表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

627/701

【SIDE:ラヴィッシュ】ウルタール防衛戦 ~始まりの猫ホテル~



【SIDE:ラヴィッシュ】


 掴みどころのない女神の降臨。

 未曾有の危機が迫るこのウルタールを守るため動き出したのは、三獣神。

 これは――その裏の物語。


 あれから一時間が過ぎている。

 少女は影猫に案内されながら宿屋に向かい、足を運んでいた。


 王への報告は神狼ホワイトハウルがしてくれる、ということで。

 少女ラヴィッシュはホテルにチェックイン予定。

 疲れた体を休めるため、教会近くの宿を取る事となっていたのだ。


 別に教会に泊まっても良かったのだが……。

 先日の落胤の姫クティーラの襲撃により町はまだ荒れている。教会に治療の御手を求め、神父たちを訪ねてくるものも多い。

 人の出入りが激し過ぎる、それが危険と判断されていた。


 なにしろ彼ら、海に生きるクトゥルー神の眷属は擬態能力を持っている。

 襲ってこないまま忍び込み、それを退治したら人殺し!

 などと騒ぎ立てられたりしても面倒。


 荒れる事は目に見えていた。

 なので人間である少女は一旦、あの教会を離れる事となったのである。

 もちろん、関係者という事で護衛付きだが。


 ホテルへの道を歩く少女は考える。


(ヤギであり外なる神シュブ=ニグラスであり、異世界の聖母だったらしい女神アスタルテ――か)


 聡い少女ラヴィッシュ。

 今回の事件は、その賢き理解力の範疇すら超えていた。

 けれど、とりあえず破天荒な神だという事だけは理解できた。


 そして、今。

 この世界に新たな危機が迫っているという事も。


(けど、本当に訳が分からないわね。あたしを転生させたのが、あの白山羊様ってこと?)


 考えても答えが分からないのは、分かっている。

 何故なら転生という概念は未知の領域。

 死した魂が新たな命として戻ってくる、そんな現象についての学問も研究もあまり進んではいないのだ。


 少女は考える。

 じゃあ、あの夢はもしかして?

 その夢の中で見る自分の猫の手。そして、頼りなかったあの黒猫は……。


(もう、泣かないで)


 魂から、声が漏れた。

 気がした。

 ざざざっと、ノイズが走る。


 冷たい路地裏。

 動かぬ骸を大切そうに抱き、そして。

 世界を睨む赤い瞳の黒猫が見えたのだ。


 骸の自分が、佇む黒猫を死んだ瞳で眺めている。


(あなたのせいじゃない、だから、もういいのよ)


 無意識に、手が伸びていた。

 慰めてやりたいと、手を伸ばしていた。

 けれどそれは叶わない。


 この時の自分は動かぬ骸になっていたのだから。


(先に死んでしまって……ごめんなさいね。寂しがり屋で、弱いあなたを残して死んでしまって……あたしって、ダメなネコよね)


 自分も知らないあの日の想いが、魂の中で燻っていた。

 少女は思う。

 やはりこれは、自分も知らぬ遠い過去の記憶だと。


 そう確信したのだ。

 もう終わった話。

 悲劇で終わった物語の筈なのに……。


 けれど今、何もない空間に手が伸びていて。

 一瞬。

 自分の手が、焦げたパンの色に見えてしまった。


 少女は、ハッと驚き――現実へと思考が戻っていく。


 うがぁぁぁっと叫んでいた。


「だぁあああああああああああぁっぁぁあ! 今は考えたって仕方ないでしょ! とにかく! 今は休む! いつ敵が攻めてくるか分からないんだから」


 道案内する影猫が、うにゃ?

 首をこてんと倒して、変な娘だニャ~っといった表情を見せている。


「ご、ごめんなさい。はははは、ちょっと……うん、取り乱したわ」


 問題ないと判断したのか、猫は頷いた。


 護衛も兼ねているだろう影猫はホテルの玄関に向かい、六重の魔法陣を展開する。

 螺旋を描き、複雑な魔術文字の刻まれたソレは――少女も初めて目にする魔術。

 異世界の魔術形式なのだろう。


 魔術師の端くれとしては、大変興味深いのだが。

 影猫が、うなんなと声を上げる。


「もう開いているって事? はいはい、開けますから。そんな目をして睨まないで頂戴。って、なんであたし……ネコと会話ができているのかしら」


 それはたぶん、自分は遠い過去で猫だったから。


 もはや少女は気付き始めていたが、認めるのもどうかと思っていた。

 気を取り直して、少女は影猫の案内に従い扉を開く。

 獅子の顔をしたノッカーのついた、豪奢な扉である。


 既にこのウルタールは猫の世界。

 大魔帝ケトスを名乗るあのドヤ顔魔猫、の偉大なる異神の支配領域になっているのだろう。

 ホテルの中は猫で溢れていたのだ。


 モフモフなネコ達が、それぞれがそれぞれの縄張りで寛いでいる様子が分かる。


 受付には、メガネをかけた執事姿の猫がいて。

 少女ラヴィッシュの顔を見て、ニヒィっと微笑んでみせる。


「ラヴィッシュ様ですにゃ? お話は伺っておりますニャ、ささ、どうぞ。中にお入りください」

「えーと、ちょっと待って! 仕事だから安い部屋でお願いしたいの。あと、料金証明になる書類も欲しいのだけれど……」


 ちゃんと規則を守る少女に、猫のホテルマンはブニャハハハと笑う。


「なにを仰いますか! あにゃたさまは我らが魔猫王のお知り合い。料金などいただけませんので、どうぞお気軽に心行くまでお休みくださいませ!」

「え! ちょっと! あたし、本当に安い部屋で!」


 構わずホテルマン猫が、自らの胸の前で肉球を合わせ。

 パンパン!

 ネコ達が、一斉にラヴィッシュを見つめ。


 うにゃははははは!

 全員が口を開く。


「ご謙遜は美徳!」

「けれどいやはや! ここは我らのルールに従って貰いますニャ!」

「それでは、お客様をご案内ニャ!」


 次元が歪み……ぎしり!

 一瞬だった。

 少女はホテルの特別室に転移させられていた。


「待ちなさいよ! あたしの話も……って、もういないし」


 おそらく、ただの使い魔だというのに――強大。

 その魔力は師匠の紅魔女オハラを軽く超えているだろう。


(次元の跳躍? いえ、支配地域のみを移動させる商人系のスキル、かしら……)


 少女は落ち着かない様子で部屋を見渡す。

 プリンセスが過ごすような豪奢な部屋。

 そこには先ほどのホテルキャットマンが、室内を案内するべくニコニコと営業猫スマイルを浮かべている。


 皇帝たちが使うような部屋に案内された少女は、ブスっ。

 ホテルマンを睨む。


「ありがたいけど、ちょっと乱暴ね?」

「ぶにゃ? これは申し訳ありません」


 恭しく礼をしているが、その顔は状況を楽しむネコの顔だった。

 そのまま猫の口が、長いヒゲごと動く。


「けれど、我等が魔猫の君のご友人、ロックウェル卿様にも言われておりまして、はい」

「ロックウェル卿ってあの神鶏よね」


 教会で出逢った、回復魔術の達人だというモコモコな羽毛が特徴的なニワトリ。

 偉大なる異神である。


 ランプに灯りをつけたホテルキャットマンは、部屋の中を確認。

 ビロードのようなモフ毛を、部屋の照明で輝かせ告げた。


「はい、あの方もまた偉大なる御方。我等が魔王陛下の忠実なるしもべにして、最強の一角。そんなあの方が仰ったのです。ケトスには内緒で構わぬ。絶対にあなたさまをここに泊めて、守り、もてなしてコケ――と」

「コケって……まあそれはいいけど、守るってどういうこと?」


 疑問を浮かべる少女に、ホテルキャットマンは言う。


「さあ、けれどあの方は無限に広がる未来を眺める御方。おそらく、あなたさまが狙われる未来を予言して――」

「ん? どうしたの――」


 言葉が止まる。

 不審に思い、問いかけようとしたその時。

 少女もまた、ホテルキャットマンと同じく言葉を止めた。


「お客様、申し訳ありません。どうやらこの部屋、既に張られていたようですニャ」

「そのようね――」


 言って少女は魔導の杖を顕現させた。


 ◇


 室内の奥。

 水浴びの出来る部屋だろう場所に、気配がある。

 声がする。


 ふんぐるい。ふんぐるい。


 その先は聞き取れないが、詠唱だろう。

 仄暗い水が、周囲に広がるような空気だった。

 少女は知っていた、これはサカナヘッドの気配だと。


「誰! 味方ならすぐにでてきなさい! 敵なら、そのままでいいわ」


 誰何すいかの声に、反応はない。

 ホテルキャットマンが客を守るように、スッと前に立ち。


「お客様、お下がりください」

「分かったわ」


 ここで賢くない少女だったら、言葉に従わずあたしなら大丈夫!

 と、従業員を困らせていただろう。

 けれど少女は知っていた。


 上には上がいる。いくら自分がそこそこ戦えるとはいえ、驕りは捨て去るべき。

 そして。

 おそらく、もう一度自分が守られることなく死んでしまったら、あの人が悲しむと。


(あの人って、誰よ……)


 自問自答してしまう。

 答えはすぐに浮かんできた。


 おそらく、それは――。

 夢の中で見た黒いあの猫。

 ノイズの中――世界を憎悪し、嘆き悲しむあの黒猫。


 そういう事だろうと。

 少女はボサボサの髪を揺らし、はぁと肩を落としていた。


「お客様? 大丈夫ですかニャ?」

「ごめんなさい、今はこちらに集中するわ。それで、どうすればいいのかしら」


 冷静に答える少女に、ホテルキャットマンは満足げに頷き。


「自らの防御ができる魔術をお持ちなら、強化をお願いします。わたくちは、招かれざるゲストを消し炭にしてきます」

「勝てそう?」

「にゃふふふふ、我等は魔猫王様の部下。それなりの働きはさせて貰いますニャ!」


 言って、猫は巨大な魔猫と化し――モフ毛をぶわぶわと膨らませる。

 ホテルキャットマンが手にした鈴を鳴らし、チリンチリンチリン!


 ぐしゃあぁあああああああああああぁぁぁぁ!


 次元を圧縮するような、重力波動を発生させる。

 同時だった。

 バスルームから、腐った魚の匂いが飛び出してくる。


 更に同時だった。

 身構え、緊張に肌を汗で滴らせる少女の足元が揺れる。

 影が、蠢いたのだ。


「え!? ちょっと、なに! 敵……っ!?」

「いえ、これは――あの方の部下ですニャ!」


 少女の影から次々と飛び出してきたのは、カボチャを被った二足歩行の猫達。

 その属性は、異世界ネコ。

 それぞれに釘棍棒や、名状しがたい形をした鈍器を装備している。


「ニャニャ! 釘バットやバールを装備したカボチャ猫、これはあの方が異世界から招き入れた戦力、ハロウィンキャットですにゃ」

「なんか、結構禍々しい魔力を持っているけど……つ、強いの?」


 ホテルキャットマンは少女への防御結界に行動を切り替え、ニヒィと微笑む。


「はい。異世界の魔族、脅威と畏れられた蜂女王さえも倒したと聞きますからニャ! おそらく、ケトス様があなたへの護衛に、既に潜ませていたのでしょう」


 ホテルキャットマンの解説に耳を傾けながら、少女は戦力強化の魔術を詠唱。

 せめて支援だけでもと思ったのだが。


 やっちまえ! 袋にしてやんよ!

 と、猫の言葉で唸りながら、カボチャ頭のネコ達がぞろぞろぞろとバスルームに突撃。

 尾の先を揺らしながら、ボコスカドコスカ!


 滅多打ちにしているようである。


 いあいあ! いた、うげ。ふぃぎぃぃぃぃぃぃぃ!

 敵は詠唱を妨害されている様子で。

 一方的な戦いとなっていたようだ。


 少女は彼らの強さを確信していた。


「って。この子達……一匹一匹が先生より、強いし……。はぁ……こういう護衛の子に頼んでいたのなら、先に教えてくれれば良かったのに」


 愚痴る彼女の足元。

 少女の影からネコ手を伸ばし、モソモソっとメガネをかけたネコ達も顕現。

 学者の帽子を被った賢そうな猫達が、魔導書を展開!


 うにゃにゃにゃにゃ♪


 神狼、ホワイトハウルの結界と比べると大きく劣るが。

 それでも尋常ならざる分厚さの結界を構築し始めている。


 ホテルキャットマンが言う。


「彼らは学者ネコ。あるいは、司書猫。魔導書や魔道具を得意とするあの方の眷属ですニャ~」

「そうみたいね、てか……あたしの影にどんだけの猫がいるのよ……」


 知らない間に、既に守られていたらしい。

 その事実を把握したからだろうか、少女の顔には苦笑が浮かんでいた。

 もう、心配性なんだから……と。


 先ほどの言葉を問いかけと判断したのか。

 ホテルキャットマンが重力結界を追加しながら、尻尾の先をくるん♪


「おそらく……エイトビットキャッツ。二百五十六匹ぐらいの魔猫護衛が、あなたさまの影には配置されています。どうしますか? もっと護衛の量を増やすのなら、即座に、我が主に連絡を入れますが」

「いえ、大丈夫。というか……二百五十六って、多すぎじゃないかしら?」


 護衛の猫達に囲まれた少女はそう思うが。

 魔猫達は、一斉に少女を振り向きこう言った。


「いいえ」

「麗しの君。魔猫王ケトスさま」

「あの方は女性と子供の死を、なによりも嫌う」


 メガネを光らせた、学者ネコが続ける。


「怠惰なりしも、いと慈悲深き御方」

「ネコを守護する深淵の神」

「我等はあの方の心を尊重する。我等はあの方の望みを叶える。我等はあの方に忠義を尽くす」


 ちゃぽん……っ。

 まだ見ぬ護衛魔猫が、影の中から顔だけを出し。

 猫口をニヒィっと蠢かす。


「故に、我等は貴方を御守りします」

「あなたは死なない事を第一に考えるべきでしょう」

「もし、あの方に感謝を覚えているのなら。それがあなたのなによりの使命なのです」


 モフモフ猫達が、影に潜み邪悪に嗤う。


 彼らは歌うように言って。

 ブニャハハハハハハハハハ!

 ウルタールの街が、揺れる。


 街のあちこちから、猫が哄笑を上げた影響だろう。


 既にここは猫の世界。

 魔猫の国。

 無数の眷属が配置された、ネコの街となっているようだ。


 ホテルキャットマンが、恭しく礼をして。

 少女に言う。


「どうか、ご安心くださいお客様。この世界は既に我等が主、ケトス様の支配下」


 新たなホテルキャットマンが顕現し。

 同じく恭しく礼をして言う。


「少々お待ちください。すぐに侵入者を片付け、結界を強化致します」

「それまではどうか――我らの魔術をご観覧くださいませ」

「ささ、どうぞ。いま温かい紅茶でも用意しますので――ごゆるりと」


 モフモフな毛玉が、次々と行動を開始する。

 ウルタールの国に猫の勝ちどきが響き渡る。

 影に落ちた街を、縦横無尽に駆けているのだろう。


 少女は言葉を失いつつあった。

 猫の進撃はまさに壮大。

 圧倒的だったのだ。


 それでも、状況を陛下に報告する義務がある。

 少女は遠見の魔術で外を見た。


 ただ、黒がそこにあった。

 いや。違う。

 これは猫の背中だ。夜を包むほどの猫が、赤い瞳を輝かせて振り返る。


 世界がその猫の肉球の上にあった。

 巨鯨猫神。

 まるで鯨のように大きな黒いネコが、ブニャハハハハとウルタールの国を覆っていたのである。


「神父……?」


 呟きに、黒く巨大なネコの影がゆったりと瞳を閉じてみせる。

 肯定だった。


「そっか、やっぱり……あなただったのね」


 その言葉は、今の光景を示していたのか。

 それとも――。

 少女の口元が、僅かに緩んだ。


「じゃあ、あたしはやっぱり……」


 少女は闇へと手を伸ばす。

 あの日、届かなかった手を伸ばす。


(あなたはまだ、気付いていないのかしら。うん。そうね、きっとまだ。気付いていないわ)


 焦げパン色だったあの思い出が、彼女の魂に蘇る。

 そして。

 彼女はこう、思った。


(だって、気付いていたらあなた――きっと、あの時みたいに泣いたでしょうから)


 ――と。


 魔猫で満ちたウルタールに、魔術波動が飛び交い跳ねる。

 殲滅はたった五分ほど。

 師匠よりも強いネコ達は――街を奇襲した敵を、いともあっさりと葬り去ったのだった。


 静かになったホテル。

 護衛のホテルキャットマンに差し出された紅茶を飲み。

 夜空を見上げた。


 少女は祈ったのだ。

 かつて共に冷たい路地裏で過ごしたあの人が。

 この戦いに勝てますように――と。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ついにコゲパンちゃんが本格覚醒しましたね! (*≧∀≦*) [一言] 案外ケトス様は彼女がコゲパンちゃんだって事に何処か気がついているのかもしれませんよ!(^o^)v ケトス様御本人は気…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ