箱庭ルートの乱入者 ~主神―対―勇者~ 前編
時を遡ったエルフの王国。
迫りくる魔竜に対抗するため、偉大なる魔猫に「こし餡グルメ」を捧げていた祭壇の前。
突如として顕現したのは――無駄に神々しい光。
この聖光こそが、諸悪の根源。
この世界の主神なのだろう。
大魔帝ケトスの闇を消し去り、蛍のような光が集合していく。
それは紛れもない降臨の儀。
なかなかどうして、生意気な演出である。
光から、野太く野性的な声が響き渡る。
「ふふふふ、ふはははははは! 我を崇めよ旧人類どもよ! 貴様らのかつての主が今、ここに降り立ってやったというのだ! 感謝し、平伏す事こそが道理であろう!?」
両手を広げ、高らかに告げ。
まるで神のように光の中から現れたのは――。
泣き黒子と垂れ目が特徴的な、褐色肌のワイルド美青年だった。
悪魔のような角が二本生えているが、基本は人型。
元楽園の住人だろう。
アラビアンっぽい異装と黄金装飾を身に纏っているが、おそらく魔術防御を重視した装備である。
イメージは……ハーレム持ちのアラブの王子様。
といったところか。
年齢は二十歳前後に見えるが、まあ神なので見た目はあてにならない。
頭には、ジャレたくなるような長い布装備。ルーン文字の刻まれた赤いターバンがグルグルに巻かれているのだが、我慢我慢。
今の私――。
大魔帝ケトスは祭壇神像のフリをして、魔王様の像の上でビシっと固まっているのだから。
そう!
一度グルメを受け取った私は既に、顕現していたのである!
いやあ、魔剣と一緒に降りてきたんだけど――まさか探していた主神が出てくるとはね!
魔王様像の腕の中。私はうっすらと瞳を開く。
偉いニャンコな私が見ているとは、誰も気付いていないようだ。
しばらくは待機!
ここで像から私が出て行ったら、シリアスが崩れちゃう気もするしね!
私の気遣いで作られたシリアス空間に、動きがあった。
エルフ達が主神に目をやり、ごくりと息を呑んだのだ。
エルフの聖騎士ローラ君が叫ぶ。
「なにものだ、きさま……っ!」
「女神様を御守りしろ!」
聖騎士団、特にその中で男性連中はすっかりヒナタくんに陥落したようである。
ま、一応美少女だからね。
地上に降り立った主神は、装備されていない魔剣に目をやり。
ふふん! と、不遜に嗤う。
「ほう、我の名を問うか!? 良いだろう、聞け! 不敬なる輩ども!」
しゃらん!
蛇のピアスを揺らしながら、主神はくっきりとした口角をつり上げる。
靡くターバンの下から、銀の髪が揺れていた。
「我が名はシュラング=シュインク。悪神ロキの原初を司る孤高なる主神であるぞ――! さあ者ども、我が威光を目にし、頭を垂れよ! そして我が慈悲により、尊顔を仰ぎ見たモノは誉れを抱いたまま去ね! 神勅なるぞ? 疾く滅びよ! さあ滅びよ! 古き人類、心穢れしエルフ族どもめ!」
と吠えてビシっ!
エルフ達を指差し、ふふーんと泣きボクロを輝かせているシュラングくん。
その足元では緊急召喚された蛇の眷属が、紙吹雪を飛ばしている。
ギャグっぽい名乗り上げだが……エルフ達の数人が魅了状態になっている。
こいつ……目が合うだけで誘惑する、乙女ゲームのヒーローのような魅力値を持っているな。
神の中には、たまにこういうのがいるのである。
非常に偉そうでナルシストっぽいから、あんまり好きじゃないタイプなのだが……。
まあ正直――心穢れしエルフ族の部分には同意である。
私からしてみれば、ただの一山いくらの主神だけど。
普通の人から見れば、明らかに相手は存在としてのレベルが違うのだろう。
ローラ君がぞっと耳先まで汗を浮かべ、指揮官っぽい声を上げる。
「精神耐性ポーションを早く! 男女問わずだ! 魅了されるぞ!」
「ローラさん? あーそっか。魅了耐性が足りないのか……ちょっと待ってね!」
言葉を受けたヒナタ君が精神耐性フィールドを展開。
こし餡を捧げにやってきていた住人を守り、騎士団の状態異常耐性も向上させる。
騎士団の男連中が、ヒナタくんに礼を述べる。
「ありがとうございます、ヒナタさま!」
「感謝はこいつをどうにかしてからよ。こいつ……頭悪そうな顔をしてるけど、本物の主神だから……気を付けて! ローラさん、後方支援を頼むわ」
「承知いたしました」
全身に冷や汗を浮かべた聖騎士のローラくんが、ラスボスを前にする勢いで――。
じり……じりっと後退り。
まともに顔色を変えたままだが、既に支援魔術を詠唱し始めている。
私はちょっとだけ感心していた。
主神シュラングくんも、エルフ達の変化に感嘆とした息を漏らしている。
今のエルフはヒナタくんの指揮と扇動を受け、かなりまともな存在に見えているのだ。
人類は個ではなく群れとなった時に力を発揮する種族である――。
それを束ねるモノこそが勇者。
これが地味ぃに厄介な能力なんだよね。
勇者の鼓舞による集団バフで、能力を向上させたエルフの男騎士が切れ長の瞳を尖らせ。
主神に吠える。
「きさまが神だと!? こんなふざけた男が!? 魔竜を新しき人類と定め、我等を捨てた主神だというのか!」
「悪神と化した、滅びの元凶の……!」
「我等の敵……っ」
渋い顔のエルフの騎士団が、剣を構える中。
狼狽の空気を薙ぐように、アラブ王子様な主神シュラングは肩を竦めてみせる。
悪戯そうなその瞳が、邪悪に歪んでいく。
「おや? 不服であるか?」
「当然だろう……っ」
騎士団と主神がにらみ合う。
「我には分からぬな。度し難いほどに愚かで価値無き古き人類ども。その中でも最たる愚かさを誇るエルフが、よく吠えたモノだ。戯言もここまで言い切れば多少は我の心も揺するが――まあ良い、もはやその滅びは確定しておる。我が魔力を乱すほどの神など、この世界にはおらぬ――そなたたちは、ここで滅ぶのだ!」
魔力を乱すほどの神猫が見守る中。
垂れ目褐色主神が、ドヤァァァァッァ!
ターバンの先から魔力を浮かべ、不遜に笑む。
「疾くこの地を新人類魔竜に明け渡し、消えよ! 我が世界にゴミも、塵芥も要らぬ。そう下した神託をよもや忘れたわけではあるまいな! 我が魔術に抱かれて眠れ! 怠惰なりしも、いと慈悲深き者! ――」
詠唱と共に十重の魔法陣が発生するが、これはエルフへの攻撃かな?
そして魔術の構成は……。
大規模無差別破壊術式。
これ――大魔帝ケトスの力を借りた、魔術だねえ……。
主神シュラングの黄金装飾が、シャラララっと鳴り。
光の渦が発生し始める。
慌てて術妨害をしながら声を上げたのは――女子高生勇者のヒナタくん。
「シュラング! あんた、いきなりなんつー大規模魔術を放とうとしているのよ! やめなさい!」
聖剣による光祓いで詠唱妨害は成功。
主神の魔術が中断されるが、シュラングくんはニヤニヤ嬉しそうである。
「ほう! 我が妃よ! そなたはこのような心醜いエルフを庇おうと?」
「目の前でやられたら当然でしょ! つーか、妃じゃないっての! あんた! そういう人の話を聞かない所、前のまんまじゃない!」
髪を逆立て唸るヒナタくんは魔導書を複数召喚。
背後に浮かべて牽制している。
相手が魔術の詠唱をすると同時に、魔導書から自動攻撃をする仕掛けになっているのだろう。
わりと高位の魔術である。
「何故だ、我が妻ヒナタよ! そなたも見たであろう! この者たちの腐敗を!」
演説するような朗々たる神の声。
これは……話術スキルだな。
「もはや我は我慢ならぬ、エルフなど要らぬ! 不要である! 見るに堪えぬ俗物である! かつて我自身が生み出した種族とはいえ、いや、故にこそ! 自らの不始末を拭う事こそ、主の義務! 根絶やしにするが主神の務め! 実に悍ましきエルフという種。ここまで醜い種族に価値などあるまい! 違うか!?」
あ、シュラングくんとやら。
意外に正論である。まずいな、これ……。
話術スキルだから説得力があると……言葉に呑み込まれてしまうのだ。
しかしヒナタくんは構わず、アッカンベー!
「そうね! たしかにここのエルフはダメダメだし、正直、この王国ごと埋め立てた方が世界のためかもしれないけどね! まだ全員がクズって決まってるわけじゃないもの! 守るって決めた以上は、守るわよ!」
やっぱりヒナタくんもけっこうエルフにはイラっとしてたのか。
いやあ、もし私だったら石を投げ始めた時点でアウト。
エルフ滅ぶべし! で、大暴れしてただろうしねえ。
自らが作り出した種族の腐敗に呆れ、消そうとする主神。
エルフの腐敗に呆れつつも、守ることを決めた勇者。
奉納されたこし餡でとりあえず、ぎりぎりセーフ。微妙なエルフでも一応、生きてても、まあいいかなぁ……と観察する異界の邪神。
三人共に、エルフ、あんたらどうなのよ?
と、なっているのであるが――。
反省を覚え始めているエルフもいるし、んー……私はどうしようかなあ。
ともあれ主神シュラングは、聖剣を翳すヒナタくんの太ももを見て。
ニヒィ!
おや、垂れ目イケメンがちょっと下卑た顔で、悪魔っぽい角を光らせている。
主神は言った。
「ふふふふ、ふはははははは! ヒナタよ、我が妻よ! 良いぞ、良い! そなたはどこまで我を興じさせようと言うのだ! エルフに向かいそのような過ぎた慈悲、ゴミさえ救い上げるその慈愛。まさに、聖母!」
「な……っ!」
だんだんと変な方向に話が逸れてきたぞ。
「そなたこそが! 我が子を孕むにふさわしき器! それ以上胸が成長してしまう前に、神の座、妃としての永遠の生を与えてやるのが我が使命と知った! ふふふふ、妻よぉ。あまり我の肉を撫でるな、興奮してしまうではないか!」
こいつ、残念な変態イケメンなのか。
まともに説得してれば、ヒナタくんを説得しきれていた可能性もあったのだが、このセクハラでご破算だろう。
ヒナタくんが鳥肌を浮かべ、叫ぶ。
「だぁあああああああああぁぁ! あいかわらずキッショイわね! じろじろ見てるんじゃないわよ、この変態!」
「なに!? 我が妻の太ももをじっとりと愛でて、何が悪いというのだ!? そうか! 焦らしておるのだな! うむ、そういう駆け引きも時には必要であろうな。良いぞ! ならば、そういう体で我に抗うも良し!」
ターバンをばさばさ、させながら。主神さんは野性的な垂れ目でじっとヒナタくんを見たまま。
じゅるりと舌なめずり。
唾液を呑み込む喉の隆起とかも、本来なら一応、美形の性的なワンシーンなのだろうが。
この残念主神じゃ、ねえ?
セクハラチックな目線に、ヒナタくんが牙をむく。
「あぁあああああああぁぁ、きしょいきしょい、超きしょい! とりあえず、ぶっつぶす!」
まあ今ので彼女の聖剣も、主神シュラングを絶対悪認定したようである。
ヒナタくんって、敵を悪と認定しないと力を出せないタイプの能力者だからね。
十重の魔法陣を纏うヒナタくんに、褐色アラブ男はふふん!
膨らませた悪魔の角から魔力を放出。
無駄に長い脚の先に、複雑な魔法陣を描き始めていた。
「良い、良い! 花嫁とは健康的であるべき、多少歯向かうぐらいが丁度良い! その華を無惨に散らしてこそ、我が肉欲も満たされるというモノ。さあ! 妻よ! すぐに、婚礼の儀式にかかるぞ。この王国を滅ぼした、その後でな?」
「勝手に言ってなさい! この場で、滅してやるわ!」
ヒナタくんの剣撃を強化したターバンのバサバサで弾き。
顔を近づけ、ニヒィ!
「ゴミ共の肉の上で我等は結ばれ、契りを交わすのだ! どうだ? 興奮しておるか? 我は興奮しておるぞ!」
蛇のように瞳を細め、主神はククククっとご満悦。
うっわ。こいつ。
じょ、女子高生に色気アピールして興奮してるし!
しかもセクハラだし!
ヒナタくんも、うわぁ……っとドン引きだし。
「顔を近づけるな! ネコ警察を呼ぶわよ!」
「相も変わらず愛い奴め。我の肢体に見惚れて照れておるのは理解した。案ずるでない、すぐに素直にさせてみせよう。我が寵愛をもってすれば、勇者の心とて――いや、言うまい。さあ、我が腕の中で天国の果てを覗くが良い!」
たまにいるんだよねえ。
こういう……神だけに見た目だけは整ってるから勘違いしちゃってる、微妙な主神って。
「天国に行くのはアンタの方よ! ここであったが百年目、覚悟なさい!」
「我等の再会は二百年目であろう?」
こいつ、天然ボケ属性をもってるのか?
「そういう意味じゃないっての!」
「なーんてな! 滅びよ、エルフよ――ッ! 我が楽園に、貴様らは要らぬ!」
おや。
ヒナタくんを挑発で引き付け、エルフを先に狙ったか。
まあ今の騎士団は、本物の勇者であるヒナタくんの鼓舞と扇動を受けている。
その力と総合力は、今までの十倍以上にはなっているからね。
倒しておきたい、といったところか。
エルフ達に向かい、放たれたのは螺旋状の魔力波。
……。
これも私の力を借りた広範囲、存在消滅魔術だねえ……。
神による、無差別存在消滅攻撃が始まったのだが。
「ローラさん! 全員で聖騎士の盾を、早く!」
「はい! シールド顕現、構え!」
「全ては女神様の意向のままに――!」
ヒナタくんの指揮を受けたローラさんが更に指揮。
これは二重バフ状態。
強化されたシールドに弾き飛ばされた螺旋状の魔力波を、ヒナタくんの剣が薙ぐ。
ぎぎぎぃぃいいいいいぃぃん!
全てを薙ぎ払った勇者ヒナタが、ぎりっと神を睨みつける。
「エルフを狙うなんて余裕がないじゃない? まさか、このあたしと直接戦うのが怖いのかしら?」
ヒナタくんの挑発魔術が発動する。
が。
判定はレジスト。失敗である。
逆に神が、静かな声で語り始める。
「我が余興で生み出した世界、何を為そうとも我の自由であろう? それに正直な、長く観察していた我は思うのだ」
そして、彼は言った。
「エルフども……マジで要らんだろ?」
「う……っ、いやそんな真顔で言われるとなんとも答えにくいけど……」
あーまずいな。
ヒナタくんが今の言葉で、ちょっとメンタルにダメージを受けた。
主神の言葉に僅かでも同意してしまう、そこで既に術が発動しているのだ。
神の話術スキルが追撃する。
「我は神として、この世界のために古き人類を排除する。我が妻ヒナタよ。そなたも見たであろう? 吸血鬼どもの傲慢さ、そしてエルフどもの怠惰。この世界を治める者として、我は為すべきことを為しているだけの話。なぜ責められねばならぬ?」
「き、吸血鬼は言うほど傲慢でもなかったでしょ!」
エルフの方には、まあ思う所はあるままらしい。
そこが彼女の心の隙になっているので、レジストできないようだ。
扇動の力に似た神の威光が、ペカーっと発動する。
泣きボクロを輝かせ、垂れ目を伏して神は言う。
「我は良き人類と平和な世を歩みたいだけ。その心に偽りはない」
私の瞳にも……そこに嘘を見出すことはできなかった。
ま、あのエルフを見たら……ねえ?
支配者として、どうにかしようと思う感情も分からんでもないんだよね。
「それでも、まだエルフだって! 立ち直れるかもしれないじゃない!」
「そう思い、我は百年の時を待った。そなたが追放されてからな、チャンスを与えたのだ。我は待った。待った。待った! もう既に待ち続けたその末で! 結論に至ったのだ……ヒナタよ」
話術スキルが、精神攻撃となって周囲に広がる。
「大恩ある勇者を虐げ、排除しようとする世界にどのような価値がある? いや、あるまい。勇者よ。そなたも手を貸さぬか? この地より、心醜き者どもを排除し――我等で新しきアダムとイヴになるのだ! 誰しもが傷つかない、真なる楽園を再建しようではないか!」
……。
いや、エルフを滅ぼす事とヒナタくんと結婚して楽園を作るのは、また別問題じゃない?
それに。
世界創生基礎に北欧神話を取り込んだ世界なら、そこはアダムとイヴじゃなくて原初神ユーミルとかじゃないの?
ともあれ。
こいつ、アダムとイヴを知っているのなら……たぶん神話再現アダムスヴェインも使えるな。
まだ本気を出してはいない、ということか。
神と勇者の戦いは、まだ続く。




