エピローグ:エルフ族編 ~怠惰なりしモノ~
ミドガルズ大陸に存在する広大な森林地帯。
緑豊かな土地に建設されたのは――森ネコ魔獣の集落だった。
かつてエルフだったモノ達の新天地である。
耳長エルフの特徴を受け継いだ、新ネコ魔獣。
フォレストエルフキャット。
涼しい顔立ちの美猫へと進化した彼らの様子を、この私、大魔帝ケトスが直々に見に来たのだが。
……。
あれ? 場所を間違えたかな。
モフっと膨らませた黒毛をブワブワ。
私は座標を再確認する。
やはりネコ騎士ローラくんから連絡を受けた地域は、ここで間違いない。
魔王軍の城壁にさえ匹敵する立派な関所を見上げ。
私の口が動く。
『ほへぇ……っ! これは驚いた。本当にここであってるんだよね?』
それは――怠惰を象徴とする彼らには不釣り合いな街並み。
仰天の変化が起こっていたのだ。
たった一ヶ月だというのに、森林に築かれた集落はまるで砦。
なんつーか。
めっちゃ発展した城塞都市となっていたのである。
中からは賑やかな声が響いている。
魔竜とも交流があるのか、ちらほらと魔竜対応の喫茶店さえ建設されていた。
訪問を事前に連絡していたからだろう。
街の入り口。
フォレストエルフキャットの聖騎士が待機する城門には、煌びやかな垂れ幕が一つ。
《ようこそお越しくださいました、大魔帝ケトス様!》
めちゃくちゃ歓迎されているようである。
道行く煉瓦には、エルフが扱う精霊銀が素材とされているのだろう。
ドウェルグ族から習った技術だろうが、その出来は私から見てもそれなりに良品質。
この私が見てそれなり、と評価するのだ。
きっとこの世界にとってはオーバーテクノロジーのような、二世代先の技術だろう。
そんな素晴らしい街並みを建設しているのは――。
魔剣と暗黒の盾を装備したかつての聖騎士エルフ。
今は暗黒騎士ネコへと転職した、ローラくんである。
彼女が涼しげな猫顔で、ヒゲを――ふふん♪
「お前達、ぐずぐずしてるんじゃないよ! 今日はケトス様がいらっしゃる日なんだ! 餡子グルメの用意はできているかい!?」
「完璧ですニャ!」
「然り! 我等かつてエルフだった者! あの方への恩を返すために、全力でこし餡グルメを作りますニャァ!」
かつて怠惰だった騎士達が、エプロンを装備。
特設会場で、ネコ毛をぶわぶわさせてクッキング中。
まるで神の降臨を祀る、祭典。
宴である。
いや、まあ私は神だから間違っちゃいないんだけどね?
そんな彼らの前に、私はトコトコトコ♪
堂々と近づいてやるのだ!
指揮をとる猫騎士ローラ君の前で立ち止まり、私は苦笑してみせる。
『やあローラ君、今日はカーマイン君の戴冠式の招待状を持ってきたんだけど……、どうなってるんだい、これは』
「ケトス様! お久しぶりです――お前たち、神の降臨だよ! 早く並びな!」
ローラ君の号令に、街中のネコが反応したのだろう。
街中専用の転移魔術を発動させ。
シュシュ、シュンシュン!
老若男女。全ての猫が集っているのだろう。
次から次へと魔力波動が浮かんでくる。
目の前にはネコ、ネコ、ネコ!
七色の毛玉が、ズラッと並んでいる。
ローラさんが、ネコの丸口をウニャっと上下させる。
「怠惰なりしも偉大なる方。女神ヒナタ様の保護者にして、我等の救世主――大魔帝ケトス様。我等に新たな人生を授けてくださった大神よ。我等、フォレストエルフキャット……御身の前に、この信仰を捧げましょう」
信仰を捧げます!
と告げた森林ネコ達の復唱が、城砦を揺らしていた。
ちなみに。
私はちょっと毛を逆立てて、ドン引きである。
『えーと……なんだいこれ?』
ネコちゃん達が、ひそひそと頬毛を揺らし。
キリっとした表情で、ローラさんが言う。
「申し訳ありません! おっしゃっている言葉の意味がわかりません。なんだいとは?」
『いや、怠惰な君たちの事だからさあ。まだまだ街づくりが終わってないだろうなって、活を入れるつもりで来たんだけど。これじゃん?』
言って、私の赤い瞳は城塞都市に移る。
本当に、まだ一ヶ月である。
なのにだ。
前のエルフの街どころか、並みの強大ファンタジー世界の国家より、発展してるでやんの……。
やっと言いたいことが伝わったのか。
ローラさんはドヤりそうな顔を堪えつつ、ちょっと嬉しそうにネコ目を瞑る。
「なるほど――皆、人が変わったように勤勉に働いている。それが不思議なのですね」
『まあ、そう言う事になるのかな』
すっかり猫に馴染んだのか。
くわっと瞳をギンギラギンに輝かせ、彼女が自慢げに言う。
「どうやらアタシたち元エルフとネコ魔獣との相性は抜群。怠惰なアタシたちにとって、ネコ魔獣の性質はとても心地が良かったようなのです」
この世界のエルフの特徴は……。
怠惰で無責任で、他力本願。
……。
まあ、ネコの特徴に近いと言えば近いが……。
『元の君たちって、もしかしてネコよりも怠惰だったんじゃない……?』
「どう、なのでしょうか――」
言われたローラさんが、口元に肉球を当てて考える。
整列する他のニャンコも同じポーズをとっている。
「前の姿――エルフは長命種でしたからね、どうしても時間があるのだから明日やればいい。明日になったら、まだまだ時間はあるのだから、次の日でいい――この繰り返しとなってしまいがちでした。けれど、ネコとなった今は違うのです」
ビシっと肉球を掲げ!
彼女は言う!
「怠惰に暮らすため! 面倒な事は先に片付けて、後はのんびりと落ち着きたい! ダラダラごろごろしていたい! 最高の怠惰を貪るための努力は、けっして惜しまない! そういったネコ魔獣の心理が働いてしまうのかもしれませんね」
『な、なるほど!』
サボってダラダラ怠惰に過ごすために、全力で環境を作る。
ネコである私には、理解できてしまった!
「それに、ネコは失敗から強く学ぶ性質があるのでしょう。もう二度と……あのような過ちをしたくはない。いえ、するべきではない、そう皆が思っているのです」
それはきっと、エルフの女王エメラルドくんの事だろう。
彼らが彼女にした仕打ちが、種族の滅びを招いたのだ。
「文字通り、アタシたちは生まれ変わる機会を得ました。今度こそ失敗しないようにと、皆、張り切っているのですよ」
告げる彼女の目線の先には、四つの像が並んでいた。
私が強く要請した魔王陛下の像。
女神ヒナタの像。
大魔帝ケトスの像。
そして。
かつて怠惰だったエルフ達を長年支え続けた、ハーフエルフ。
エメラルド女王の像。
「こうして感謝と罪を忘れないために、我等は罪とも向き合い生き続けます」
『うん、それが君たちの選択ならば私はそれでいいと思う。けれど、一つだけイイかい?』
全てが元通りになったわけじゃない。
エルフ達はもっとも優秀な女王を失った今を、生きなくてはいけない。
それでも、言っておかなくてはいけないことがある。
シリアスな空気を察したのだろう。
ローラさんが騎士の顔で、ネコの鼻梁を尖らせる。
「何か不備が?」
『あのさぁ……たぶんなんだけど、シュラングくん……つーか、今の主神の像……忘れてない?』
そう。
シュラング=シュインク神の像だけ、建ってないんだよね。
今の彼女たちは、主神の加護を受けているからね。
その恩恵に対する感謝を信仰なり供物なりで返してあげるのが、健全。
主神と眷族として良好な関係を築けるのだ。
まあ、私は別に構わないのだが。
フォレストエルフキャット達が、ブニャっと集合!
ひそひそひそ。
尻尾が左右に揺れ動き……やがて結論に至ったのだろう。
全員が、まぬけなネコ顔で叫びを漏らす。
「わ、わすれてたぁあああああああああぁぁぁぁっぁあっぁああぁっぁ!」
森林が揺れていた。
私の肩も、苦笑で揺れていた。
生まれ変わってもエルフはエルフ。
やっぱり、やらかし属性は消えてないでやんの。
別に、彼等をネコ化させた私の影響がでてしまった、ってことはない。
……。
筈である。
まあ、おそらくこの事件も大きな問題ではない。
だってシュラングくん、モフモフがめっちゃ好きだからね。
きっと今頃、苦笑しながらこの様子を眺めているだろう。
エルフは変わった。
姿も心も。
主神の性質も変わった。
シュラング=シュインク神、今の彼には余裕がある。
ローラさんが涙を浮かべつつ、私に言う。
「どどどどっど、どうしましょう!? もう二度とやらかしをしないようにと決意した矢先、こ、ここここ、こんな! シュラング様への不敬!? あぁぁあぁぁあぁっぁぁあ! なんで誰も気づかなかったのですか!」
耳長モフ猫達が、大混乱しながら駆けだしている。
それはさながら、毛玉の運動会。
魔王様が眺めていらっしゃるのなら、きっとほんわか心を緩めているだろう。
先輩猫である私が言う。
『ぶにゃははははは! 君たちはまだまだネコちゃんレベルが足りないね。大丈夫さ。どーんと構えているといい、ネコならば大概の失敗は許されるからね』
のんびり答えて、私はこし餡グルメの代表格。
草餅に肉球を伸ばす。
『きっと、可愛く肉球で手を合わせて許してくださいニャン♪ ってやれば、解決だよ?』
「それはケトス様だから許されるのであって、アタシ達はそこまで図太くなれませんよ……っ!」
まだまだネコとしての修行が足りないようであるが。
まあ、前よりはまともな存在になっているだろう。
以前ならばきっと、誰かのせいにしてギスギスしていただろうからね。
慌てて、ウニャウニャウニャ!
シュラングくんを祀る像を建設するネコ達を眺め。
私は、お供え物の餡子グルメを頂戴する。
『まあ、今からでも間に合うだろうさ。シュラングくんもちょっとは心が広くなったようだし――加護を与えて貰った分は、恩恵を返してあげる事だね』
「にゃぁぁぁぁぁああぁぁぁ! な、なんでこんな大事なことを忘れてしまったのでしょう!? エルフだった時ですら、さすがに覚えていた筈なのに!」
呻くローラくんであるが、その答えを私は知っている。
だって。
ネコだもの。
そういううっかりがあっても、仕方ないよね?
ちょっと他のことに集中しちゃうと、忘れちゃうんだよね。
『平気平気! ネコレベルが上がってくれば、忘れてても気にならなくなるさ!』
「え、えぇ……。それはそれで、ダメではないのでしょうか……?」
ネコの性質に抗っても無駄だと思うのだが。
まあ、エルフ達が過去の失敗を教訓に、新たなネコとして頑張るのは良い事だ。
むっちゅむっちゅ♪
こし餡の甘さが喉を通り過ぎる。
用意されていた梅昆布茶を啜って、私は瞳を閉じた。
平和だなあ、と。
時刻は昼過ぎ。
ぽかぽか太陽を受けた私は、グルメを貪る。
皆は主神の像を建てるのに忙しそうだからね!
次々と私のモフ手が供物を掴んで、引き寄せる。
餡子がついた肉球をチペチペ♪
責任をもって、完食してあげたのだった!
エピローグ:エルフ族編 ~おわり♪~




