【SIDE:ラヴィッシュ】街外れの教会にて
【SIDE:見習い魔女ラヴィッシュ】
街を救った異神――ケトス神父とその友ホワイトハウルが城へと向かった二週間後。
よく晴れた空気の澄んだ日。
まだ陽も高い昼下がりの出来事だった。
見習い魔女のラヴィッシュは、彼らを探し街の中を歩いていた。
ここはラヴィッシュにとっては初めて目にする土地。
図書館と王城があった王都から一日ほど歩いた、緑と海に恵まれた場所にある商業都市。
石の建物が目立つ港町だった。
潮風が、ぼさぼさの少女の髪を優しく撫でていた。
磯の香りのする風だ。
普段以上に彼女の髪が膨らんでいる。
けれど、身なりをそこまで気にしない少女にとっては些事であり、それよりも土産に購入するグルメの事で頭はいっぱい。
彼女が健啖家なのではない。
訪問する場所には必ずグルメが必要だと、そう判断していたからである。
少女は海の幸の露店を眺め、彼らが喜びそうな商品を吟味する。
……。
よく分からなかったので、いっぱい買う事にした。
「これとこれとこれ……あと、そっちの干物も貰おうかしら」
「あら、ありがとう。毎度だよ、お嬢ちゃん、小さいけど全部持てるのかい?」
露天商のおばちゃんが、お節介そうな顔で言う。
「小さいって言っても、あたしはもう十五よ? 持てるに決まってるじゃない」
「十五かい!? こりゃてっきり十三歳ぐらいかと、あれま、悪かったね」
その謝罪が余計なのよ!
と、怒りだしてしまうのは素人。ここは大人の対応で。
「いいわよ、別に気にしてないから」
「そ、そうかい? 顔がすごい事になっているから、はははは。すまなかったね」
「それはいいのだけれど。あたし、この街に暮らし始めた神父様を探しているの、地図も貰っているのだけれど、場所がいまいちわからなくて。どこだか分かります?」
言って少女は羊皮紙に刻まれたマップを表示する。
露天商のおばちゃんは地図を覗き込む事もなく、微笑してみせる。
「はいはい、なるほどね。お嬢ちゃんも偉大なる神父様と異国の軍人様に会いに来たってわけか」
「お嬢ちゃんも……って、どういうこと?」
おばちゃんは愛嬌のある貌に、ハートマークを浮かべて言う。
「あの神父様。今じゃあちょっとした有名人でね、ほら、顔もいいだろう? それになにより、異国の奇跡まで行使するって言うじゃないか。まあどこまでが本当かは分からないけど、病気まで治せるっていうし――色んな地方から、神父様の慈悲を求めて客人が来ているのさ。お嬢ちゃん、あんたみたいにね」
あたしは顔が良いってだけで、全部オーケーなんだけどね。
と、露天商は豪胆に笑っているが。
少女は真剣な顔で、顎に指を当てていた。
(病気を治せる……!? じゃあ、やっぱり……あたしの予想もあながち見当外れでもない、ってことかしら)
「どうしたんだい?」
「あ、いえ。ありがとうございます、えーと、こっちの方角でいいんですよね?」
「偉そうなニワトリの風見鶏が立っている教会だから、近くに行けばすぐに分かると思うよ。それじゃあ、毎度どうも♪」
商品を受け取った少女は微笑み、代金を渡した。
◇
なぜ少女がこの街を訪れたのか、理由は二つある。
最初の理由は極めてシンプル。
師匠である紅魔女オハラから、彼らの監視を頼まれたことだ。
監視といってもあの二人を信用していないわけではない。
善人であることは間違いない。
師匠も王様もラヴィッシュも、全員が一致して良い人達と判断していた。
けれど、それと同時に同じ答えも導いたのだ。
極めて非常識な存在でもある――と。
ようするに、何をするか分からないのである。
それもそうだ、彼らは外なる神――存在すらも定かではないアウターゴッドなのだから。
信用はしているが、危険がないというわけではない。
そこで件の学生寮襲撃事件で彼らと親交を深めた少女、ラヴィッシュに、白羽の矢が当たった。
というわけである。
そして理由はもう一つ。
それは少女が一つの推測を抱いていたからである。
学生寮で助けられた生徒達、彼らの身体に異変があったのだ。
異変と言っても、それは悪い異変では無い。
まるで奇跡のように、傷が塞がっていたのである。
そう、それはあたかも伝説の回復魔術のように。
(乙女の肌に傷跡が残らないように、回復魔術を行使した……なんて、そんなことあるはずがないわよね)
あるはずがない。
その筈なのだが……。
ボサボサの髪を揺らし。港町を歩く少女は考える。
(ある筈のない偉大なる異神の顕現は実現したわ。それも二柱同時によ? もう既にありえないことが起こっているんだから……万が一ってこともあるわよね。それに、もし本当にあたしの理論で回復が発動したなら……み、見てみたいし……)
だから少女は街を歩く。
彼女はケトス神父が既に回復魔術を解明したのではないか。
そう判断していたのである。
「あの露天商さんの話だと、新設された教会は――この辺りの筈なんだけど……」
向かう場所は既に決まっている。
教会だ。
なぜ、今、彼らが教会に住んでいるのか――それにも理由がある。
彼らが要求していたのは、とある神の教会。
女神アスタルテの名残を追っていたようなのだが――あの女神を祀る教会も神殿も、簡単には見つからなかった。
そこで彼らは要求したのだ。
いっそ、新しく建ててくれと。
王も恩人の言葉を断れず――行動を開始。
空いている寺院を改良し――女神の教会を新設してしまったというわけである。
神父ケトス達は、もはや悪評だけが残る女神になにやら用があるらしいのだが……。
到着早々、彼らは儀式を開始したが――女神は降臨せず。
しばらくその教会を拠点にするとの連絡が、陛下には来ていたらしい。
陛下としても、場所が分かっているのはありがたい――。
ということで、教会はケトス神父に譲渡。
今もそこに滞在しているらしいのだ。
(いったいあの二人、何が目的なのかしらね。そもそも教会を建てたからといって、あの悪神といわれた神が顕現するのかしら? 会える保証はないと思うんだけど。そりゃあまあ……女神アスタルテはドジっ子として伝承されていたから、実在はするんでしょうけど――)
考えている間に、目的の場所についてしまった。
何故か、偉そうな風見鶏はみえないが――。
おそらく間違いない。
お土産も購入済みだし、まあ問題ないだろうと少女は判断する。
トントントン。
獅子の顔をしたノッカーを使い、声を上げる。
「ごめんくださーい、陛下の命令で様子を見に来たのだけれど――学園から来ましたラヴィッシュです! 神父! 今日はこちらに、いらっしゃるかしら!?」
返事はない。
留守なのだろうか。
出直すべきか、そう悩んでいると、ぎぎぎぎぃ……と扉が開く。
開けてくれたのか、そう思っていると――。
闇の底から響くような声が……ぎしり。
ズゥゥゥゥゥっと響きだす。
『貴様、何者であるか――』
暗い教会の中から妙に偉そうな声が響いたのだ。
神父とも神狼とも違う声である。
訝しんだ少女は教会の中を覗くが――誰もいない。
見慣れない女神像が立っているだけ。
ならば、何故扉が開いたのか。
ともあれ、少女はあいさつ代わりの大きな声を張っていた。
「ケトス神父? ラヴィッシュですけど――入ってもいいのかしら?」
『ほぅ。余の前でケトスの名を呼ぶとは、なかなかどうして勇気のある娘よ』
また地獄の底から湧き上がるような、悍ましき声が響いた。
少女は思った。
どうせ、あの飄々とした神父の関係者だろうと。
(余の前? ということは、姿の見えない存在かしら。照明の魔術を使って周囲を……いえ、足元に……なにかいる!?)
開いた扉の下。
白いモフモフな羽毛があったのだ。
カッシャカッシャカッシャ、教会の床を歩く爪音がする。
紅い鶏冠。
そしてケトス神父に似た紅い色、血のように燃える瞳が特徴的なケモノがそこにいた。
偉そうなドヤ顔のニワトリが、じとりと少女を睨んでいたのである。
ビシ! バサ!
妙な舞を披露し、ニワトリがコカカカカカ!
『余の許可なく視界に入れようとは、クワワワワワ! なんたる不遜! キサマが小娘ではなかったら、余の翼が汝の魂まで石化させていたであろうな!』
「ニ、ニワトリが喋った!?」
思わず声を上げた少女の言葉に。
翼をバッサバッサとさせてニワトリが言う。
『クワワワワワ! 笑止! 余はニワトリであるが、ただのニワトリではない! っと、自慢しようかと思っていたが、しまったな。そういえばケトスにもホワイトハウルにも、人間形態でいろと言われていたのであった……いっそ口封じを、いや。小娘を消すのは余の信念に反する。はて、どうしたものか』
ニワトリはふむと考え込み。
『娘よ、今のは忘れ。もう一度扉を開けよ。良いな?』
「はぁ……まあ、いいけれど。やり直す必要ある?」
ラヴィッシュは即座に理解した。
あの二人の同類だと。
ニワトリはちっちっちっと器用に翼で気取ってみせて。
『たわけ! 余の崇高なる考えを、人間如き貴様が理解できる者か!』
「はいはい、もう分かったわよ! ほんとうに、神父の親友ってそういう人ばっかりなのね!」
親友と聞き、ニワトリはコケケ!
『娘よ! 今なんと申した!?』
「神父の親友ってそういう人ばっかりって言ったのよ! どうせ、あのケトス神父の友達なんでしょう? 雰囲気で分かるわよ、そういうの!」
ニワトリさんは翼で喉を掻き、ニヒィ!
『なんと! なかなか見どころのある娘であったか。石化させて亜空間に収納せず正解であったな』
「そういう冗談は良いから、やり直すなら早くして頂戴」
『うむ、待っているがいい!』
あからさまに空気を和らげ、扉をばたんと閉める。
少女は肩を落とすも――付き合う事にした。
言われた通り、扉を叩くところからやり直し、ノッカーを叩いたのだ。
ラヴィッシュが言う。
「陛下からの遣いのモノですけど、どなたかいらっしゃいますか?」
『扉の鍵は開いておる、入って構わぬ。許す、疾くその戸を開け、余の尊顔を仰ぎ見るがいい!』
今度は明かりがついていた。
ラヴィッシュは扉を開けると、思わず目を疑ってしまった。
思いのほか神聖だった教会の施設に感動した。
わけではない。
教会の礼拝スペースの横。
女神像の前。
そこで優雅に紅茶を嗜む人間味の薄い、貴族風の男がいたのだ。
そう――その男の人間離れした顔が、声を失う程に美しかったからである。
正に美麗。
巨匠たちの残した絵画ですら見た事のない、幻想的で端整な顔立ちだったのだ。
しかし少女はすぐに冷静になる。
「あなたはさっきのニワトリさんよね? 凄い化けるわね……そういう所も、本当に、あの二人にそっくりだわ」
『我等は戦友であり親友。似てしまうのは仕方の無き事』
どこか自慢げに言う貴族男に、少女は眉を下げる。
「仲がいいのね、羨ましいわ」
『親友であるからな! と、まあ友の自慢は良いとして。そなた、ケトスに何の用なのだ? 今あやつらは回復魔術の実験を兼ねて、病気の治療に街にでているのであるが』
少女は耳を疑った。
「回復魔術!? じゃあ、やっぱり! 神父は完成させたのね」
『なにやら事情を少々把握しているようであるが、訂正してやろう。回復魔術を読み解こうとし、事実――発動に至るまでの道筋を作ったのはケトスである。それも素晴らしき事だ。だが――!』
貴族男は首に巻く長いスカーフを、ビラビラっとさせ。
ビシ!
蛇が絡みつく神々しい宝杖を握りしめ、朗々と宣言する。
『その真なる力を解放し、新たな魔術体系としてこの世界に定着させたのは、何を隠そうこの余! 魔王陛下の腹心にして、ケトスの親友! 神鶏ロックウェル卿なるぞ!』
偉そうに胸を張った反動だろうか。
ロックウェル卿を名乗る男の姿は、ニワトリモードに戻っていて。
少女はジト目でその鳥目を眺める。
「その偉大なるロックウェル卿様? ニワトリに戻ってますけど?」
ニワトリさんは、クチバシを翼で撫で。
シリアスな吐息を漏らす。
そして――賢者の顔で告げた。
『ふむ、では娘よ。もう一度入り直すところから――』
「やり直さないわよ! もう、あたしはあなた達がアウターゴッドだって知ってるから、別にいいでしょう!」
正論を告げる少女の後ろの空間が、揺らぐ。
それは突然に現れた。
既に聞きなれた神父の声が、少女の髪を揺らしていたのだ。
『何の騒ぎかと思ったら、ラヴィッシュくんか。久しぶりだね――王様の命令で監視をしにきたってところかな?』
「久しぶりね、神父。その通りよ。他にも用はあったのだけれど、とりあえずこれをどうぞ」
言って――シュゥゥゥン。
少女は亜空間から、港町で購入した海産物と王都で購入してきた焼き菓子を、ぎゅっと取り出し。
くすりと微笑んでみせる。
「あなたたちの弱点はこれ、どう? あってるでしょう?」
自慢げな少女の前。
二つの強大な魔力が神速移動!
シュシュ、シュンシュン!
『クワワワワ! 舐められたモノよ――我等三獣神が、グルメなどに釣られるモノか!』
『グハハハハ! 然り! 我等がそのようなモノに釣られる筈がなかろうて!』
そこにいたのは白い獣が二柱。
神父と少女は、共に肩を落とし……。
じぃぃぃぃ。
リンゴタルトに喰らいついているニワトリさんとワンコを、ジト目で睨んだ。
『君達、もう少し正体を隠す努力をした方がいいのではないかい?』
かくいう神父の口にもグルメの香りが、じゅるり。
既にムシャムシャ――。
干物の尻尾が見えていた。




