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【SIDE:エルフ王国】辿るルートの行方 その3 ―魔猫箱庭ルート― 



 ◇~【SIDE:エルフ王国】~◇


 奇跡を目の当たりにした世界。

 滅んだはずのエルフの王国――。

 そこには死んだ筈だった者達が、ただ茫然と立ち尽くしていた。


 時間が戻っている。

 それをはじめに察したのは、いったい誰であったのだろうか?


 屋台の煙が虚しく空へと昇っている。

 騒然とする祭りの会場。

 誰しもが、あの悲劇の蹂躙を思い出していたのだろう。


 魔竜による侵攻。


 あれは夢だったのか。

 それとも現実だったのか。


 白昼夢に囚われたような感覚になっていたエルフ達は、自らの白い手のひらをじっと眺める。

 それは一度、死した者達だろう。

 確かに死んだはずだったのに、今こうして再び地上で呼吸をしている。


 誰かが声を上げた。

 なんで、生きているの……と。

 すると次々に声が上がるのだ、俺も死んだ、わたしも死んだ。


 でも、いまここで生きている。

 なぜ?

 どうして?

 そんな疑問に答えるように、妙に明るい少女の声が響く。


 神々しい光と共に、宣託が下されたのだ。


「いい!? アンタたち、今からあたしが状況を説明するから! 耳の穴をドリルで開ける勢いで聞きなさいよ! 二度は言わないんだからね!」


 声の主は――あきらかに異常なほどの高レベルの冒険者。

 いや、異常はそれだけではない。

 彼女は女神像から降臨した、黒髪美少女だったのだ。


 時間が戻る前、王宮の礼拝堂で最後まで生き残っていた者達は、確信していた。

 彼女こそが本物の女神。

 勇者ヒナタだと。


 ああ、祈りが届いたのだろう。

 安堵と興奮が信者たちの心を掴む。


 だからこそ一部のモノは平伏し、祈りを捧げる。

 けれどだ。

 全員が彼女をあの女神だと認めているわけではない。


 当然――訝しむような視線も含まれている。


 様々な視線の中で、女神ヒナタは語った。

 なぜ時間が戻っているのか。

 なぜこの地が突然、魔竜に襲われたのかを。


 エルフの聖騎士ローラの目の前で、伝説の女神が高らかに宣言したのだ。

 この光景こそが後の世で、伝承される一日。

 女神再臨譚の一ページとして語られる事を――まだ誰も知らない。


 ◇


 場所は礼拝堂に移っていた。

 教皇やエメラルド女王が演説をするために作られた、神聖な場所。

 広さも魔術結界もかなりのものだった。


 ここ――女神ヒナタ神殿には、蘇ったエルフを含め、エルフ種ほぼ全員が揃っている。


 遥か上空――二つの赤い瞳が見守る中。

 あくまでも第三者の視線で、女神で勇者なヒナタが語り終えた。

 その直後。


 勇者ヒナタは、くわっ!

 般若の顔でコミカルに、ゴゴゴゴゴゴっと炎を背に抱き。

 ビシっ!


 礼拝堂の真ん中で指差し、エルフ達全員に向かって訴えた。


「というわけで、今までのこの地が平和だったのは女王様のおかげなのよ! それをアンタたちは! まったく考えもせずに? ええ? なに! 最終的にはお偉いさんと騎士団で暗殺計画を立てたですって!?」


 返す言葉も無い様子で――。

 エルフ達はまるで主人に叱られた犬のように、長い耳を下げる。


 皆が床を眺めてしまう中。

 代表して前に出たのは――大邪神ケトスとも縁があった、豊満な身体の女性エルフ。

 聖騎士ローラ。


 彼女は女神像と勇者ヒナタに向かい平伏し、頭を垂れた。

 金の髪が結界の魔力波動で揺らいでいるが、その視線は揺らいでいない。

 ただまっすぐに、降臨した女神を見据えていたのだ。


「神よ、発言をお許し願えますか?」


 神といわれ、勇者ヒナタは、うっ……と顔を赤く染めるが。


「いいわよ、許しましょう!」

「感謝いたします。この国の真実、女王陛下の心を神自らが語ってくださったこと――本当にありがとうございます」


 深く頭を下げ、わずかに息を漏らす女性騎士。

 その瞳は揺らがない。

 聖騎士ローラは決意した様子で顔を上げる。


「一連の女王陛下への不敬は全て、我ら円卓のせい……! 国を動かしていた重鎮と、聖騎士団の暴走のせいであり――民は、悪くないのです! 全ての責は我等、いえ、最終的に女王を討とうと刃を向けたアタシの……っ、責任なのです!」


 悔いるように、歯を食いしばる聖騎士ローラ。

 自らの過ちで滅びを招いてしまった彼女は、人々の死を見た。

 それが薬になっているのだろう。


 美しく気丈な顔立ちは崩れ……懺悔と自責の念が浮かんでいる。

 しかし勇者ヒナタは困った顔をして。


「って、あたしに言われてもねえ」

「どうか、もう一度……陛下への謝罪の機会を、我等に最後のチャンスを与えて欲しいのです!」


 深く頭をさげると、ローラの後ろに並んでいた騎士団も跪き。


「女神ヒナタ様!」

「どうか、どうか陛下とのお目通りを!」

「我等の頼りは、貴女様しかいないのです!」


 仰々しい光景に、勇者ヒナタははぁ……と肩を落とす。


「結論から先に言うわ、無理よ。たぶんもう女王とは二度と会えない……と思うの」

「な、何故ですか!? やはり、我等は既に……もう、女王陛下に見捨てられてしまったと、そう仰るのですか!?」


 騎士団の一人が吠えると、ヒナタはそちらに向かい目線を落とす。


「エメラルドさん、だっけ? その女王陛下があんたたちを許す許さないの問題じゃないのよ。ケトスっちに回収されちゃったのが問題なの」

「どういうことなのですか……?」


 あの道化師ケトスが大邪神。

 力ある異界の存在だったとは、ヒナタの説明で伝わっている。

 勇者は聖騎士ローラに目をやり告げる。


「おそらく女王様本人が戻るといっても、ケトスっちはそれを許可しない。一度、自分の縄張りに入れた存在は自分の身内。ちょっと過保護になるのよ。反省したかも分からないアンタたちの前に出すとは、到底思えないわ。また利用されるだけって判断するんじゃないかしら」

「へ、陛下がお許しくださっても、ですか!?」


 誰かの叫びに、勇者は毅然と応じる。


「ええ、無理でしょうね」


 責任を自覚していたエルフの聖騎士団。

 その背が、カタりと揺れていた。


 女指揮官ローラや聖騎士団。

 そして本来なら女王を支える筈だった国の重鎮たちに向かい、浮かぶのは怒り。

 人々の黒い目が浮かび上がってくる。


 街の誰かが、長い耳を揺らし言う。


「あんたらのせいだ……」

「そ、そうだ! お、俺達はみんな女王陛下を慕っていたんだ!」


 それがきっかけとなったのか、雪崩のように憎悪と怒りが膨らんでいく。


「そうよ! なのに……か、勝手に騎士団と円卓の連中が暴走して、あたいらの女王陛下を殺そうとしたんだろう!」

「そいつらが、全て悪いんじゃないか! あたしらは悪くないよ!」

「殺せ! 円卓も騎士団も、全員皆殺しにするしかあるまい! その首を代価に、女王陛下に帰ってきてもらうのじゃ!」


 反省を示し、罪を自覚しているローラ達聖騎士に贈られたのは――。

 罵倒と魔力による投石。

 ローラは罵倒を受けながらも、謝罪をするように頭を下げ続ける。


 それが罪を犯した者の責任。

 あの暴走の結果が――蹂躙の未来を招いたのだ。

 当然の報いだと、ローラも聖騎士たちもそう考えていたのである。


 そんな報復と私刑を眺めるのは、空からの赤い瞳。

 あの赤い瞳の主は、グルメ散歩の中で耳にしていたのだろう。

 街の者達も、女王の悪口ばかりを漏らし、足を引っ張っていた――と。


 空が、どんよりと曇り始める。


 直感か未来視か――降臨せし女神ヒナタは礼拝堂の空を見上げ――。

 うげっ!

 突然、魔力を込めた制止を行った。


「ストォォォップ! ちょっとやめなさい! 責任を誰かに押し付けようって筋書なら、とんでもない事になるわ! 石を投げるなら、死を覚悟しないと駄目よ! 本当に女王の悪口を一度も言った事のない人じゃないと、マズいんだってば!」


 勇者ヒナタの声に、街の住人の一部が声を張り上げる。


「オ、オレは一度も陛下の悪口を言った事はない! だ、だから大丈夫なんだよ!」

「そうよ! あたしだって!」

「殺せ! 殺せ! 殺せ! もう女王はいない! 騎士団を皆殺しにして、大邪神ケトスの贄と捧げ――対価として、代わりに彼の大邪神に我等を救ってもらうのだ!」


 そうだ! そうだ!

 と、シュプレヒコールが発生する。


 ヒナタは、あわわわわわ!

 狼狽しまくって叫びをあげる。


「ぎゃあぁあああああああああああぁぁっぁ、バ、バカ……ッ! 早く取り消しなさい! 間に合わなくなる前に!」


 勇者の忠告に耳を貸さなかった誰かの身体が……。

 ずじゅ。

 ザザザ……。

 ザァアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!


 ノイズと共に身体が薄れ。

 悲鳴すら残さず……、自らの影の中に消えてしまう。


「ひぃ! あ、脚だけが残っておる!」

「こっちの男は……顔がなくなってる!?」

「なに!? なんなのよ、この血塗られた手と、人魚みたいな黒い影は!?」


 それは明らかに邪神の眷属。

 聖騎士団が剣に手を掛けるが、勇者ヒナタが指を鳴らすだけで――静寂を作る。

 指揮官スキルで剣を止めたのだ。


 頬に濃い汗を垂らし、勇者ヒナタが唇を震わせる。


「絶対に手を出さないで。黒マナティー……と栄光の手。ケトスっちの使い魔みたいなもんよ、あたしでも勝てないから……敵対行動を取ったら終わり。この礼拝堂があんたたちごと消えるわ」


 濃い緊張感。

 戦場よりも深い、殺意の中。


 黒い人魚の影と、禍々しく動く手は勇者の周りをまるで遊ぶようにぐるぐる回り。

 シュン!

 声なき哄笑を漏らし、次元の切れ目を作りだし――その身を転移させる。


 ざわざわざわ!


 助かったのか。そんな安堵の空気が周囲を包み込む。

 しかし。

 無言の殺戮の後を見て、女神で勇者なヒナタが叫ぶ。


「だぁああああああああああぁぁぁ! だから言ったでしょ! いたずら魔猫モードのケトスっちが上から見てるの! 箱庭を観察するみたいに、じぃぃぃぃっと中を観察してるのっ! そういう嘘を言ったり、反省の見込みがない人は、あの子に消されてそこで終わりなのよ!」


 ビシっと指差した勇者ヒナタは、魔術を展開。

 空に浮かぶ謎のクリスタルを逆回転させ、消滅したばかりの人々を再生させる。


 その罰を受け一度死んだ者達が、そこには再臨していた。

 時の逆回転と共に戻ってきたのだ。

 礼拝堂の冷たい床にへたり込む人々の顔は、ぞっと青く染まっていた。


 髪をはらりと揺らしたローラが、それでも気丈に声を上げる。


「衛生兵! 彼らのメンタルケアを、いそげ!」

「なんとか……今回は許して貰えたわね。魔術式を一部引用してこっちで無理やりクリスタルを起動させたけど、たぶん次は無理よ。あの子に邪魔される。ってか! あんたら、本当に人の話を聞かないわね! しまいにはキレるわよ!」


 腕を組んで、ゴゴゴゴゴゴ!

 やはり背後に炎を纏って、怒れる女神は口を逆三角に尖らせる。

 コミカルな表情の彼女だが、今やってみせたのは時間逆行による蘇生。


 そのインパクトは相当なモノで、人々の顔色も変わる。


 額に石を受けた名残か。

 わずかに血を流すローラが、眉を跳ねて問いかける。


「どういうことなのですか? ケトス殿は、アタシたちを救ってくださったのでは……っ」

「救ったには救ったでしょうね。けれど、あくまでもあなたへの義理と魔術実験を兼ねてのモノ。今のあの子が味方と認識しているのは女王陛下、紅の聖騎士カーマイン君とあたし、それにドウェルグ族たちだけ。ぎりぎりローラさんが……顔見知り判定になっている程度ね」


 怯んで声を失っている住人をぐるりと見渡し。

 ぎろり。

 勇者ヒナタは顔をきつく尖らせ、滲む美貌の中で淡々と告げる。


「味方と認識していない存在に対して、あの子は本当に容赦ないのよ。もちろん、無差別に攻撃してくることはないでしょうけど……さっきみたいなウソは当然見抜かれるし、ウソをつきながら石を投げるなんて問題外。この人形は要らないかなぁ……ってポイ捨てするみたいに、この空間から存在を消されるわよ」

「消されるって、え? だって、魔竜ではなく我等こそが真の人類なのだぞ?」


 狼狽するエルフの剣士に向かい、げんなりと肩を落とし。

 ジト目で勇者ヒナタは言う。


「魔竜かエルフか、どっちが真の人類かなんてこの際どうでもいいけど、ケトスっちを見たでしょ? ネコよ? ネコ。もふもふキャットなの。ネコにしてみれば人類なんて関係ないでしょ?」

「そ! それは! そ、そうかもしれないが……」


 ケトス本人の言葉を借りるならば。

 ネコ相手になに言ってるの? バカなの?

 である。


「グルメ巡りをしていた、のほほんとしたケトスっちしか知らないエルフさんなら、信じられないでしょうけど――ね。あの子、本当に大邪神で主神クラス以上の神なのよ。普段はだいたい味方サイドになってるから、気にしてなかったけど……世界を滅ぼした実績もあるし、正真正銘の破壊神でもあるわ。本来なら、絶対に敵に回しちゃいけない存在なのよ」


 説明が足りないと感じたのか。

 勇者はそのまま言葉を続ける。


「ちょっと考えて欲しいんだけど――この世界にだって魔猫はいるでしょう?」

「ええ、それはまあ……少数ですが」


 聖騎士ローラの答えに頷き、勇者が周囲に目をやり言う。


「ネコ魔獣の性質は極めて気まぐれで、よく言えば自由、悪く言えば独善的。基本的にはケトスっちもその性質と同じ、世界を壊せる程に超強い気まぐれなネコ魔獣なのよ。今はたぶん、天空城でお煎餅でも齧りながら観察しているでしょうけど――飽きたらそのまま、ここを壊して帰っちゃう可能性もかなりあるわ」


 ヒナタの言葉は彼らに衝撃を与えたのだろう。

 民衆の誰かが、責めるような驚きを漏らす。


「人の命がかかっているのに、飽きたら……帰る!? 本当に、帰ってしまうのですか!? それはあまりにも無責任では!」

「そんなこと、ないよな?」

「なあ、俺達。まだ死にたくねえよ!」


 エルフの中にざわめきが起こる。

 そんな力があるのなら、ちゃんと助けてくれ。


 エルフ達の心をなんとなく読み取ったのだろう。

 勇者ヒナタが、冷徹な顔を作り――。

 ぎろり。


「あのねえ、エルフさんたちさあ。アンタたちはルート選択を失敗して、そのまま全滅してる筈だったのよ? そもそもあたしにも、ケトスっちにも、この世界の命を助ける義務も義理もないの。それなのにあの子は気まぐれであっても、肉球を差し伸べて――もう一回チャンスを与えた。むしろアンタたちは感謝しないといけない筈よ? なのに無責任ってのは違くない? あたし、間違ったことを言ってるかしら?」

「で、ですが……」


 ジト目でエルフ達を睨み、少女はぼそり。


「ま、そう思わないならそれでもいいわよ? あたしもそんな連中に付き合う気もないし。影世界の呪縛を破って天空城に帰るだけだし。言っておくけど、あんたたちがやってきたこと――女王様の件もそうだし、あたしにした仕打ちも、忘れたわけじゃないんだからね?」


 腕を組んで、つーんとしてしまう女神様に向かい。

 一連の事件の責任を感じている騎士団全員が、深く頭を下げる。


「申し訳ありません、女神ヒナタ様……!」

「わ、我等も民も一度死んだこともあり……その、まだ混乱しておりまして……」

「どうか怒りをお鎮めください、女神様」


 謝罪を受けながらも、ヒナタの心は複雑。

 ちょっぴり引き気味に頬をポリポリ。


「その女神って言うのも……やめて貰っていい?」

「ご、ご不快で?」

「すんごい背筋が悪い意味でぞくっとするから」


 兵士を睨むヒナタにエルフ神官が問う。


「神よ。ではなんとお呼びしたら……」

「そうねえ! あたしのことは……聖剣使いにして、魔導書使い! 謎の天才美少女女子高生ヒナタでいいわ!」


 いいわ! いいわ! いいわ!

 司祭たちの声が響くように設計された礼拝堂に、少女のドヤ台詞がこだまする。


 ……。


 しばし、沈黙が走るも。

 騎士団は冗談だと受け取ったのか。

 聖騎士ローラがこほん……真顔のままで勇者ヒナタに問いかける。


「そ――それはよろしいのですが。ケトス殿は今、いったいどこにいらっしゃるのですか? 女王陛下の安否も……そのやはり、気になるのですが」


 なぜか滑った空気になっている自覚があったのか。

 勇者ヒナタがあえて真面目な顔で言う。


「女王陛下はたぶんドリームランドね。安全だし、平穏に暮らしているのは間違いないわ」

「そうですか――」


 安堵した様子の聖騎士ローラの傷をこっそり治し。

 女神で勇者なヒナタが考え込む。


「ここはあの子にとってはタダの箱庭。演算を繰り返し続けるおもちゃ箱、ってところかしらね。なんつーか、あの子、普段は気にしてないけど……マジもんの大邪神で破壊神なのよねえ。上から偉そうにこっちを見ちゃって、うわぁ……なにあのドヤ顔」


 言って見上げる礼拝堂の空にあるのは――。


 赤と赤。


 月のような赤い瞳が二つ。

 ギラギラギラと輝いているのだ。

 その周囲をじっとみると浮かんでくるのが、超特大のモフモフ黒毛。


 大邪神ケトスが、じぃぃぃっと要るモノと要らないモノを選定する顔で眺めているのだ。


 巨人が小人の部屋を覗くように、空に肉球をかけ。

 じぃぃぃぃ。

 魔猫の瞳が魔術式を演算し続ける。


「ドヤ顔?」

「あ! 見ないで! 目が合うとまずいかも」


 声が間に合わなかったのか、聖騎士ローラは空を見上げて。

 うっ……と鼻梁を歪める。

 周囲もつられて空を見上げる。


 そこにはドヤ顔をした黒猫が、ニヤニヤニヤ。

 嗤っている。

 口の丸みが、ぶにゃは~♪ っと、人形遊びする顔で蠢いているのだ。


『くはははははは! 我を見たな!』


 カカカっと、赤い瞳が蠢き。

 うにゃ~ん!


「な、なんて……禍々しい魔力……っ」

「だから直接見ちゃダメだってば! 魔力に差があり過ぎると正気度を奪われるから……って、あぁぁぁあああぁぁぁぁ、やっぱしほぼ全員、状態異常になってるし!」


 礼拝堂のエルフ全員のステータス情報に映りまくる、呪いやマヒや恐慌状態。

 それを解除できるのはもちろんヒナタだけ。

 ニワトリマークの状態異常回復魔術を緊急発動し。

 女神ヒナタは頭を抱えて、ぜぇぜぇぜぇ……。


「これも次は対策されて治せないから気をつけてね? まあ、どういう状況なのかは今ので分かって貰えたでしょ? あの子に、見張られてるのよ。時間をやり直せたから全部が解決しましたってわけじゃないの。むしろ、ここからが本番ってこと」

「す、すみません……助かりました……」


 けしてあの大邪神が味方になっているわけじゃない。

 それをアピールしながら、女神ヒナタは周囲に目をやる。


「まあ! いいわ、これでやっと落ち着いて話ができるしね! 魔竜も迫ってきてるし、助かるための策を与えるわ! もう一度、あたしの声に耳を傾けなさい!」


 美少女を名乗る彼女の目に溢れるのは、希望の光。

 勇者としての扇動の力。

 カリスマが発動していたのだ。


 ビシっと指を天に向けて、朗々と彼女が宣言する。


「いい! 聞きなさい、エルフたち! 生き残りたかったら、自分でもちゃんと考えなさい。たしかに、今回の崩壊の決定的な一手になったのは、円卓会議と騎士団による女王暗殺計画だったんでしょうけど……それだけが原因じゃないわ! 貴方達の行動、ひとつひとつがあの滅びの未来を引き寄せたって、ちゃんと自覚を持ちなさい!」


 厳しい言葉を投げかける少女。

 けれどその表情は案外に明るい。

 人を惹きつける太陽のような輝きが、そこにはあったのだ。


 その姿はまさしく女神。


 そんな太陽のような少女に向かって、会議に参加していた老人エルフが――。

 じりり。

 力なく、けれど打算に満ちた声で細い手を伸ばす。


「し、しかし円卓の我々も女王が悪だと、そう思い込んでいただけで……その」

「あぁあああああああぁぁぁっ! 面倒くさい! そういう駆け引きはもう要らないっつってんのが、分からないの!」


 女神ヒナタはガルルルルっとまるで狼のように唸り。

 ダンと地面を足で踏み、再びビシ!


「もういいわ! よぉぉぉっく、分かった! とりあえずアンタたち、一回あたしのお説教と罰を受けなさい! ケトスっち! 聞こえてるし、見えてるんでしょ! 一回はチャラよ、チャラ! この人たちが次に何かやらかしても、一回だけは見逃しなさい!」


 宣言した女神は――魔導書を開き。

 バサササササ!

 聖人や聖女とは程遠い粗雑さで、エルフたち全員の頭上に魔力の拳を浮かべ。


「女神様!? いったい、なにを」

「あ! また女神って言ったわね!」


 エルフ達の狼狽を見て、女神ヒナタは――。

 ニヒィ。

 まるで大魔帝ケトスのような、邪悪な笑みを浮かべる。


 ゴゴゴゴゴゴゴ!


 神聖な礼拝堂と、女神像が並ぶ神殿の床に光が発生する。

 それは魔力波動。

 彼女を中心とし――大地を抉るように走りだしたのは、六重の魔法陣を描く魔風。


 少女は手を翳し、詠唱を開始した。


「厳格ながらも公平なるモノ! 嫉妬に猛るも優しき神、森に棲みし法の護り手よ! 汝、ホワイトハウルの名において、我は裁定する。エルフに罪ありき――! ちったぁ反省しなさい! このバカエルフ!」


 そして魔術式もメチャクチャごちゃごちゃ。

 まるで大魔帝ケトスが使用する魔術のような演算式が浮かび上がり、世界の法則を上書き。

 少女の魔術が発動する。


「猫に変わって――、折檻よ! 《裁定魔術:冥府小魔狼(みならいアヌビス)小鉄槌(ゲンコツ)!》」


 老若男女問わず、全員の頭を同時に攻撃!

 ゴン!

 ようするに、ゲンコツを落としたのである。


 ゴンゴンゴンゴンゴン! ゴンゴンゴンゴンゴン! ゴンゴンゴンゴンゴン!

 ゴンゴンゴンゴンゴン! ゴンゴンゴンゴンゴン! ゴンゴンゴンゴンゴン!


 効果は――軽い攻撃と共に、罪の意識を再度考えさせるという子ども裁判……ようするに学級会用の魔術である。

 むろん、これはワンコマジック。

 白銀の魔狼ホワイトハウルの伝授した魔術だった。


 しかし。

 美少女勇者は自分の強さをまだそこまで自覚はしていないのか。

 結構な音が、礼拝堂で鳴り響く。


 ごがし、どがし、ボガ!


「ふー! 全員同時にゲンコツって、なかなか面白い光景ね!」


 と、勇者ヒナタはご満悦。

 誰に似たのか。

 全員が気絶するほどのダメージを受けているが、あまり気にした様子もない。


 魔猫もその鉄槌に頷き。

 ブニャハハハハ。

 轟くほどの嗤い声で地上を揺らしていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] このエルフ編が始まる迄は毎話とても楽しめました ここ迄の長編を書かれたあなたに敬意を [気になる点] 前話で、なぜ女王以外をその場でケトスが滅ぼさなかったのか理解出来ない 幾ら庇護対象の女…
[一言] ・・・もう、そこのエルフ達滅んでいいんじゃないかな?
[良い点] ホワイトハウル様式お仕置き術は拳骨だった! ((o(^∇^)o)) [一言] ケトス様に消されないように水でもかぶって反省しなさい!ι(`ロ´)ノ!!
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