いきなり聖戦!? ~ニャンコ、対、謎の美女~
それは――。
異世界散歩から帰還して、数週間後。
大魔帝ケトスこと私。
モフ毛も頬毛も素敵な黒ニャンコが、学校の庭園をトコトコトコ。
破壊魔術学科の授業を終えて、昼食を楽しみにしていた時の出来事だった。
シュゥゥゥゥゥゥゥウン!
と、鋭く次元を裂く音と共に。
違和感は突然やってきた。
「座標は、ここであっているのかな。あの人が飛ばしてくれたんだし。んー……たぶん間違いないとは思うのだけど」
目の前にいるのは、見た目の年齢が……。
三十代ぐらいと思われる美女。
口元にピンと当てた人差し指の二つ隣には、赤い結婚指輪が輝いているのだが。
はてさて。
本当にいきなり、何の前触れもない顕現。
学長のヒトガタくんの学園結界を破り、空間を渡ってやってきたのだ。
私の信頼する部下の結界を破る、その時点で真っ黒である。
当然、私はこう思った。
まーた……厄介ごとでやんの……。
と。
私の隠れ散歩スポットみたいな場所なので、この周辺には誰もいない。
誰かに面倒を押し付ける事は不可能。
仕方ない、とりあえず対応しないわけにはいかないか。
相手はスレンダーな大人の女性。
獅子を想わせる女社長といったイメージの、かなりの美人さんなのだが。
周囲をキョロキョロ見渡す彼女に、私は言う。
『ねえ! 君ー! ここ、関係者以外立ち入り禁止なんですけどー! 許可書を見せて貰えないかな!』
「その声は……。あー、いたいた。じゃあここであっているんだね! その魔力、その力――前より強くなっているけど、間違いない。あの魔猫か!」
はて。
麗しの私はネコの眉間をうぬぬぬぬ、頭脳明晰なネコちゃんオツムを働かせて考える。
誰だっけ?
と。
私って猫じゃん?
記憶容量がネコのままだから、どうもしばらく会ってない人とかだと思いだしにくいんだよね。
よし、聞く方が早いよね!
『ねえー! 君、どこかで会った事あったっけ? もし初対面じゃないなら、悪いんだけどー! 全然、記憶にないんですけどー!』
「オーケーオーケー! でも、その前に――こちらの質問に答えて貰うよ。確信が欲しいからねっ」
獅子風姉ちゃんの凛とした力強い声が響く。
声だけで、校舎が揺れている。
それだけではない――コミカル口調だった私のヒゲが、ぴくり!
『扇動の力!? 君はいったい……』
「君があの魔帝ケトス、ということでいいのかな?」
声が――変わった。
私への客か。
まあ先ほども言ったが、ヒトガタくんの結界。
更に、引きこもりのプロ、死神貴族ヘンリー君の結界を破って侵入できている時点で、あきらかにおかしい。
上位存在と見るべきだが、その種族は人間。
空気を切り替え、私は猫口を蠢かす。
『確かに、私が大魔帝ケトスだけど――』
女の口元が、ふふっとつり上がる。
そんな長年のライバルとか、宿敵を見つけた!
みたいな顔をされても困るのだが。
ネコ眉を警戒にうにゅっとさせながらも、私は言う。
『君は本当にナニモノだい? とりあえず、ここには生徒達がいる、あまり乱暴な歓迎をしたくはないのだが』
「生徒? 噂には聞いていたけど――へえ、あの暴走ぶっとび世界大混乱野郎の魔帝ケトスが、本当に教師をやっているんだ。意外だね」
告げながらも、女は前にやってくる。
かつん。
硬い革靴の音と共に鳴ったのは、轟音。
ブゴォォォォォオオオォォッォォォォ!
裂けた次元。
相手がやってきた転移空間に、魔力と空気が流れ込んでいるのだ。
女の髪とスーツの裾が、魔力風に靡いていた。
静かに瞳を細め、戦士としての顔で女は言う。
「少し、いや、だいぶ吃驚しているけど。まあいいさ。ちょっと手合わせ願えないかい?」
『遠慮したまえよ、君……少し失礼だね。戦う理由がないモノを殺すつもりはない』
言いながらも、私は影結界を展開。
周囲を巻き込まないための環境を構築する。
「そっちにはなくても、こっちにはあるのさ! 問答無用だよ!」
言葉と共に、女は跳んでいた。
早い――っ!
いきなし繰り出した十重の魔法陣から、聖剣を取り出しての奇襲である。
普通の相手なら、これでなすすべもなくやられているだろう。
が!
私はこれでも大魔帝! 魔王軍最高幹部なのだ!
グガゴガ、ゴゴゴッォギィィィィィィイイィィィン!
ニャンコの宙返りで相手の剣撃を受け止めて、私はニヒィ!
挑発の魔術を込めて、丸い口をうなんな!
『ちょっとは早いみたいだけど。甘いね――』
「な……っ――、ボクの剣を……、って!? 魔帝ケトス! なんだいそれはっ! 小学生が使うみたいな、園芸用のスコップじゃないか!」
そう、おそらく聖剣だと思われる相手の獲物を受け止めていたのは。
ただの園芸用のスコップ!
ふふーんと胸を張り、私はドヤ顔で。ん? ん? と勝ち誇った鼻息を漏らす。
『くははははは! ちょっとカボチャ畑でも新設しようと思っていたところなのさ!』
「このボクの剣を、そんなもので!?」
彼女は、さすがに気に入らなかったのか。
魔力で強化した拳と蹴りによる連撃が、私のモフモフボディを狙い撃つ。
その太刀筋も、マーシャルアーツも達人の領域を超えている。
しかし!
私は全てをいなして、ププププー!
『鬼さんこちら! 肉球の鳴る方へ~♪』
スカ! スカカカカ!
ひらり、ひらり、ひらひらり♪
くわっと牙をみせる形で、再度のドヤ!
『見よ! この華麗なる体さばき!』
「体術レベルが限界を超えている……っ」
さて、今度はこっちの番だ。
『君の力、試させて貰うよ――!』
「詠唱なしの十重の魔法陣!?」
驚愕に瞳を見開く獅子女さんは、聖剣の先から簡易結界を展開し始める。
ま、これくらいなら直撃しても大丈夫だろう。
手加減をして……っと。
私は肉球をバチンと鳴らし、闇の魔槍を影から放出!
まあ、いつもの小手調べである。
ズジャジャジャズガジャジャジャ、ズジャジャジャジャ!
さすがにこれほどの騒ぎとなれば、学校中の皆が察したのだろう。
私の隠れ散歩スポットに、校舎からの視線が集まっている。
ヒナタくんも私達を見て、ぎょっと表情を曇らせ――転移魔術を発動させていた。
彼女が転移を完了する前に。
勝負をつける!
『とりあえず――大人しくして貰うよ』
闇の魔槍の数を増やし、桜吹雪のように放出!
「だぁあああああああああぁぁぁぁぁぁ! もう、なんなんだい! キミ、ちょっと異常だよ! だいたい! 剣の使い手に遠距離攻撃だなんて、卑怯じゃないかっ!」
『失礼な人だね! だいたい、君がいきなり襲って来たんだろう!』
互いに発したのは、ただの罵りではない。
挑発と扇動の魔術がぶつかり合う。
女は、いままで力を抜いていたのだろう。
明らかにギアを一段階切り替えて、キリリ。
「へえ、本当にやるじゃないか。昔を思い出して、血が滾るじゃないか! いいよ。うん。よーし、そっちがその気ならこちらも本気を出そう!」
距離を離すように空間転移で下がる女。
しかし、甘い!
転移空間に干渉!
痕跡を辿り追撃するように、私の肉球が地を駆ける!
「次元の支配を上書きされた――っ、しまった!」
『貰った――っ!』
私の牙が、女の首筋に喰らい……。
つく、直前。
転移を完了したヒナタくんが、両者の間に割り込み――ギャジィィ、ギン!
「ちょぉおおおおおおおおぉぉっぉぉおおおっと、待ったぁぁぁっぁぁあ! あんた達! こんな場所でなに、聖戦を繰り広げてるのよ!?」
背後に祖父譲りの聖なる炎を纏い。
聖剣と黒の魔導書を装備。
鬼の形相で、ヒナタくんが私と獅子女の剣と牙を受け止める。
私の攻撃を普通に受け止めるレベルにまで成長しているのは、微笑ましいが。
今はそれよりも。
『君は下がっていたまえ! ヒナタくん!』
「あなたは下がっていなさい、ナデシコ!」
ん?
下の名前で呼ぶのは珍しいが。って、ヒナタくんの知り合いなのかな。
しかし、どうも私とは相性が悪い。
戦いをとりあえず中断した私のモフ尻尾が、地面をベチンベチンと叩いている。
『ヒナタくん、誰なんだい。このオバちゃんは』
「オバ……っ!?」
獅子女は、それでもぐっと我慢したのだろう。
深呼吸をし。
無理やりな笑顔を作って、私に言う。
「キミとこの姿で会ったのは初めてか。魔帝ケトス。かつての我が宿敵よ。キミにとっては百年ぶりって事でいいんだろうね」
『百年ぶり? 百年前って言うと……』
ちょっとのズレはあるが。
魔王様が勇者との戦いでお眠りになり、私が大魔帝の位を戴いた時期であるが。
まさか!?
「やあ、キミが噛み殺したボクの事。もう忘れてしまったのかい?」
……。
ぶにゃっと私のモフ毛が逆立ち。
ビシっと肉球で指差し、叫んでいた。
『君! あの時の糞ムカつく勇者か!?』
「そう、キミに負けて元の世界に帰還した、伝説の勇者。その人さ!」
デデーンと!
かつての宿敵は、なんか微妙に魔王様っぽいポーズをとって。
ビシ!
こいつ、百年前は殺戮機械ドールみたいな無機質なヤツだったのだが。
ずいぶんと印象が変わっている。
私、こいつに何回も殺されまくったからなあ。リポップを延々と繰り返し、ようやくその息の根を止めたのだが。
……。
イライライライライラ!
ぼべぼわわわわっと、全身の毛が膨らんでしまう。
ザザザザ、ザアァアアアアアァァァァァ!
闇が、周囲を覆っていく。
ぎしり……ッ。
異形と化した前足で地面を屠りながら、私は唸る。
『久しいな、世界に捕まり狂気に囚われた、かつて勇者だったモノよ。よもやこの世界で再会しようとは。巡る因果と宿命、これが運命だというのなら、今この瞬間、あの日の続きの宴を繰り広げてやってもいいが――?』
「おや、その姿と声。懐かしいね魔帝ケトス」
全盛期モードに戻った私を睨み、聖剣を、かちゃり。
勇者はクールに微笑する。
「かつて人間の多くを殲滅し、音もなく滅ぼし続けた伝説のネコ魔獣。低級猫魔獣を名乗っていながら、数多の英雄の首を刎ねて回った殺戮の魔猫。嬉しいよ、こうして再び出会えてね――ああ、本当に。嬉しいさ」
勇者と魔猫。
因縁の再会に、バチバチバチっと火花が飛ぶ。
にらみ合いが魔力を発生させたからだろう。
校舎の生徒達が、巻き込まれまいと全力で協力しながら結界を張っていた。
聖戦の再開!
そんな空気をバッサリと薙ぎ払うように、ヒナタくんが話術スキルを発動。
はぁ……と眉に皺を刻んで。
「お母さん……あたしを置いて海外旅行にいっていた筈なのに、なんでここにいるのよ? ここは現実と夢の狭間の世界、ダンジョン領域日本。ふつうは干渉できない筈でしょ?」
ヒナタくんがお母さんと呼ぶ。
つまり……。
勇者は私を睨んでいた顔をデレっとさせ。
「決まっているだろう! かつてのボクの宿敵! この魔帝ケトスが、我が娘、ナデシコの婿にふさわしいかどうか、直々に確かめに来たんじゃないか!」
あ、こいつ。
親バカだ。




