戦渦のウルタール ~海魔皇 対 大魔帝~ 決着
闇の泉に逃げ込んだ私。
素敵ニャンコな大魔帝ケトスは詠唱を開始。
モフ毛をぶわぶわっとさせ、猫目石の魔杖を輝かせる。
ここは先ほどのフィールドとは一つ離れた場所。
すぐにあの騎士鎧の鱗顔男。
海魔皇クトゥルフ=コラジンも追ってくるだろうが、詠唱の時間は稼げるはず。
影の中から心配そうな声が響く。
ドリームランドで待機しているラヴィッシュ君である。
「神父、このままで大丈夫なの? なんか、かなりやばいみたいに見えるのだけど」
『ニャフフフフフ! こちらの作戦は完璧さ。既に相手の情報は掴み始めている。後はアダムスヴェインを解明さえすれば、何も問題ないよ!』
ビシっと決めポーズを取る私も美しいわけだが。
まあ……その解明ってのが、うん。
かなり大変なんですけどね……。
まずは、フィールドの優位さを剥ぐ所から始めるべきか。
闇の泉からドヤ顔だけを出し、海面を眺め。
私は力強く宣言する。
『我はケトス、大魔帝ケトス――!』
「神話再現――! 《魔物嫌いの老夫婦》!」
海魔皇の詠唱だけが虚しく響き渡る。
相手のアダムスヴェインは海面に阻まれ、こちらには届かなかったのだ。
エリアの境界線。
相手はフィールド効果を計算に入れなかったのだろう。
「な……っ、キサマ、余の逸話を利用しおったか!」
『やーい! 引っかかってやんの! ぷぷぷぷー! 海底都市ルルイエに封印されるクトゥルー神、その力は海に妨害され人間達にまで届かない。君は原初の負の逸話も、ちゃんと再現してしまうようだね!』
海は彼らの得意フィールドであるが、それと同時に一種の妨害結界でもある。
諸刃の剣。
この海魔皇がクトゥルー神を原初とする限り、必ず発生する弱点でもあるのだ。
海面を挟んでいるので、相手のアダムスヴェインも今回だけは無効!
この隙を見逃す私ではない!
影世界にある事で、魔術式の使用は可能となっている。
闇の泉に螺旋状の波紋が広がる中。
魔力を纏った私は赤き瞳をギラリ!
闇の泉に魔猫の紋章が浮かびあがる。
大魔術の詠唱に、紅い魔力が印を刻み始めているのだ。
息を整え――私は力を解き放つ。
『天翔ける星辰よ、汝、その正位置を歪め――我が望む満ち欠けに整い給え!』
《気まぐれにゃんこの天体観測》を発動――!
効果は単純だが強大。
星の位置をずらす、ようするに――宇宙に干渉する大規模術式である。
天体操作の魔術で、星座の位置を操作しただけなのだが。
ラヴィッシュ君が蠢く夜空を眺めて言う。
「星座の位置を変えるって、すごいけど何の意味があるのよ!」
『本来なら意味なんてないさ。けれど、クトゥルフ神話におけるクトゥルー神相手ならば話は別。彼らはね、星の配置によってその能力に影響を受けることもあるのさ』
本来ならまったく意味のない魔術であるが。
こちらの作戦は成功。
海魔皇クトゥルフ=コラジンの能力が低下していく。
ブチブチに沸騰した腕に血管を浮かべ。
オボゥゥゥゥ!
海魔皇が唸るように叫ぶ。
「クソ、クソ……クソ! この駄猫めがぁああぁぁぁ! 我がルルイエの正しき星位置を乱しおったな!」
相手さんは血管から湯気さえ放ち、沸騰♪
茹でたタコさん状態である。
『ぶにゃはははははははは! 怒ってる!? ねえ? 怒ってる? ああ! その声が聞きたかったんだよねえ!』
再度、私は挑発の魔術で相手をひきつける。
この挑発というのはなかなかに万能で、成功さえすれば相手の注意力も集中力も大幅に低下できる。
ある意味、チート性能なのだがこれも、うん。
相手が挑発対策をしていなかったのが悪いだけである。
ともあれ、挑発はともかく星の位置をずらした成果はかなりのもの。
相手はクトゥルー神の力を借りた存在。
神話再現アダムスヴェインの影響を受けているのは明白。
海面に魔術を妨害されたように、星の影響も当然受ける。
今回もその弱点を突いたのである。
逆にこちらは星の位置を都合よく書き換え、猫座を作り出し能力強化!
フィールドの乗っ取りをしつつ、私は淡々と告げる。
『やはり君はクトゥルー神の逸話の影響を強く受けている。それは強化にもなるが、弱点ともなるということだ。その証拠が、君の弱体。星の位置によってその能力に影響を受けるようだね。おそらく、ルルイエが星の位置によって浮上、つまり本来の力を解放する事からの逸話再現なのだろう――だが逆に、その位置をずらせば』
イケニャン顔でありながら、教師の声音で説明する私。
とってもクレーバーだね?
『百年かけて用意していたその星辰。ズラさせてもらったよ』
くはははははは!
まずは相手の強化状態解除に成功!
続けて私は、猫目石の魔杖をくるりと回転。
詠唱を開始する。
すかさず相手が、ざぱーん!
ゆでだこ状態のまま突撃!
「海面に阻まれるのなら、そちらの領域に直接乗り込むだけの話であろう! 余を舐めるなと、何度言わせれば気が済むのだ! この俗物がぁああああああああっぁぁ!」
しかーし!
闇の泉に飛びかかってきた海魔皇の鱗顔に向かい、ニヒィ!
『ぶにゃははははっは! 引っかかったね!』
「ぬう……っ!?」
『天体顕現――禁呪解放。さあ! 星辰の導きに、その身を貫かれるがいい――!』
相手はこちらを切り捨てる勢いで闇の泉に飛び込んできた。
その一瞬は回避も不可能な筈!
十重の魔法陣から浮かぶ紅い魔力が、私のモフ毛とモフ尻尾を靡かせる。
闇の泉と夜の海に。
魔猫の赤い瞳が、輝く。
刹那――。
《気まぐれにゃんこの、星転がし》が発動する――!
ゲシゲシゲシ!
猫座がネコの形となって、星々をキックし始める。
それらは空から消失。
私の杖の先端から、星座を弄った時にコピーした天体魔術が連鎖発動!
圧縮された星の固まり。
魔力炉が弾丸となって発射される。
ズダダダダダダダダ――ッ!
星を圧縮したマシンガンを想像して欲しい。
それが相手の胴体にゲシコンゲシコンとぶつかっているのである。
海面との境界線でぶつけているので、まだ相手の《魔物嫌いの老夫婦》の対象範囲外。
挑発状態になっているからこそできる手段だが。
「うごごご……っ、ぐうぅぅぅ! 星を操る攻撃禁呪、て、天体魔術だと! き、きさまぁあ! どこまでもあの男を彷彿とさせる愚物よ!」
『天体魔術は星を眺める魔猫の領域、あまり私を甘く見ないでもらおうか』
闇の泉を放棄し、私は――猫毛で水を弾きながら。
ちゃぽん!
先ほどの海と夜のフィールドに再顕現!
ずちゃ!
海の上に華麗に着地した私は、穏やかな声で言う。
『弱体化したことで、君のアダムスヴェインにはタイムラグが発生する筈。厄介なその力、見極めさせてもらうよ』
あとはアダムスヴェインを解明するだけ!
この世界で購入した虫眼鏡を装備し。
鑑定の魔術を発動!
対象は相手のアダムスヴェイン。《魔物嫌いの老夫婦》!
この世界の法則に従い、ダイスが振られる。
成否判定が行われるが、もちろん成功判定。
その逸話の出典は――。
出典:《クトゥルフ神話》。
書名:《ウルタールの猫》。
逸話再現対象:《ネコ嫌いの老夫婦》。
この神話は猫による復讐をテーマとしたもの。
この神話に出てくる敵役。
ネコ嫌いの老夫婦は、こう……ニャンコ的にはあまり語りたくないのだが、庭に入り込んできた猫を……うん、まあそう言う事をする人物なわけで。
この腐れタコ野郎は、猫退治の逸話を再現、魔術として発動していたのだろう。
その場合に効果として現れるのは特効。
つまり――。
『ぶにゃにゃ!? ネコ特効の逸話じゃないか! 君は、なんつー危険なアダムスヴェインを使ってるんだ!』
私の影の中から観戦していた少女――。
ラヴィッシュ君が訝しんだように言う。
「ネコ特効? 随分とピンポイントな特効範囲ね……どういうことかしら」
『えーと……敵が使っている魔術は、私も扱える魔術体系アダムスヴェイン。神話などで語られる逸話を再現、または改竄して再現する性質の魔術なんだけど。彼が使っている神話は、ウルタールのネコ。クトゥルフ神話に属する短編で……ウルタールと呼ばれた街で、ネコを虐めていた老夫婦が登場するんだが、その逸話を再現したってことさ』
教師モードの声が響く中、相手もこちらに襲ってきてるのだが。
牽制に星を降り注がせ続け、ぶにゃん!
私は魔術解説を継続。
『厄介なことに、ただ再現しただけじゃない』
「なにかを仕掛けていた、ってことかしら」
良き生徒の声で言う彼女に、私は満足げに頷く。
『その通りさ――この世界の名もウルタール。あの逸話の舞台と同じ名、同じ街を模倣しているようだね。外の世界の魔術理論だが、名は言霊といってね――それだけで力を持つことがあるんだ。同じ名というだけで魔術的に因果関係が発生するんだよ』
這いあがってくる海魔皇さんに、追撃の土星アタック!
ぎぎぎぎぃぃぃ!
圧縮された星の輪が、タコさんの鱗を剥いでいく。
『同じ名の舞台。その相乗効果は計り知れない……逸話再現に適した場所で、その老夫婦の逸話を再現する事が――ネコ特効に繋がっていたんだね』
「なるほど……たしかにこの世界をウルタールと名付けたのは、陛下だって聞いた事があるわ。ってことは! このタコはあなたと戦う事を想定し、ずっとこの戦いのために準備していたって事!?」
言葉にすると、なかなかのストーカーである。
まあ私は魔王軍最高幹部。
あの方の弟子であり、あの方の側近。
必ず戦闘になるとは思っていたのだろう。
『おそらくはね――そして彼が計画していたのは、それだけじゃない。この世界の猫は魔物扱いだっただろう? 敢えてネコ魔獣ではなく、魔物と分類していた。そこに言霊の概念が発生する。ネコ嫌いを魔物嫌い。そう……言葉を置き換えることも可能となっているわけだね』
おそらくだが……。
この世界の住人が抱いていた猫への忌避も――この男の計画。
私対策の一環だったのだろう。
この世界にとって猫は退治するべき敵。
世界や住人にそう認識させる事で、アダムスヴェインの精度を上げたのだ。
そこまでの環境を整えた結果、作られたのがあの神話再現。
私の攻撃をも防ぎ。
また私の防御すらも貫通する《魔物嫌いの老夫婦》を完成させたのだろう。
『猫特効と悟らせないために、猫を魔物として認識させ続けていたってことだ。これも出典を悟らせまいとした、この男の策略だったんだろう。いやあ、感服したよ。敵ながら私への対策が完璧だったじゃないか』
なかなかどうして。
ここまで警戒されていたのは、逆に気分もいい!
しかし、敵は敵。
魔王陛下に仇為す存在ならば――。
力を溜める私に、海魔皇が唸る。
「ふん! 貴様がしゃしゃり出てくることは分かっていたからな!」
腐ってもクトゥルー神を模した存在。
星辰の弾丸への耐性を獲得し始めてきたのだろう。
次第にその力が増大していく。
「余のアダムスヴェイン。ネコ特効の逸話をどう対処できるというのだ? ん? 結局の所、ネコ属性を含んだ全ての魔術も術技もスキルも、ネコ特効の対象となる。すなわち、キサマには余の攻撃を防ぐことができん筈!」
その通りである。
だが。
『君は何もわかっていないね。君が私に対抗できていたのは、猫属性特効の力に頼っていたからだろう?』
「その通り。だが! 貴様の攻撃には全てネコ属性が含まれようぞ! 余の優位は、揺るがぬわぁあああああぁっぁぁ!」
ようやく、私のいる海域へと顕現した海魔皇は――バシャシャシャ!
海面を駆け。
私の身を貫こうと、銀の大剣を轟かせる。
相手は挑発状態で見えていないのだ。
「貰ったぞ! 獣殺しの銀剣に貫かれ、その身を滅ぼすがいい――!」
その瞬間、海魔皇は《魔物嫌いの老夫婦》を発動!
ネコ特効効果で私の行動を戒め。
そして。
ザシュゥゥゥッゥゥゥジュウウウウウウウウウゥッゥゥゥゥゥ!
緑の鮮血が、海面に浮かび上がる。
ぽちゃん……ぽちゃん。
海と夜の世界で、音が鳴る。
ざぁぁあああっぁぁぁぁっと海面が鳴っている。
男は、空気を押し出すように声を漏らした。
「な……ぜ……」
相手の剣は私に届いていない。
そのタコの瞳が、ぎょっとした様子で自らの腹を見る。
そこには――白き翼が、魔力核を穿つ形で突き刺さっている。
トサカを輝かせ、彼は言う。
『ネコ特効は余には通じぬ――ケトスの挑発に乗った時点で、キサマの負けだ。百年前の亡霊。クトゥルフ=コラジンよ』
そう。
強敵であった海魔皇に致命的な一撃を与えたのは。ニワトリ。
途中から姿を消していたロックウェル卿であった。




