戦渦のウルタール ~海魔皇 対 大魔帝~その3
次元の狭間に似た空間。
歪んだ王城からは濃い磯の香りが漂っている。
水を得意とするものの領域と化しているのだろう。
既に戦場用の海フィールドになっていたのだ。
大魔帝ケトスたる最強ネコ魔獣な私と戦うための準備はしてきた。
という事か。
私もまた、影と夜のフィールドを展開。
戦場は海と夜の世界となっていた。
実は楽園の住人だったトランプそっくりだった王様が、銀の大剣をジャキンと振り回し。
ダン!
海面に剣を突き刺し、召喚円を水面に刻む。
その名を海魔皇クトゥルフ=コラジン。
……だっけ?
王だったモノの顔には鱗が生え、タコの足にも似た触手が生え始めているが。
そこは楽園の住人なのだろう、王としての威厳も一応の風格も残っている。
悪役だというのに、なかなか凛々しい顔立ちではある。
そこを揶揄うのも定石!
『ねえねえ! いかにも海の王様でーす! みたいな顔をして、魔王様の夢の中で隠れていた百年間ってどんな気分だったんだい! ねえねえ教えてくれないかなあ!』
挑発魔術が、ズドーンとさく裂!
挑発の直撃を受けた海魔皇さんは、ぐぬぬぬぬぬ!
召喚の詠唱を乱し、腰からコウモリの翼を生やし。
雄たけびに近い叫びをあげる。
「がぁあああああああああぁぁぁぁ! 上司ともども余をバカにしおって! 名前を言えなくなったあの男の使い魔風情が! 主人への恨み、キサマで晴らしてくれようぞ!」
そう。
既にメチャクチャ挑発状態なのである。
正体を見せた敵さんを前にして。
モフ毛を膨らませた私はビシ――!
『そもそもさあ! 君は何もわかっていない!』
チッチッチっと、一本立てた猫爪を揺らし言う私に。
海魔皇さんが声を漏らす。
「なに!?」
『正体が分かっている相手じゃあ怖さもないんだよねえ! 君達の能力は確かに強力だ、しかし、理解できない存在だったからこそ意味があるのさ!』
だって、ねえ。
私でも知らない魔術法則や物理法則。
未知の神性。
そういった不安定要素を警戒しながら、地道に戦うのならこっちもやりにくいが。
極論からすると、ただの楽園の住人の残党。
しかも外の世界から来たと言っても、私もよく知る世界なわけだし。
ただ古き神と戦ってる状態と同じって事だからね。
戦闘の香りを感じたのだろう、ラヴィッシュ君が声を上げる。
「神父! あたしを前に生徒をかくまったみたいに影の中に!」
『オッケー! じゃあ私のドリームランドから見ていておくれ! 中に案内役の猫もいっぱいいるから、彼らの指示に従ってくれ』
ラヴィッシュ君が、影世界に逃げ込む。
あちらには出向かえの影猫達が待機しているので問題ない。
さあ、戦いに集中だ!
と思ったのだが、私の足元。
影世界から声が響く。
「って、ちょっと! 神父! あの時、匿った生徒の一部がネコ化してこっちで暮らしてるじゃないの! これ、どういうことかしら!?」
『え? あ、ああ……私の影世界は猫の国。たまーに、猫状態が気に入っちゃって、猫として暮らす事を選ぶ人もでちゃうんだよね。てへへ!』
なんでだろうか。
私のドリームランドに滞在すると、なーんか何割かがネコに惹かれちゃって。
そのままネコになっちゃうんだよね。
「てへへじゃないわよ!」
「余を無視して女と会話か! これだからあいつの部下は……っ、痴れ者が!」
会話ターンを待っていられなかったのか。
海魔皇とやらは十重の魔法陣を展開。
サカナヘッドの騎士団の剣が、夜の海の中で煌々と照り始める。
海魔皇の口が、ねちょりと蠢く。
「神話再現――アダムスヴェイン! 《魔物嫌いの老夫婦》!」
宣言が魔術波動となって私に迫る。
魔物嫌いの老夫婦?
どの逸話を再現したのかは分からないが、私は華麗に回避!
したと思ったのだが。
ずぶしゅ!
華麗なる私のお腹に、魔術の波動が突き刺さる!
『ニャニャニャ!?』
「馬鹿め! 百年ここで復讐の牙を研ぎ澄ました余の研鑽、甘く見るでない!」
相手からの攻撃の性質が見えない!
パシャンと私は王城に張られた水の上に着地。
肉球を鳴らし、奈落の魔術を発動!
『タコ焼きになるがいいニャ!』
ゲヘナの業火、ようするに奈落の火が海魔皇の身を包む。
レイヴァンお兄さんの力を借りた魔術なのだが。
相手は再び同じ詠唱を続け――ぎしりと口元を、ぬちゃらせる。
「アダムスヴェイン! 《魔物嫌いの老夫婦》」
私の放った業火がかき消される。
こいつ……っ。
同じ魔術構成なのに、攻撃も防御も実行している。
『へえ、これはすまない。どうやら本当に、甘く見ていたのはこちらの方だったみたいだね』
再び海面に着地した私は、恭しく礼をしてみせる。
『それならば改めて名乗ろうではないか。私はケトス。大魔帝ケトス。魔王陛下一の腹心。殺戮の魔猫とは私の事さ――外なる神である君ならば、それは知っているだろうね』
「ふん! ようやく分を弁える気になったか」
まずは相手の使用しているアダムスヴェインを知ることが大事か。
どの逸話。
どの魔術体系、神話体系から魔術へと昇華させているのか。
それを見極める必要がある。
なにしろ相手はたった一つの逸話再現で、私と渡り合っている。
こちらの攻撃を防ぎ、あまつさえだ――!
この私のモフモフボディに攻撃を当てる程の精度、高度な魔術をつかっているのだ。
『さて、じゃあ少し本気を出させて貰うよ』
告げた私は海面に影を伸ばし。
肉球を鳴らす。
猫目石の魔杖をぐるりと回し、闇の魔法陣を宙に刻む。
『では――滅び給え』
告げた私の言葉が魔術の因となり、海面が荒ぶり叫ぶ。
くおおぉぉぉぉぉっぉおお!
海という性質を利用して生まれたのは、幽霊船の顕現。
魔術名は《嵐に沈んだ海賊船》。
まずは相手の魔術の性質を探るために放った、集団を対象とした呪殺魔術である。
ぎしりぎしり。
船頭が、ゆったりと舟を漕ぐ。
その中身を確認することなく、敵は十重の魔法陣をその身に纏い。
唸った!
「言ったであろう、大魔帝ケトス。あまり余を舐めるでないと!」
銀の大剣をぐるりと回し、呪文を詠唱。
海魔皇が海を撫でる。
銀の大剣に稲光を纏わせ――。
「ドオオォォォォッォォオォォォォリャアァァァァァァァァァ!」
『な……っ!』
次元が切断された。
刹那――。
ざぱぁぁぁぁん!
王城を包む海フィールドが、二つに割れる。
海を割るほどの勢いで、私の呼んだ幽霊船を真っ二つに斬ったのだ。
魔術を破られた私は、称賛を込めた声を漏らす。
『ふむ――さすがにクトゥルー神の力を利用しているだけはあるね』
「愚かなり、大魔帝! 呪殺の魔術など、発動する前に止めればよいだけの話! 無駄な魔術であったな」
そのまま返す刀で私に切りかかってくる姿は、正に英雄の王。
伊達や酔狂で、クトゥルー神を原初としているわけではないのだろう。
神速ともいえる剣捌きが、海面を揺らす。
海面での接近戦はこちらに不利。
けれど私はあえて正面から剣を受け止め、肉球で大剣を掴んでみせる。
『おっと、危ない危ない。私が武術の達人じゃなかったら、今ので滅ぼされていた。凄いね、君。うん、自慢するだけはある』
「ほぅ! 余の剣を受け止めるか! だが――どこまでもつかな!」
無理やりに肉球掴みを解除した男が――。
ばちゃちゃちゃちゃ!
騎士の甲冑を纏ったままの重装備で、海面を駆ける!
ジャキジャキジャキ!
相手の大剣と私の爪とが、夜の海の上で交差する。
紅い閃光は、擦れあう魔力の光。
海を走りながら、攻防戦が続いているのだ。
駆ける私の肉球が、海面に魔法陣を刻む。
これも作戦。
ただ並走して距離を取っていただけではないのだ!
魔術の準備を整えた私は、ニィ!
邪悪に猫口を、ぶわ!
『開門せよ、ノアの大門。汝の――』
モコモコモコと魔術波動で毛を揺らす私はキリリ!
肉球を翳すが。
再び、相手のアダムスヴェイン。《魔物嫌いの老夫婦》によって妨害されてしまう。
『ぶにゃ!? また詠唱中断!?』
「ふははははは――魔術など使わせぬよ!」
宣言が海魔皇の身を強化する。
自己への鼓舞によるバフ能力だろう。
タコのような牙を見せつけた男は、タコ型となった目に戦士の闘志を滾らせたのだ。
職業として分類すると、おそらくこの男は騎士なのだろう。
こういう相手は意外に厄介。
接近戦が大好きで、なおかつ相手が武術の達人だと燃えてしまうタイプだということだ。
案の定、海魔皇は闘志を力に変換。
距離を取ろうとケリを入れる私。
相手に避けさせることで、距離を確保――。
そのまま私の領域である、闇の泉に逃げ込むつもりだったのだが。
闇の泉に逃げようとする私の背に、殺気が走る。
泉への干渉を中断せざるを得ない。
尻尾で剣を受け流し、回し蹴り!
『ちぃ……っ、しつこいねえ、君!』
「シッポまで武器とするか! 良いぞ! 良い! 血が滾る!」
ケリをタコ足で受け止めた男は、ダン!
タコ足のぬめぬめで攻撃を吸収。
そのまま私の足を絡めとり、銀の大剣を叩きつける形で私の頭部に振り下ろす。
寸前!
私の肉球から暴風が発動!
『イタクァの風よ!』
「我が原初の宿敵。忌まわしきハスターの眷属の魔術か……っ!」
クトゥルー神と敵対する神性の魔術なので、効果は抜群。
だが、あくまでも攻撃を弾いただけ。
短い詠唱の魔術しか使用できない。
ここは多少のダメージを受け入れ、強硬詠唱。
一気に反撃して、距離と時間を稼ぐしかないか!
『主よ! 我が祈るは――』
「アダムスヴェイン! 《魔物嫌いの老夫婦》!」
な……っ!?
また魔術詠唱を中断させられた!
どんな万能な逸話再現なんだ、これ!
『どんな裏技を使っているか知らないが。私への対策はできているということか。癪に障るね』
「それほどに貴様を買っているという事だ、誇るがいい!」
もう一度私はイタクァの風を発動!
大剣をなんとか風で防ぎ、海面に着地した私も美しいのだが。
いかんせん、相手に隙がない。
着地したネコ足で、そのまま――ダダダダダ!
風の強化を受け私はダッシュ!
が――並走する男は、鱗に満ちた顔とタコ足をげへりと歪ませ。
「余から逃げることはできぬ! そのまま滅びるが良い、大魔帝!」
『影の刃よ!』
慌てて召喚した影の刃で、相手の剣を牽制する。
ギン!
なんとか今の攻撃も防ぐことはできたが、圧されている。
相手のアダムスヴェインが厄介過ぎるのだ。
背中から伸ばしたタコ足にも、突剣が握られていて。
シュシュシュン!
四刀流状態の刃が、私を襲う。
私は両手の爪をジャキンと伸ばし。
ヒゲをピンピン!
達人を超えた相手の神域の剣捌きを、なんとかネコ爪で弾き続ける。
「早い! おう、早い! ふはははははは! 魔術師と思うておったが、なかなかにできるではないか!」
『魔術師だからと言って武術に劣っているわけではない、ということさ!』
相手のペースを崩したいのだが、挑発が発動できない。
それほどに相手の剣撃が鋭いのだ。
想像してみて欲しい、無数のタコ足を自由に使って攻撃してくる達人の騎士を。
しかし、相手もどうやら全ての魔術を妨害できるようではないらしい。
逸話再現に法則性があるのだろう。
ならば!
パンと肉球と肉球を合わせ。
一瞬で魔術を構成――!
『魔術師としての私も、甘く見て貰っては困るね!』
尻尾をぼわぼわっとさせ、ニヒィ!
もう一度私は、《嵐に沈んだ海賊船》を発動!
召喚された幽霊船が、私と海魔皇の間を通り過ぎる。
ざぁあああああぁぁっぁあ!
揺れる海面が、私のモフ毛を冷たく濡らす。
「未熟モノめ、同じ魔術が通用すると思うたか――!」
足を踏み込んだ海魔皇が――ザァァアアアアアァッァアン!
銀の大剣で、海ごと幽霊船を断ち切った!
が!
ニヤリと私は微笑する。
「ほう、魔術を破られ嗤うか。実に不気味な魔猫よのう、それとも血迷うて嗤うしかできなくなったか?」
相手のペースとなっている。
しかーし! それが敵の驕りを誘っているのだ。
紳士な声を上げて、私はニヤリとした微笑を保つ。
『いやいや。言っただろう? 魔術師としての私を甘く見るなってさ』
「魔術を破られ続ける魔術師が何を言うかと思えば……」
くくくく、と勝ち誇った声を漏らす海魔皇であるが。
その目が、一瞬。
歪む。
海が、わなわなと震え始めた。
自分が切ったモノの正体に気付いたのだろう。
それは確かに幽霊船だった。
しかし――。
大剣を握る手に、ぐぬぬぬっと血管を浮かべる。
「キサマ、まさか……っ!?」
『そういうことさ。今の魔術の本質は呪殺じゃない。指定対象の魂を幽霊船の船頭とする魔術なのさ。もう分かったね? 君が切ったのは、君の従者や王妃として飾っていたクイーンだよ』
そう。
先程の幽霊船召喚呪殺魔術。
その本来の用途は、人質確保。
相手の戦力を奪いつつ、呪殺の魔術へと利用するなかなかにエグイ魔術なのである。
普通ならば気づいていた。
けれど相手は挑発状態になっていた。
それが隙となった――悲鳴を上げていた従者に気付かなかったのだろう。
それだけではない。
相手の剣撃は全て自らの仲間すらも斬り伏せていた。
当然だ、大魔帝ケトスと戦うために本気となっていたのだから――その力は、周囲に影響を与える。
こちらの被害は一切ない。
少女は影の中で、街の人々は石化ガード状態。
猫眷属達も敢えて引っ込めている。
対する相手は――ねえ?
『もしかして君。変幻自在、叡智を駆使した戦術を得意とする魔猫と戦うのは――初めてだったかな?』
権謀術数が我等ネコの本分。
ようやく、私の肉球の上で踊らされていた事に気が付いたのだろう。
無惨に散った王妃だったモノを眺め。
血管をブチブチブチと浮かべて、ぎしり!
「どこまでも卑劣な輩よ!」
『おかしなことを言うね、戦いに卑劣も何もないだろう? これは百年前の戦争の残り香。魔王陛下を狙うというのなら、私は手を抜かず君を消す。ただそれだけの話だよ』
言って私は闇の泉へとちゃぽん……。
姿を消す。
ようやく、距離を取ることができた!
しかし相手のアダムスヴェインが厄介過ぎるのも事実。
私は肉球を翳し、呪文詠唱を開始!
戦いは――まだ続く。




