その名は、大魔帝ケトス ~そっちがラスボスだって誰が言った?~
魔王陛下の敗北によって、戦況は一変した。
筈だったが。
魔王様が封印されたので、大魔帝ケトスこと私――最強もふもふ猫魔獣に掛けられていた行動制限、魔導契約も解除されてるんだよね。
そんなわけで!
魔王様も無事だと分かっているので、存外に私は余裕綽々。
から揚げ脂でテカテカになったお口をフキフキ!
悠然と転移を開始!
目標は――宵闇色の楽園の空。
そこで佇むお兄さんたち。
影の中からズボっと顕現した私は――ふふんと猫口を膨らませ。
表お兄さんを指差し、ビシ!
『くはは、くははははははは! よくも我が主、魔王陛下を不意討ちで封印してくれやがったのニャ! この卑怯者お兄さんめ! 大魔帝ケトス、呼ばれなくても推参なのニャ!』
ふっ……。
決まった!
生命の樹の影から顕現したので、その空間の割れ目から私の眷属猫がわしゃわしゃと湧いてきている。
私の世界。
ドリームランドと強制接続したのである。
今の華麗なる名乗り上げと、美しきネコフォルムを見せる事にも意味がある。
魔王陛下が呼んだ遮光器土偶ゴーレムを眷族化、ついでに楽園の神話生物たちを魅了したのだ。
それがダブルお兄さんにも伝わったのだろう。
ラスボス裏お兄さんの方が、ほぅ……と感嘆とした息を吐いていた。
しかし今、用があるのは私がよく知るお兄さんの方。
私の猫口は神父としての冷静な声を漏らす。
『で? どういうことだい、お兄さん。魔王様を裏切るなんて、いや、君は元から魔王様傘下の神じゃないから裏切りではないが――少し、乱暴じゃないかな』
肩を竦めたレイヴァンお兄さんは、斜に構えながら煙草をふぅ……。
そこにあったのは、少し困った顔。
煙による結界を展開しながら、問いかけに応じる。
「言っただろう? 異界の俺様の目的は、あいつのために世界をリセットする。人間に魔術を与えない世界へと作り直す。それなら話は別だからな――俺様は俺様の口車に乗った。ただそれだけの話だ」
言って、お兄さんは異界のお兄さんと合流。
私がよく知るお兄さんは皇帝風の白い衣装なので、白お兄さん。
異界のレイヴァン神は黒いカッコウのままなので、黒お兄さんでいいか。
いや、表お兄さんとラスボス裏お兄さんの方がいいかな?
……。
にゃにゃにゃ! 呼び方なんでどうでもいいんだけどさ!
シリアスを維持すべく、私は呼び方に悩んでいる内心を隠し。
淡々と諭すように告げる。
『君は自分が言っている言葉の意味が分かっているのかい? 世界は確かに世界を保ち続ける性質がある。三千世界、ようするに様々な異世界を生み出す宇宙が壊れてしまえば、次の宇宙を最初から作り直す筈。そこには楽園が生まれ、聖父クリストフも誕生し――魔兄レイヴァン神、君も生まれしばらくしたら魔王陛下も生まれる。けれど、それはあくまでも同一の情報を持った存在が生まれるだけ。君の弟本人じゃない。何の意味もないじゃないか』
以前転移の授業で教えた、疑問。
転移した先の存在は同一情報を持ったコピーか、本人か問題。
今回はその答えと逆だった。
世界が変わり、同じ情報を持った存在が再度生まれたとしても別人なのだ。
「それでも人間はいなくなる。ケトスよ、おまえさんも様々な冒険の中で見てきただろう? 人間がいるからこそ、争いが生まれる。人間がいるからこそ、世界は醜く汚れていく。今、おまえさんの味方となっているペンギンだってそうじゃねえか。かわいそうに、みーんな全滅させられちまった。おまえさんが出逢った金糸雀だってそうだったろう? 死ぬための道具として鉱山に持ち込まれ、そして見捨てられた。なんともひでえ種族じゃねえか」
これは精神攻撃。
一定の真実を口にして、私の心を奪おうとしているのだ。
ま、私にはそういう系統の魔術やスキルは効かないんですけどね。
『ああ、たしかに人間の一部にはそういった非道を行う者もいる。時代がそうさせたのかもしれない、まだ倫理が育っていなかっただけかもしれない。けれど、全てのニンゲンがそうだったわけじゃない。そこには必ず、その非道を責めるモノもいた筈だ。声を上げたモノがいる筈だ。君はそういった無辜なる人々すら、世界から消し去ろうとしている。冥界神レイヴァン、それを本当に理解しているのかい?』
「どうだろうな……。だけどな、おまえさんだって思ったことがある筈だ。ニンゲンなんて、いなくなればいいのにってな。俺も、宇宙に上げられた哀れな犬の命を回収した時、そう思った。こんな残酷な種族をどうして見守り続ける必要があるんだ。そう、心のどこかで思っちまうんだよ」
それは……宇宙実験で殺された犬。
ライカ君の事か。
たしかに、お兄さんは彼女の魂を回収していた。
ならば、人間同士の、国同士の権力争いの犠牲となった哀れな犬、その事情も知った事だろう。
お兄さんが続けて言う。
「俺だってな、わざわざ自分から行動はしない。ニンゲンを消し去るために世界をやり直そうだなんて思わねえさ。けどな、今回は違う。異界の俺がやろうとしたことを理解しちまった。手伝ってもいいと思っちまった。そこに道が作られていた。なによりも、俺の弟がなんで人間なんかのために、あそこまで不幸にならないといけねえのか――そう、思っちまうとな。そりゃ俺はあいつの兄貴だからな。たまには行動してやらねえといけねえか、そう思っちまっただけさ」
悪いなケトス。
そう言って、お兄さんは髪を掻き上げる。
背に生えていた翼の数を増やし――重なり合う六対の翼をばさり!
「魔兄レイヴァン。我、ここに降臨す――さあ、弟が育てし最強の眷属よ。世界を救いたいのなら、この俺を倒してみる事だな。言っておくが――冥界の俺様は、強いぞ!」
宵闇に染まった楽園の上空、紅い月が生まれる。
月の狂気を取り込んだのだろう。
お兄さんの三白眼が、真っ赤に染まっていく――まあ、接近戦を得意とする連中が使う、いつもの狂戦士化である。
しかし二対一か。
ダブルワンコとダブルコケコッコには、外で待機をして貰っている。
大魔王ケトスは取り込まれる心配を考えると、ここには出したくない。
つまり、私一人で全て何とかしないといけないのだ。
そう。
これはまるでラストバトル。
ラスボス裏お兄さんの方が言う。
「もふもふを倒すってのは気が引けるが、てめえあいつの最強の部下なんだってな。だったら、こっちも遠慮はしねえ。すぐに主人の眠る籠の中に、共に封印してやるさ!」
ダブルお兄さんによる正体の見えない攻撃が襲ってくる。
赤い月の下で、私のモフ毛が硬直する。
私の動きを止めたのは……、ラスボス裏お兄さんの影、私と同じ影からの攻撃か!
裏ボスお兄さんが犬歯を見せる程に、口を開く。
「いまだっ、異界の俺様! そいつはなんかやべえ! 厄介そうだ。早く封印しちまいな!」
「お前さんはうるせえなあ、分かってるよ。悪いなケトス、お前が眠っている間に――すぐに終わらせてやる」
言って、お兄さんが動きを止められた私に手を翳し。
翼の裏から死者達の腕を伸ばしてくる。
飛蝗状態となった冥府からの腕が、私の身体を抱きよせ吸収していく。
私の身体が闇の中へ、落ちていった。
が。
私はそのまま、お兄さん二人の後ろ。
ちょうど真ん中に再顕現。
ギシリと邪悪に猫口を蠢かし。
魔猫神たる私は、二柱の耳を揺するほどの冷たい死の吐息を漏らす。
『ふむ、影や夜。闇といった要素は昔から死を連想させた。そういった昏い部分もお兄さんは支配下におけるってことだね。一つだけ、正体不明の攻撃の謎が解けたよ』
二人の顔がぞっと蒼白く染まる。
血の気が引いたのだろう。
『魔兄レイヴァン、そして異界のレイヴァン神よ。君たちはなにか勘違いをしているね。確かに君達はこちらから見ればラスボスだ。世界が用意した、勇者ヒナタを殺せる敵だ。それは認めよう。だから私はそれを回避するために、動いていた。様々な冒険の中、答えを獲得していった。そして私はこれからも、悠久ともいえる時の中、グルメと光を求め――滅びを回避するために動き続けるだろう』
彼らは動かない。
動けないのだろう。
振り返る事の出来ない、恐ろしい殺気が二人を襲っている筈だ。
そんな二柱に構わず、私の猫口は蠢き続ける。
『しかし、君たちはどうだろうか。考えた事はなかったかい? 先程も言ったが、君たちは私達にとってのラスボス。倒すなり、封印するなり、説得するなり、滅ぼすなり。何らかの行動制限を与えねばならない、最後の敵。けれどね、もう一度言うよ。君達にとっての私はどうだろうか。弟のため、ニンゲンに魔術を与えない世界にやり直すため。そのために、何の代価もなく行動ができると本当に思っているのかい?』
更に、獣の口は蠢き続ける。
『考えてみるといいさ。今の君たちの行動には一定の正当性がある。破綻した価値観だとしても、弟のために何を犠牲にしてでも動く姿。愛する家族のために悪に染まる。それはきっといくつかの物語、冒険譚では主人公として語られる筈だ。世界も人も、そういった献身、自己犠牲が好きなのさ。そう、まるで勇者の悲劇的で感動的な死を望み、その死の運命を尊いと思うようにね』
お兄さん二人が、恐る恐るこちらを振り向こうと。
動く。
構わず、私の口は淡々と神父としての冷たい声を上げる。
『おめでとう、魔兄レイヴァン神。君たちはおそらく世界に主人公としての素質を見出された。認められた。ならばきっと、勇者ヒナタに君達というラスボスを用意したように、君達にもその行動に見合ったラスボスを用意する事だろう。ああ、そうだ。もう言いたいことは分かったね。殺さなかったとはいえ、傷付けなかったとはいえ。君たちは私の最も敬愛する御方を封印した。それはとてもイケない事だ。実はね、私は少し怒っているのさ』
彼らの瞳には、きっと憎悪を滾らせる黒い獣が映っている筈。
『我はケトス。大魔帝ケトス――魔王陛下を支え、共に歩く魔王軍最高幹部。いや、今はきっとこういった方がいいだろうね』
憎悪の魔性としての力を完全に操りながら。
モフ毛を邪悪に膨らませた私は、ぎしり……っ。
赤き魔力で楽園を覆いつくす。
『君達にとってのラスボスだ』
それは、普段全力をださないように力も心も制御していた魔猫。
大いなる闇。
数多の世界を滅ぼし、数多の世界を救った善も悪も関係なき、獣の神。
その名は、大魔帝ケトス。
邪悪なる魔猫は、この時、この場所のみ――力を制御することなくその牙と爪を揮うだろう。
本気を出していいのだ。
なぜなら主人を助ける必要があるのだから。
それが魔猫の物語。
楽園に――。
ラスボスが顕現した。




