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【SIDE:吸血鬼カーマイン】カーマインの憂鬱 後編


【SIDE:吸血鬼カーマイン】


 主君ヴァージニアに提出する報告書をまとめるのは、赤い瞳の吸血鬼。

 聖騎士カーマイン。

 魔導ペンを走らせる彼の前で、神々の話は着実に進んでいた。


 あの大魔帝ケトスが食事の手を止めている。

 それほどに今の空気は重い。

 主人に監視を頼まれているカーマインは、じっと彼らの動向を探る。


 赤い瞳に見守られ声を上げたのは、モフモフ猫。

 大魔帝はこしあん串ダンゴに手を伸ばし、静かな声で告げた。


『すまなかったね、ヒナタくん。たぶんそうではないかと思っていたが……確証もなかったし。君がいなくなった後に、あっさり人間は滅んでしまった――そういうのって、こっちに責任がなくてもやっぱり気になるだろうからね。言い出せなかったんだよ』

「いいわよ別に、気を遣ってくれていたんでしょ。てか、あんた……串ダンゴのもちもちが、ヒゲの先についてるわよ」


 ぎゅっと保護者のように魔猫の顔を拭い。

 勇者はふぅと息を吐いた。


 事実を受け入れたのだろう。

 既にその顔は、過酷な現実を知る戦士のものとなっていたのだ。

 魔猫は安堵した様子で、おだやかな顔を一瞬作るも……すぐに残りの串だんごに肉球を伸ばしている。


 勇者ヒナタがあくまでも終わった事。

 事実を確認する顔で、主神に問う。


「で? なんで、ニンゲンは滅んじゃったのよ」


 応じたのはこの世界の主神にして、悪魔の角を生やすワイルドな美青年。

 シュラング=シュインクだった。

 揶揄するように神は口を開く。


「ふむ。あまり動揺はしていないのだな? もっと泣くか喚くか、或いは自らを追放した果ての結末を愚かと嗤い、嘲笑するか――。どちらかの感情の起伏を期待しておったのだが、落ち着いた様子もまた艶やかではないか。ふふふ、良い。実に良い。気丈なそなたの顔を乱してみたくもなる」

「悪趣味ねえ、そういう性質も二百年前のままなのね」


 昔の話をされる。

 そこに繋がりを見たのか、シュラング神は角を膨らませ。

 牙を覗かせ、濡れた舌を覗かせた。


「我の原初はトリックスター。善も悪も関係なく、全てをかき混ぜ悦を味わう神性であるからな。結果さえ出れば、敵も味方も関係なし。ただ思うがままに遊興を貪る。楽しければそれで良いと思うてしまうのが、我の癖。その点、おまえは実に我の悦を擽る。昂らせる。褒めて遣わすぞ」


 誘惑するようにぎしり……。

 妖しく椅子にしなだれかかる主神。

 女勇者を甘く誘う色気を放っているのだが、勇者はジト目である。

 そしてなによりだ。


 その後ろには悪鬼羅刹も霞む鬼がいた。

 瞳を赤くギンギラギンに染めた魔猫と、ゴゴゴゴゴっと背に聖炎を抱く聖人が一柱。


『ねえ、そういうのさ。良くないし……話、すすまないよね?』

「あなたの精神を聖光で満たし、その人格を矯正するのもまた――天啓でありましょうか」


 首筋に刺さる寸前――ダンゴの串を肌に突き立てられた主神は、びっしりと全身に汗を浮かべ。

 そそくさと座り直し、こほん。

 シリアスモードな顔にむりやり表情筋を切り替え、誤魔化すように口を開く。


「ど、どうして滅んだか! であったな!」

「なはははははは! ぷぷぷー! やだぁシュラング様ったら。主神のくせして、ビビっていらっしゃるの!? どうよ、あたしのセキュリティは!」


 神の威を借る何とやらにも見えるが、彼女自身も相当な強さである。

 三体の強者をセクハラで敵に回す。

 そんな――前代未聞で間抜けな危機状態となってしまうので、主神もそれは避けたいのだろう。


「分かった。我が悪かった。それは認めよう! だから、真面目に話を進めるとする! それでよいな!」


 魔王様の娘に過度なセクハラは許さん。

 孫娘にセクハラなど許さん。

 邪悪で神聖な二柱に睨まれた主神は、緊張した様子でお茶を啜る。


 物語を搔き乱すトリックスターの性質も、彼らに封じられてしまったのだろう。


 監視役のカーマインは記述するかどうかを悩むも、全ての情報を伝える義務がある。

 しかし。

 こんなモノを記載する必要があるのでしょうか?

 と。

 彼のマネキンフェイスが揺らぐ。


 深いため息とともに、けれど仕事だとペンを走らせていた。

 サラサラサラ……シュ!

 吸血鬼の白く筋張った手の動きを一瞥しながらも、シュラング=シュインクは語りだす。


「人間が滅びた理由――か。一言では語れぬな。全ての国、民族が同時に滅んだわけではないからな。それぞれに事情はあろう。多少は我のせいでもあるだろうが……、最たる理由は同士討ち、であろうな」


 言って、主神がターバンの中から取り出したのは、魔道具。

 絡み合う蛇の形をした記録クリスタルだった。


 大魔帝がうにゃ~!

 っと、肉球を輝かせて空間転移。

 魔術アイテムとしてのクリスタルに興味があるのか、赤い瞳を輝かせる。


『過去視の魔術を保存させているのか。私も使う記録クリスタルに似ているね……って、なんだいこのタイトルは……我が妻ヒナタ観察、日記帳?』

「この魔術を生み出したきっかけは、純粋な愛。我が妻ヒナタの冒険を眺め、記録しはじめたのがきっかけだったからな。つまりだ、この映像を記録させたのはその延長であるからして、タイトルはあまり気にするでないぞ。魔猫の君よ。セクハラではないからな?」


 よほど魔猫が怖いのだろう。

 力は大魔帝の方が上と思われる――と。

 カーマインはペンを走らせる。


 ともあれ、そんな微妙な空気の中で映像が投影された。

 勇者の瞳に、かつてあった追放後の歴史が流れ始める。

 それは――戦争の歴史だった。


 勇者がいなくなり、魔の恐怖も去り……平和となった地。

 それはすなわち。

 占領できる領土の大量発生。争いの種が、一気に湧いて生まれた瞬間でもあったのだろう。


「酷いもんね……」

「ああ、我はこれを見てこう思うのだ」


 ターバンの中にまだ魔道具を隠しているハズだニャ!

 と、頭に集られたネコに――べしべし♪ 白銀の髪を叩かれ続ける神は、なんとかシリアスを維持しながら。

 告げる。


「ニンゲンとはニンゲンと戦い続ける、醜く稀有な種族であるとな。我の結論はもはや変わらぬ。争いを好むのならば、それを止める必要も、諫める必要もないと彼らを好きにさせただけの話。ヒナタよ。そなたとて、二百年前に召喚された時は、人間同士の戦争がきっかけであったはず――そう、我の観察日記帳には記録している。違ったか?」

「あってるわよ。ま、その後に大量発生した魔竜が暴れたり魔物が暴れたり……ていうか、さあ。今思ったんだけど、人間以外のその辺の大事件って、全部あんたが、主神としての仕事をサボって世界を放置してたせいなんじゃないの?」


 ジト目を受けて、主神の男は悪びれもなく首を傾げる。


「そうともいうが。我は主神ぞ? 玉体を休める時間も必要であろう?」

「なるほどねえ。あんたのそのサボリ癖が、エルフを作った時に伝染しちゃったってわけだ。人間の愚かさも、吸血鬼の傲慢も、エルフの怠惰も――全部、創造神であるあんた由来の欠点なんじゃない?」


 アンパンを齧りながら皮肉る勇者に。

 ふふん!

 主神はさして気にした様子もなく、口角をワイルドにつり上げる。


「ともあれ、これが何故人間が滅びたか。その問いへの答えだ。ヒナタよ、そなたを追放した後の平和となった世で――やつらは百年をかけ、愚かな戦争を繰り返し続けた。その結果の衰退。その果ての絶滅だ。まあ全てが無に帰したわけではない。時代が移り変わっただけだ――あの小賢しきヴァージニアが生き残りの血を啜り、手を打ったしのう。吸血鬼に進化し、滅びから逃げたニンゲン……あの吸血鬼たちも、新たな人類種といえるのではあるまいか? 我は認めてはおらんがな」


 主人の名が出たカーマインの頬に汗が滴る。

 魔猫の君。

 大魔帝ケトスはその汗を眺めて、静かに瞳を細めていた。


 構わず、主神シュラングは話を続けた。


「そうさのう。人間の生きた証。かつての名残があるとすれば元人間から発生した吸血鬼。そして巨人族が培養している労働用人造人間ホムンクルス。後は……我が使役しておる眷族。新たな人類と定めし魔竜もまた、人の香り持つ存在。愚かなニンゲンの名残を色濃く持った存在と言えよう」

「魔竜? あれのどこにニンゲンの香りがするってのよ……」


 魔竜を思い出す勇者の顔は、とても嫌そうである。

 けれど。

 主神は怪訝な顔で言う。


「ヒナタよ、よもやそなたは知らぬのか?」

「なにがよ」

「魔竜の生みの親は人間なのだぞ?」


 ターバンの中に肉球を突っ込み、勝手にアイテムを盗んでいた魔猫が。

 クワ!

 尻尾を膨らませて、声を上げた。


『え!? 魔竜って、人間から生まれてるの?』


 勇者ではなく、魔猫のくわぁぁぁぁっと開いた口から言葉が漏れていた。

 それが驚きだったのか。

 黙っていた神の一人、聖父クリストフがいう。


「おや、ケトスくん。知らなかったのですか? 人間より生まれし存在だからこそ、大魔帝ケトスは魔竜を嫌っていた。ニンゲンを憎悪し、敵視していたように――魔竜を憎悪し敵視した。それゆえに魔竜滅ぶべし、慈悲はなしと。問答無用に駆逐して回っていたものだとばかり」

『いや、だって魔竜ってさ。爬虫類が鳥類へと進化した形の一種でもあるんだろう? 実際、魔竜神となりうる存在のニワトリを知ってるけど、彼は人の心から生まれた存在ってわけじゃないし。ねえねえ! どうやって生まれてるのさ!』


 魔猫は興味津々なのだろう。

 ふんふん♪

 と新たな知識を求めて、鼻を鳴らしている。


「竜と言っても何種類かありますからね。そういう進化で生まれた魔竜も、もちろん存在はするでしょう。しかし基本的に通常の魔竜は、ヒトの心の隙間から誕生しているのですよ。彼らの特異な種族能力。人の心に入り込む能力と権能があるのは、ご存じでしょう?」

『あー、あるねえ。何回も見たことあるし。なんで竜が人の心に入り、隠れたり眠ることができるのか疑問だったんだけど……そうか、なるほどね』


 魔猫が魔術師の顔で、ぷにぷに肉球をネコ顎にあてる。

 聖父クリストフは、大魔帝の顎と肉球についたモチモチダンゴの粘々を浄化しながら、抱き上げ。

 モフりながら話を続ける。


「ええ、あれは人間の心から生まれた名残なのですよ。実際、我が息子が住む世界の魔竜も、その大半はヒトの心より生まれた存在の筈ですが? ニンゲンと魔力と、心の隙間。これが揃うと魔竜は発生しやすくなる……楽園では結構、有名な話なのですが。本当にご存じなかったのですか?」

『……君だってゴキブリの生態をわざわざ調べようなんてしないだろ?』


 ゴキブリと魔竜を並べて語る魔猫。

 その真顔に、さしもの聖父も苦笑を漏らすのみ。


『しかし、アレだね。ロックウェル卿が魔竜の一部を使役できるのは、鱗持つ者への支配力の方が大きいってことなのかな。種族特性や性質? それともテイム系の能力? 後で詳しく聞いて、研究を……』


 ブツブツブツと、魔猫は魔術師の顔で自分の世界に入り込んでしまう。

 そのネコの瞳にあるのは、濃い赤色。

 常人では読み取る事の出来ない、膨大な魔術式が輝いている。


 聖父クリストフは猫をモフることが嫌いではないのか。

 思考の海に沈んだ魔猫を、ナデナデナデ。

 ……。

 なでなでなでなでなで!


 この光景も、絵画にすると美しき光景。

 考え込む猫と、光を纏う聖人の見事な一枚になるのだろうが。

 カーマインは、どう報告書に記述するべきか悩むばかり。


 外野を一瞥した主神は神の顔で言う。


「話を戻すぞ、ヒナタよ。つまり――魔竜は人の心より生まれし存在。それは即ち滅びし人間に最も近い種。人の子と言えなくもないであろう?」

「ちょっと曲解じゃない?」

「新しく一から人類、人間を作り直すのも正直面倒……ではなかった。人より生まれし魔竜にもチャンスを与えるべきであろう? つまりは、魔竜こそがニンゲンの後継者! 我はそう判断し、彼らを人類と定めたのだ! どうだ? 我、そこまで悪くはないであろう!」


 デデーン!

 シャランと黄金の装飾を鳴らし、主神はドヤ顔を浮かべてそう言った。

 ふふんとしたり顔のままの主神。

 その不遜なワイルド美貌を睨み、勇者が引き締めていた眉を崩す。


「とりあえず魔竜を次の候補に選んでいる理由は分かった。けど、あんた、なんかキャラ変わってない? いや、前よりは親しみやすいけど」

「ほう! つまりそれは我が求婚を受け入れたと、そう受け取っても良いのだな?」


 ハハハハハ!

 と、喉の奥を覗かせ笑う男に、勇者がくわっと髪を揺らし吠える。


「いいわけないでしょ!」


 一見するとコミカルな景色だ。

 微笑ましいともいえるだろう。


 しかし。


 カーマインはぞっと頬に汗を浮かべていた。

 ただの会話だ。

 神との対話を進めるのならば、むしろ前進している、前向きな展開だ。


 けれど。

 ペンを走らせる彼は、この光景に一つの結論を見出していた。

 驚愕しながらも、真顔のまま――聖騎士は報告書に情報を刻む。


 大魔帝ケトスのコミカルが伝染している、と。


 それもの魔猫の能力なのだろう。

 人類を滅ぼすほどの悪神と堕ちた主神とて、その魔猫の空気に圧倒されるとギャグ汚染されてしまった。

 本来、交わる事のない運命や関係性を強引に生み出してしまう――自分勝手な力。


 まるで物語の主役だと、カーマインは思っていた。


 この手の能力者は敵すらも味方に引き入れる、者。

 イレギュラー。

 カーマインの主人であるヴァージニア伯爵が、もっとも警戒すべきタイプと警告していた存在でもある。

 いつのまにか、強大な敵も味方となってしまうのだから。


 魔猫を味方とすれば心強いが。

 もし。

 もしもだ、敵対する機会があったとしたら――脅威以外のなにものでもない。


 思考の海から戻ってきたのだろう。

 いつのまにか、報告書にペンを走らせるカーマインの瞳に、ぶにゃ~ん?

 仰向けに転がり、ペンにジャレる大魔帝の姿があった。


『おや、顔色が悪いね。どうしたんだい?』

「それは、その……ヴァンパイアなので」


 ふーんと、気のない返事をして。

 魔導ペンを盗んだ魔猫は、シュタっと立ち上がる。


『さて。まあじゃあ次の目的地は、その三大大陸の最後……えーと! なんだっけ!』

「巨人達の住まうムースベース大陸ですね」


 応じるカーマインに、大魔帝は言った。


『そうそう! そんな名前だった! どんな状態になっているかは分からないけど、そこを見に行こうじゃないか! シュラング君も、そこを私達が確認するまでは休戦のまま、って事でいいかい?』

「構わぬよ。魔竜による侵攻も一時であるが止めよう。フォレストエルフキャットの件についても、もはやエルフの贖罪は済んだ――そう判断するようにと魔竜には伝える。魔竜は愚かであるが、知恵ある邪竜……ファフナールは我に逆らえぬし、三大魔竜の言葉には眷属達も従うだろうて」


 モフモフを虐める趣味はないからな、と。

 神は不敵に嗤っていた。


 ◇


 翌日。

 巨人の里に転移をした一行だったが。

 旅は順調とは言えなかった。


 いきなり、大きなトラブルを抱えてしまったのである。

 全ての尺度が大きな巨人達の棲み処。

 カーマインの案内のもと、ヴァージニア伯爵の名代として、貴族巨人たちの住まう宮殿に顕現したのだが。


 カーマインは騎士としての礼をした後、巨人の門番に向かい。

 真摯な表情でこう、告げたのだ。


「だから、あのですね……こちらの方が異界の大邪神。あの実在するかどうかも曖昧だった魔猫、大魔帝ケトス様で、こちらが伝承にある、お伽噺の登場人物だと思われていた勇者のヒナタ様。そして、こちらがこの世界の主神でいらっしゃる、シュラング=シュインク神なのですが……」


 と。


 むろん。

 ウソをつくなこのペテン師と、すぐに追い返された。



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― 新着の感想 ―
[一言] 門番「戯け!このペテン師どもが!そんな見え見えな嘘でこの素晴らしき宮殿に侵入できると思うな!我は門番のム・ノウダッタゼと言うものだが、長い間門番を務めさせてもらっている!(出世していないとも…
2024/02/03 23:21 退会済み
管理
[一言] 巨人、エルフと同レベルやったかあ 主神が主神やし時間が経てば魔竜もアカン方向に逝くんだろうね
[一言] 追いついた エルフには死で滅んでほしかったけど猫になったのなら仕方ない、猫に罪はない!! 巨人族かぁ、現状じゃあケトス様を怒らせて滅びそうだなw
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