新天地の大問題 ~金がない~
やってまいりました、別宇宙という名の新たな異世界!
冒険も散歩も、新しい事も大好きなニャンコこと私!
大魔帝ケトスは元気いっぱい、転移した世界を散策中!
いやあ、知的生命体もいるみたいだし。
人間っぽい反応もあるみたいだし、ちゃんと私の力の源である憎悪もたっぷりだし。
魔力の補充は問題なさそうで、一安心。
感情のある生物が二つ以上存在するのなら、どうしても負の感情は生まれてしまう。
私の憎悪の魔力も補充され続けるからね!
エネルギー切れで倒れる心配はないということだ。
更に!
あのやっぱり女神から伝授された新魔術系統、エーテル魔術も取得済み。
おそらく、この世界でも無双は可能!
こりゃあ、この世界を満喫して!
美味しいグルメを味わうしかない!
と、言いたい所なのだが――。
ふひふぅぅぅ……。
冬の始まりの冷たい風……が。
私のモフ毛も、尻尾も揺らしている。
人里に出たのは良いし、市場を発見したのは良いが。
うん、そうだね?
問題があるね?
金がない。
この世界の貨幣、一円たりとも持ってない。
無一文にゃんこだね?
ちなみに、今、私の眼前に広がっているのは――中世ファンタジーな世界観の街並み。
まあ文化レベルはごくごく一般的な、魔術の存在する魔法国家といった感じである。
機械文明などは発展していないようだが。
それがこの周囲だけなのか。
この世界全体の話なのかは分からない。
とりあえず、遠見の魔術の代わりになる魔術かスキルを身につけたい所なのだが……。
はてさて、どうしたもんか。
とりあえずの目標はグルメのための資金調達と魔導知識だが。
それにはこの地の情報が必要不可欠。
情報がないとこちらで金稼ぎもできないからね。
そういや女神に用があるなら、教会で祈れ的な事を言っていたけど。
……。
後回しでいいよね?
世界が危機だって言ってたけど。
危機ならばこそ!
なんかして欲しいなら――向こうの方から反応を寄こすだろう!
で!
グルメ金策情報入手のために、図書館を探していたのだが。
……。
こちらでも、いきなり問題にぶち当たっていた。
目の前にあるのは、女神像が並ぶ神殿のような施設。
中からは強力な魔力封入道具群の香りを感じる。
立派な図書館のようなのだが――。
問題は入り口に建てられた看板である。
じぃぃぃぃ。
邪悪なる看板を睨み、私の眉間はヌーン。
《――ネコ、立ち入り禁止――》
エーテル魔術の応用による技術習得――。
言語習得スキルで既に言葉も文字も把握している私は、瞬時に異世界に順応しているニャンコ。
やはり天才なわけだが。
今はそれを自慢している時ではない。
この世界、ネコがモンスター扱いなのかな……。
なかなかピンポイントな種族指定である。
犬なら入れるっぽいところも、なんか微妙にムカつくのだが。
とりあえず、猫魔獣奥義である誘惑で何とかしてみるか。
トッテトッテトッテ♪
煉瓦の道を進んで、モフ毛をふぁさふぁさ!
自然な仕草で図書館を守る魔導門に近づき、どでん♪
『ルルルニャーン!』
横に寝そべって存在をアピールである。
図書館の入り口で警備している人間に向かい。
じぃぃぃぃ。
私はターゲットに可愛い光線を送ってやる。
いかにも兵士ですと言った感じの、兜と軽鎧を纏った人間種である。
あ! 目線を逸らされた!?
しかも!
おもいっきし、汗をかいているし!
よーし、そっちがその気ならこっちも次の手を打ってやる!
逸らした目線の先に回り込んで、お口を開いて。
にゃは!
『あうぉおぉあうぁぁぁん♪ るるるにゃ~ん♪』
ていうか、やっぱり普通に人間いるんだね。
もちろん誘惑は成功する筈なのだが。
あれ? なんか歯を食いしばって、ガタガタと震え始めてるね。
おそらく、魅了よりも先に恐怖。
ステータス異常の、恐慌状態が優先されているのだろう。
ネコに怯えるって……。
はて。
大魔帝ケトスってバレてるのかな?
「ひぃぃいいいぃぃ! ネ、ネコが出たぞぉぉぉお!」
「な……なんだと!?」
「こ、こどもを隠して! 早く、み、みんな、殺されるわ!」
え!? なにこれ。
ここの住人って、猫が苦手なの?
「この黒いモフモフ悪魔め!」
「そんな可愛い姿をしていても、騙されんぞっ!」
「お、おれたちは、街を守るためなら命だって惜しくはねえんだっ!」
辺りは騒然となり、いきなり私は囲まれていた。
無数の槍の穂先が太陽に輝いて、ギラーン!
私、敵対モンスターかなんかだと思われてる?
◇
周囲を取り囲む衛兵さんを見て、ふぅむと私は考える。
寝そべっていた細い身体をぶにょっと持ち上げて。
ビシ! っと指差し言ってやる。
『愚かなる人類どもよ! 我を異神、大魔帝ケトスと知っての狼藉であるか?』
ざわざわざわ!
私の名に動揺が走る。
お! これはもしや、私の名を知っているパターンだろうか!
「異神……神だと!?」
『そう、偉大なる御方に使える腹心、大魔帝ケトスである!』
ここで讃えられるか、畏れられるか。
どちらかの反応があると思ったのだが、衛兵の皆さまは困惑しているのみ。
「大饅頭? き、聞いた事のない神だな」
この聞き間違えパターンは初めてである。
宇宙が違うからなあ……習得したばかりの言語スキルだし、言語翻訳にちょっと不備があるのかな。
『あれ? 大魔帝ケトスだよ? もしかして、こっちには私の名前、伝わってない感じかな?』
「女神アスタルテの遣いではないのか?」
アスタルテ?
ああ、そういや地母神を名乗っていた、あの残念やっぱり女神。
私にエーテル魔術を伝授する時に、女神アスタルテの分霊みたいな表現をしてたっけ。
じゃああの女神、この地で祀られてるのかな。
私は影から玉座を生み出して、図書館の入り口で陣取り。
ふふーんとドヤ顔で座ってやる。
『そのアスタルテとかいう地母神に召喚されてきたのさ』
「そうか――」
衛兵たちは、肩を震わせ――。
くわっと歯を剥き出しにし。
「あの腐れ女神の眷属というのなら、なおさら許しておけんわ!」
「街の皆! 相手がいかに恐ろしいモンスター、猫だとしてもここは戦うしかない!」
「あの女神の部下ならば話は別よ! 子どもたちも武器を取りなさい! かならず、かならずここで仕留めるのよ!」
ブワブワブワっと私のネコ毛は逆立ち。
ニャニャニャニャ!
主婦や子供まで小型の武器を握り、敵対心むき出しの姿は異常!
さすがの私も慌てて唸る。
『え!? ちょっと待っておくれよ! あの女神は世界のバランスを保つ的なポジションの、どっちかっていったら善神じゃなかったのかい!?』
「邪悪なる神の遣いよ! これでも喰らえ!」
尋常ではない反応である。
あの腐れ女神!
いったい何をやらかしやがったんだ!?
問答無用で襲い掛かってきた衛兵が、私も知らない魔法陣を展開。
おそらくこれが元素魔術。
私の魔眼は、キィィィンとその力を把握する。
衛兵の指先から、渦状の火炎が生まれ始め。
「憤怒狂いて力となれ、コルヴァズの灯よ――!」
私の知らない詠唱により、火炎が業火となって私に襲い掛かる。
まあ、無効化できるんですけどね。
私は調査の意味も込めて、そのまま業火の直撃を受けてやる。
ゴゴゴゴガァァァァァ――ッ!
んー、使い手がショボいのか。
私の世界で言う二重の魔法陣程度の火力しかないようだ。
しかし、直撃を受けた事で原理を読み解くこともできる。
この元素魔術の性質はある程度、把握できていた。
おそらく、この世界のどこかには――四大元素のひとつである火を司る大神がいるのだろう。
その大神に信仰を捧げる事で、対価として力を借り受けている。
おそらく原理としては、だ。
私の世界で扱う神の奇跡や、祝福に近いと思われる。
ふむ。
それはそれとして、これで正当防衛は成立かな。
このまま一掃してもいいのだが、たぶん相手は民間人。
情報を探るという意味でも、殲滅するわけにはいかない。
なので!
私は影で生み出した玉座の上で、ギラギラギラギラ。
憎悪の魔性たる赤い瞳を輝かせたまま、ドヤァァァァァァ!
相手の視界。
街の人々には業火の中でも無傷で、平然としている麗しいスマートキャットが映っている筈!
動揺が広がり始めるタイミングを見計らい。
私の咢は、ギギギギギっと開かれる。
『で? この暖房魔術がどうかしたのかい?』
「な!? き、きいていない……っ!?」
衛兵たちが、周囲の民を守るように陣形を組み。
じりじりじりと後ずさる。
そう! 魔術の直撃をあえて演出して、なおかつ無傷でドヤる!
強敵アピールである!
『くくく、くはははははは! 愚かなり人類! 此度の散歩は無聊の慰めといえど、我の偉大さに変わりはなし! この大魔帝ケトスに攻撃した、その罪は万死に値する! さあ、その軽率さへの後悔を抱いたまま。死への扉を開くと良かろうなのだ!』
影世界経由で猫目石の魔杖を顕現させた私は、ニヒィ!
くるくるくると杖を回し。
ブニャハハハハハハハハハハハハハハ!
ちょっと脅してやる必要があるだろう!
ということで、女神から借りパクしている百科事典を魂の中で開き。
エーテル魔術の一覧を表示。
しかし。
どれがどのくらいの威力だとか規模なのか……んーむ。
そういうのが、ちょっと分からないんだよね。
「動きが固まっているぞ!」
「い、今の内に畳みかけろ!」
選んでいるうちに、私は魔術の集中砲火を受けるが無論ノーダメージ。
「や、やったか!?」
「いや、まだだ! 休まず詠唱を続けろ!」
なにやら衛兵が息を切らしながらも攻撃をし続けているが。
おうおう、なかなか勇気があるではないか!
『おや、どうやら街の民を守るために命懸けってところかな? なかなか健気で麗しいじゃないか。嫌いじゃないよ、そういうのは。けれど、こちらの実力を読み違えた――それは君達の失態だ。いただけないねえ』
と、嘲り嗤いギヒヒヒヒヒ!
悪の幹部スマイルを作ってやる。
とりあえず……まあ、発動しそうなもんを空にぶっ放せばいいか。
たぶん完全に詠唱しちゃうと威力が高すぎると思うから……、わざと不完全な状態で発動させるとして。
魔王様方式の魔術に置換して……よっし!
こんなもんかな!
『さて、君達のターンは終わりといった所か。残念だよ、猶予を与えている間に、なにか面白い芸でも見せてくれたら、見逃してあげても良かったのだが。タイムリミット。終わりさ』
声が――周囲の空気を凍てつかせる。
実力の差を分からせる魔力を、ほんの少し解放したのだ。
怯む人間達を目にして、私は静かにゆったりと口を開く。
『魔力解放――』
宣言に従い、猫目石の魔杖の先から奇々怪々な魔法陣が展開される。
くおおおぉぉぉぉおおぉぉぉぉん!
本当は超ドヤ顔をしたいのだが、我慢我慢。
ここは冷徹な顔で。
しかも無表情で淡々と詠唱するのがベスト!
前に倒した髯が、蜘蛛の足のようにブワッと広がる!
むろん、ただの演出である。
それでも、こちらの術の詠唱を完了させるのは負けだと分かっているのだろう。
何人かの勇士たちが、私に直接きりかかってくるが。
ギィィィン……ッ。
反対に、相手の刃を折ってしまう所が、さすが私といった所だろう。
「刃が、通らない……っ」
「バケモノか……っ、いや、異神といっていたが、じゃあ本当にこの猫!」
「絶対に手を出してはいけない異なる次元の神。アウターゴット!?」
驚きと畏怖を賞賛と受け取った私は、ちょっとご満悦!
これでもう十分な気もするけど、気分は乗ってきた!
それに、せっかく組み上げた新魔術を試してみたい!
私の咢は、淡々と牙を覗かせながら上下する。
『ネコ神たる我が願い奉るは、真なる魔術。我は祈り、我は詠唱し、我は念じる。名もなき霧より生まれし者よ。其は全にして一。一にして全。母なる宇宙の腹心たる門ノ守護者』
詠唱により、この世界の力ある概念と接続。
本来ならここで、術の構成を事細かに設定するのだろうが――とりあえず規模を小さく指定。
私の世界の魔術師ならばすぐに理解できるだろうが――、魔術式の数値を、最小単位に引き下げる要領である。
『我はケトス。大魔帝ケトス。異界より顕現せし、魔猫の王。今ここに、我は願う。悠久なる空に、一筋の混沌を生み出し給え。汝の名は――』
既に魔力操作による魔法陣が、私の玉座の下で回転している。
お馴染みの赤雷。
紅い魔力が、天を衝いているのだ。
当然! モコモコモコっと私の冬毛も靡いている!
瞳の赤も、ギラーン!
肉球の艶もギラギラギラっと照っている!
目の前の衛兵さん達は顔面蒼白。
たぶん、今頃。
私に襲い掛かった事を後悔しているだろうなあ!
ま! 今後の交渉のためにも、一発は脅して力ある存在だと教えておかないとマズいからね。
だって、私。
たぶん警告後にもう一回攻撃されたら、さすがに反撃しちゃうからね。
てなわけで!
空にドカンと一発、ぶち込んでやるのである!
わざと神の名を読み違える事で、威力を最小規模に設定!
まあ、空をちょっと割ってしまうぐらいだろうと想定しつつも、魔術を発動!
『簡易解放:万物神の腹心・蕃神たる白霧よ!』
くおおおぉぉぉぉおおぉぉぉぉん!
奇怪な音と共に――猫目石の魔杖の先から飛び出した霧が、虹色となって空を裂き。
うんうん!
がごんと、そのまま次元に大穴を作り――。
空を壊して……。
太陽を一時的に闇で覆い隠し……。
白い霧が世界を包むように広がって……。
……。
あれ? ちょっと威力設定間違えたかな。
霧を媒体とする上位存在、その力の一端を召喚する魔術のようだが。
裂けた空――次元の隙間から大量のヨーグルトソースが降り注ぎ始める。
ざぁああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
空は再生されるが、何度も謎の虹色に引き裂かれ。
その都度、周囲の空間が荒れ狂い振動が発生。
なんつーか、霧に覆われた空がえらい事になって大混乱である。
……。
……。
虹色の霧が大暴れしたまま。
向こうの果ての空まで裂けたままになってるし。
延々と力を放ち続けてるし。
んで、なぜかヨーグルトをばら撒きまくってるんだけど、攻撃魔術ではないので被害はない。
なんじゃ、この魔術。規模はデカイが意味はない。
理解もできない。
一言で言うと、カオスである。
術を止めようと肉球を翳しても、こちらの干渉力が負けているのか。
虹色の光と霧は空を裂いて、まるで嗤うように踊り続けるのみ。
ま、そのうち消えるだろう。
肉球に汗を浮かべた私は、畏怖しまくっている街の人たちに問う。
『んー……今更聞きたいんだけどさあ。君達、この魔術を止める方法。知ってる? なんか止まらなくなっちゃって……白い霧が延々とヨーグルトの雨を降らせるとかいう、凄いんだか微妙なんだか、よく分からない魔術になっちゃってるんですけど……』
返事はない。
しかし、もはや私に逆らう意志はないのか。
皆が平伏したまま、身体をぷるぷると震えさせている。
ちょっと、やりすぎちゃったかな……。
ていうか、あの腐れ女神。
これ、ヨーグルトを降らせるとかいうギャグ魔術になってるから済んだけど。
最低出力で、こんな空を裂くほどの規模の魔術を私に教えちゃうって……どうなの?
もし私が悪人だったら、今頃世界征服を狙っちゃってる所なのだが。
あの女神。
絶対に何も考えてなかったな……。
後で教会で接触をするとして。
しばらく、エーテル魔術は封印しておいた方が無難そうだね……。
できたら常識の範囲内で発動できそうな、元素魔術を学びたい所なのだが。
まあ! まずは情報と金策とグルメ!
そのための道は今作った!
影の玉座から人類を見下ろした私は、勝者の顔でブニャハハハ!
『まあいいや! これで私の勝ちってことでいいよね? ちょっと色々と聞きたいことがあるんだけど、君達の町で一番物知りな人とか、偉い人を呼んできてくれないかな。話し合いがしたいんだけど。どうだい?』
こっちは明らかに次元の違う存在。
交渉の要求は渡りに船。
相手にとっては願っても無い話だろう。
「す、すぐに呼んでまいります!」
代表と思われる衛兵が、震える足を叱咤し駆け始めた。
偉い人を呼びに行ったのだろう。
とりあえず、私はこちらの事情と経緯を伝える事にしようと思っているのだが。
はてさて、どうなることやら。
先は見えない。
しかし、やるべきことは決まっている。
ちゃーんとグルメも要求してやろう!
◇
その後しばらく。
ヨーグルトの雨が、雹となって降り注ぎ続けたのだが。
あくまでも正当防衛だったし。
節約上手な主婦や子供がバケツで拾って、アイスにして食べてるみたいだし。
まあ。
それは私のせいじゃないって事で!




