エピローグ:勇者編 ~変わる魔帝と、我が宿敵~
冥界神継承の儀を終えて、私、素敵ニャンコな大魔帝ケトスは空間転移!
三毛猫魔王陛下の家に訪問していた。
いわゆる家庭訪問!
ではない。
単純に、オヤツにお呼ばれされていたのである。
玉座型のクッションを持ち込んだので、そのままどでんと座り。
私はリビングのテーブルに肉球をかけて、じぃぃぃっと待っていた。
キッチンには、スラッとした女社長風の美女がいる。
かつての我が宿敵。
すっかり母となった、ヒナタママである。
冥界の様子を見に行ったヒナタくんはまだ戻っていないが、先にオヤツを戴いてしまおう。
そういう話になったのはもちろん、私のお腹が鳴ったから。
ぐぅぅぅっと音が鳴るたびに、三毛猫陛下の邸宅は揺れるが――気にしない。
キッチンから凛とした声が響く。
「おーい、我がかつての宿敵。キミさあ……どんだけお腹が空いているんだ、ボクの家を壊さないでおくれよ?」
『しょうがないだろう? 今日は冥界神の神格を継承する大規模儀式を一人で行った来たんだ。腹ペコなんだよねえ』
お腹をポンポンしてみせる私。
とってもかわいいね?
「ああ、そういえば――お義兄さんの神格が回復するまでは時間がかかるとか言っていたね。で? レイヴァン神は今、どうしているんだ? その辺の事情は曖昧になっていたし、一応、ラスボスとして暴れていたわけだろう? 皆の前では聞きにくいし、あの人に聞くのも……ほら。なんだかね?」
旦那に聞かずに私に聞くか。
まあ、三毛猫陛下はまだお詫び行脚だから仕方がない。
『第三世界のレイヴァン神も、第二世界のレイヴァン神も勿論無事さ。魔王城と全ての世界と繋がっている迷宮国家クレアリスタ、そして冥界を自由気ままに行ったり来たり。休暇の感覚でのんびりやっているさ。まあさすがに、このダンジョン領域日本で暴れたからね、こっちの世界にはしばらく顕現しないって言っていたけど……ようするにちゃんとやっているよ』
安堵した様子でヒナタママが肩を下ろす。
「なら、いいさ。ほら、殺伐としていた昔だったら――そうはいかなかっただろう」
『そうだね。私と君が宿敵として戦っている時代だったら、大きな罪として封印ぐらいはされていたかもしれないが……時代は変わったという事さ』
二人して、時代が変わった感をアピールしている理由は単純。
そう言った方が都合がいいからである。
パチパチパチ♪
ドーナツの揚がっていく音が響く中。
ぷにぷにな私の肉球と、ヒナタママの頬に濃い汗が浮かんでいる。
彼女もあの事件を、思い出したのだろう。
よく考えてみて欲しい。
魔王様と三毛猫陛下が、お兄さんの封印なんて許す筈ないもんね……?
一応、責任を取るという話もお兄さん本人の口から出たのだが……。
いや、深く語るのはやめよう。
世界が本当に滅びそうになったのだから。
ダブル魔王様が今までに見た事のない本気の魔力と口調で、天に浮かべたプラズマ球をズガズゴゴガォォォオ!
兄さんを封印するならワタシ・僕は世界を永久に封印する……。
って、美麗なエフェクトで覚醒――魔王たる邪悪な波動を放ち始めたので……。
いやあ、止めるのが大変だった。
あれがいわゆる、マジ切れってやつだね。
三毛猫魔王様も、まるで全盛期モードの私のように、禍々しくも美しい獣と化していたし。
うん。
だからね?
もはや、その手の責任とかの話は禁句。
お兄さんへの責任問題の話は厳禁。
みんな。
絶対に口にしないタブーとなっていたりもするのだ。
カリっと揚がって浮かんできたドーナツを回収しながら、ヒナタママがぼそり。
「す、すごかったからねえ……」
『いやあ、さすが魔王様、感服しちゃったけど……あれ、たぶんお兄さんをそのまま封印なんて流れになったら。世界、終わってたよね?』
そうはならなかったから、いいが……。
おそらく、魔王様による第三世界への破滅が齎されていた筈。
世界そのものが封印されて行き場も未来も失い……世界終末判定。
世界リセットが発生。
第四世界が誕生していただろう。
「なあ我が宿敵。あまり考えたくはないのだが、今、あの人とキミの主人が動いているのは――お詫び行脚じゃなくて」
『まあ、十中八九。脅し行脚だろうね……』
うーみゅと渋い顔をして、私は紅茶をズズズ。
『魔王様、絶念の魔性だからなぁ……。世界に絶望したらいつでも、また全盛期の力を取り戻すんだよね。魔性としての力を取り戻したあの二人同時だと、私も勝てないだろうし。止められなくなりそうなんだよね』
「レイヴァンお義兄さんを封印するなんて言い出すバカがでないことを、祈るしかないね」
だからこそ。
今、あの二人は動いているのである。
ともあれ! それも基本的にはもう終わったイベント!
温かい湯気と空気と共に、ことん。
調味料の乗ったご家庭テーブルに、ドーナツの大皿が顕現する!
「ほらよ、お待たせ――まだ熱いから気を付けて……って、キミは熱耐性も完備しているんだっけか」
『まあねえ~♪』
言って私は、猫口も尻尾の先も――もふっと膨らませる。
揚げたてのカリカリでふわふわなドーナツに、用意されていた苺チップを塗しながら。
私はニヒィ!
まずは軽く一口、ドーナツを丸呑み。
掴んだ肉球についた、チップをちぺちぺ。
しばらくして。
カカカカっと赤き瞳を見開き、私はビシっと宣言した!
『くはははははは! 美味、美味であるぞ! 我が贄にふさわしきご馳走よ!』
「そう言って貰えるとありがたいけどね」
この私が褒めてあげてるのに、なぜかヒナタママはそのまま――黙ってしまった。
膨らむ私のモフ毛をじっと見ている。
その顔には、前世の勇者の面影が浮かんでいた。
「なにかボクはふくざつだよ。あーあ~、やっぱりまだ信じられないね。あの殺戮の魔猫が、こんなグルメ魔獣になっちまってるだなんて。時と共に時代は変わるとはいえ、変わり過ぎだろう」
運命から解放され、普通の人間として幸せに生まれ変わった勇者か。
本名はあえて聞いていない。
聞いてもいいが、なんとなく聞くタイミングを逃してしまった。
ヒナタくんもお母さんと呼んでるし、分からないんだよね。
それに、私にとって彼女は宿敵。
かつて魔王陛下を眠りにつかせた最大の敵。
心は色々と複雑なのである。
水分を吸われた喉を紅茶で潤し、私は猫口をニヒィ!
『お互い様だって言っただろう? あの殺戮マシーンの勇者様が、三毛猫魔王様と結婚して、あんなに元気な娘の母親をやっているだなんてさ。もう驚き過ぎて、もっとお腹が空いちゃうね!』
言って私は猫の眼で、じっと彼女を見る。
ドーナツの催促でもあるが。
今の幸せそうな顔を、よく眺めておきたかったのだ。
かつて私が噛み殺した勇者、その転生者。
獅子を彷彿とさせる強いお母さん。
すっかり家庭を守る主婦の顔になっている。
それがなんだか、不思議で……。
つい、眉を下げてしまう。
『なあ、我が宿敵。君はいま……幸せかい?』
「おや、なんだい急に。前も似たような事を聞かなかったかな? まさか、宗教の勧誘じゃないだろうね?」
神を嫌っている彼女にとって、宗教は……ね?
まあ、たしかに。
いきなり幸せかなんて聞くのは、そういうのになっちゃうか。
でも、絶対こいつ……知ってて言ってるな。
ジト目で睨み、私は砂糖パウダーで白くなったドーナツに猫手を伸ばす。
『宗教も何も、私が信じているのは魔王様のみ。敬愛しているのも、忠誠を誓っているのもあの方だけ。君はその同一存在の奥さんだろう? もう同じ宗教みたいなもんじゃないか』
「いやいやいや。旦那と宗教は違うだろう? ボクはあの人に文句だっていうし、時にはつかみ合いの喧嘩だってしたからね。今でこそ、こう……ほら、幸せだが。最初からこうだったってわけじゃないのさ」
と、顔を赤くしている所を見ると。
出会ったときは――色々とあったのかもしれない。
互いの素性に気付き、魔術戦を行ったのかもしれない。
私の知らない物語。
人生だ。
ヒナタママは何気ない風に、けれど……はっきりと言葉を漏らした。
「なあ、我が宿敵。ボクはね。ボクを噛み殺した時のキミをよく覚えているよ」
人生で一度も言われた事のない言葉である。
『それは、なんつーか……どう返したらいいか、難しいね』
「責めているんじゃないさ。ちゃんとこっちも死ぬときに、ありがとうってお礼を言っただろう? 本当に感謝しているよ。ボクは死によって、ようやく……勇者の運命から解き放たれた」
辛い日々を覗き込むように、彼女は追加で揚げているドーナツに目を移す。
パチパチパチ。
美味しいお菓子の音。料理の……家庭の音がする。
平穏の音だ。
当時の彼女は、運命に操られ狂戦士化していた。
死ぬ自由すら奪われて、勇者という道筋を歩まされ続けていた。
そこから解放してあげたいと願ったのは――魔王様だった。
私はその願いを叶え。
この勇者をなんとか倒すことに成功したのだ。
私も当時を思い出して、チョコ味のドーナツをカリっと齧る。
『懐かしいね――陛下を守るため、私は何度も死にリポップして君に喰らい付いた』
「ああ、そうだね。魔王様を守るってさ、ボクに何度も何度も噛みついてきて……。最後には、当時は本当に最強だったボクを倒しちゃうんだからね」
笑って言っているが、いやあ、マジで強かった。
こっちは、笑い事じゃなかったっていうのに……。
実際、勇者に魔王様が滅ぼされてしまうと、世界は私の涙で沈む。
それが第二世界。
文字通り、三千世界は滅んでしまうのだから。
そして、もう一度世界がリセットされて……。
魔王様を守り切る、私の世界と繋がる。
人の気も知らずに、彼女は話を続ける。
「あれほど必死になって、死に物狂いで。いや、何度も本当に死んで、それでも主人を守るために戦う君が、今でも目に焼き付いているよ」
『そりゃあ必死にもなるさ』
おそらく。
私と宿敵の脳裏には、あの日の戦いの記憶が蘇っている筈。
その記憶を思い出へと昇華するように、我が宿敵は言う。
「でさ、そんなキミを思い出している時に……一匹の三毛猫と出会ってね。あれは、嫌いな言葉だけど運命だったんだろうか。宿敵であるキミがあれほど守りたかった相手。それがどんなヤツだったのか、知りたくなった」
かつて勇者だった時の魂が、透けて見える。
「当時のキミの主人、魔王のことはもうほとんど覚えていなかった。既にボクは勇者の使命に呪われ、狂っていたからね。だから、興味が湧いた」
我が宿敵と異界の魔王陛下。
二人の物語が、おぼろげながらに私の脳裏に浮かんでくる。
「そしたらさ。三毛猫になっているそいつと再会しちゃったんだよ? はじめは本当に驚いたさ。驚いて、驚いて、驚いて……はは、今だから言えるけど、異能力者達との戦いに巻き込まれたり。あの人と敵対関係だったり、命のやりとりもしたんだけど。うん、どうしてだろうか」
それも、転生された魔王陛下と勇者の物語。
そして。
かつての宿敵は言った。
「いつからだろうね。互いに恋に落ちたのは」
その言葉には厚みがあった。
温もりもあった。
それはきっと――遠い過去、焦げたパン色の世界の中に私が残してきた感情。
恋。
私はもう、おそらく二度と恋はしない。
思い出の中の君を忘れられない。
小さなネコの記憶容量の中、あの子の温もりが占有し続けるだろう。
それでいいと、私はそう思っていた。
黄昏る私の貌が、紅茶に反射していた。
そんな渋い私を見て。
我が宿敵は言った。
「なあ大魔帝ケトス。ボクの宿敵だった魔猫の王。キミは今、幸せかい?」
しばらく考えて。
私は焦げたパン色の思い出を胸にしまい。
にひぃ!
『ああ、とてもね! 毎日が楽しいよ! 明日なんて、ロックウェル卿とチキンを食べに行く約束をしているしね! 午後にはホワイトハウルと、海鮮弁当の食べ比べもする予定だし!』
照れずに答えた私は、そのままチェシャ猫スマイル。
「そうか、ならいい。安心したよ」
納得したのか。
安堵した様子を見せていたが、ふと、彼女は顔を切り替える。
「さて! 今回の件も世話になったね。今は他に誰もいないから、恥ずかしいけど言っておくよ。ありがとう、本当に……助かった。義兄さんについても世話になったみたいで、はぁ……ボクはキミにまた貸しを作ってしまったわけだね」
『気にするなって言っても無理だろうから、グルメで返してくれればいいよ?』
告げて、私はお寿司屋さんの出前のチラシをスススス。
テーブルの上で輝く広告が、見事だね?
苦笑する宿敵は、チラシを眺めて――何気なく言う。
「一つ聞きたいんだが、キミ……ボクとあの子から勇者としての称号を、盗んでくれたのかい?」
ドーナツを、もっしゃもっしゃ。
チラシの中から、艶が際立つウナギ入りの釜飯を指さしながら、ぺろり♪
私は言う。
『おや、なんのことだい』
「ボクとあの子は勇者だ。今回の事件だって本当なら、もっとボクたちが前面にでていてもおかしくなかった筈。けれど、キミが前に出て、キミが全てを引き受けてくれた――まるで主人公の出番を奪うように。それって……」
言葉を遮り。
私は言った。
『盗んだとは違うかもしれないが――これを見れば答えが分かるよ』
私の整理整頓された……とはいわないが、様々な神器が詰まった亜空間から取り出したのは。
一本の剣。
既に私のモノとなっている、呪いの証。
「おい! それは……っ、ボクの聖剣じゃないか! じゃあ……キミは」
気付いたのだろう。
我が宿敵はさすがに狼狽した様子で、かつての呪いの装備を見つめていた。
『ああ、実はあの世界の次の勇者に選ばれたのは私でね。ま、私には運命の強制力は働かない――私を勇者として選んだ時点で終わり。ゲームオーバー。勇者の呪い、ラプラスの悪魔の負けって事さ。ただそれでも勇者は勇者。正式な勇者である私が、世界のためではなく一人の少女、女子高生で私の愛弟子。ヒナタくんのために行動していた、ただそれだけの話だよ』
そう。
これは――勇者が少女を助ける、そんなよくある話。
まあ私は猫だし。
少女自身も色々とぶっ飛んでる、勇者なんですけどね。
我が宿敵は思い出したように、じとぉぉぉぉっと私を睨みだした。
「そういえば、ウチの娘とは。本当に何でもないんだね?」
『ああ。元気だし、かわいくて優しいイイ子だとは思うが。君が勘繰るような関係ではないよ』
そもそも猫と人間だし。
と、言っても。
目の前の主婦様は、ネコちゃんである三毛猫魔王様と恋に落ちたわけで。
娘が自分と同じ運命。
同じ種族に恋をしてしまうのではないか、そう思っているんだろうなあ。
だから私は、じっとヒナタママの顔を見た。
しばらく、こちらを睨んで。
我が宿敵は、ふっと苦笑してみせる。
「嘘じゃないようだね」
『だからぁ……最初から、そう言っていただろう?』
ヒナタくんも言っていたけど、この夫婦。
親バカで過保護気味だよね。
まあ幸せになった人生で得た娘、彼女が可愛くて仕方がないのだろう。
けれど。
我が宿敵はなぜか、残念そうな息を漏らし。
冗談めいた口調で、口を動かした。
「そっか。あーあー! それもちょっと残念だね。キミならウチの娘を預けてやってもいいと、思ってやったのに!」
本当に複雑そうな顔をしているのである。
さすがに、歳も離れすぎてるし。
と、冗談の一つでも言ってやろうとした時だった。
「ドーナツ♪ ドーナツ~♪ お母さんのドーナツって、なにこの魔力……って、まさか!」
元気な声がした。
ヒナタくんの声だ。
『帰ってきたようだね』
「あぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁ! やっぱり来てたのね! ちょっとケトスっち! あたしの分のドーナツまで食べちゃったんじゃないでしょうね!」
さすがに全部は食べていない。
そう微笑むつもりだった私は、ドーナツの皿をヒナタくんに差し出し。
差し出し……。
……。
あれ? 空だね。
そういえば、会話している最中にバクバク食べていたような気も。
……。
ま、まあこれも報酬のひとつってことで!
グルメの事なら師弟なんて関係ない!
私はゴゴゴゴゴっと荒れ狂うヒナタくんの攻撃をかわし。
くはははははっと嗤うのであった!
◇ゲームクリア◇
エピローグ:勇者編 ~変わる魔帝と、我が宿敵~ (終)




