恐怖山脈の監視者 ~修行はつらいがためになる!~
さらに数日が過ぎていた。
野菜系モンスターを中心に狩りを繰り返し、素材を大量入手!
私の護衛兼、お世話係になっているジャハル君の調理スキルもめきめき上がっている。
現在の狩り場は恐怖山脈。
南極付近に突如顕現した山、というコンセプトのMMO側の領域である。
猛吹雪の雪山を想像してもらえばいいだろうか。
ここはいわゆるエンドコンテンツ迷宮。
極めたプレイヤーが繰り返し冒険するような、最難関地域であり――。
密かな修行にはうってつけの場所。
そんなわけで、ネコちゃんキャンプを建設!
黒幕聖母が現れるまでの暇つぶし……。
じゃなかった、とある神父の夢と希望をかなえてあげるために!
大魔帝ケトスたる私、直々に修行をつけているのであった!
ドゴドコズココゴゴゴン!
今日もまた、恐ろしき山脈に魔力と叫びがこだまする。
妙に背筋をピンと伸ばした形で、私ではない長身の神父がボコココココ!
雪山を掻き分け、山脈を逃げる。
「ふはははははは! 愚かなりモフモフよ! このオレ、迅雷の野ケ崎にとってこの程度の猛吹雪と雑魚の群れなど……っ」
修行中の神父くんは言葉を詰まらせる。
山の上から雪崩のように向かってくるスライムの群れ――。
ようするにショゴスくんを目の当たりにし、ビキっと顔面を硬直させる。
「待てい! なんだあのモンスターはっ!」
『なにってー!? 魔王軍の新規部隊ショゴスキャットの群れだけどー?』
距離が離れているので――魔術式をオン!
音声魔術で彼に聞こえる猫音波を放出。
ちなみに彼の声は私の聴覚で余裕でキャッチできる。
告げる私はジャハル君とともにネコちゃんキャンプ地で、ぬっくぬく。
毛布のような防寒具を装備して、焚き火にあたっている真っ最中。
おお、焼き芋のいい香りもする!
修行は厳しいと事前に伝えていたし。
まあ問題ない。
しかし全速力で雪山をかけながら犬歯をくわっと光らせるのは、わが弟子のバカ神父。
「ちょおぉぉおおおおおおおおおぉぉっと待て! そのなんだ! 魔王軍っていうのは、オレは聞いてないぞ!?」
『あれー? 言ってなかったっけー?』
「言ってなかったとは、なんだ! ものすごい嫌な予感もするが、聞いてやる! さあ話せ! 語れ! 我に情報を提供するとよかろう!」
逃げている割には偉そうである。
まだまだ余裕はありそうだなと、ショゴス君たちにバフをかけながら。
モフっと頬毛についた雪を払って、私は言う。
『魔王軍さー! 魔王軍! ファンタジーでよくあるだろう! あの魔王軍! でー! 私は大魔帝の地位にいる魔猫で~、魔王軍最高幹部。ようするに、ナンバーツーだよー!』
ショゴスキャットによる粘液飛ばしを避けながら。
結界を構築。
バカ神父は汗を凍らせて白い息を漏らす。
「ふざけるな! 邪悪なる存在ではないか!?」
『そりゃそうだろう~! 私、分類は邪神だからねえ! 何をいまさら言ってるのさー!』
修行開始をして、もうだいぶ経っているのに。
本当に今更過ぎる。
彼のパートナー。マスコットネズミのでち助が、もこもこなネズミ防寒装備をモコモコ揺らし。
ずずずず♪
熱々のコーンスープを啜りながら言う。
「ていうか、野ケ崎くん……気づいてなかったんデチか……? あいかわらずバ……いや、鈍感でちねぇ」
「だいたい、でち助! なぜ貴様がそこにいる! オレのパートナーだろう! なにを自分だけは関係ないみたいな顔をして、キャンプで寛いでいるのだ!」
ショゴスキャットによる波動攻撃を防ぎながら、ぐぬぬぬ!
器用に唸る神父。
その鬼気迫る顔を眺め、モコモコねずみさんが言う。
「もし、でちが消滅してしまったら、野ケ崎くんの能力も使えなくなってしまいまちが。いいんでちか?」
「オレが死んだら元も子もないだろうがぁぁぁ!」
ダダダダダ!
なんだかんだで逃げる速度は大幅に上昇している。
レベルがまた上がってるな。
でち助の、防寒着の先から覗く細いしっぽに、めっちゃジャレたくなりながらも。
我慢。
忍耐を知っている、えら~い私は声を上げる。
『大丈夫だよー! 何回死にかけてもー! 自動で蘇生レベルの回復が発動するようになってるからあ!』
「それは死んでも逃げられないという事だろうがっ! がががぁ……げふ!」
あ――。
ショゴスキャットにつかまって溶かされてる。
こりゃ、やり直しだな。
「あごぼぼぼぼぼ!」
私は鑑定を発動!
HPが一になっているが、生きているし。
レベルも技能も順調に上がってるから、問題ないよね?
◇
ショゴスキャットの勝利に終わった修行場。
蘇生待ちの間に、私たちのキャンプではジャハルくんの手料理が振る舞われていた。
ぐつぐつコトコト湯気ぱっぱ!
やはりこのMMOでは野菜モンスターがおいしい!
という事もあり、お野菜たっぷりの豚汁である。
『ありがとうジャハル君♪ すっごいおいしいよ!』
「そ、そうっすか!? いやあ、そりゃそうっすよね! 今、調理スキルばっかりあげてますし!」
紅蓮の炎の焚き火を維持するジャハル君が、ガハハハ!
そのしぐさが豪快だったせいか。
急にハッと思い出したように、頬を掻き。
「あー、まーたやっちまいましたねえ。ラーハルからもっとおしとやかな状態を覚えろ! って言われてるんすけど、んー……しとやか、しとやか……難しいっすねえ」
『ラーハルくんがそんなことをねえ。国の行事でもあるのかい? 私はそのままのジャハル君が好きだし、無理に変わらなくてもいいと思うけど』
なぜかジャハル君の紅蓮の炎が。
ボガァアアアアアアァッァアッァァァ!
火山になる勢いで、煮えたぎっている。
「なななな、なに言ってるんすか!」
『変わることが正しい! なんて決まってはいないわけだからねえ。自分を変えたいっていう気持ちがあるのなら、別にいいとは思うけれど。なにごともマイペースに、無理をしない程度にってのも大切だよ』
上司として部下を心配する私。
とっても優秀にゃんこだね?
お椀に猫口をつけて、ずずずず♪
おお!
寒い中で食べる豚汁って、最高! お肉の出汁が染みたニンジンもホクホクでおいちい!
そんな私の横。
モコモコねずみ印のフード付き防寒具をズリズリしながら、豚汁を受け取り。
でち助が言う。
「なるほど、炎帝しゃん。わかったでちよ。大魔帝ケトスの弱点は鈍感なところでちねえ」
「な、なにを言うておるのじゃ! 妾は別にっ!」
と、頬を真っ赤。
炎の髪をメラメラさせるジャハル君。
「ああ、いいでちよ。そういうのは、まあそちらの事情は構いまちぇんが――」
空気を変えて、ネズミの眼光を鋭くし。
でちでちでち。
「で? 異界の魔王軍とやらが、あのバカ男を鍛えてなんのつもり、いや、何を企んでいるでちか?」
『企むって、なんの話だい?』
「とぼけなくてもいいでち。あんなどうしようもない男にわざわざ修行をつける。そんな面倒なことをあんな報酬で、しかも退屈しのぎとかいうウソ丸出しな理由で――引き受ける筈がありまちぇん」
野ケ崎くんのことだろう。
どうしようもないと言っている割には、結構心配していそうである。
私とジャハル君はじっと目線を合わせる。
二人の中で、目線の会話が行われる。
本当にただ暇つぶしと、あとグルメ情報が欲しいだけ。
そう言っても、通じないだろうなぁ……と。
ジャハル君が魔王軍幹部としての空気を放ち。
すぅっと瞳を細める。
私もまた、魔王軍最高幹部としての空気を演出する。
説得力を作り出すためである。
『企むって程じゃないけれどね』
ずずずっ……と、静かに。
味噌に浮かぶ肉の破片を味わいながら。
私は告げる。
『この世界はおそらく、彼。野ケ崎くんの願望――もしMMORPGの世界が現実だったら、そんな夢を実現させた特殊空間になっている。彼こそがこの世界の核。これから聖母がどう動くか、彼の近くで行動したほうが彼女の動向を掴みやすいのさ』
ちなみに。
これはテキトーに言っているわけではない。
ジャハル君が炎帝としての顔で、凛と告げる。
「つまりじゃ、聖母が何やら企んでいたとして――妾らの世界にまで影響を与える計略を発動した場合を想定すると、あの者の傍にいると都合がよいということであるな。本当にどうしようもなくなったときは――彼を消滅させれば世界は元に戻る……あまり好かぬ乱暴なやり方ではあるがのう」
神父としての穏やかな。
けれど、魔王軍幹部としての冷徹な声音で私が言葉をつなげる。
『それに、この世界を生み出したのは彼ともいえるからね。もしこのダンジョン領域に住まう無辜なる者たちに……害が及ぶとするのならば、それは彼にも責任の一端がある。そうなった場合は仕方がない、私は動くよ。悪いとは思うし、彼本人も、この世界の秘密には気づいていないだろうけどね。ここは彼の夢、ドリームランドといっても過言ではない世界という事さ』
モフっとした毛並みを艶めかせ、ネズミさんが言う。
「つまり、すべてを終わらせるための装置。野ケ崎くんの監視の意味も含んでいるってわけでちね」
『まあ、護衛って意味もあるけれどね』
あまり脅かしすぎてもかわいそうだ。
私は優しい声音を意識し、ネコひげをびょんびょんと跳ねさせる。
鼻先をヒクヒクさせてでち助が、頭上にハテナを浮かべていた。
「どういうことでちか?」
恐怖山脈に干渉してくる何者かの遠隔ドローン。
その無礼な監視を魔力で一掃しながら私は言う。
『私以外にも、いるだろうね――彼を消せば世界が元に戻ると計算結果を出した者が』
ハッと目を見開いたでち助が、雪山をぐるりと見渡す。
「つまり、あのバカが狙われる可能性もあるってことでちか!?」
『こともあるっていうか、もう既に狙われているよ』
告げた私は肉球を鳴らし。
パチン……。
敵意ある存在だと判断し、機械の使い魔を闇の霧へと誘う。
ざざざ、ざぁあああああああああああぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………。
すべてを無へと帰してやった。
ここ、ちょっとしたドヤポイントである。
「な、なにをしたでちか……っ」
『ただ別次元に送っただけだよ――永遠にね』
でち助が、ごくりと息をのむ。
私も輪切りのナスをごくりと飲み込む。
偉そうに言っているが。
実はこれ、雪山用に改造されたドローン……飛行型監視装置を闇の霧でラッピング!
ついでに、窃盗っただけである。
転送先は魔王城。
我らの世界のラストダンジョン。
機能を停止させて魔改造、ウチの備品として使うつもりなのだ!
「だ、だれが見張っているんでちか!?」
『さあねえ。ただ……多少の魔術は含んでいたが、科学技術を中心としたドローンだったからね。現地人じゃないかな。私の管理下に入ってる連中は、絶対に私には手を出さないだろうから……私も知らない、異能力者とかが怪しいかな?』
誰が相手だとしても、私はまだ部外者。
こちらに手を出さないなら、こちらからも手を出すつもりはない。
で、それらをまとめて一言でいうのなら。
『暇つぶしっていうのも本当なんだけどね』
「ん? 何か言ったでちか?」
ま、そう言ってもたぶん信じてもらえないだろうから。
このままでいっか。
さて、野ケ崎くんが復活したら!
修行の再開である!




