聖母神の帰還 ~女神の正体~
あれから一日が経っていた。
黒く沈んだ海を元に戻し、街の皆から感謝を受けたのは私達、三獣神。
大魔帝ケトスと愉快な仲間達だった。
既に獣形態を晒していたので、モフモフアニマルな姿のまま教会に帰還していた。
現在我等は召喚儀式の準備中!
もちろんラヴィッシュ君も共にいる。
魔力で満ちた聖堂。
女神アスタルテと呼ばれていたモノの教会には、昏き魔力も漂い始めていた。
まあシュブ=ニグラスといえばトップクラスの神性。
その力は原初の闇、その深淵の深さは宇宙に近い。
魔術師ではないとよく分からないかもしれないが、まあ永遠に続くほどの闇的存在。
と、思ってもらえばいいだろうか。
かなり高位な存在なので、基本的に会話は困難。
とてもじゃないが交渉などできない。
ただし、今回は例外――おそらく今の彼女は女神という器に入っているので、問題なく会話もできる筈。
人の形という依り代を得ることによるレベルダウン……神格、つまり上限レベルを下げた状態で顕現できるので。
うん。
まあ対応もしやすい状態になっているのだ。
極端な話。
交渉や話し合いの結果――関係が拗れ交渉決裂。
戦闘となった場合でも、私達三柱で対処ができると踏んでいるのである。
そんなわけで、ラヴィッシュ君の協力の元、作業を続けているわけだが……。
教会の安全を一応確保する私は、モフ毛をぶわぶわっとさせ働いているのに。
ニワトリさんは、じぃぃぃぃっと考え込んだまま。
どこで入手してきたのか知らないが、タコ焼きをハフハフと召し上がっていらっしゃる。
あれ、これって……。
尻尾の先まで艶のあるモフ猫な私は、素材としての聖者の灰を撒きながら。
じっとそのタコ焼きを見て……。
一人、クチバシいっぱいに頬張る友に目をやり、猫口をうなんな。
『ロックウェル卿……君、そのタコ焼きってまさか……』
『おう、上級の素材が戦場に落ちていたからな。素材に使ったぞ?』
……。
まあ、本人が理解した上で、食べてるなら……いいか。
しかし、それはいいのだが。
なぜかロックウェル卿が、なるほどのう……と翼で自らの喉を掻きながら。
じぃぃぃぃぃぃ。
ボサボサ髪の少女ラヴィッシュ君を眺めている。
『娘よ、そなたも食うか?』
「いえ、遠慮しておくわ……ていうか――それって、あのタコ女の……でしょ?」
うげぇ……っとなっている少女だが、まあこれが普通の反応だよね。
ともあれ。
儀式の準備を進めるホワイトハウルが、私とニワトリさんに言う。
『そなたら……手が止まっておるぞ?』
『にゃはははは! ごめんごめん、ホワイトハウルはまじめだねえ……ほら、ロックウェル卿、君も手伝ってよ。やっとあの例の女神と会話ができるんだからさあ』
『おう、そうであったな! すまんすまん』
まったく、なにを気にしていたのだか。
ニワトリさんに観察されていたラヴィッシュ君が言う。
「それで神父たち、女神様と交信してなにをするつもりなの?」
『なにをって、そりゃあ……』
ここまで言って、私は上げていたネコ手を止める。
あれ?
もうこの世界の秘密も掴んでいるし、敵の正体も判明してるし。
「どうしたの? いえ、まあ手を上げたまま考え込むネコっていうのも、そりゃあ、可愛いとは思うけど……まさか、また何も考えてなかったの?」
『またとは心外だね。本当にね、うん……考えてはあったんだよ。この世界の秘密とか、敵の正体とか……そういう情報が欲しかったし。けど……』
私の考えを察したのだろう。
ボサボサの髪を揺らす勢いで肩を竦めるラヴィッシュ君が、くすりと微笑する。
「なるほどね――もう世界の秘密も敵も、あなた達が先に解明しちゃったから。わざわざ召喚する必要もないってことかしら」
そうなのである。
現状だと……女神と話す必要、ないんじゃない?
と、なってしまうのだ。
タラタラタラと、肉球に汗を浮かべるモフモフかわいい私の背後から、ワフー!
ワンコことホワイトハウルの吐息がかかる。
『いや、我は彼の女神に用がある。確かめたい事もあるのでな』
『そう? じゃあ、無駄にはなってない?』
ネコ耳をぴょこんと立て、にゃは~っと口を開く私。
とってもかわいいね?
『うむ、ほれ――だからとっとと終わらせて、宴をするぞ! なにしろ我等は英雄、救世主であるからな!』
『だねー!』
ぶにゃはははははは!
と、元気になった私は肉球で掴んだ魔導チョークで、カキカキカキ♪
召喚円を書き込み始めた。
◇
儀式の準備が終わり、儀式円の周囲に立った私達はキリリ!
女神との交信準備は完了!
『さーて、じゃあ開始するよ』
宣言する私に皆が頷く中。
ラヴィッシュ君が慌てた様子で手を上げる。
「あ。ちょっと待って! あたしは居ない方がいいのかしら? 聞いちゃいけない事もあるんなら、退散しておくけど」
『ふむ……どうだろうか。ていうか、君。監視なんだから居ないとマズいんじゃないのかい?』
彼女は苦笑し。
「そりゃあまあそうなんだけど、あなたたちが伝えるべきじゃない、そう思う案件だってあるわけでしょう? 全てを知っておくことが重要とも限らないわ。知らない方が幸せなままでいられるような事だって、あるでしょうし」
意見を述べるラヴィッシュ君に、モフっとした狼耳をぴょこりとさせ――。
遠い目をしたホワイトハウルがうむと頷く。
『賢明であるな、娘よ。我もたまに思う時があるぞ、真実が全て幸福を運ぶとは限らぬとな。我もそれと似た例を知っておる……、まあ我が主、大いなる光の失敗なのだが……旦那のたった一度の浮気を知らぬ敬虔なる神の信徒に、その真実を教えた結果。家庭崩壊の危機になったという事件があったからのう』
……。
ラヴィッシュ君を含む私達は、ワンコをジト目で睨んでいた。
『ねえ、ホワイトハウル……その後、その家庭どうなったんだい?』
『さすがにどうかと思うて、主に代わり我が加護を与えておいたから――まあうまくやっているのではないか?』
疑問形だということは、最後まで確認しなかったな。
こいつ……。
まあ加護を与えているなら、幸せにはなったのだろうが。
あの女神も、相変わらずだな……。
ともあれ。
私はラヴィッシュ君にも同席して欲しいと思っているのだ。
理由は簡単。
王様と彼女の師匠のオハラさんに事情を問われた時、私から説明するのは面倒なんだよね。
それをソフトな表現で伝えるとしたら……。
尻尾の先を揺らし悩む私を見て。
ふと、ロックウェル卿が翼をバサりと広げ言う。
『ラヴィッシュとかいったか。ケトスと縁ある娘よ、そなたもここで儀式を見届けよ。もし問題が起こった時に我等だけでは信用されんだろう。外部の証人は必要であるからな!』
「そう……、じゃあ見学させて貰うわ」
言って、後退する少女の足元に、ホワイトハウルが強靭な結界を張る。
いやあ、ワンコが一緒に冒険してるとこういう小回りが楽で助かるね!
群れで生きる性質があるからか、そういう気配りがよくできているのだ。
逆に、ロックウェル卿は他者など構わずといった所だが。
私?
私は、ほら、なんでもできるからね!
ウニャウニャと亜空間を操作する私に、ホワイトハウルが軽く唸る。
『ケトスよ、記録クリスタルへの記載もいいが。そろそろ始めようぞ! 我、お腹も空いてきてしもうたし。早く終わらせて宴を開始したいのだが?』
『んじゃ、やろうか!』
私達はそれぞれに贄を捧げ。
召喚円に肉球と翼を乗せる。
周囲が闇で覆われていく。
無名の闇に包まれた空間に、煌々とした光が浮かび上がってくる。
例の光、私を導いたあの残念女神である。
「呼ばれて飛び出て、なんとやら。ふふふふ、久しぶりね、ネコちゃん。てか! ちょっとあんたら! 生贄がこの棒状の、妙な光沢のある謎の物体ってなによ!?」
生贄として使ったオヤツをちゅるちゅる♪
美味しく頂きながら、私は言う。
『なにって、これ私達にとっては最上級のご馳走。ネコちゃんおやつだけど?』
「おやつだけど……って、あんた……女神に捧げず食べちゃってるじゃない。まあいいわ。よくぞこのあたしを再召喚してくださいました。喜びなさいモフモフたち、それだけは感謝してあげるわ!」
まーた、無駄に偉そうでやんの。
まあまだ本体は召喚していないので――ホタルみたいな光が、先の見えない闇の中でキラキラキラ。
蠢いているようにしか見えないが。
このままお帰り願っても良かったのだが、ホワイトハウルが前に出て。
すぅっとその瞳と頭を下げて言う。
『お久しぶりであります、女神アスタルテ様。いえ、こうお呼びした方が良いですかな。全ての聖母を原初に持つ、偉大なる御方』
「ふーん……あんた、ああ、なるほど。森にいた裁定の獣か。ふふふふ、そっかぁ、あの子の下についたんだ。まあ、そうなる気もしていたけど。ふふふふ、いいわ、そういう忠義は嫌いじゃないモノ」
楽園関係者か。
どうやら顔見知りのようである。
『知り合いなのかい?』
『ケトスよ、汝にも関係ある御方だ。言葉を選ぶがいい……この方は楽園の聖母。その原初とする力の源は、聖母。聖母や地母神といった神性は全てこの御方の範疇。シュブ=ニグラスとて、母の属性をもっているからな。その神格を取り込み、アダムスヴェインの一部としておる。楽園でも強者としてその存在を誇示していた古き神――まあ、なんだ……ようするに』
言葉を区切り、魔狼は告げる。
『魔王陛下の母君であるぞ』
……。
は?
『ぶにゃにゃ!? え? うそ、マジなのかい?』
『ああ、なにゆえに陛下の夢の中に滞在し、管理なさっているかは知らぬが間違いない。陛下の母君である』
ホワイトハウルからの忠義を受け、女神の光はふふんと微笑。
「どう!? そこの駄猫! 驚いたかしら! そうと分かったら、さあ平伏しなさい! 頭を垂れ、へへぇ、今までの無礼をお許しくださいぃ……って、詫びなさい! そうすれば全部許してあげるわよ!」
魔王陛下の母君から言われた私は、スゥっと瞳を細め。
シリアスな顔で、うにゃり。
『あ、悪いんだけど。私、ネコだし? 魔王陛下本人には絶対の忠誠を誓ってるけど、父親とか、母親とかには、別に忠義なんてないよ?』
言い切ってやったのである。
ホワイトハウルがやはりか、と……ペチンと頭をワンコ肉球でおさえる中。
座り込んだロックウェル卿が、足をグデーンと伸ばし、ゲップ。
タコ焼きをもぐもぐしながら言う。
『余もニワトリであるからのう。群れを大切とするホワイトハウルと違い、基本は個。ケトスと同じく、魔王陛下に忠誠は誓っていても、母親に対し、特別な忠義など持ち合わせてはおらんぞ?』
『だって、ねえ? 魔王陛下は魔王陛下であって、お母さんはお母さんなんだし』
私達は意気投合しているのだが、ワンコは呆れ顔である。
「あれ? あの子の母親なのよ? こう、なんつーか……今までの無礼を詫びる展開は? あたし、けっこう期待してたんですけど?」
ロックウェル卿が愉快そうにクワワッワ!
『母帝よ――犬は血族ごと主人や仲間と認めるが、猫は血族ではなく個を判断し選定するモノと心得よ』
『まあ、犬と猫の違いだね。本当に申し訳ないんだけど、うん』
言って私は玉座型のソファーを影から召喚し。
くははははは!
『たとえ魔王陛下の母上でも! 我の心に変化はなし! ていうか、やっぱりいきなり異世界に誘拐してきた相手だし、忠義ってのはさすがに無理がない?』
「ちょっと森のワンコ! どうなってるのよ、こいつら! あたし、女神なのよ! この夢世界じゃ、シュブ=ニグラスの神性を獲得してる、最強に近い偉い神なのよ!」
吠える母上に、ワンコは言う。
『そう言われましてもなあ。この者、ケトスは魔王陛下の愛弟子にして息子の様な存在。我らの中で一番陛下に似ているので――ふむ……何と言いましょうか。陛下も距離を取られていた、あなた様への忠義となると……。些か難しいかもしれませんなあ』
あ、やっぱり。
魔王様も、この母親にはあんまり忠義とかそういう感情はなかったのかな。
まあ、カピバラパパと一緒に、陛下の御心を考えず――生まれたその日から神扱いしていたんだろうし……。
なんか、外の世界が動き出し――テレテレッテッテテーン!
ケトス、負けるな!
もっと言ってやれ! って、私にバフがかかり始めてるし。私の夢世界でのレベルも上がりだしてるし。
むろん、この世界の創造神ともいえる魔王陛下の仕業である。
猫目石の魔杖から、ちゃんとこちらを観察しているのだろう。
母親よりも私の味方っぽいね、魔王様も。
はてさて、それにしても――この女神。
その力だけは確かに本物っぽいが、いったい何を企んでいたのだか。




