理由は簡単だ。
ショゴスに溶かされる攻撃、文字通り完成させなければ死ぬ状況を何度も再現され。
生存本能や、死ぬ間際に発動する覚醒の力などを無理やりに引き出され。
必死でその技術を習得したのである。
(いや、あれはさせられたというべきだな……)
ともあれ。
結界は完成していた。
風の精霊の力を借り、野ケ崎は声を張り上げた。
「マンションを取り囲むものたちよ。オマエ達がいるのはわかっている。オレに何の用だ?」
問いかけに空気が揺らぐ。
気づかれていないと思っていたのだろう。
部屋の玄関に異変が生まれる。
気配が蠢いたのだ。
「死にゆくものに語る言葉はない」
酷く淡々とした声が返ってきた。
シリアスな空気の中。
肩を揺らした神父――絶体絶命なプレイヤー野ケ崎は瞳に光を走らせ。
がば!
「ふふふふふ、ふははははは! バカめがッ!」
「な、なんだこいつは……っ、気でも狂ったか!?」
敵に動揺が走る中。
大魔帝を彷彿とさせる不遜な顔で。
要はニヒィと八重歯を輝かせる。
「語るに落ちるとはまさにこのこと! 語る言葉がないといいつつ、すでにキサマはオレの言葉に応えているではないか! すなわち! 所詮、きさまらはその程度の敵! オレの敵ではないわぁ!」
場違いなほどに明るい哄笑が、マンションにこだまする。
まるで彼の師匠のように。
ビシっと玄関を指さし、さらに追撃。
「今ならば見逃してやる! 我がランキングポイントの糧となりたくなければ、とっとと帰ることだな! ふぁーはっはっははは!」
むろん、シリアスは吹き飛んでいた。
しかし、囲まれているのにこのバカさ加減は計算外だったのか。
外には動揺が広がっている。
プレイヤー野ケ崎は修行で手に入れた魔猫神の魔眼を発動。
透視できるようになっている神父の瞳が、マンションの廊下を眺める。
とりあえず入り口には三人。
姿を見る限りは、一般人といった様子の連中だ。
しかし、その魔力は異能力者特有の微妙に異なる魔術式で揺れている。
ジャキン。
一般人っぽい服装の彼らの手から、爪が伸びる。
「その爪ではオレには届かんぞ? なにしろ基礎レベルが違うからな! オレを殺したかったら、せめて祝福されしチェーンソーやスフィンクスでも連れてくるのだな!」
「減らず口を――まあいい、そのまま死ね!」
大魔帝ケトスの指導の一つ。
言質は大切に。
「既に今の声は録音済み。これで正当防衛が証明される。これからはまじめな警告だ。オレを狙う理由を正直に答えろ」
「答える必要はない!」
敵が異能力を発動する。
これで魔術式での攻撃波動も感知、記録。
あとは録音済みのデータを警察に届けるだけで終了である。
神に仕える犬たちの溜まり場になっているあそこは、安全地帯。
そう師匠ネコから聞いていたのだ。
プレイヤー野ケ崎は考える。
(それにしても……なぜ、奴らはまだ攻撃を仕掛けてこない)
魔眼で外を見る男の顔が、ジト目になる。
(いや、これはすでに攻撃をしようと力を溜めているのか。なるほど、たしかにオレは強くなっているのだろう。あのショゴスキャットどもの高速攻撃に慣れすぎた弊害だな)
無駄にマンションを破壊されるのは面倒。
結界で守っているとはいえ、建物自体を壊されるのは避けたい。
一度だけ攻撃を受け止め、そのあとに転移をする。
作戦は決まった。
プレイヤー野ケ崎は腕に巻かれた器具を、キィィィィンと唸らせる。
浮かぶのは、八重の魔法陣。
いつでも結界を強化できるように準備をしたのだ。
ようやく――。
敵の準備が整ったのか、五重の魔法陣がマンションを包む。
光が膨れ上がり、放たれた。
ジャギギギィ、グゴバゴォォォォオォオオオオオオオオォォオォォォン!
神父の鼓膜を破ったのは――。
巨大なハンマーマシンで都市空間をたたき壊すような音。
結界越しにも骨折するほどの衝撃が走ったのだ。
手の先から肩までの骨を持っていかれた。
だが、それだけだ。
追撃の流星群も、猛毒の暴風も追加されない。
あまりにも攻撃がぬるい!
「主よ、癒しの御手をわが手に――」
鼓膜を回復させ。
腕も完治。
そこでハッ――と野ケ崎は驚愕に顔を青褪める。
案の定だ!
簡単に治療できてしまう、軽傷である。
呪いの追加効果すらないのがその証拠。
(間違いなく、罠だ――!)
強面を尖らせ、警戒する。
咄嗟だった。
野ケ崎はフェイントだと判断していた。
相手は――策士!?
「小手調べとは片腹痛いわ! それともオレを殺す気はないという事か!」
「は!? いや、まさか、生きているのか!?」
あまりにも素の声が敵の口から漏れる。
「ふざけるな! その程度のそよ風で死ぬはずがないだろう! バカにしているのか!」
「そよ風だと!?」
やはりだ。
存外に端正な顔立ちに、汗が滴る。
ぽつん……と、床に浮かぶ雫を眺め。
野ケ崎は頭をフル稼働させる。
この局面を乗り切らないと、師は相手を殺してしまう。
それはどうしても、避けたい。
己の未熟さを悟りながらも、神父は吠える。
「騙されんぞ、異教徒ども! オマエたちは今もこうしてオレの油断を誘っている。まずはそよ風を用い、自らを弱者だと装い、ほくそ笑む。その後に冥府の門からケルベロスの大群を召喚し、生きたまま我がハラワタを番犬どもの朝ごはんにする。そんな作戦を計画していたのだろう!」
しばしの沈黙の後。
返事がマンションに響く。
「よ、よくわからんが――。こちらの最大の一撃を耐えるとは――キサマを見くびっていたようだな。認めよう、キサマは強い。どうだろうか、今からでも交渉をする権利は我らにあるだろうか? もちろん、タダとはいわん。こちらの情報を提供しよう。キサマは孤立している。様々な組織から狙われているのは、知っているだろう? 悪い話ではない筈。返答を求む」
あんな攻撃を最大の一撃と称する。
もうわかっている。
自分は騙されない。
思わず聞き惚れるような低音で、男は息を漏らす。
「それも罠――か」
「だから! 人の話を聞け! さっきからキサマは、なんの話をしているのだ!? アレか? 本当に狂ってる感じのヤツなのか、それとも人の皮をかぶった異世界人なのか!?」
意味の分からないことを言っている。
そう判断した神父はニヤリとほくそ笑む。
オフなので整えていなかった前髪が――。
揺れる。
歯をむき出しにし、ギリリ……っ。
「あくまでも罠にはめようとする、その心。敵ながら感服する。ならば! こちらも本気を出さねば無作法というもの。場所を変えるぞ!」
告げてプレイヤー野ケ崎は手をかざす。
八重の魔法陣を展開。
転移を発動。
襲撃者たちが騒ぎ出す。
「こいつ、空間全体に干渉を!?」
「させるか!」
次元の揺らぎを察知したのか、襲撃者たちが手をかざす!
視界が一瞬、暗転する。
◇
転移妨害をものともせず野ケ崎達は合戦フィールドに再出現していた。
強面が周囲をにらむ。
「ここならば他の人間を巻き込むことはあるまい! さあ、来るがいい強敵どもよ!」
広がる荒野。
血と焦げた大地のにおいが広がるここは、プリースト戦記のエリア。
PVP、いわゆる対人戦闘が行われるイベントで使われている場所だった。
殺風景で逃げ場のない領域でもある。
しかし、PVPという性質上、周囲への守りは完璧。
見学客などを巻き込まないシステム。
防衛結界が仕込まれていると彼は知っていた。
敵は十人。
すべてを巻き込み転移させている。
まずは相手を混乱させるべし。
大魔帝の教えに従い、神父は腕に取り付けられた器具を起動。
「天使を召喚する! でち助、そろそろ起きろ!」
「でちは眠いでち……へけけ、大魔帝しゃん、デチを舐めてもおいしくないでちよぉ」
反応は薄い。
機械の中。
今日はオフでち、と、すやすや安眠モードでへそを上に向けて眠っているようだ。
強敵相手ならば反応していたはず。
ならば――。
ぎりりと奥歯をかみしめ、神父は荒野に目をやった。
「レベル偽装か」
「もういい! お前たち、この現象の特異点。こいつをやるぞ!」
刺客と化した異能力者たちが駆ける。
ズダダダダダ!
異能力なのだろう、魔力弾が込められた銃撃がプレイヤー野ケ崎を襲った。
が――!
すべて手刀で受け止め、神父が猛ダッシュ。
闇に溶ける勢いで、跳躍!
その足元が魔力で揺らぎ。
神父は呪文を詠唱する。
「影渡りの猫」
さぁああああああぁぁぁ!
影となって移動する神父の影を追って、銃撃が続く。
しかし神父はそのことごとくを回避。
影を捉えた数発の弾丸も握りつぶされ、男の掌の中に消えていた。
刺客たちが吠える。
「な……!」
「手でキャッチしただと!? 銃撃をか!?」
戦場に走る衝撃。
硝煙の香りが戦場を包む中。
狙撃手の一人が吠える。
「ちょ……っ、マンガじゃないんだから。ありえないでしょう!?」
「ありえないことが起きる、それが異能力。おまえたちも異能力を操っているのだろう? ならば分かるはずだ。自分たちだけが特殊ではないと、な」
語る神父は影から現実世界へと帰還。
ザダダダダダダ――ッ!
人間離れした動きで距離を詰める。
しかし、相手は全員後退。
リーダーと思われる覆面の男が腕を下ろし、集団バフを発動。
指揮スキルを同時に使用し、皆の体に青白いオーラを顕現させる。
指揮官の唇が、命じる。
「足を撃て!」
「オーケー! 巻き込まれないように、離れて!」
狙撃手は足を狙い散弾を放つ!
ズバババババ!
が、全て紙一重で回避されている。
女の口紅が、赤く揺れた。
「待って、これ……っ、人間の動きじゃないでしょ!」
狙撃手を責めるように、仲間が唸る。
「いいから撃て! 殺されるぞ!? これはゲームじゃない! 現実なんだ!」
「わかってるわよ! 撃ってるの! でも、当たらないんだからどうしようもないでしょ!」
まるでラスボスのオーラをまとったプレイヤー野ケ崎が、瞳を赤く光らせ。
聖書を開く。
「主よ、わが手に神の奇跡を」
光に包まれた拳が、大地をえぐる勢いで掌底を放つ。
弾丸が、衝撃破で木っ端みじんと散る中。
銃撃担当だった女刺客が、驚愕に黒目を揺らす。
「銃が効かない!? ごめん! だれか、カバーを!」
「俺がやる!」
集団戦を得意とする異能力者なのだろう。
それはさながら、スイッチの切り替え。
交代する砲撃主を庇うように、銃剣を握る大男が飛び出し。
それを援護する形で、腕を翳す仲間が吠える。
「アイテム発動! 捕縛ネット! 今だ、やっちまいなよ!」
「もらったぁああぁぁぁ!」
襲撃者は勝負に出た。
銃撃と同時に剣をヘビのように唸らせ――突き刺す!
しかし。
神父は剣による攻撃を結界でガード。
銃撃をすべて指先で打ち払い――。
キリ!
ダンと前足を踏み込み、肩で体当たり。
まともに吹き飛ばされた大男が唸る。
「ぐわぁあああああああぁぁぁぁ!」
「こ、こいつ……接近戦もできるのか」
仲間がカバーに入り、吹き飛ばされた大男を受けとめ神父を睨む中。
バシュ――っ!
追撃した神父の蹴りが二人同時に、吹き飛ばす。
同時だった。
神父が邪悪なる魔猫の書を開き、念じる!
「怠惰なりしもいと慈悲深きモノ! 邪悪なりしも、救い齎すメシアよ! 我が師、大魔帝ケトスの名において願い奉る! 闇の戒めを与え給え!」
詠唱が力となって魔術式を構築。
現実世界の定数を書き換えた――次の瞬間。
ズジャジャジャジャジャジャジャ!
ジャジャジャジャジャジャジャズ!
土煙で覆われた戦場に、闇の槍が降り注ぐ。
確率判定は、成功。
吹き飛ばした二人を闇の結界で封印したのだ。
「まずは二人――」
プレイヤー野ケ崎は考える。
これで二人は足止めできた。
残るは八人。
「主よ、そして我が師たる魔猫神よ。我に汝の慈悲を与え給え!」
詠唱。
強化魔術。
神父の体が赤い魔力で満たされていく。
人間離れした動きを見せる男。
野ケ崎要。
魔猫の地獄訓練を受けた神父は、ズッ、ズ、ズジャジャ!
慢心を捨て――。
戦闘の構えのまま、鼻梁に濃い翳を作る。
「襲撃者ども、あまりオレを甘く見るな――そろそろ、本気を出せ」
一切の隙のない構え。
油断を知らぬその眼光は、まさに悪鬼。
百の戦場を乗り越えた英雄でさえ出せぬ――濃い覇気を纏っていた。
襲撃者たちが、呆然と立ちすくむ。
これほどの敵とは、想定していなかったのだろう。
当然だ、彼が強くなったのはあまりにも短期間。
つい先日までだったら、もう既に神父は躯となっていたのだろうから。
覆面リーダーが言葉を漏らす。
「そんな、預言と違うじゃないか……っ」
「預言だと? 神の言葉で未来を先に教えられる啓示か。ならば残念だったな。神はたしかに未来を覗けるらしいが、それは絶対ではない」
淡々と告げる神父に、覆面リーダーの上擦った声が届く。
「なに!?」
「未来を見た、その時点での先は確かにそうだったのだろう、だが、常に未来は変化する可能性がある。確定した未来を変えるほどの別の神の干渉を受ければ、道は変わる。我が師は、そう仰っていた。覚えておくといい」
そう。
未来はすでに変わっているのだろう。
預言を失った襲撃者たちに動揺が走る。
終わりへと向かう戦い。
そんな戦場を目にする影が一匹。
焼き芋をハフハフしながら、邪悪なる毛玉が遠くのほうで、じぃぃぃぃぃぃ。
ふわふわモフモフな魔猫。
大魔帝ケトスが、うわぁ……、修行やりすぎたかなぁ……と。
ジト目で長いしっぽを揺らす。
が――。
すぐにそれは悪戯ネコの顔に代わり。
『ぶにゃははははは! まあいいや! いやあ、さすが私の弟子! ねえねえジャハル君見てよ! あの構え、私が教えたんだよ! やっぱり聖職者なら武術ぐらい極めないとねえ!』
「いいんすか……あれ、人間の限界を超えちゃってますよね……」
告げる女性の声に、ネコが言う。
『ま、ヒナタくんには勝てないけど。これくらいならいいんじゃないかな? いろいろと可哀そうな生い立ちだったみたいだしねえ。ちょっとぐらい、過剰なネコの加護があるくらいで丁度バランスもとれるってことさ』
ネコの赤い瞳が、カカカっと揺れた!
その隣。
炎のドレスに身を包む美女が、はぁ……と肩を落としていた。




