計画書? 計算? ~そんなものは、こうだニャ!~後編
戦争準備が破綻していた闇王の城。
その玉座の間で、ふふーん♪ とあるニャンコの、輝くモフ毛がぶわぶわと揺れている!
勝利を掴めと、うなうな唸っている!
計画を悉く破壊された吸血鬼。
ヴァージニア伯爵。
自他ともに認める策士だった男の目の前に、麗しのネコがいたのだ!
大魔帝ケトス。
異世界の魔猫。
この男がはじめて出逢った天敵である。
まあ、私の事なんですけどね!
ドヤり顔をそのままに、私はビシっと肉球で男を指差す!
『さあ、もう後はない! 君の分霊体、魔書ヴァージニアから情報はすべて入手済み、君の負けさ!』
そう、この男の負け。
いや、その目的の大半が叶っているわけだから、ある意味で負け逃げみたいなものなのだが。
気にしない!
だって、ねえ?
勇者ヒナタくんと主神シュラング=シュインクは再会できたし。
なんなら前よりは、関係も改善されたし。
神が嫌っていた旧人類のほとんどは駆逐できているのだ。
生き残った者の大半も、ネコ化か黒マナティー化。ついでにカピバラ洗礼を受けカピバラ化が完了済み。
この男の計画はある意味で成功していると言える。
為すべきことを為しているのだ。
しかし!
やった事への責任はとって貰おう!
闇王伯爵の目の前には、猫の赤い瞳が二つ。
ギラギラギラギラ。
心底楽しみ揶揄うように、輝いている筈。
ネコは全てを、見抜いていたのだから!
血の伯爵。
長年に渡りアッシュガルドを裏で操作していた、豪商。
ヴァージニアの頬に、濃い汗が滴る。
肺の奥から押し出すように、その唇が動き出す。
「たとえ――大魔帝といえど、音を立てずに中には入れなかったはずです。この魔城はシュラング=シュインク様の力で建てられた古城なのですから。あなたといえど、侵入の気配は必ずあったはず。それが、なぜ」
私は、言う。
『忘れたのかい? 半壊したこの城を直したのは、私だよ。その時にどこからでも干渉できるように、ちゃちゃっと細工をさせて貰ったのさ。もしかして、気付いていなかったのかい?』
その段階で既に――、一手を打っていた。
そう伯爵は悟っただろう。
「なるほど……ワタクシの計算違い、でございましたな。破天荒なる破壊神。大魔帝ケトスが、よもや……これほどまでの知将だったとは――ただ破壊を好むだけの、怪物ではなかったという事なのでしょうね」
全てがこの私! 大魔帝ケトスの肉球の上!
……。
まあ、本当に――。
あくまでも念のため程度にと、色々と仕掛けていただけなのだが。
偶然とはちょっと違う!
ネコの警戒心が生んだ必然なのだから問題なし!
にゃんこの性質の勝利!
我等ネコ魔獣は、慎重かつ頭脳明晰!
初めて見知らぬ場所を訪れる時!
最大限に警戒するモノなのである!
さて、自画自賛も十分か。
『君ももう理解している筈だろう? 私は君にとって、一番相手にしたくない存在。天敵だ、素直に投降したまえ。主のためにと動く、その気持ちだけは理解できなくもない。後の判断はシュラング=シュインク神が目覚めた後で、彼に決めて貰う事にする……どうだい?』
寝返ったヴァンパイアナイトキャットに取り囲まれた伯爵。
男は存外に余裕をもった様子で、巨漢を揺らす。
広げた翼の先から十重の魔法陣を展開し、肩を竦めてみせたのだ。
「それは困ります。これではまだ計画の途中。あの方にヒナタ様の心を届けて差し上げる。それがワタクシの使命であります故、心半ばで捕まることなど――いやはや、ありえないとしか言えませんな」
『十重の魔法陣か、へえ……まだやる気みたいだね』
分霊体の魔書が九重の魔法陣を使っていたのだ。
当たり前といえば当たり前だが……。
『たかがコウモリの親玉が、どうやってそれほどの力を手にしたのか、ちょっと興味はあるが。とりあえず! 拘束させて貰うよ!』
血の伯爵、ヴァージニアは覚悟を決めたように、ぎしり!
「もはや多くを語る必要もありませんな! この闇王ヴァージニア! あまり甘く見ないでいただきたい」
身体を霧へと変えて、伯爵が距離を取る。
その影から生まれるのは、最上位アンデッド。
しかし――この私にアンデッドなど通用しない。
他のヴァンパイアナイトキャットを巻き込まないように。
ネコ手を翳し。
モコモコっと猫毛を膨らませ――宣言!
『灰は灰に、塵は塵に――あるべき冥府へと帰るがいい!』
詠唱がそのまま力となり、きぃぃぃぃぃん!
モンスター名すら確認せぬままにアンデッド軍団を浄化する、が。
すかさず――男は動いていた。
「血脈の支配に従い顕現せよ。常世ならざる魔君の将よ!」
瞳を赤く染めた男の宣言。
因果と法則を乱す力が、玉座の間を揺らす。
血の絨毯から顕現しだしたのは――血塗られた騎士達。
くおぅぅぅぅぅぅっぅおおおおおおぉぉぉぉっぅぅぅ!
って、同じ敵じゃん!
時間稼ぎが目的なのか。
伯爵は再び翼を広げ、最上位アンデッドを召喚したのだ。
更にすかさず。
「血脈の支配に従い顕現せよ。常世ならざる魔君の将よ!」
こいつ!
私が他の吸血鬼を巻き込まないようにしているのを知っていて、あえて数で押してきたか!
その数は……。
って!
本当に異常だよ!
その次の瞬間、伯爵は血玉の杖……。
おそらくかつて人間だった時のモノ、自らの血で作り出した武器を握り!
高速詠唱。
「血脈の支配に従い顕現せよ。常世ならざる魔君の将よ!」
『また同じ手かい……? まさか、それしか芸がない、なんてことはないよね?』
挑発の魔術を込めた指摘に……反応はない。
挑発への耐性は完璧、完全無効か。
生意気な男である。
しかし、数だけは本当に洒落にならない。
カーマインくん率いるヴァンパイアナイトキャット達が参戦。
アンデッドの群れと戦闘を開始するも、相手は最上位のアンデッド。
苦戦を強いられている。
どうする。
一回彼らを撤退させた方が戦いやすいが。
考えているわずかな間に、伯爵は杖を回し――詠唱を開始。
「血脈の支配に従い顕現せよ。常世ならざる魔君の将よ!」
『にゃぁあああああああああぁぁぁぁ! 超範囲の浄化呪文を使ったら、全員を巻き込んで無人の古城になっちゃうし、面倒くさい……っ!』
伯爵を消してしまっていいのなら、話は早いのだ。
全盛期モードの姿になって、影の爪でバリ♪
それで終わる話なのだから。
しかし。
生かしたまま拘束しないと、シュラングくんがたぶん怒るだろうしなあ……。
私は範囲を絞った浄化の奇跡を連打、ウダダダダ!
じっと、男を睨む。
時間稼ぎをしているということは、なにか大技やら切り札があるとは思うのだが。
その隙を狙う方が手っ取り早そうかな。
案の定。
私の計算通りに、男は動きをみせる。
召喚の手を止めて、床に六芒星の魔法陣を走らせ始めたのだ。
儀式魔術のようだが。
はて……私も見た事のない構築の魔術式である。
魔力総量自体は十重の魔法陣。
つまり計測限界を超えているので、相当に高度な儀式なのだろう。
このままあっさりと薙ぎ払ってもいいのだが。
……。
ちょっと見てみたい。
わざとアンデッド浄化に手こずる様子をみせると。
巨漢の美丈夫。
闇王ヴァージニアの哄笑が、古城に轟き始めた。
「さあ。時は来た―――平伏すがいい、古き人類どもよ。新人類の王の誕生である」
六芒星の魔法陣が回転する。
魔術式が赤い輝きを放ち、浮かび上がり。
世界の法則を――書き換える。
「始原解放――ルーン開眼。さあ淫蕩と知識への貪食に溺れるモノ、兎妖精が鍛えし聖剣ドウェルグミキサーよ! 製作者すらも知らぬ、その魔印。血脈の呪いを解き放つのだ! 今こそその真なる力を示すがいい!」
朗々と告げた伯爵が、血玉の杖をパリンと破壊。
装備自らをロストさせることによる魔力増大、効果を発揮するタイプの杖だったのだろう。
ようするに。
ゲームなどでよくある武器。
戦闘中に使うと、火とか雷とかを放つ効果装備アイテムみたいなものである。
しかし。
あぁ、このパターンって……。
もしかして……。
あ……っ、と察してしまった私に構わず。
シリアス全開で、男が儀式を継続。
儀式と魔術式の膨大さに身が保てないのだろう、伯爵の身体からは血しぶきが飛び散り始めていた。
自らの血さえ儀式に用い、男の詠唱が続く。
「三大魔竜。邪竜ニドヘグル。地竜ファフナール、そして蛇竜ミドガリウムの心より生まれし闇の竜よ! さあ目覚めるがいい! 剣に封じ込まれし、汝の核! 悍ましき魂を今一度、アッシュガルドへと満たす時が来たのだ!」
効果は――他者を変貌させる魔術か。
対象は右腕たる……紅の聖騎士。
カーマインくんの身体が、闇で覆われていく。
おそらく、カーマインくんが最初に所持していた聖剣ドウェルグミキサー。
その素材に使われていたのは、二百年前にヒナタくん達の手によって滅ぼされた世界を覆う闇竜。
その核ともいえる魂だったのだろう。
いわゆるラスボス素材だ。
やりたいことは見えた。
聖剣ドウェルグミキサーを所持し続けていたカーマインくん。
彼を依り代に、闇竜を復活させようとしているのだ。
出会った当初、聖剣中毒に見えていた彼だったが……。
実際は、封じられていた闇竜の瘴気を受けていたのだろう。
だから、あんな残念な中毒症状を起こしていたのかもしれない。
いやあ、聖剣がないと中毒症状が凄かったからねえ。
それもヴァージニア伯爵の仕掛けていた罠の一つだったのだろう。
が――!
賢明な者ならば、もうお分かりだろう。
そう。
あの聖剣ドウェルグミキサーは……私が、既に……ねえ?
案の定、闇竜へと変化する筈だったカーマインくんは、頬をぽりぽり。
何の変化も起こしていない。
彼もまた、状況を察したのだろう。
「もう、宜しいのですか、ケトス様?」
『ああ、私が見知らぬ魔術を観察したいだけだってよく分かったね』
「それはまあ……長い間冒険していましたし、今は同じ魔猫王城に住んでいますからね」
そう。
カーマインくんはすっかり、私の世話役カテゴリー!
どうせケトス様なら、こう考えてるだろうなぁ……と、お節介をしてくれる、ネコちゃん管理役状態になっているのだ!
ほのぼのムードのこちらとは裏腹。
儀式魔術の反動で、血を吹き出し続ける伯爵が唸る。
「バカな! なぜ、なぜ変化が起こらん! カーマインよ! オマエには闇竜が封じられた聖剣を所持させ続けていた。聖剣とオマエ、そして我が血玉の杖を生贄に、二百年の時で強化された最強の魔竜が誕生する! それが我が最終計画! シュラング様の最高の手駒となる、新たな人類王の誕生だというのに! なぜだ!? なぜ何も起こらない!?」
牙を尖らせ。
禍々しい翼をバサササ!
瞳を血の色に染め上げ、伯爵さんが唸っている。
生贄にされかけていたカーマインくんであるが。
むしろ同情した顔でぼそり……。
「大変申し訳ありませんが、陛下。あなたに一つだけ、報告していなかったことがあります」
「なんだと……っ」
「聖剣ドウェルグミキサーですが……あれは既に消滅。ロストしております」
言われた意味が分からないのか。
伯爵はしばし考え、ようやく口を開く。
「バカな……ッ!? あれには破壊不可属性を付与していた! けして壊れぬ、いわば不死の聖剣! そしてオマエには支配の権能を使用していた、聖剣を片時も手放せなくする支配を……っ! 全て、完璧な計算だった筈! なのに、なのに! どういうことだ! ありえんぞ、そのような計算違い、起こるはずがない!」
なるほど。
この世界を混乱させた、そのもう一つの意味が理解できた。
混乱による、負の心を栄養とする事に目的があったのか。
魔竜は人の心から発生すると今回の事件から知った。
そこで見えてきた。
今回の事件。
本来の計画なら、私ではなく――カーマインくんとヒナタくんの二人が、世界を救う旅をする予定だったのではないだろうか。
つまり――。
伯爵の計画は、ヒナタくん再召喚以外にもあったのだ。
闇竜復活のプランも、同時に進行させていたのである。
今回の冒険の目的は――。
カーマインくんの心の闇を育てさせる事。
エルフや巨獣人族、彼らの歪んでしまった心の闇を、彼に眺めさせるという事にあったのだろう。
彼らは……まあ、あんなだったからね。
まっすぐな心を持つカーマインくんならば、心に闇を溜めてしまう筈。
その闇を蓄積させたカーマインくんそのものを、闇竜召喚のエネルギーに使うつもりでもあったのだろう。
おそらく、それなりには強い魔竜王が、誕生していたのではないだろうか?
まあ、実際は失敗。私が今回の事件に乱入した事で。
ぜーんぶ!
台無しになってるんですけどね!
そんな心を隠し、私は皮肉気にネコちゃん口角をつり上げる。
『あり得ないことが起こってしまう。それが現実ってものだろう』
私に囁かれてハッとしたのだろう。
伯爵の瞳が、憎悪に染まる。
「大魔帝ケトス……――ッ、聖剣を破壊したのも貴様か!」
『君の計画は――本当にしょうもないね』
肯定する私に、男はグギギギっと牙を剥く。
そこまで読んでいたのか?
そう言いたげな恐ろしい形相が私を睨むので、クククク。
嫌味な顔をして話を続けてやる。
『いやあ、すまないね。君の切り札……っていうか最終計画? それに必要な聖剣ドウェルグミキサーを破壊したのは、いや、消滅させたのは確かに私さ。実はね、暴露しちゃうけどそれだけは本当に偶然なんだよ』
言って、私は――ババババ!
亜空間から光り輝く聖なる爪とぎを二つ、並べる。
床でバリバリする用に一個。
壁掛け用に、もう一個。
『なにも知らなかった時の私が、うっかり! 爪とぎの素材に使っちゃった、だけなんだよねえぇぇぇぇ!』
伯爵さんの前で、バリバリばりょばりょ!
爪を研いで実演してみせる!
『駄目じゃないか、伯爵~! 職人さんに依頼する時は錬金不可属性はもちろん、食事不可属性も付与しておかないと。君で二人目だよ? 大物魔竜召喚のキーとなるアイテムに、ちゃんとセーフティロックをかけておかなかったのは』
そう。
彼の計画は、最初から破綻していたのである。
「爪とぎ……っ、新人類の王たる闇竜の魂が、爪とぎに……ッ」
さすがに、ショックが大きかったのだろう。
すんごい顔をしている。
儀式の反動で崩れかけるその身を揺らし、ヴァージニアが嘆くように翼を広げる。
「そんな、そんなバカな話があっていい筈がない!」
『ま、それが現実ってもんさ。偶然も、必然も運も不運も含めて……どれほどに信じられなくとも、辿り着いた結果が現実。チェックメイトだよ――』
声のトーンを切り替えた私は――パチン!
『闇の炎に呑まれて眠り給え』
肉球を鳴らし、伯爵の影を侵食。
座標を固定。
そのまま、とある場所へと強制転移!
転移した場所は、ぐつぐつと煮えたぎる鉱石の目立つマグマ地帯。
邪竜ニドヘグルが封印されていた、石櫃の中。
そう、熱に弱い彼をマグマ地帯の岩石の中に、転移させたのである。
いしのなか。
の亜種である。
この世界は彼のせいでメチャクチャになった。
その罰として、魔術も奇跡も封じた状態で、溶岩の中に存在を固定したのだ。
彼の処分は後ほど。
シュラング=シュインク神が目覚めた後で、再度、審判が下されるだろう。
罰で拘束される伯爵が呻くたびに火山が揺れる。
それが地震の正体だ、なーんて伝承が生まれたりもしそうだが。
ともあれ。
騒動の隙に、アンデッド浄化を済ませたのか。
紅の聖騎士が、こちらに歩みよる。
かつて吸血鬼だったヴァンパイアナイトキャットも私に向かい、跪く。
カーマイン君が言う。
「終わったのですか?」
『いや、始まったのさ。これから君たちが新しい道を歩むための第一歩がね』
ここ。
超イイ感じのセリフである!
主のいなくなった古城。
眷族支配が解けた城に、活気が戻り始めている。
吸血鬼たちの顔には、主人を失った複雑な表情が滲んでいる。
あの男の統治、それ自体に不満があったモノはいなかったのだろう。
彼は優秀な王だったのだ。
ただその目的が狂っていただけ。
狂信の果て。
神のために、本当に……どんなことでもしてしまうだけの、知恵と力があっただけ。
勝利の余韻の中。
私の目線は、聖なる爪とぎに注がれている。
ネコちゃんの可愛いうっかりが、全ての運命を変えたのだろう。
もし私が、素材に使ってロストさせていなかったら……。
ヴァージニア伯爵、彼は本当に不幸な男だったのだろう。
これほどガッツリと、相手の計画を狂わせているのだ。
きっと、あの男にとっての私は超極悪にゃんこ。
絶対に勝てない天敵を相手にしてしまった、その不運を呪ってもらうしかない。
そう考えるとカーマイン君が今回のMVP。
私を連れ帰った、その功績を私はちゃんと記憶しておこうと思うのだ。




