再会はグルメと共に ~あの日見た、路地裏の君~
戦いは終わり、ウルタールの国には平和が訪れていた。
騒動の原因は偉大なる異神による王の洗脳!
ということになり一先ずの体裁は整えた。
今、街は復興の真っ最中。
石化から解除された人間と、街を守った魔猫。
そして神に洗脳されていた魚人たちとで、賑やかに労働しているご様子。
太陽もポカポカで、良いグルメ日和!
といいたいところなのだが。
拠点にしていた教会で、我等三獣神と見習い魔女のラヴィッシュ君は渋い顔をし。
ぬーん。
大魔帝ケトスたる私、反応しない魔法陣を前に困惑中である。
ぶちっとアジの干物を噛み千切りながら、くっちゃくっちゃ!
『あの女神! なんで出てこないのニャ!』
そう。
事件が解決したのに、呼んでも出てこないのである。
いかにも事件が終わったら全てを語る……。
なんて顔をしてやがった癖にだ!
『白山羊でてこい! でてこい! とりゃとりゃとりゃぁぁぁぁぁ!』
召喚の儀式を三連打!
なのにやはり反応はない。
今回の事件の全容を見ていた少女、ラヴィッシュ君がボサボサの髪を揺らし言う。
「やっぱり、あの女神さんにとってもあなたが海魔皇を仲間にするのは計算外だったんじゃないかしら? たしか言ってたわよね、倒したら全部語るって……って、ホワイトハウルさん? その顔、ヤバい事になってるんだけど、大丈夫?」
『案ずるな、娘よ。我は冷静である。超、冷静である』
召喚に応じない聖母への威嚇音を立てるホワイトハウル。
その魔力がせっかく復興している街を揺らしているので、私とロックウェル卿が結界で防ぎつつ。
私の方が慌てて言う。
『ちょ! まだグルメも回収してないんだから! 壊しちゃダメだよ!?』
『左様。すこし落ち着くと良かろう、魔狼よ。おそらくあの白山羊め、海魔皇が生きたままだと何か都合の悪い事があり――逃げおったのだろう』
諫めるロックウェル卿のモコモコ羽毛を見て……息を吐き。
ホワイトハウルは、わずかに毛をおさめる。
さっきまで、教会全体を包むほどに巨大化してたからね、このワンコ。
『そなたの言う通り。おそらく……あやつめ、何か企んでおったのであろうな。あの手の女神は言葉尻を取って、のらりくらりと逃げるのが常套手段。今度見つけたら、我の牙で必ず――グゥゥゥウウウウウウッゥゥ!』
聖母とホワイトハウルの因縁はまだ続きそうだが。
んー、いったい何を企んでいたんだか。
『害はなさそうに見えたんだけど……どうなんだろうね』
『いや、ケトスよ。余は思うのだ。あやつは女性神、それに母たる力を全て扱えるとなると、規模の違う神性。全ての行動に善悪を当てはめる事は出来ぬやもしれぬぞ?』
翼で喉を掻きながら、ロックウェル卿は続ける。
『余はひとつ、あやつの企みを知っておる。それは陛下とレイヴァンめの頼みを聞く事。これは間違いない……おそらく善行とも言える。ただ――この世界に最初から入り込んでいた事までもが善行とは限らん』
『悪ならば裁く、ただそれだけの話よ』
うわぁ……ホワイトハウルの牙が、ギラっとしてるよ。
普段、私の前だとバカ犬だからギャップがすごい。
マジで言いたいことが山ほどあるんだろうなあ……。
話を聞いていたラヴィッシュ君が、紅茶を用意してくれながら言う。
「それで、あの女神さんが行っていた善行っていうのはなんだったの?」
『ああ、私もそれが気になってたんだよね。ラヴィッシュ君をこの世界に転生させたってことは知っているけど』
受け取った紅茶をチペチペ啜る私に、少女は「あ……」っと息を漏らす。
「ああ、そういうこと。理解はできたわ」
『何か知っているのかい?』
少女は困ったように頬を掻いて。
「ねえ神父。ちょっと買い出しに付き合ってくれないかしら。女神の召喚は失敗に終わったんだし、時間はあるんでしょう?」
『おう娘よ! それは良い提案であるな』
なぜだろうか。
ロックウェル卿が珍しくわざとらしい声を上げていた。
まだ毛が逆立ったままのホワイトハウルが訝しむように、ぬーん?
眉間のしわをグヌっと歪める。
モフモフ尻尾をバッサバッサとさせ、お散歩待ちのワンコモードで吠える。
『買い物であるか? つまり、散歩であるな!? ならば次元を渡れる我がケトスと行ってきてもいいのだが?』
『ホワイトハウルよ、ぬしには余と共に街の復興と怪我人の治療を手伝って貰うぞ』
やはり珍しく、ロックウェル卿が仕切っている。
私とホワイトハウルはレアなその反応を不思議に思い、顔を合わせる。
真意の分からない私は肩を竦めるしかない。
『我、ケトスと散歩の方がいいのだが?』
『おぬしもケトスが関わると本当に大概だのう……この娘はケトスに礼を言いたいのだ』
少女は苦笑し、私に言う。
「まあそういう事になるのかしらね。作業員の猫も魚人もいっぱいいるでしょう? 食べ物屋の露店が並んでるらしいのよ、一緒にどうかしら? もちろん、支払いはあたしがもつわよ?」
そういうことならと、私はラヴィッシュくんと共に街に出た。
◇
潮風が、私のモフ毛を揺らしている。
磯の香りはグルメの香り!
復興の象徴という事で、露店が山ほど並んでいる!
サザエのつぼ焼きに、魔術で醤油を垂らし。
じゅじゅじゅじゅじゅ!
私は苦いのも大丈夫なので、柔らかな部分まで一口であーん♪
食べた瞬間、口の中でほんのちょっと焦げた醤油の味が香って。
ぶわ~♪
身に引き締まった塩気が、まるでバターのように口の中に広がっていく!
『くははははははは! これぞ勝利の贄にふさわしき一品よ!』
「ふふ、美味しいわね。けれど神父、あんまり食べ過ぎるとお昼ごはんが食べられなくなっちゃうわよ?」
イワシ団子のシソ巻きをぷっくらとした口で噛み切って。
もぐもぐ。
少女は言う。
「神父、あなたはこの後、どうするつもりなのかしら」
『そうだね、まずはあそこからあそこまでの料理店の出店と、露店を全部制覇かな』
真剣にチェックを入れ、ギラーン!
瞳を尖らせる私のモフ耳に、少女の苦笑が届く。
「そういう意味じゃないわよ。街が復興した後の話。神父たちはきっと、元の世界に帰るんでしょう?」
『そうだね。ここは陛下の夢の中の国。一晩の中で見る夢世界。この世界は独立して動き出しているが、私達の世界も動いている。現実世界の夜が明ける前に、退散する事になるだろう』
そう。
ここは夢世界ドリームランド。
私が所持する、魔王陛下から頂いた影と夢の世界ドリームランドとは別の夢の国。
同じ魔王様の夢世界でも、別の存在。
百年の眠りについていた魔王様が夢見続けた、穏やかな異世界なのだ。
『私は主の元へ帰るよ。少し、寂しいけれどね』
「そう。主と呼べる人が見つかったのなら、それはきっと良い事だとあたしも思うわ」
腕を後ろに組んで、少女は言う。
「はっきりと言って欲しいの。夢世界で転生したあたしが、そっちの世界に行くことってたぶん無理なんでしょう?」
『そう……だね。答えはイエスであり、ノーさ』
「あら、随分と歯切れの悪い言い方ね。ふははははは! 天才ニャンコである私には全てお見通しである! ビシ! とかいって、出来るできないをすぐに――教えてくれるものだとばかり、思っていたのだけれど」
私の物まねをする少女は微笑んでいた。
太陽が私を温かく照らしている。
けれど少女は路地裏の傍で、日陰の中で微笑んでいる。
チクリとささる何かを胸に感じながらも、私は言う。
『君はおそらく、本来なら転生不可能なほどに弱い魂の存在だったのだろう。それを女神アスタルテ……豊穣の異神、外なる神シュブ=ニグラスの力によって無理やりに人として再臨させた存在、それが君だと仮定できる。あくまでも魔術理論が正しいのならだが、数度の転生を繰り返さないと魂は安定しないだろう』
言葉を区切った私に、少女は困った顔をして告げる。
「もし、外の世界に行きたいのならば。最低でも、後もう一回はこの世界で転生する必要がある。不可能を可能とする夢世界の性質を利用する必要がある。そうだのう……あとせめて百年は経たないと無理であろうな。でしょ?」
『ロックウェル卿だね?』
「ええ、彼……親身になってあたしの状態を調べてくれたわ。もちろん、あのニワトリさんの力を借りて、ちょっと無茶な技術を使えば……魂を無理やり安定させることもできるっちゃ、できるらしいのだけれど」
彼女の言葉を引き継ぐように私が言う。
『そんな無茶をすれば――せっかく転生により復活した魂が不安定になってしまう。故に余は勧めはせん。諦めよ、かな?』
「その通りよ。って、よく口調まで分かったわね。本当に仲がいいのね、あなたたち」
呆れた様子の少女の言葉に、私は応じる。
『ああ、友達だからね』
思い出を胸に、呟いた言葉は――存外に優しい声になっていた。
まるで私の中の記憶。
思い出の数々を羨むように眺め――。
路地裏の日陰の中、少女は眉を下げた。
「残念だわ。あなた達の世界が見たかったけれど、それは叶いそうにない」
影の中で少女は悲しそうに笑った。
なぜだろうか。
私もとても悲しくなった。
寂しくなった。
『ここは魔王陛下の作り出された世界、不満でもあるのかい?』
「どうでしょうね。外に世界があるだなんて、今まで思ってもいなかったから」
呟きながらも、少女の頬には雫が流れ始めていた。
しばらくの間。
それが涙だと、私も彼女も気付かなかった。
「あれ。やだ、あたし……ごめんなさい。変よね、いきなり」
『いや、驚いたけど……すまない。気を悪くさせてしまったかな』
言葉に詰まってしまう。
彼女が何故急に泣き出したのか。
まったく分からなかったのだ。
心を読めばすぐに分かる。けれど、それはマナー違反だろうと私は思っていた。
少女は泣きながら微笑み。
ぷっくらとした唇を動かした。
「もう……あまり見ないでよ? 泣いている顔を見られるのって、けっこう恥ずかしいんだから」
『それはその、すまない……』
「本当にごめんなさい、ちょっと顔を洗ってくるわ。悪いけど、待っててね」
言って少女は路地裏に駆ける。
そちらはまだ修理中の区画。
第六感が、私の猫の髯を揺らしていた。
『待ちたまえ!』
慌てて駆けた私が路地裏に入ると、案の定――崩れかけた石材が、少女に向かい降り始めていた。
これはいわゆるお約束。
泣いた少女が周りを見ずに昏い道に入ると、何かが起こる。
それがジンクスであり、魔術現象の一つなのだと研究結果がでているのだ。
私は自らの影を伸ばし、ドリームランドの力を発動する!
少女を一時的に私の世界に回収したのだ。
私は自らの足元を見る。
そこはドリームランド。
私の世界。
「あたたたたた、ごめんなさい。助けられちゃったわね」
『構わないよ。少女を助けるのも、猫の仕事だからね』
影の中に腕を伸ばし、私は彼女の腕を掴む。
なぜだろうか。
その手はまるで、いつか見た焦げパン色の……。
……。
ああ、そうかと。
私は思った。
何故ロックウェル卿が、ああも動いていたのか。
私と少女を二人きりにさせようとしていたのか。
理解ができた。
ドリームランドに落ちた人間の何割かは猫の姿になってしまう。
前は大丈夫だったから今回も大丈夫とはならない。
元に戻るとはいえ。
少女ラヴィッシュくんも一時的に、ネコの姿になってしまったのだろう。
彼女はまだ気づいていない。
ネコになったことを知らない。
だからだろう。
少女だった猫の口が、言う。
「どうしたの神父、って!? 泣いているの? なによ! いきなり!」
『ああ、どうして泣いているんだろうね』
嬉しいのに。
涙が出るのだ。
あの日見た。
焦げパン色の君を見て。
ボロボロボロボロと雨が降る。
『おかしいね、私は強くなったはずなのに。君を守れなかったあの日の私より、何百倍も、何千倍も強くなったはずなのに。どうしてだろうね。どうしても涙が、止まらないんだ』
「神父、あなた……気付いたのね」
焦げパン色の手足をした君が、今。
目の前にいた。
私の影の中で、アーモンドアイを丸くさせて、猫の声で鳴いていた。
君が言う。
「久しぶりね」
『ああ、久しぶりだね。五百年ぶりかな』
あの日の君が、ここにいる。
そう思うと。
視界が歪む。塩味が、猫の口に落ちていく。
磯の香りがしたサザエよりも。
塩っぱかった。
焦げパン色の君が言う。
「やだ、あなたってば……何も変わってない。泣き虫のままじゃない」
『ああ、そうだね――』
私の猫の手が。
あの日冷たくなった君を抱く。
温かかった。
黒きネコが、焦げパン色の君を抱く。
毛が、モコモコとしていた。
ネコの鼻孔に、ふわふわな感触が広がった。
腕の中の君が、言葉に困ったように言う。
「こういう時は――ただいまっていうべき、なのかしらね」
『ああ、おかえり……きっと、私はそう言うべきなのだろうね』
静かに瞳を閉じ……。
私は少女の額に自らの額をつける。
ネコの挨拶。
『ようやく、会えたね』
「ええ――そうね」
私の口から。
あの日の後悔が漏れていた。
『君を守れなくて、すまなかった』
「いいえ、謝るのはあたしの方」
謝罪を遮るように。
君は私の口に頭をこすり付けた。
あの日の君が、困った顔でヒゲを揺らす。
「寂しがり屋だったあなたを一人にしてしまって、ごめんなさいね」
謝罪の言葉なのに。
君は、笑っていた。
謝る時の君はいつだってそうだった。
その笑顔が、現実なのだと私に強く意識させた。
常に私とある神器。
猫目石の魔杖。
魔王陛下により授かった紅き杖も――なぜだろうか。
その身を震わせているような気がした。
私の猫毛も、揺れていた。




