異邦人の微笑 ~聖職者無双!~ その3
神父獣人モードで尻尾と耳を揺らす私。
大魔帝ケトスはシリアスを維持して、周囲を見渡した。
時は既に夜。
礼拝堂を照らす壁掛け魔力照明のみが、光源となっている。
で!
何が問題かというと!
周囲を取り巻く、くせ者の気配だ。
柱の影に四人かな?
気配遮断のスキルを使っているが、私の目には巨獣人族の姿が見えている。
どうでもいいけど。
こっちからは完全に見えてるのに、隠れてるフリしてるのって……ねえ?
結構間抜けだよね。
『聖職者アンネ、君の手のモノではない。そういうことでいいのですね?』
山羊巨獣人の淑女は胸元にそっと手を置いて。
嘘偽りのない魂の色で、息を吐く。
「ええ、主神シュラング様に誓って……。確かに、わたくしは今日あなたに事情を伺いに参りました。けれど、このような結末を望んでいたわけではありませんので」
『なるほど、私は貴女を信じましょう』
敵は――。
たぶん、噂に聞く聖十字軍だろう。
隠密活動には似合わない、紋章が施された全身甲冑の巨獣人である。
対するこちらは二人。
聖書を持った美丈夫神父な私。
そして宝杖を持ったクール美人なアンネさんである。
カツリカツリと音を立てて歩き。
私は聖職者アンネを守りやすい位置に移動する。
紳士のマナーというヤツだ。
開く偽典聖書をイイ感じにバササササっとさせ。
礼拝堂全体を結界で包み込む。
『領域反転――第二エノク。さあ、君たちも知らない物語を紡ぎ出そう!』
周囲の領域が私の領域。
影世界に落ちていく。
まあ、いつもの手段である。
今、敵さんの視界の中には――黒衣の神父。
神父服とネコ尻尾を赤い魔力で靡かせる、美しき私が映っている筈だ。
もはや猫を被る必要もないと、私はいつもの口調で言う。
『これでキミ達は逃げられない。さあ、でておいでよ。聖十字軍……だっけ? まさか何もしないでこのまま帰っていく。なーんて、つまらない事はしないだろうね?』
挑発の魔術だが。
もちろん判定は成功。効果に従い、柱の影がズズズズっと蠢く。
「ほぅ、低級猫獣人のくせに、なかなかどうして生意気な結界ではないか」
「くくくく、我等を聖十字軍と知ってもなお、その態度」
「キサマ、狂人であるか?」
「キシャシャシャシャ! いまからその綺麗な顔を刻むのが楽しみで仕方がない!」
まるで盗賊みたいなセリフである。
やはり人数は四人。
職業は……こんな暗殺隊みたいな存在なくせに、聖騎士か。
種族は、ハイエナの獣性を持つ巨人らしい。
聖十字なんて名乗ってしまう所が、逆に、いかにも悪役って感じであるが。
ともあれ!
貯め込んだグルメの選定もしないといけないし……!
今日は朝から晩まで働いたから、残業は勘弁して欲しい所。
そんなわけで!
『それじゃあ――すぐに消してあげるよ!』
「よくぞ吠えたな、この小人め!」
にらみ合う私とハイエナ聖騎士集団。
さて!
このままぶっ飛ばしてやろう!
と、手を翳した矢先に、なぜか私の目の前に聖職者のローブがふわり。
「お待ちなさい!」
私を庇うように立った聖職者アンネさんが、宝杖を握り。
カツン!
杖による威嚇と警告。二種の魔術効果を兼ねた音を放ったのだ。
「どなたの使いなのかは存じ上げませんが。ここは神聖な寺院にして教会、礼拝堂なのですよ!? たとえ聖十字軍であろうと、許可なき立ち入りは許されておりませんわ!」
巨獣人だけあって力は強いのか。
礼拝堂の床が、ひび割れちゃってるし。
それに、キリっと凛々しくメガネを輝かせる姿は勇ましいが。
うん……。
正直、巻き込みたくないので下がっていて欲しい。
『シスターアンネ。下がっていたまえ、彼らは私の客人だ。たとえ下賤な存在だとしても全て受け入れ対話する、それが私の考えでもある……って、人の話を聞いているかい?』
「ケトスさん。この場で最も弱きネコの獣性のあなたは、戦わずとも良いのです。何も心配することはありません。ここは――わたくしが」
何か誤解をしているようで、アンネさんは眼鏡を冷たく輝かせ。
すぅぅぅ。
宝杖に魔力を這わせ、山羊の角に雷を纏わせ始める。
戦う気満々である。
「ええーい! 邪魔だ、シスターアンネ! 我らが用があるのは、そこの邪教神父! 国家に不安を撒き散らすペテン師のみ! キサマに用はない!」
私をペテン師と言っている。
このフレーズには覚えがある。
もしかして、宮殿だか王宮から派遣されたのかな、この人たち。
なにしろ、いきなり王宮に不法侵入したわけだしねえ。
今となって危険と判断され、追手が放たれたという可能性もゼロじゃない。
つまり、完全に私への敵なのだが。
山羊の角を輝かせるシスターは、戦闘体勢をとったまま。
まるで歴戦の女戦士のような声で言う。
「愚かな。このわたくしは僭越ながら聖女と謳われる身、ただの聖職者というわけではありません。それでもなお、あなた方はわたくしと戦うというのですか?」
杖の先端で、ビシ!
っと、されたハイエナくんが困ったように吠える。
「いや、だから……おまえではなく、そちらの!」
「いいえ! この者、ケトス神父はわが戦闘員ギルドに所属する神父。見過ごすわけにはいきません! それはすなわち、わたくしを敵にするという事なのですよ!」
まあ、私を庇っているのは明らかなのだが。
なんか、人の話を聞かないタイプっぽいなあ……。
……。
ズイズイズイズイ!
再度私が前に出て、聖書を開きながら静かに告げる。
『ありがとう、シスターアンネ。けれどここは危険だ。君は帰りたまえ、彼らは私に用があるみたいだからね。君を巻き込みたくはない。そっちの君たちもその方がいいだろう?』
ハイエナくん達も、うんうんと頷く。
彼等も私も同意済み。
そもそも、こちらは聖十字軍とやらに声をかけたのに。
背後からにっこり。
「いけませんよ、ケトスさん。命とは、主神シュラング様から贈られたとても尊き魂なのです。たとえ低級小人といえど、命は命。弱き小人族を置いて逃げるわけには、まいりません」
え、えぇ……。
良い人なんだろうけど、すんごい困る。
実際、聖十字軍のみなさんも困ってるし。
『参ったな……これでも私は、そこそこ戦えるんだけど』
「弱い方は皆そういうのです。自惚れは死を招きます、覚えておきなさい!」
強者のセリフが出ちゃったよ。
もしかしてアンネさん、そこそこ戦えるのかな?
ここでドカーン!
いつものように大魔術で敵を爆散させてもいいのだが、それではシリアスが壊れてしまうし。
どうしよう?
『じゃあ……共闘ってことでいいかな?』
「あなたは逃げてくださいケトスさん。戦いの邪魔です」
……。
どーしよ、これ。
ていうか、あそこまで奇跡と祝福の力を見せたんだし。
私が高レベルだって分かってる筈だよね?
よっぽど自信があるのかな。
以前から何度も口にしていると思うが。
私、あまりにも力の差が離れすぎてる脆弱なる存在同士だと、ね。
力の差とかがよく分からなくなっちゃうんだよね。
いつもの、庭を徘徊するアリンコの中で、どのアリンコが一番強いのかなんて区別がつかない理論である。
なかなか進まない話にイラっとしたのは、向こうが先だったようだ。
カシャン!
と、銀甲冑を鳴らし、両刃の騎士剣を翳して敵さんが言う。
「先ほどから、そちらだけでごちゃごちゃと! どちらでもいいわ!」
「二人まとめて始末してくれる!」
ダダダ――ダタタタタタタッ!
風の魔力で筋力を強化したのだろう。
まるでハヤブサのような速度で、騎士剣を構えて突進してくるハイエナ聖騎士。
そんな弾丸状態な彼らを見据えたのは――私ではない。
「させませんわ!」
存外に俊敏だったのか、一瞬で前に出たアンネさんが彼らを出迎えて。
ボゴン!
一体の胴を鎧ごと拳で捻じ曲げ、圧殺!
飛ばされた敵さんは床を抉って。
ズザズザ、ズジャァァァズジャズジャァァァァァ!
摩擦熱に削られたヨロイを赤く染め上げ吹っ飛び――壁にぶつかり、ドドドドン。
ズルズルズルと崩れ落ちていく。
まあ普通……クールメガネな聖職者に、いきなり胴をボコンと抉られるとは思わないよね。
こりゃ、死んだな……。
正拳突きで発生した風が、聖十字軍騎士さん達の装飾品をバタバタと揺らしている。
きっと、心も揺れているだろう。
私の尻尾も、風に揺られてブワブワになっている。
戦闘不能と死亡の狭間にいる負傷者を見て、ごくり。
残り三人のハイエナ聖騎士の顔が、引き締まる。
「な……っ、一撃だと!?」
「次はあなたの番ですわ!」
駆けるシスターがまるで狂戦士の顔で突撃!
相手側の隊長さんっぽいリーダー格の巨獣人が、鼓舞と結界のスキルを発動させ。
吠える!
「怯むなっ、所詮は女が一人! 束でかかれば、造作もないだろうっ!」
「隊長! 前、前! 来てますってば!」
この鼓舞と結界は悪手。
先に攻撃をかわすべきだった。
アンネさんは展開した魔術障壁で結界を相殺。
隙だらけとなった巨獣人との距離を一気に縮め、シュンと視線から消えた!
次の瞬間。
宝杖を棍棒代わりに振りかざし。
ガスン!
あぁぁああああああぁぁぁ……、ハイエナ騎士の首が変な方向に曲がっちゃったよ……!
純粋な力も、技術もアンネさんの方が上らしい。
やっぱり。あくまでもアリンコの中のカテゴリーとしてだが、アンネさんってそこそこ強いのか。
これ、私が無双する筈だったのに。
活躍、盗られちゃってるよね。
ぷらーんと、首が変な方向に曲がった男に目をやり。
ハイエナ聖騎士が、グギギギギギっと歯を喰いしばり唸る。
「こいつ……っ、よくも隊長を!」
「聖職者のくせに、人を殺すのか!」
罵倒に動じもせず、シスターは聖職者のローブを翻し。
キリリ!
眼鏡の位置を人差し指で静かに直し。
「死にたくないのなら、他人を殺そうなどとは思わないことです!」
説法するように告げた後。
グギュ!
今度は宝杖をハンマーのように叩き落として、もう一人をベゴギュン!
喰らった敵さんは瀕死状態。
亀が首を引っ込めたみたいに、鎧の中に半分、首が埋まっている。
巨人同士の戦いって、けっこうえげつないなあ。
まあ、殺しちゃったら事情を聞けないし。
私は影を伸ばし作業中。
半死半生状態の敵全員をこっそり治療して、捕縛の術を掛けてるんですけどね。
残るは一人。
「さあ、次はあなたを――主の御許へ送って差し上げましょう。来世で反省なさい!」
「ようするに、ぶち殺すって事じゃねえか! てめえ! それは聖職者のセリフじゃねえだろう!」
まったく同意であるが、私も聖職者なのに色々とやるからなあ。
人の事は言えないか。
「だいたい、てめえ! なんでシスターのくせしてそんなに強えんだよ!」
「これだから聖職者を知らない方は困ります。わたくしが毎日、どれだけの治療を行っていると思うのです? 奇跡の御業を覚えるのにも修行は必要。最高位の治療院を束ねる聖職者の長なのですよ? 強くて当たり前ではないでしょうか」
ああ、なるほど。
一通りの回復の奇跡を覚える過程で、修行は必須。
加えて、毎日の治癒で経験値を獲得できる。
ある程度、無双ができるほどの高みへと、自然に成長していたということか。
「ち……っ! 撤退する、覚えていやがれ!」
「お待ちなさい! 逃げられると思って!?」
言って彼女は癖なのか、宝杖で地面を叩き。
カツン!
魔法陣から邪妖精を召喚し、逃げる男の肋骨を折る。
「罪に手を汚さなければ、痛い目をみずに済んだというのに……哀れな方々です」
しゅぅぅぅっと覇気すら放ち。
聖女は静かに十字を切る。
完全な無双である。
私がドヤってやるつもりだった、大活躍である。
えぇええええええええええぇぇぇ! こういう無双って、私の役目なのに!
……ていうかさあ。
後で私の記録クリスタルを確認した人だって、困るよね!
だって、絶対に私が活躍するシーンだったじゃん!
ドヤるべきだろうって、絶対に思ってるって!
なんでもいいからドヤらせろぉぉぉおおおぉぉっぉお!
と、叫びたくなってしまうが、今の私は冷静な神父モード。
ネコを被っている真っ最中。
知的でクールなキャラを崩したくはない。
不完全燃焼でぶわぶわに膨らむモフ尻尾を、ふっ……と鎮める私――。
とっても偉いね?
◇
ともあれ、助けて貰った事になるのは事実。
私は慇懃に礼をしてみせる。
『ありがとう、シスターアンネ。君、本当にそこそこ強かったんだね』
「あれほどの戦いを見ても動揺していない。あなた……本当に何者なのですか?」
まあ、相手の質問に答えてあげるのも助けられたモノの義務か。
『言っただろう、別の大陸から渡ってきたと。ああ、先に伝えておくよ。目的も前に伝えた通り、本当にただ、ここが滅びる前にグルメを回収しているだけさ。そこに他意などありはしない』
魔力照明でオレンジ色に輝く礼拝堂の中。
静かに語る神父な私、とっても凛々しいね?
「他大陸からのスパイ、なんてことはないのでしょうか?」
『スパイの定義にもよるね。まあ確かに、ミドガルズ大陸の闇王ヴァージニア。エルフ達の大陸アーレズフェイムの女王エメラルド。彼らとは知り合いだ、それをスパイだというのなら……当て嵌まってしまうかもしれない』
シスターアンネの瞳に魔術式が走る。
こちらの嘘を鑑定しているのだろう。
「嘘では……ないようですね」
『つかなくてもいい嘘はつかないさ。言い方は悪いけれど、なんでこの私が君たち如きに嘘をつかないといけないんだい?』
必殺!
なんとなく、それっぽい言葉攻撃である!
「あなたもしかして……、いえ、そうですわね。間違いないでしょう」
言って、彼女はすっと跪く。
その敬虔な仕草は、まるで神に対する忠誠の姿勢。
あれ?
どうやら正体に気付かれちゃったかな。
『おや、脆弱なる小人になんのつもりだい?』
「今までのご無礼、大変失礼いたしました。あなたは神様、なのでしょう?」
前髪の隙間から輝かせた赤い瞳を細め。
私は薄らと口を開く。
『ご名答。まあ、奇跡の御手を見ていたら分かってしまうか』
「鑑定に嘘はない……では! やはり、あなたさまこそが――!」
異界の破壊神たる大魔帝ケトスに跪いたまま。
アンネは祈りを捧げる。
聖女と謳われる彼女は救いを求める顔で、唇を動かした。
「主神、シュラング=シュインク様! 愚かな我等をお見捨てになられた、心優しき偉大なる御方。ついに、ついにお帰りになられたのですね!」
――と。
むろん。
私はずっこけた。




