【SIDE:聖騎士ローラ】辿るルートの行方 ―バッドエンド―その2
【SIDE:聖騎士ローラ】
どうしてこんな事になってしまった。
避難所と化した王宮。
女神ヒナタ像が見守るエントランスフロアから……燃える街並みを見て、エルフ達は考えた。
なぜ。
どうして?
だれのせいで?
そんな他人を責める心ばかりが浮かんでいる。
けれど一つだけ、なぜこうなったのか朧げながらに浮かんでいた。
この崩壊は――。
口煩い女王がいなくなったせい。
暴君が消えた国は平和に向かう筈だったのに、実際はその逆。
あちらこちらから竜の吐息。
極炎と猛毒のブレスが飛び交っている。
逃げ惑うエルフの悲鳴が、燃える樹々を揺らす勢いで鳴り響いていた。
エルフ聖騎士団が街に侵入した魔竜と戦っているが、多勢に無勢。
そもそも、実力は魔竜の方が上なのだ。
勝負の結果など、戦う前から分かっていた。
王宮のエルフ達は、正規軍である騎士団の戦いを見守る事しかできない。
そんな悲惨な戦場の中。
騎士団の指揮官。
聖騎士ローラは魔竜の吐息をシールドで防ぎながら、ぐぐぐっと唇をかみしめた。
隊全体に発動する防御魔術を展開し、女騎士が吠える。
「一番隊は魔竜の足止め、二番隊は逃げ遅れた民の避難を急げ! 一人でも多くの命を救いだすのだ!」
「し、しかし……っ。あ、足止めと言われても!」
と、泣きそうな顔で一番隊の魔剣士が吠え返す。
本当にただ少しだけ、足止めすることが精一杯。
ただでさえ強い魔竜が、文字通り山のようにいるのだ。
民のために死ねと命令しているようなもの。
「分かっているっ! 分かっているが……っ。魔術師隊! なぜ転移陣が発動しない!」
「そ、それが、街での転移魔術式の演算を行っていたのは……その、女王陛下の魔術でありまして。ローラ様っ、陛下の行方は分からないのですか!?」
もはや陛下は魔猫の君のもと。
二度と帰ってくる事はない。
「無理なのだっ! 支援部隊! きさまら、こんな時になぜ手を抜いている! まさか、酔いで力が発揮できないと言うのではあるまいな!」
「違います! な、なぜか普段よりもバフ魔術の効果が大幅に半減していて……っ、これでも全力でやっているんですっ。やっている結果が、これなのです!」
バカな!?
ローラは叫びそうになった喉を抑え、鑑定の魔術を発動させる。
確かに、支援魔術はちゃんと発動している。
では、なぜ?
思い至ったのは、普段あったモノの消失。
エルフ達を鑑定する時には常に発動していた、とあるスキルがなくなっている。
《慈悲ある護り手の祝福》
エルフや亜人種。
この王国に住まう民の基礎戦闘能力を大幅に向上させるスキルが、無くなっているのだ。
理由はもはや考えるまでもない。
それにローラ自身も指揮官能力の低下を実感している。
ローラは考える。
暴君たるエルフ女王、エメラルド。
悪い噂ばかりの彼女だったが、その実態は反対。
女王としての彼女が存在し、民を支える。
それだけでエルフという種は、大幅に強化されていたのだろう。
君主や皇帝、そういった王者の職業に就く者の中でも、さらに一部のモノがもつ
力。
稀少な自動発動のパッシブスキル。
それを彼女は有していたのだろう。
それに伝承が正しければエメラルド女王は、かつて世界を救った英雄ヒナタの仲間の娘。
先代女王と英雄の娘なのだ。
街を守る転移陣と結界。
エルフの基礎能力の大幅向上。王者の指揮能力による常時バフ。
そして英雄の娘としてのカリスマ……これも常に仲間を強化するスキルとなる。
そう、エメラルド女王は優秀な女王であったと同時に、戦闘においても有益。
指揮と支援。
鼓舞といった支援職業としての頂点的な存在。
ただいるだけでも国と民を強化し続ける、全ての要だったのだ。
彼女はどれほどの誹りを受けようとも、誹謗を受けようとも。
残虐と影で罵られようとも――脆弱で愚かなエルフのために動き続けていた。
こんな恩知らずなエルフたちのために。
それを捨てたのは――自分達だ。
エルフ軍弱体の真相を読み解く聖騎士ローラ。
彼女を思考の海から呼び起こしたのは、騎士団の悲痛な叫びだった。
「クソ、クソ! 魔竜どもめ……っ、なぜ和平の道を受け入れない!」
「今のこの国には……もう和平を結ぶ価値もない、からだろうな」
ローラは冷静に考えた結果。
そう、答えていた。
女王がいなくなったこの国など。
そう思いながら、ローラは滅びゆく街並みを見た。
自然豊かだった王国には、焦げた香りが広がっていた。
魔竜による侵攻、それは正に蹂躙。
燃える街並み。
逃げ惑う人々――既に何人の死者がでたのだろうか。
城壁ほどに大きな魔竜達が、ムシケラを駆除するように人も街も踏みつぶしていく。
一番大きな魔竜。
おそらくあれこそが――蘇りし伝説の邪竜。
三大魔竜の一柱、邪竜ファフナール。
彼の邪竜が呪毒のブレスを撒き散らしながら。
グワリ……!
けたたましい咆哮を上げた。
「グググ、グハハハハハハ! 滅びよ、エルフ! 脆弱なる者達! この地は主神より我らが授かった地。古き人類はもう要らぬ、我ら魔竜こそが神に認められし眷族。新たな人類となる種ぞ!」
防衛についている騎士団の一人が、剣を掲げて朗々と吠える。
「ふざけるなっ! よくも、我等の国を! 平和を望む我等を穢す権利など、誰にもありはしない!」
「ほう? 我等の国? 平和とな?」
魔竜が毒の吐息を漏らす口を止め、グフフフフっと嗤っていた。
大きく黒い竜鱗の壁が、揺れる。
構わず衛兵の一人が吠えた。
「平和を望み行動した我等! その平穏なる国を我等の国といったまで。それのどこがおかしい!」
邪竜ファフナールが爬虫類の瞳を細め、揶揄うように唸る。
「我はずっと見ていたぞ。無知で愚かで、恩知らずなエルフどもよ。いや、見ていたからこそ――礼を言っておくか。難攻不落となっていたこの地、仇敵であるあの男の娘! エルフの女王エメラルドを私利私欲で追放した者たちよ! 感謝する、ああ、感謝してやるぞ!」
大地を踏みしめる邪竜ファフナールがグハハハハハ!
王者の哄笑を上げると、周囲の魔竜も哄笑を上げる。
「ヒャヒャヒャヒャ!」
「神が言っていた通りだ。愚かなお前達は俺達が手を出さずとも、自らで女王を追い出した」
「脆い、脆すぎる。女王の結界も加護もなくなった地など、この程度か!」
魔竜の足が、街を蹴散らし進む。
じゃしゅじゃしゅじゃしゅ!
ぐちゅぐちゅぐちゅ……!
その潰れる音は――逃げ遅れた民の肉だったのか。
愚かな宴で出された食事だったのか。
もはや誰にも分からなかった。
ローラは回復の波動を放ちながら、叫ぶ!
「全員退避しろ! 王宮に逃げ込むのだ――!」
「王宮は安全なのですね!?」
誰かの叫びにローラが唇を噛む。
「安全な場所? そんな場所はもうどこにもない……っ。どこにもないんだよ! 王宮の結界は女王の誘拐と共に、何故か解けてしまった。いや、何故かじゃない。アタシたちが、アタシたちが全部、壊しちまったんじゃないか!」
ギリリと奥歯を噛んで、ローラは呟く。
「王宮の結界。あれも……女王陛下の力で維持されていた結界、だったということだろうなっ」
事実、宮廷魔導士が狼狽しながら叫んでいた。
「結界術師はどうした! 早急に王宮に結界を!」
「それが……っ、この結界術式はあまりにも強大で……、我等の手では、起動すらできません!」
ローラは思い出していた。
女王陛下による結界術師の育成を無駄だと廃止したのは、エルフの重鎮たち。
騎士団もそれに署名した。
魔竜達は心を眺めるような顔で、ニヤニヤニヤニヤ。
勝利の口の端を刻み――嗤う。
「よもや我らが心に入るまでもなく」
「我等が介入することなく」
「キサマラは自らの恩人を追放した。ああ。二百年前と同じ! 人類よ、キサマらはそのツケをようやく払う時が来たという事だな!」
ギャヘギャヘギャヘと魔竜の山が揺れる。
嗤いこけているのだ。
一番大きな邪竜、城壁よりも更に巨大な邪竜が鱗を赤黒く輝かせ。
瞳をギラリと尖らせる。
「貴様らには奴隷としての価値すらない。滅びよ、古き人類よ――神は仰せになった、心醜き、恩も知らぬ汝等は要らぬ――とな」
三大邪竜ファフナールの咢に、魔力が溜まっていく。
照明もない王宮を、魔竜の咢が照らす。
ローラは思った。
もはや終わりだ。
エルフは自らの過ちで滅ぶのだ。
皆が言っていたから、賛同した。よく考えもせずに、同意した。
魔竜の咆哮を受けた騎士団の半分が、毒と炎に溶けて消えていく。
かつて勇者を裏切ったように、今度は女王を裏切った。
当然の報いだ。
けれど、無辜なる民を助けられるだけ助ける。
それが彼女の最期の矜持だった。
聖騎士の鎧を代価に、術式を構築し――手を翳した。
「頼む……、発動してくれ!」
シュィィィン!
持てる力を振り絞ったローラは、生き残った民を礼拝堂に転移させた。
転移は成功。
発動確率は極小だった、けれど彼女はその幸運をなんとか握りしめたのだ。
もはや代価として消費する装備も無い。
転移はもう使えない。
それでも彼女は最期まで、諦めるわけにはいかなかった。
「生きている者よ! 女神様に祈れ! 結界の力とする!」
彼女は思い出したのだ。
魔猫は言っていた。
道化師ではなく大邪神ケトス。
女王の真実を読み解き、哀れに思い連れ去った尋常ならざる猫魔獣。
魔猫の言葉が、頭の中で反響していたのである。
女神様に祈れ――と。
ローラは心を込めて女神ヒナタ像に平伏し、祈った。
礼拝堂に逃げ込んだ民も。
女神ヒナタに祈った。
魔竜の足音が、近づいてくる。
一際大きな魔竜の叫びが、王宮を揺らした。
「グハハハハハ! 無駄な事を! どこに転移をしたとて……同じ。キサマら古き人類の滅びは避けられぬ運命。因果を覆せるほどの禁術の使い手は、もうおるまい。新しき君主、邪竜王ファフナールとして――せめて痛みなく殺してやる! それが王たる我の慈悲と知れ!」
ローラの瞳から、鑑定の魔術が発動する。
あまりにも膨大な竜の吐息が放たれたからだろう。
鑑定が勝手に発動し、その効果量を計算する。
結果は――全滅。
ここで王国のエルフは皆、滅ぶのだ。
光が、礼拝堂に満ちる。
それは邪竜ファフナールのブレス攻撃。
音がなくなった。
光だけで、満ちた。
ローラは祈った。
心から祈った。
愚かな自分たちが滅ぶのは仕方がない。
けれど――。
どうか――子どもたちだけは、まだ罪も知らない彼らだけは守ってください。
と。
そう、なんの打算もない祈りを上げたのだ。
輝きが――礼拝堂を包む。
それは魔竜の咆哮。
……。
ではなかった。
虹色の輝き――。
まずローラの視界には、魔力に揺れる美しい黒髪が映っていた。
次に、目に入ったのは――神々しい魔力を放つ美少女の姿。
戻った音の中で、戦闘音が響き渡る。
少女は細い腕に握る聖剣で、いとも容易く魔竜の咆哮を防いでいたのだ。
この娘は――。
「お嬢さんは……ケトス殿の連れの……なぜここに!?」
「はぁあああああぁぁぁぁぁ! なに他人事みたいに言ってるのよ……っ、このバカエルフ達! アンタたちがケトスっちを本気で呆れさせたせい、でしょうがっ!」
魔力も怒声も込められた説教が、王宮を揺らす。
邪神ケトスの連れの少女は手練れなのか――。
無数の魔術書と聖剣を同時に扱い、周囲に強力な結界を展開し始める。
ローラの自動鑑定による結果は――。
《神狼と神鶏のポルカ・サンクチュアリ》
防御結界と回復フィールドを同時に発動させる、神話領域の聖域展開魔術だった。
そのまま少女は礼拝堂の床を駆け、外に並ぶ魔竜に突撃。
邪竜ファフナールが、驚愕に顔を歪める。
「貴様は……勇者ヒナタ! なぜここに、いや、なぜ生きている!」
「おあいにく様、あたしはアンタたちと違う時間軸の世界にいたからね。まだそんなに時間が経ってないのよ!」
魔竜の群れを薙ぎ払う黒髪の少女は、そのまま魔導書を翳す。
周囲の毒フィールドを召喚魔術に転用。
毒蛇を眷族として操り、魔竜に向かわせ放っている。
その勇ましき戦闘は――まさしく。
女神ヒナタそのものだった。
しかし、その顔はゴゴゴゴゴゴっと般若のように尖っている。
女神ヒナタは指揮官ローラを振り向き、くわっと吠える!
「あのケトスっちがマジで見捨てるって、相当よ!? あたしも念のため女神像で待っていて、なんて言われて閉じこめられちゃったし! いったい何をしたって言うのよ!」
「それは……っ、今、簡単な記録ヴィジョンを送る!」
会議の内容を記録しておく魔術を応用し、女神ヒナタに情報を送るローラ。
事態を把握したのだろう。
聖剣使いの黒髪美少女は、はぁぁぁぁぁぁ!
っと、唸るように叫び。
「マジ!? 実は国のために全てを尽くしていた女王を、悪と勘違いして!? 殺そうとした……ですって!?」
片手の魔導書から結界を。
片手の聖剣で魔竜をいなして殲滅しつつ、美少女が呆れた声で言う。
「なんつーか……あたしですらちょっとドン引きなんですけど……。よくもまあ、それだけの地雷を踏んで殺されなかったわね……。ローラさん、ケトスっちと先に出逢ってなかったら、たぶん女王様への攻撃の反撃で……塵にされてたわよ。わりかしマジで……」
しかし、と呟きを漏らし――。
少女は周囲に目をやった。
「既に死者が何人もでてるのね……ケトスっちが一度グルメを味わった街を見捨てて、ここまでさせるとはあまり思えないけど――まあ、エルフ達のやってたことがやってた事だけに、さすがに付き合いきれなくなっちゃったのかしら」
「我等はどうすれば……っ」
ローラは確信していた。
彼女こそが女神ヒナタ、かつて二百年前世界を救った英雄。
そして。
この世界の民が追放した……恩人だと。
恥を承知で、今はただ彼女にすがるしかない。
なぜなら、子どもを守るためにはそれしか道がないからだ。
愚かな自分達は滅びても仕方がない。
しかし――何も知らない子どもだけは、せめて。
そんな心を察したのか、女神ヒナタはぎゅっと眉間に皺を寄せる。
「ねえ、ローラさん。その女王陛下さん暗殺未遂事件の後で何か変化……というか、違和感とか、変わった事とかなかった?」
「違和感、ですか……」
言われて長い耳を跳ねさせ、彼女は言う。
「そういえば天空城の代わりに、あの謎のアイテムが宙に浮かんでいて――あれはたしか、ケトス殿が去った後に出現したモノだった筈です」
女神は高ランクの鑑定魔眼を発動させ。
わずかに苦笑を漏らす。
「なーるほどねえ。やっぱりケトスっち、見捨てきれてないでやんの……まあ、もし反省できないならそのまま……って感じか。じゃあアレはセーブポイントね。一時的にこの王国を影結界で包み……自分の領域に変えて、時間干渉を可能にしているって所かしら。うわ……あいかわらず、めちゃくちゃな魔術式ね」
魔術式を読み解きながら、黒髪美少女が明るい声を上げる。
「まだ間に合うわよ、ローラさん。上手くいけば、やり直せる可能性があるわ」
「やり直す!?」
意味が分からずオウム返しになった聖騎士ローラ。
その動揺を包むように、安心しなさいとばかりに勇者は微笑む。
「そ! まだなんとかなるってことよ! 助かりたいのなら、やり直したいのなら本気で女王に謝罪して、本気で頭を下げなさい! 生きているここにいるエルフ、全員でよ!」
少女がビシっと指差したその瞬間。
周囲に支援効果が発動する。
詩人や歌姫などが扱う能力向上のスキルを、ただのビシで発動させたのだ。
そのまま黒髪美少女は魔竜を一人で抑えつつ、回復の力と結界を維持。
同時に複数の魔導書。
スキル。
魔術を扱いながらも聖剣で、魔竜をけん制し続ける。
「セーブポイントから再開……って言っても分かんないか、時間逆行の奇跡が起こるから!」
「わ、分かりました!」
声を聞いていた誰しもが察しただろう。
この者こそが、勇者。
長年信仰を続けていた女神ヒナタであると。
エルフ達は祈った。
謝罪した。
窮地に陥り、実際に何人も死者をだし……ようやく初めて、謝罪をしたのだ。
空に聳えるクリスタルが、ギュゥゥゥゥゥゥゥッゥン。
音を鳴らし、時計とは反対方向に回転し始めた。
世界が、揺らいで。
魔猫の声が響き渡った。
《美味しいアンコグルメを用意せよ! 我の言葉、覚えておるな?》
つぶ餡ではなく、こし餡。
記憶を辿るローラの身体が闇に消える。
王宮も消える。魔竜も消える。
全てが――時の流れの中に呑みこまれていった。




